『俺達のグレートなキャンプ177.5 モンティホール問題講師、全国行脚からの帰還』

海山純平

第177.5話 モンティホール問題講師、全国行脚からの帰還

俺達のグレートなキャンプ177.5 モンティホール問題講師、全国行脚からの帰還


「ただいま...」

一ヶ月ぶりに富山の家に現れた石川は、別人のようだった。

いつもの輝く目は虚ろで、肩は落ち、髪はボサボサ。リュックを引きずるようにして玄関に立っている。その姿は、まるで戦場から帰還した兵士のようだった。

「い、石川!?どうしたの!?」

富山が驚いて駆け寄る。リビングでコーヒーを飲んでいた千葉も飛び出してきた。

「石川さん!お帰りなさい!...って、大丈夫ですか!?」

「ああ...千葉...富山...久しぶり...」

石川がふらふらとリビングに入り込み、ソファに倒れ込む。そのまま動かない。

「ちょ、ちょっと!生きてる!?」富山が揺さぶる。

「生きてる...生きてるけど...もう...モンティホール...見たくない...」

「え!?あんなに楽しそうに解説してたのに!?」千葉が目を丸くする。

石川が力なく顔を上げる。目の下には深いクマ。

「あのキャンプの後だ...SNSに投稿した『#モンティホール問題キャンプ』が...バズった...」

「それは知ってる!すごかったですよね!リツイート5万超えてたし!」千葉が興奮気味に言う。

「ああ...」石川が遠い目をする。「そしたら...全国のキャンプ場から...DMが...来始めた...」

富山がスマホを取り出し、石川のSNSアカウントを確認する。

「うわ...未読DM、327件...」

「最初は嬉しかったんだ」石川が続ける。「『うちのキャンプ場でもやってください!』『子供たちに教えてあげてください!』って...俺、思ったんだ。『これこそグレートなキャンプの究極形態だ!』って...」

「で、全部受けちゃったんですか...?」千葉が恐る恐る聞く。

「最初は週に二、三件のつもりだった...でも断れなくて...気づいたら...毎日...」

石川がリュックからボロボロになったスケジュール帳を取り出す。びっしりと予定が書き込まれている。

富山がそれを覗き込んで、絶句する。

「10月15日・北海道、16日・青森、17日・岩手、18日・秋田...って、毎日違う県!?」

「移動...移動...解説...移動...解説...」石川が虚ろな目で天井を見つめる。「新幹線と高速バスと車と...レンタカー代だけで...給料三ヶ月分...」

「馬鹿じゃないの!?」富山が叫ぶ。「なんでそんな無茶な!」

「だって...みんな...楽しみにしてて...」

石川がスマホの画面を見せる。そこには参加者たちからの感謝のメッセージが並んでいる。

『石川さんの解説、息子が目を輝かせて聞いてました!』

『モンティホール問題、理解できて感動しました!』

『次はベイズ統計も教えてください!』

「ベイズ統計まで要望が...」千葉が呆れたように呟く。

「最初の一週間は...まだ良かったんだ...」石川が語り始める。


(回想)

「皆さん!モンティホール問題です!」

北海道のキャンプ場。石川が元気よく段ボール箱を並べる。集まった親子連れ、約30人が歓声を上げる。

「わー!テレビで見た人だ!」

「石川さーん!」

解説は大成功。みんな目を輝かせて聞いてくれる。実験も盛り上がり、最後は拍手喝采。

「グレートだああああ!」

石川が満足そうに叫ぶ。

翌日、青森。

「モンティホール問題でーす!」

やはり大盛況。40人集まった。

「次は岩手でもやってくださいよ!」

「もちろん!」

翌日、岩手。

「モンティホール...問題...」

若干声のトーンが落ちている。でもまだ笑顔だ。

「すみません、秋田でもお願いできませんか?」

「...はい」


「三日目くらいから...体力的にキツくなってきた...」石川が続ける。

「でも断らなかったんですか?」富山が聞く。

「断れなかった...みんな楽しみにしてるって...何週間も前から予約してくれてるって...」

千葉がお茶を淹れて差し出す。石川が両手で受け取り、ゆっくり飲む。

「一週間目の終わり...新潟のキャンプ場で...事件が起きた...」

「事件?」

「解説中に...寝落ちした...」

「え!?」

石川が顔を覆う。


(回想)

「では次に...100個のドアがある場合を...考え...ま...す...」

石川の声が小さくなる。視界がぼやける。

「あの、石川さん?」

「はい...?あ、すみません...では...ドアが...」

カクン。

石川の頭が前に垂れる。

「え!?石川さん!?」

「寝た!?」

観客がざわつく。五秒ほどの沈黙の後、石川がハッと目を覚ます。

「あ、すみません!では続き...」

またカクン。

「また寝た!」

子供たちが笑い始める。


「最悪だった...」石川が呻く。「でも参加者の人たちは優しくて...『大丈夫ですか、今日は休んでください』って言ってくれて...でも翌日は長野で予定が...」

「休めばよかったじゃない!」富山が叫ぶ。

「でも...長野の人たちも楽しみにしてて...」

「石川さん...」千葉が心配そうに見つめる。

「二週間目...もう限界だった...でもまだ予定は半分以上残ってて...」

石川がスマホをスクロールする。写真フォルダには、全国各地のキャンプ場の写真。どれも同じような段ボール箱と模造紙が映っている。

「静岡では...解説中に段ボール箱を蹴っ飛ばした...」

「疲れてたんですね...」

「愛知では...AとBとCの箱を混乱して...間違った説明をした...」

「それは致命的...」富山が苦笑する。

「三重では...『モンティホール問題』を『モンキーボール問題』って言い間違えた...」

「それは別のゲームだ!」千葉がツッコむ。

石川が深いため息をつく。

「でも最悪だったのは...三週間目...京都での出来事...」

「何があったんですか?」

「講師として呼ばれたキャンプ場に着いたら...すでに別の講師が...モンティホール問題を解説してた...」

「え!?」

「俺が全国を回ってる間に...俺の解説動画を見た人たちが...勝手に講師になって...全国で解説し始めてたんだ...」

富山と千葉が顔を見合わせる。

「つまり...石川さんがモンティホール問題講師のブームを作っちゃった...?」

「ああ...」石川が力なく頷く。「京都の講師は大学生だった...しかも俺よりうまかった...スライドとか用意してて...段ボール箱も電飾で光るようになってて...」

「進化してる...」千葉が呟く。

「その場で俺...どうしていいか分からなくて...観客として参加した...自分が作ったブームの解説を...観客として聞いた...」

しばしの沈黙。

「それは...辛いですね...」千葉が同情する。

「大阪ではモンティホール問題専門のYouTuberに会った。広島では統計学専攻の教授が講師してた。福岡では高校生が教えてた...」

石川の声がどんどん小さくなる。

「四週間目...もう何のために全国を回ってるのか分からなくなってた...でも予約は入ってて...断るわけにいかなくて...」

富山がソファに座り、石川の隣に並ぶ。

「石川...無理しすぎだよ...」

「昨日...最後のキャンプ場...鹿児島で...ついに...」

「ついに?」

「観客が...三人しか来なかった...」

「...」

「しかもその三人...俺の解説、すでに五回聞いてるリピーターだった...『石川さんの解説じゃないと物足りない』って...」

「それは...嬉しい話じゃ...」千葉が言いかける。

「嬉しかったよ...」石川が初めて笑顔を見せる。「でも同時に思ったんだ...『俺、何やってんだろう』って...」

石川がソファに深く沈み込む。

「キャンプって...楽しむものだったはずなのに...義務になってた...『グレートなキャンプ』がモットーだったのに...もうグレートでも何でもなかった...ただの巡業だった...」

富山が石川の肩をポンポンと叩く。

「分かった分かった。とりあえず今日はゆっくり休みなさい」

「でも...まだDMで依頼が...」

「全部断りなさい!」富山が強い口調で言う。「あんた、キャンプが好きだから始めたんでしょ?義務でやるもんじゃないでしょ?」

「富山...」

「そうですよ!」千葉も加わる。「石川さんの『奇抜でグレートなキャンプ』は、楽しんでやるから意味があるんです!疲れ切ってやるもんじゃない!」

石川が二人を見る。目に涙が浮かんでいる。

「お前ら...ありがとう...」

「泣くな!」富山が笑う。「らしくないでしょ!」

「でも...受けた依頼...どうすれば...」

千葉がスマホを操作する。

「任せてください!俺が丁寧にお断りのメッセージ送っときます。『講師の体調不良のため、しばらく活動休止』って」

「そして」富山が続ける。「全国のモンティホール問題講師たちに、バトンタッチすればいいのよ。石川が種を蒔いたんだから、あとは彼らが育てていくわ」

「そっか...」石川がゆっくり頷く。「俺が全部やる必要はないのか...」

「そういうこと!」

石川がソファから立ち上がる。まだふらついているが、少し元気が戻ってきたようだ。

「よし...じゃあしばらく休む...そして次の『奇抜でグレートなキャンプ』を考える...今度は俺たちだけで楽しめるやつを...」

「それでいいのよ」富山が微笑む。

「ああ!」千葉が手を叩く。「そうだ、石川さん。全国行脚で面白い場所とか、変わったキャンプ場とか、見つけませんでした?」

石川の目が少し輝く。

「ああ...そういえば...熊本に変わったキャンプ場があって...」

「おお!」

「温泉とキャンプ場が一体になってて...しかも敷地内に謎の巨大迷路があるんだ...」

「それだ!」千葉が興奮する。「次はそこで『夜の巨大迷路脱出ゲーム』とかやりましょうよ!」

「おお...いいな...」石川の顔に笑顔が戻ってくる。「脱出した順番で豪華な夕飯の権利が...」

「ちょっと待って」富山が割って入る。「また何か変なことしようとしてる...」

「いいじゃないですか!」千葉が笑う。「これが俺たちのキャンプですよ!」

石川がガッと立ち上がる。疲労は残っているが、目には光が戻っている。

「そうだ!俺たちのグレートなキャンプは、俺たちが楽しんでナンボだ!全国の人に教えることも大事だけど、まずは自分が楽しまないと!」

「それでこそ石川さんです!」

「でもまず一週間は寝なさい」富山が釘を刺す。「見た目が死んでるから」

「ああ...寝る...久しぶりに自分のベッドで寝られる...」

石川がリュックを持って玄関に向かう。その足取りは、来た時よりずっとしっかりしている。

「あ、そうだ」振り返って石川が言う。「一つだけ良いことがあった」

「何?」

「鹿児島で...最後の解説の後...三人のリピーターの一人が言ったんだ」

石川が嬉しそうに笑う。

「『石川さんのおかげで、息子が数学に興味を持って、統計学を勉強したいって言い始めました。本当にありがとうございました』って」

「...いい話じゃん」富山が目を細める。

「ああ。だから...無駄じゃなかったって思えた。疲れたけど...やって良かったって」

千葉が拍手する。

「最高じゃないですか!石川さんが種を蒔いて、全国に数学好きが増えたんですよ!」

「ああ...でもしばらくはモンティホール問題から離れる」石川が笑う。「次は別のテーマで『グレートなキャンプ』だ!」

「楽しみにしてます!」

「じゃあまた来週!」

石川が手を振って去っていく。その背中は、まだ少し疲れているけれど、どこか晴れやかだった。

富山と千葉が玄関で見送る。

「...結局また変なキャンプやるんだろうな」富山が呟く。

「当然でしょうね」千葉が笑う。

「まあ...それが石川だからね」

二人がリビングに戻る。テーブルの上には、石川が置いていった写真が一枚。

全国各地のキャンプ場で撮った、参加者たちの笑顔の集合写真。

「いい顔してるな、みんな」

「ですね」

「...石川も、たまにはいいことするじゃん」

「普段はめちゃくちゃですけどね」

二人が笑う。

窓の外、夕日が沈みかけている。

次の『グレートなキャンプ』まで、あと一週間。

石川の冒険は、まだまだ続く。


【エピローグ】

一週間後。

完全復活した石川から、グループLINEにメッセージが届いた。

『来週の土曜、熊本の温泉キャンプ場行くぞ!夜の巨大迷路で『トレジャーハント・デスマッチ』だ!最下位は朝食抜き!グレートだろ!?』

富山が即座に返信する。

『朝食抜きはやめて』

千葉が続ける。

『最高です!参加します!』

石川が返信する。

『よっしゃ!段ボール箱は持っていかないから安心しろ!』

富山が安堵の返信をしようとした瞬間、追加メッセージ。

『代わりに宝箱30個持ってく!』

『結局荷物多いじゃない!!!』

富山の叫びが、夕暮れの住宅街に響いた。

――第177.5回、完――

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『俺達のグレートなキャンプ177.5 モンティホール問題講師、全国行脚からの帰還』 海山純平 @umiyama117

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