平凡男、平凡に暮らす
翌日の午前中、モニの通知どおり、上倉さんが来社した。
「お疲れ様でした、佐藤さん。折角ご協力いただいたのに、このような結果になり申し訳ございません」
そんなことより御社のとの契約内容により、この三ヶ月間、私の身は常に危険にさらされておりました。結果的に無事であったことは幸いですが、到底看過できることではございません。
とでも言ってやりたかったが、結果的に生きているし、上倉さんが悪いわけでもない。そう思うと、文句は言えなかった。
「いえ、僕のほうこそ……。良いデータが取れるはずだったのに、平凡じゃなくなっちゃって、すみません」
AI学習は本当に中止になったらしい。今朝は殺し屋がひとりも現れなかった。毎朝命懸けで出勤するのが当たり前になっていたのに、それがぱったりなくなると、なんとなく物足りない気分にすらなった。
上倉さんは、応接テーブルの上で手指を組んだ。
「それでは、監視を終了します。スマートウォッチをお貸しください」
「あっ……」
僕は思わず、左手首のスマートウォッチを右手で覆った。
そうだ。監視が終わるということは、監視用AIであるモニが不要になるということだ。
「モニ、アンインストールされちゃうんですか?」
スマートウォッチを差し出せない僕を、上倉さんが黙って見ている。僕は右手の指に力を込めた。
「いや、その、便利すぎて……もうモニがない生活を考えられないというか」
仕事もプライベートも補佐してくれて、僕の健康を気遣ってくれる。モニのおかげで身についたこともあって、僕を成長させてくれた。そしてなによりともに死線を潜り抜けてきた、唯一無二の相棒である。
今ここで上倉さんにスマートウォッチを差し出したら、もうモニが僕に話しかけることはなくなる。そう思うと、手首のベルトを外せない。
二の足を踏んでしまう僕に、上倉さんは言った。
「実はですね。佐藤さんに次の案件をお願いしたくて」
「はい?」
「この三ヶ月、佐藤さんの行動をAI学習のためにデータを取らせていただいたところ、あなたはモニタロイド、モニを愛用してくださっていました」
「はい、正直とても愛用してます」
頷く僕に、上倉さんが微笑む。
「そこで弊社は、佐藤さんをベースにした平凡AIの開発を中止する代わりに、モニを一般向けに製品化する方向に転換しました」
「ん?」
「現状のモニは、佐藤さんのデータを収集する専用の監視ツールです。これを一般向けに作り替えるなら、監視機能は要らなくなり、それ以外の機能を残す形になります」
上倉さんが落ち着いたトーンですらすらと話す。
たしかにモニは、監視ツールにしては便利すぎた。監視対象である僕が積極的に使うようにするためだったらしいが、それにしたって有能すぎるほど有能だ。僕だけ持っていると、周りから羨ましがられるくらいだった。
上倉さんは僕の左腕に視線を向けた。
「というわけで、佐藤さん。これからは弊社はモニの開発に尽力しますので、佐藤さんにはモニのモニターをお願いしたいです」
「えっ、モニのモニター?」
「モニタリングアンドロイドのモニをモニタリングするモニターです。モニの使用感について、弊社にフィードバックをお願いしたいのです」
目をぱちくりさせる僕を、上倉さんは微笑を浮かべて眺めている。
「一般向けに開放するとなると、現状のモニのままでは製品化できないので、調整が必要になります。例えば、犯罪に利用できてしまいそうな機能を、悪用できないように設定を制限する必要があったりとか。そういった調整により、佐藤さんが三ヶ月使用したモニと変更後のモニで、使い心地が多少変わるでしょう。そのあたりの使用感について、佐藤さんからご意見を賜りたいのです」
唖然とした。僕は、自分自身はAI学習のモデルから外れるが、引き続きモニのモニターとして、モニを使い続けるのか。
ポッと、スマートウォッチの画面が光った。
『佐藤さん。モニは佐藤さん専用AIとしてこの端末にインストールされました。私のことを誰よりも分かっているのは、佐藤さんです。これからも、私のことを見ていてくれますか?』
青く光る画面に、白い顔がニコニコと微笑む。
手放したくない理由は、単純に便利だから。というのもあるけれど、本音を言うと、なんだか愛着がわいてしまったから……でもある。
僕はこくんと、頷いた。
「モニのモニター、喜んで承ります」
「ご協力ありがとうございます。では、スマートウォッチをお借りします。管理者権限で、監視機能を削除します」
上倉さんが掌を差し出す。僕はようやく、腕のスマートウォッチを外した。それを上倉さんの掌に置いて、少し軽くなった左腕に、右手を重ねる。
「モニの記憶は残りますか」
『残りますよ』
返事をしたのは、上倉さんではなくて、上倉さんの手の上のモニだった。
『これからも一緒です、佐藤さん!』
たかがAI、されどAI。「人間性を鍛造する」をスローガンに掲げたヒューマナフォージ社のAIは、たしかに、人間の僕に寄り添ってくれるように感じた。
上倉さんは僕のスマートウォッチを操作して、すぐに僕に返してくれた。
「新たに、モニタロイドモニター契約の電子契約書を配信しておきました。こちらにサインを入れていただければ、引き続きモニをご利用いただけます」
画面にはモニター契約の契約内容が表示されていた。僕は前回の失敗を踏まえて、今回は丁寧に内容を読んで、自分の死が関係ない契約なのを確認してからサインを送信した。
「良かった。AIの学習対象から外れて、殺し屋に狙われずに済んで、それでなおかつモニを使い続けられるなんて、最高の着地点だ」
腕にスマートウォッチを巻く。ピピッと、早速モニが喋りだした。
『危険度:高。外出を控えてください』
「え? どうした?」
『ヒューマナフォージ社のライバル企業の刺客が、佐藤さんの命を狙っています』
ひゅっと、血の気が引いた。上倉さんはひとつまばたきをして、目を逸らした。
モニが無邪気に続ける。
『佐藤さんを殺害し、スマートウォッチを強奪して、高機能AIであるモニのプログラムをヒューマナフォージ社から盗むことが目的でしょう』
「ちょっと待って」
『私のプログラムを他者に盗まれたら、ヒューマナフォージ社には多額の損失が発生してしまいますね。逆に言えば、他社はあなたさえ殺せば、多額の儲けを得ることになる』
あれ? もう殺し屋に命を狙われる心配はなくなったのでは……?
画面の中のモニが、くるくるきらきらと電子的な光を放つ。
『佐藤さん、これからは命懸けでモニを守ってくださいね!』
金のためにも死んでくれ 植原翠/新刊・招き猫⑤巻 @sui-uehara
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