『俺達のグレートなキャンプ178 皆で卑怯な腕相撲大会をしよう(?!)』

海山純平

第178話 皆で卑怯な腕相撲大会をしよう(?!)

俺達のグレートなキャンプ178 皆で卑怯な腕相撲大会をしよう(?!)


秋晴れの土曜日。長野県某所の広々としたキャンプ場に、一台の軽バンが砂利道を蹴散らしながら滑り込んできた。ブレーキ音が「キキーッ!」と響く。

エンジンが止まるや否や、運転席から石川が飛び出してきた。両手を天に掲げ、深呼吸する。

「ふはー!よっしゃああああ!今日も最高のキャンプ日和だぜええええ!」

奇声が森に響く。周囲のキャンパーたちがチラチラとこちらを見た。

助手席から富山がため息をつきながら降りてくる。額を押さえ、眉間にシワを寄せている。

「石川...また周りの人たちがこっち見てるよ...」

「気にすんなって!キャンプってのは開放感を楽しむもんだろ?」

石川が振り返り、親指を立てる。その笑顔はまぶしいほど爽やかだ。

「開放感と迷惑は違うから...」

富山がボソッと呟いた。

バンの後部座席からバーン!と千葉が飛び出してくる。リュックを背負ったまま、ぴょんぴょん跳ねている。

「石川さん!今日の『グレートなキャンプ』は何するんですか!?めちゃくちゃ楽しみで昨日全然眠れなかったんすよ!」

千葉の目がキラキラと輝いている。富山は深いため息をついた。

「千葉君...あのね、石川の『グレートなキャンプ』って毎回ろくでもないことになるんだよ?前回の『誰が一番遠くのキャンパーと友達になれるか選手権』の時なんて...」

「あれは大成功だっただろ!最終的にバーベキュー招待されたじゃん!」

石川が胸を張る。富山は頭を抱えた。確かに最終的には仲良くなったが、その過程で何度謝罪したことか。

三人は手慣れた様子でテントを設営し始めた。石川と富山の息はぴったりで、あっという間に骨組みが立ち上がる。千葉は不器用ながらも一生懸命ペグを打ち込んでいる。額に汗を光らせながら、真剣な表情だ。

「よーし、テント完成!」

石川がポールの最後の一本を差し込む。テントがピンと張った。満足げに腰に手を当てる。

「それで石川、今日は何するの?」

富山が恐る恐る聞いた。その表情には明らかに不安が浮かんでいる。眉がハの字になり、肩が強張っている。

石川はニヤリと笑うと、リュックから一枚の紙を取り出した。「卑怯な腕相撲大会 ルールブック」と手書きで大きく書かれている。装飾も凝っていて、明らかに徹夜で作ったものだ。

「じゃじゃーん!今日は『皆で卑怯な腕相撲大会』をやるぞおおお!」

「...は?」

富山の声が裏返った。目を見開き、口をパクパクさせている。

一方、千葉の目はさらにキラキラと輝いた。両手を胸の前で組み、身を乗り出す。

「卑怯な腕相撲大会!?何それ超面白そうじゃないですか!」

「だろ!?普通の腕相撲じゃつまんねーからさ、『どれだけ創意工夫して卑怯に勝つか』を競うんだよ!」

石川が興奮気味に説明し始める。身振り手振りが激しくなり、ルールブックをブンブン振り回す。

「ちょ、ちょっと待って!卑怯って、そもそもそれルール違反じゃ...」

富山が止めに入るが、石川は聞いていない。千葉も完全に石川ワールドに引き込まれている。

「いいか、ルールはこうだ!基本は普通の腕相撲。でも!『対戦開始前に相手を動揺させる作戦』は何でもアリ!心理戦だよ心理戦!」

「おおおお!心理戦!」

千葉が拳を握りしめる。富山は額を押さえた。

「さらに!『試合中も姑息な手段で相手の集中を削ぐ』のもOK!ただし暴力はダメ!あくまで知恵と工夫の勝負だ!」

「それ腕相撲の意味ある!?」

富山のツッコミが虚しく響く。

「そして最後に!『周りのキャンパーを巻き込んでの応援合戦』も点数に入れる!より多くの人を味方につけた方が有利!」

「絶対やだ!恥ずかしい!」

富山が両手で顔を覆った。しかし諦めの色も浮かんでいる。長年の付き合いで、こうなったら止められないことを知っているのだ。

「よっしゃ、じゃあ早速始めるぞ!まずは俺と千葉で練習試合だ!」

石川が近くのキャンプテーブルの前に座る。肘をついて、手を構えた。千葉も嬉々として向かいに座る。

「いくぜ千葉!お前の『卑怯力』、見せてもらおうか!」

「負けませんよ石川さん!」

富山が審判役として、二人の間に立った。右手を挙げる。

「じゃあ...用意...」

その瞬間、石川が手をサッと引っ込めた。そして自分の掌にペッペッと唾を吐き始める。

「うおっ!?何してるんすか!?」

千葉が驚いて声を上げた。

「何って、グリップ力を上げてんだよ!野球選手もバットに唾つけるだろ?」

「いや、でも腕相撲で!?汚い!」

「卑怯な腕相撲だぞ?何でもありだ!」

石川がニヤリと笑いながら、掌をテカテカにしている。その様子を見て、富山が顔をしかめた。

「気持ち悪い...」

「よーし、準備完了!来い千葉!」

石川が再び手を構える。千葉は一瞬躊躇したが、意を決して手を握った。

「うわ、ヌルッとする...」

「それが狙いだ!気持ち悪さで集中力を削ぐ!これも立派な心理戦!」

千葉の顔が引きつっている。明らかに嫌そうだ。

「スタート!」

富山が手を下ろす。二人の手に力が入った。

「うおおおお!」

「くううう!」

互角の勢いだ。テーブルががたがたと揺れる。その時、石川が突然叫んだ。

「あっ!千葉、お前のテントのファスナー開いてるぞ!中身見えてる!」

「えっ!?」

千葉が一瞬そちらを見かけた。その隙に石川がグッと押し込む。

「あぶねえ!」

千葉が慌てて力を入れ直す。なんとか持ちこたえた。

「騙されるとこだった!やりますね石川さん!」

「ハハハ!これが卑怯の真髄だ!」

二人とも笑っている。富山は呆れ顔だ。

力が再び拮抗する。腕が震え、筋肉が浮き上がる。汗が流れ始めた。

その時、千葉が真剣な顔で言った。

「石川さん...あの、言いづらいんですけど...」

「ん?何だ?」

「今、合図より早く押してきましたよね?」

「はあ!?してねえよ!」

「いや、絶対してました!富山さんも見てましたよね!?」

千葉が富山を見る。富山は困った顔で首を横に振った。

「私、見てなかった...」

「ほらな!やってねえって!」

「いや、でも確かに...」

千葉が疑心暗鬼になっている。その隙に石川が一気に攻める。

「うおおお!」

「あっ、ずるい!今の卑怯!」

「これが心理戦だああああ!」

結局、千葉の手がテーブルについた。石川の勝利だ。

「よっしゃ!」

石川がガッツポーズを決める。千葉は悔しそうに拳を握りしめた。

「くそー!やられた!でも楽しい!もう一回やりましょう!」

「おお、いいねえ!次は富山も入れて...」

「私はいいです」

富山が即答で断った。腕を組み、プイッと顔を背ける。

「えー、富山もやろうぜー!」

「絶対やだ。恥ずかしい」

「大丈夫だって!な、千葉!」

「富山さんも一緒にやりましょうよ!絶対楽しいですよ!」

千葉が両手を合わせて懇願する。その純粋な目に、富山の心が少し揺らいだ。

「...もしやるなら、周りの人に迷惑かけないって約束して」

「任せとけって!」

石川が胸を張る。富山は小さくため息をついた。

「...わかった。でも本当に迷惑かけたら、すぐやめるからね」

「おっしゃあ!富山が参戦だ!」

石川が富山の肩を叩いた。

三人でいくつか練習試合をした。富山VS千葉の対決では、千葉が試合中に突然「あっ、やば、肘関節が...」と苦しそうな声を出した。

「えっ!?大丈夫!?」

富山が慌てて力を緩める。その瞬間、千葉がニヤリと笑った。

「嘘でーす!」

「ちょ、千葉君!」

千葉が一気に攻め込み、富山の手を倒した。

「やった!」

「もう!心配したんだから!」

富山が頬を膨らませる。しかし口元は少し笑っていた。

しばらく練習した後、石川が突然立ち上がった。

「よーし、ここからが本番だ!周りのキャンパーさんたちにも声かけるぞ!」

「えっ!?ちょっと待って!」

富山が慌てて石川の腕を掴む。しかし石川はすでに近くのテントに向かって歩き出していた。

そこには、バーベキューの準備をしていた四人組の大学生グループがいた。肉を焼く良い匂いが漂っている。

「すいませーん!ちょっといいですかー!」

石川が明るく声をかける。大学生たちが顔を上げた。

「はい、何でしょう?」

リーダー格らしき男子学生が応える。

「俺たち今、『卑怯な腕相撲大会』ってのやってるんですけど、良かったら参加しませんか!?めちゃくちゃ面白いですよ!」

「...卑怯な腕相撲?」

大学生たちが顔を見合わせる。困惑の色が濃い。

千葉が後ろから飛び出してきた。

「そうなんです!普通の腕相撲じゃなくて、心理戦とか姑息な手段とか、色々ありなんです!唾つけたり、嘘ついたり、何でもありです!」

「唾って...」

大学生の一人が引き気味だ。

「でもめちゃくちゃ盛り上がるんすよ!さっき僕、『肘関節が痛い』って嘘ついて勝ったんです!」

千葉が嬉々として説明する。その興奮した様子に、大学生たちの表情が変わった。

「なにそれ、めっちゃ面白そうじゃん!」

「やろやろ!俺、心理戦得意かも!」

「じゃあ俺も!ってか、どれだけ卑怯になれるかってこと?」

「そう!とにかく姑息に勝つんです!」

あっという間に、四人全員が参加することになった。石川がガッツポーズを決める。

「よっしゃあ!これで七人だ!十分大会できるぞ!」

富山が慌てて近づいてきた。小声で石川に言う。

「ちょ、ちょっと石川...本当に大丈夫なの?」

「任せとけって!見てな、絶対楽しくなるから!」

七人が集まり、石川が即席のトーナメント表を見せる。模造紙にマジックで書いた手作り感満載のものだ。

「よーし、まず一回戦!富山VS大学生Aの吉田くん!」

「えっ私から!?」

富山が驚いて声を上げる。吉田と呼ばれた大学生が、ニヤリと笑いながらテーブルの前に座った。

「よろしくお願いします!でも卑怯にいかせてもらいますよ!」

「よ、よろしく...」

富山が恐る恐る席に着く。その表情は完全に緊張している。

石川が審判を務める。

「じゃあいくぞー!用意...」

その瞬間、吉田がニコッと笑って言った。

「あの、富山さんって、すごく綺麗ですよね。こんな素敵な人と腕相撲できるなんて光栄です」

「へっ!?」

富山の顔が真っ赤になった。完全に動揺している。目が泳ぎ、口がパクパクしている。

「お、おだてても何も...」

「スタート!」

石川が合図を出す。しかし富山は完全に動揺していて、力が入っていない。吉田が優しい笑顔のまま、スーッと富山の手を倒した。

「やったー!」

吉田がガッツポーズ。仲間たちが大爆笑している。

「なにそれ最高!」

「吉田、お前天才か!女子に弱いタイプだったんだな!」

富山は顔を真っ赤にしたまま、両手で顔を覆った。

「も、もう...恥ずかしい...」

「富山、ドンマイ!でもあれは完璧な心理戦だったな!」

石川が笑いながら富山の肩を叩く。富山は恥ずかしさと悔しさでプルプル震えていた。

「次いくぞー!千葉VS大学生Bの田中くん!」

千葉と田中がテーブルに着く。二人とも真剣な表情だ。

「用意...」

田中が突然、千葉の手をジッと見つめた。

「...何見てるんですか?」

「いや、手相占いが趣味なんですけど、千葉さん、すごい手相してますね」

「え、そうなんですか?」

千葉が自分の手を見る。その瞬間、田中がニヤリと笑った。

「今です!スタート!」

田中が勝手に合図を出して、一気に攻め込む。

「えっ!?ちょ、待って!」

「待ちません!これも卑怯の一つ!」

「うわああああ!」

千葉が必死に抵抗する。力を振り絞って押し返した。

「くそおおお!」

「負けない!」

二人の額に汗が浮かぶ。腕がプルプル震えている。

その時、千葉が突然叫んだ。

「あっ、熊!」

「えっ!?」

田中が一瞬そちらを見た。

「嘘でーす!」

千葉が一気に押し込む。田中の手がテーブルについた。

「やった!」

「くそー!やられた!」

田中が悔しそうに頭を掻く。しかし笑っていた。

「面白い!もう一回やりたい!」

周りで見ていた人たちも笑っている。すでに何人かのキャンパーが集まってきていた。

次の試合は、大学生Cの佐藤VS大学生Dの鈴木。

二人がテーブルに着くと、佐藤が手を構える前に突然掌にペッペッと唾を吐き始めた。

「うわっ、マジでやるのかよ!」

鈴木が顔をしかめる。

「石川さんがやってたからな!これは有効な戦術だ!」

「じゃあ俺も!」

鈴木も負けじと唾を吐く。二人の掌がテカテカになった。

「汚い...」

富山が呟く。

「用意、スタート!」

二人の手が握り合う。ヌルッとした感触に、二人とも顔をしかめた。

「気持ち悪い...」

「お前が始めたんだろ!」

力が入る。互角の勢いだ。

その時、佐藤が突然言った。

「なあ鈴木、昨日俺が録画しといたあのドラマ見たんだけどさ」

「お、あれ面白かったろ?」

「うん、めっちゃ面白かった。特にラストのどんでん返しが...」

「待て!まだ見てないんだよ俺!」

鈴木が慌てて声を上げる。

「主人公の恋人が実は...」

「やめろおおお!ネタバレやめろおおお!」

鈴木が耳を塞ごうとして、片手がテーブルから離れる。その瞬間、佐藤が一気に攻めた。

「今だ!」

「ずるい!卑怯!」

「卑怯な腕相撲だからな!」

鈴木の手が倒れた。佐藤の勝利だ。

「やった!」

「くそー!絶対許さないからな!」

周りで見ていた全員が大爆笑した。キャンプ場に笑い声が響き渡る。

その笑い声に釣られて、さらに多くのキャンパーたちが集まってきた。若いカップル、中年夫婦、家族連れ。みんな興味津々で様子を見ている。

「何やってるんですか?」

中年男性が興味津々で聞いてくる。

「卑怯な腕相撲大会ですよ!とにかく姑息に勝つんです!」

石川が得意げに説明する。

「面白そう!見ててもいいですか?」

「もちろん!むしろ応援してください!」

集まった人たちが盛り上がった。もう二十人近くになっている。

準決勝。石川VS吉田の戦いだ。

「来いよ吉田!お前の心理戦、見せてみろ!」

「望むところです!」

二人がテーブルに手を置く。千葉が審判を務める。

「用意...」

その瞬間、吉田が満面の笑みで言った。

「石川さん、実は僕、富山さんのこと気になってるんですよね。試合終わったら連絡先聞いてもいいですか?」

「はあ!?」

石川が動揺する。後ろで富山が「えっ!?」と声を上げた。

「冗談です!スタート!」

千葉が合図を出す前に、吉田が勝手に押し始めた。

「おい待て!まだだろ!」

「待ちません!」

石川が慌てて力を入れる。なんとか持ちこたえた。

「くそっ、やるじゃねえか!」

「でもこれで互角ですよ!」

二人とも笑っている。周りの応援も熱くなってきた。

「がんばれー!」

「負けるなー!」

力が拮抗する。どちらも譲らない。

その時、石川が突然言った。

「あっ、吉田!お前のバーベキューの肉、焦げてるぞ!」

「えっ!?」

吉田が一瞬そちらを見た。

「嘘でーす!」

「くそー!」

石川が一気に攻め込む。吉田が必死に耐えるが、わずかな差で石川が勝利した。

「やったー!」

周りから拍手と歓声が上がる。吉田も笑顔で握手を求めてきた。

「いやー、めちゃくちゃ楽しかったです!」

「だろ!?これがグレートなキャンプの力だ!」

もう一つの準決勝は、千葉VS佐藤の戦い。

二人がテーブルに着くと、千葉が真剣な表情で佐藤を見つめた。

「佐藤さん、僕、本気ですよ」

「おう、来いよ」

「本気で...卑怯にいきます」

千葉がそう言うと、手を構える前に掌をベロベロと舐め始めた。

「うわっ!唾より気持ち悪い!」

佐藤が顔をしかめる。

「これも戦術です!」

千葉の掌がツヤツヤになった。佐藤は嫌そうな顔をしながらも、手を握る。

「用意...」

富山が手を挙げた瞬間、千葉が突然泣き真似を始めた。

「うっ...うう...ここで負けたら石川さんに申し訳が...僕、僕...」

「えっ!?ちょ、マジ泣き!?」

佐藤が完全に動揺する。

「スタート!」

「うおおお!」

千葉の雰囲気が一変。先ほどの涙は嘘だったかのように、力強く攻める。

「嘘泣きかよ!」

「これも心理戦です!」

佐藤は動揺から立ち直れず、あっさりと負けてしまった。

「やった!」

千葉が飛び上がって喜ぶ。周りから笑いと拍手が起きた。

「すげえ!」

「あの子、やるじゃん!」

「完全に騙されたな佐藤!」

そしてついに決勝戦。石川VS千葉。

二人がテーブルの前に座る。周りに集まった観客は、もう三十人近い。それぞれが思い思いに応援を始めている。

「がんばれ石川さん!」

「千葉くんファイト!」

「両方頑張れー!」

富山が審判として、二人の間に立った。その表情には、驚きと安堵が混ざっている。

「よし千葉、いくぞ!お前がここまで来るとは思わなかったぜ!」

「石川さん、僕、本気で勝ちにいきますよ!」

二人とも笑顔だ。

「用意...」

富山が手を挙げる。

その瞬間、千葉が石川の目をジッと見つめた。

「石川さん、一つ言いたいことがあります」

「何だ?」

「この『卑怯な腕相撲大会』、めちゃくちゃ楽しいです。石川さんについてきて、本当に良かった」

「...千葉」

石川の目が少し潤んだ。

「だから...」

千葉の表情が一変。ニヤリと笑う。

「容赦しません!それに今、石川さんの手、震えてますよ?緊張してるんですか?」

「してねえよ!」

「いや、絶対してますって。ほら、今も」

「してねえって言ってんだろ!」

石川が動揺する。千葉の心理戦が効いている。

「スタート!」

富山が手を下ろした。

瞬間、二人の腕に力が入る。周りの声援がさらに大きくなった。

「頑張れー!」

「負けるなー!」

拮抗する力。テーブルががたがたと揺れる。

その時、石川が突然言った。

「千葉...お前、さっき肘関節痛いって言ってたけど、大丈夫か?無理すんなよ」

「えっ?そんなこと言って...」

千葉が一瞬考え込む。その隙に石川が攻める。

「今だ!」

「あっ!そっちこそ嘘か!」

千葉が踏ん張る。力を入れ直した。

「くそっ!」

再び拮抗状態。二人の額から汗が流れる。腕がプルプル震えている。

「あっ、やば...」

千葉が苦しそうな声を出した。

「千葉!?」

「肘関節が...マジで...」

石川が心配そうな顔をする。力を少し緩めた。

「おい、大丈夫か!?無理すんなって!」

「嘘でーす!」

「くそおおお!また騙された!」

千葉が一気に攻め込む。石川の手が傾く。

「このままじゃ負ける!」

その時、石川が突然叫んだ。

「あ、熊!本当本当!マジだって!そこの木の陰!」

「そんな古典的な手に!」

「いや本当だって!富山も見ただろ!?」

「富山さん!?」

千葉が一瞬富山を見た。富山は首を横に振る。

「いない」

「ほらな!騙されるなよ千葉!」

千葉が力を入れ直す。しかし一瞬の隙で、石川も態勢を立て直していた。

「くそー!あと少しだったのに!」

二人の腕が完全に拮抗する。もう五分以上戦っている。観客たちの応援もさらに熱くなってきた。

「石川ー!負けるなー!」

「千葉くん頑張れー!」

「どっちも頑張れー!」

その時、石川が突然歌い始めた。

「♪千葉ーの落花生ー、有名だーぞー♪」

「もうその手には引っかかりません!」

千葉が即座に返す。しかし口元が緩んでいる。

「♪ピーナッツバターもー、美味しいぞー♪」

「やめてください!笑っちゃう!」

「♪千葉千葉千葉ー、千葉千葉千葉ー♪」

「意味わかんない歌やめて!」

千葉が笑いをこらえている。その顔が真っ赤だ。

観客たちも笑い始めた。キャンプ場全体が笑いに包まれている。

「石川さん、そっちこそ...」

千葉が真剣な顔で言った。

「今、合図より早く押してきましたよね?」

「してねえよ!」

「いや、さっき絶対...」

「してねえって!な、富山!」

富山が困った顔で答える。

「私、もう何が何だか...」

「ほらな!」

「いや、でも確かに...」

千葉が疑心暗鬼になる。その表情を見て、石川がニヤリと笑った。

「千葉...お前、もう限界だろ?腕がプルプル震えてるぞ」

「石川さんだって!」

「俺はまだまだ余裕だ。ほら、この笑顔」

石川が余裕の笑みを浮かべる。しかしその額からは大量の汗が流れている。

「嘘だ!絶対限界!」

「お前がな!」

二人とも必死だ。もう意地の張り合いになっている。

そして、その瞬間が来た。

二人が同時に力を入れた瞬間、テーブルの脚が「バキッ!」と音を立てた。

「あっ」

「やば」

テーブルが傾き、二人の手が同時にテーブルに着いた。

「...引き分け?」

富山が恐る恐る言う。

一瞬の沈黙。

そして次の瞬間、石川と千葉が同時に叫んだ。

「よっしゃああああ!」

「めちゃくちゃ楽しかったー!」

二人は立ち上がり、ハイタッチした。周りから大きな拍手と歓声が上がる。

「おおおお!」

「すごかった!」

「めちゃくちゃ面白かった!」

観客たちが口々に言う。中には拍手しながら涙を浮かべている人もいた。

「いやー、千葉、お前めちゃくちゃ卑怯だったな!」

「石川さんには負けますよ!掌に唾つけるとか、最高に卑怯でした!」

二人とも満面の笑みだ。汗だくになりながら、肩を組んでいる。

「すいませーん!」

突然、大学生の吉田が手を挙げた。

「何だ?」

「俺たちも、もっとやりたいんですけど!今度は優勝者と戦わせてください!」

「おお!いいねえ!」

石川が嬉々として答える。

「じゃあ俺も!」

「私も参戦したい!」

次々と手が挙がる。観客だった人たちまで参加し始めた。

富山が呆れた顔で石川を見る。

「ねえ石川...これ、いつまで続けるの?」

「さあ?みんなが飽きるまでじゃね?」

「...テーブル壊れたんだけど」

「あ」

石川が傾いたテーブルを見る。確かに脚が折れている。

「まあ、俺のテーブルだし!予備もあるし!問題ねえ!」

「そういう問題じゃ...」

富山がため息をつく。しかしその口元には、小さな笑みが浮かんでいた。

結局、その日の「卑怯な腕相撲大会」は、日が暮れるまで続いた。

最終的に参加者は五十人を超え、キャンプ場全体を巻き込んだ一大イベントになった。優勝者は中年のおじさんで、「孫の写真見る?」と言いながらスマホを取り出す振りをして、相手の集中を削ぐという高度な心理戦を使った。

夜。焚き火を囲みながら、三人はその日を振り返っていた。

「いやー、今日も最高のキャンプだったな!」

石川が満足げに炎を見つめる。

「確かに...楽しかったです。最初はどうなるかと思ったけど」

千葉も笑顔だ。その顔には充実感が溢れている。

「まあ...今回は結果的に良かったけどね」

富山がボソッと言う。しかしその表情は柔らかい。

「富山も楽しんでただろ?」

「...まあ、ちょっとだけ」

富山が小さく笑った。

その時、隣のテントから声がかかった。

「石川さーん!」

吉田たち大学生グループだ。

「明日もやりません?今度は『卑怯な○○大会』で!」

「おお!いいねえ!何やる!?」

石川の目が輝く。

「いやいやいや!」

富山が慌てて止めに入った。

「明日は普通のキャンプをしよう!?ね!?普通の!」

「普通って何だよー」

石川が不満そうに言う。

「普通に料理して、普通に散歩して、普通に過ごすの!」

「つまんねー」

「つまんなくない!それが普通のキャンプ!」

富山が必死に説得する。千葉はクスクス笑っていた。

「でもなー、せっかく盛り上がってるのに」

「ダメ!」

富山の必死の説得に、石川はしぶしぶ頷いた。

「...わかったよ。じゃあ明日は普通のキャンプな」

「本当に?」

「ああ、本当だって」

富山がホッと胸を撫で下ろす。

しかし石川の目は、また何か企んでいるような輝きを放っていた。千葉もそれに気づいて、ニヤリと笑う。

「...あんたたち、何か企んでるでしょ」

「いやいや、何も!」

「普通のキャンプするって!」

二人が口を揃えて言う。しかしその顔は完全に悪ガキのそれだった。

「もう...」

富山が諦めたようにため息をついた。

そして焚き火の炎が揺れる中、三人の笑い声が静かな夜の森に響いた。

明日もまた、石川たちの「グレートなキャンプ」が始まるのだろう。

それがどんなにハチャメチャでも、どんなに突飛でも、三人が一緒ならきっと楽しいキャンプになる。

そう、それこそが「俺達のグレートなキャンプ」なのだから。

(完)

―翌朝―

「おはよー!」

石川の元気な声で、富山と千葉が目を覚ました。

テントから出ると、石川がすでに何やら準備をしている。

「...石川、それ何?」

富山が恐る恐る聞く。

そこには「卑怯なフリスビー大会」と書かれた手作りの看板があった。

「いやー、昨日の夜に思いついちゃってさー!」

「普通のキャンプって言ったじゃん!」

「これも普通の範囲内だろ!?な、千葉!」

「そうですよ富山さん!フリスビーなんて超普通じゃないですか!」

「卑怯って書いてあるんだけど!?」

富山の叫び声が、朝の森に響き渡った。

そして今日もまた、石川たちの「グレートなキャンプ」が始まるのであった。

(本当に完)

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『俺達のグレートなキャンプ178 皆で卑怯な腕相撲大会をしよう(?!)』 海山純平 @umiyama117

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