最適化されたユートピアへようこそ
泉 和佳
第2話 事故
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一分内容にグロテスクな表現も記載されています。
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“大東航空をご利用いただきありがとうございました。当機は間もなく着陸いたします。
お忘れ物ないようにお手回りをご確認の上、青いランプがつくまでお席を離れないようにお願いします。“
機内アナウンスを聞いて
機内で食べたスナック菓子の袋をつまんで、まぁ良いかとその辺に突っ込もうとしたが、
「よろしければこちらで捨てますよ。」
と、愛想よく微笑む子連れの母親に手を伸ばされた。
「どうも。」
差し出された手にゴミを乗せる。
母親は持参していたビニール袋に自身のごみと一緒にまとめた。
なんだか、何も悪いことをしていないのに居た堪れない気分になる。
あちらで留学している間は、環境汚染がどうのと言う友人がいたため、一応は気を使ってそういう事はしないようにしていた。
しかし、その友人たちも聖人君主というわけでもなく、女の子の話で盛り上がったし、特定の人間を槍玉にあげることもあった。
ところが、彼ら生体チップを埋め込まれた大衆は違う。
彼らは悪口を言わない。
基本、不平や不満を口にしない。常に穏やかで決して怒らない。例え殴られても、首を絞められたとしてもだ。
だから不気味なのだ。
昔、自分と同じでチップを入れていない側の先輩で、どうも粗暴な先輩がいた。
彼は、事あるごとにチップを入れている生徒を見ては暴力沙汰を起こし、果ては女子生徒を妊娠させたとか何とか……。
それで、現場に居合わせたことがあったのだが、殴られてた奴が、腫れて血が出てボロボロなのに、学校に戻ってきた時には何事も無かったかのようにしていた。思わず、
「学校に来るの怖くなかったの?」
と、聞いてしまうほどに。そしたらその彼はこう答えた。
「どうして?」
本当に分からないと言うかのような反応であった。それからその彼は、何度か被害に遭っていたようだが、怒るでもなく、悲しむことも無かった。
こんなことになったら普通、悔しいとかなんとかあるだろう。
だが、チップが入れられた人間は、AI
“チップを入れられると、感情すらなくすのだろうか?”
ふとそんな気さえしてしまう。
それが、
まるで、物言わぬ人形がひとりでに動いてるかのような……そんな怖さだ。
だから、海外留学という手段で逃げ出したわけだが、帰国命令が出されてしまった。
もし無視すれば、恐ろしい事にこの国では国家反逆罪に問われてしまう。
これは二等親以内の親族にも適応され、投獄の後、チップ持ちに転落する。
流石の
通路を渡ってケータイの電源を入れる。すると、待ってましたと言わんばかりに着信音が鳴り響いた。
「え、母さん?」
着信は母からだった。
「何? どうしたの?」
不機嫌に出ると、母は声を詰まらせ言った。
「っつ。宙……! 早く、早く帰ってきて!!」
宙もこの母の様子に少し戸惑った。
「何? 何かあったの?」
「お、お父さんが……! こんなこと……!!」
まさかと思った。父に何か――?
「落ち着いて。今何処にいるの? 家?」
「うっぅ……。び、病院に。第一国民病院に……。」
「解った。ちょっと待ってて。」
タクシーを拾って直ぐ病院に直行する。
病院のカウンターで名前を言って案内されたのは、死体安置室であった。
その前で、母は看護師に付き添われ憔悴しきっていた。
「宙……。」
「まさか……本当に?」
父が……。
「どうしますか? お会いになられますか?」
医師に尋ねられ即答した。
「えぇ。」
ただ……医師にはこう告げられた。
「事故によりお亡くなりになられましたので、ご遺体の損壊状態が激しいですが……ご覧になられますか?」
「事故。……はい。」
「では。」
エタノール臭い室内に、白い布をかけられ横たわる父。
その体にかけられた布の膨らみが、妙に小さい気がした。本来足があるべきところに、ペタンと布が垂れ下がっている。
顔にかけられた布を恐る恐るめくる。
父の死に顔は、壮絶であった。
カッと見開かれた目は、三白眼に上向いている。
ジョウは恐怖にめくった布を直ぐに手放した。
「父は、何で……?」
「エレベーターに挟まれたまま、誤作動を起こして……。」
!!
「何でそんなことに……。」
ジョウはショックで口元を覆った。
「現在調査中とのことです。」
「そうですか。」
それ以上何も言葉は出なかった。
ショック……と言うには余りにも重く、悲しみが湧くにも、恐怖が少し勝る。
その日、父の遺体の損壊状況が激しいことと、事故原因を調査するため、遺体は解剖に回されることになった。母と2人で自宅に戻ることに。
タクシーでの移動中、雨で霞んだ繁華街を眺めながら母が言った。
「もうお昼ね。何か食べましょうか?」
「うん。」
タクシーを待たせて、適当なファミリーレストランに入る。
メニューに目を通すが最初に入ってきたページがいけなかった。
分厚いステーキの写真。
ナイフを入れ、ジューシーな赤身の断面が……。
宙は思わず後のページをめくった。
赤い肉の断面だなんて。
否応なしに父の無くなった足が脳裏をよぎる。
結局、2人ともパスタを注文。
母も同じことを思っていたのだろう。2人ともカルボナーラだった。
鼻をくすぐる胡椒と濃厚なチーズの香り。だが口に含んでも、味がしない。
それでも黙々と食べ進める。
そんな中、母がボソリと言った。
「お父さん……省庁内のエレベーターで、ああなったって――。」
「え?」
省庁内のエレベーター……だって?
いや、待てよ?
そもそも、エレベーターの誤作動なんておかしいじゃないか!
だって……天恵に制御されたエレベーターが誤作動を起こすなんて、おかしいし……なにより、整備不良なんてものは起こり得ない。
チップを搭載された大衆は、怠慢というものを行えない。“無抵抗で、清く、正しい”そのようにチップを搭載したその日から、プログラムがセットされる。
故意でなければ、間違わない。
父は、誰かに、殺されたのか――――――?
砂を飲み込んだように喉が渇いて奥がざらつく。
母はそれっきりで、何も言わない。
結局、パスタは半分も食べられなかった。
レジで精算をする。
スマートウォッチを端末にかざすと
「ありがとうございました。」
と、ウェイトレスが笑顔で見送る。
そのウェイトレスの手の甲には、バーコードが刻まれていた。
チップ持ちの証だ。
思わず、彼女の顔を凝視した。
「何か?」
「いいえ。」
だが、直ぐに顔を逸らした。
少なくとも、目の前の彼女は無関係だろうが、チップ持ちなら、
では命令を下した、誰かがいるのか?
正統民の誰かが、父を、殺したのか?
あんなに酷い殺し方をする程、父を憎んで?
ただ単に証拠を残したくないだけなのか?
なぜ、どうしてこんなことを?
浮かんでは消える疑問の数々に脳内を占拠されていたら、気付けば自宅の元と自室のベッドに腰掛けていた。
とおに日は落ちかけ、薄暗い室内は電気もつけていなかった。
父のことを好きだったかと聞かれれば、別にそれほどでもなかった。だが……。
留学を決めた日のこと。
母には泣かれるほど反対されたが、父は、
「人生の一つくらい……お前自身が決めたっていいだろう。」
そう言って送り出してくれた。
幼い頃からろくな休みもなく働きづめの父、たまに家にいたかと思えば書斎を出ることはほとんどなく、いつも見ていたのは背中であった。
嫌いじゃなかったけど、感情を抱けるほどの関係でもなかった。
そんな父が賛成して送り出してもらえた留学。
つかの間の自由。
父も自由に、なりたかったのだろうか?
ふとそんな考えがよぎった。
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ここまで楽しんでいただいて、ありがとうございます。
ですが、挑戦したことないジャンルで書いてるので、更新は週一回とさせてください。
ご評価ご意見などいただけると幸いです。
これからも作者と一緒にドキドキしていただけると幸いです😊
最適化されたユートピアへようこそ 泉 和佳 @wtm0806
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