のんびり屋のノン、吉祥天の使いになる

夏乃鼓

のんびり屋のノン、吉祥天の使いになる

「のんびり屋のノン〜。また遅刻するわよ。」

「その服が重いんじゃないの〜?」

「今日は遅刻しませんよ!」

モノトーンの服を着た同級生たちは、私をからかいながらホウキに乗って登校していった。明るくて装飾がたくさん付いた服の私は、1人だけ急ぎ足で学校に向かった。



--私は、魔女のノン。現代の魔女学校で勉強中ですが、落ちこぼれです。高い所が苦手だからホウキは乗れない。攻撃系の魔法は良心が傷んでできない。実技テストは補習ばっか。呪文の詠唱は失敗多め。

それに、私がマイペースだから、こんな調子でからかわれることもある。確かに、苦手なことが多いって分かってるけど、言われると心がズシッと重くなる……。


そんな私でも、回復魔法と薬作りは得意。薬草も、水晶玉を使えば探せるの。傷を癒すことができるのも、魔法の魅力よね!

あと、明るい服装と可愛い飾りは、私なりのオシャレ。明るい色の服って、気持ちが温かくなるから好きなの!



ある日、私1人だけ実技テストの補習中です。今回は、魔法陣を使った移動魔法。魔法陣を描くことより、長い呪文が難しいのよね……。

「教室から外の中庭に移動できたら、補習は終わります。私は、中庭で待ってますので。」

「はい、先生!」

よし、早く補習を終わらせてお昼ご飯を食べよう。


「魔法陣を描いて……あとは呪文……。あれ?魔法陣の光り方が違う!」

本来なら青く光る魔法陣。だけど、赤色の強い光と強風が魔法陣から放たれている!眩しくて目を瞑った瞬間、私の体が宙に浮き、どこかへ吹き飛ばされた!!

“また先生に怒られる”と思いながら、私の記憶がそこで一旦途切れた。



◇◇◇◇◇



「人が倒れているぞ!」

「南蛮人か?」

「おい、気が付いたみたいだ!」


(……あれ。何か人の声がいっぱい聞こえる。)

私、吹き飛ばされて気を失っていたみたい。でも、体のダメージは無さそうで良かった。

私は、寝転がっていた体を起こし、周りを見渡した。……私を見に来た人達の格好、どう見ても私がいる世界じゃ見たことない!


「えっと……ここはどこですか?」

「話が通じるってことは、南蛮人ではなさそうじゃな。ここは日本の越後国。上杉謙信公が治めている国じゃ。」

「ニホン?エチゴノクニ?それなら、今は西暦で何年ですか?私のいる世界だと、魔法暦で625年、西暦なら2025年。」

「おまえさん、何を言ってっか知らんが、今は永禄4年(1561年)の11月じゃぞ。」


えーーっ!!この状況、転移どころか異世界転移の可能性大!!現代へ帰れるか心配……。

混乱しながら、現代に戻る方法を考えていたけど、周りに聞こえるほど私のお腹の音が大きく鳴った。そうだ、お昼ご飯がまだだった。


「あんた、腹減ってんのか?」

「はい……。あの、皆さんに必ずお返しをするので、何か食べ物をいただけませんか?あと、申し遅れましたが、私は【ノン】と言います。」

「服装はなんや怪しげじゃが、悪そうな子には見えん。それなら、ばあさん、この子に握り飯作ってあげてくれ。」

「ありがとうございます!」


しばらくして、竹の皮に包まれた握り飯を手に、おばあさんが戻ってきた。

「この間まで戦があったから、これだけしかないけど、許してねぇ。」

「ありがとうございます!では、いただきます。……ん!とっても美味しい!こんな美味しい食べ物、初めてです!!」


握り飯を食べて、お腹の落ち着きと共に心も落ち着いていった。周りの人達をよく見ると、怪我をしている人がいっぱいいるわ。よし!今度は私がお返しをする番ね!


「美味しい握り飯を、ありがとうございました。そういえば、最近戦があったんですか?」

「ついこの間まで、川中島で戦があったんじゃ。戦が終わって男衆も帰って来たが、怪我をしている奴らも多い。田舎だから、医者もおらんくて困っとる……。」

「そうだったんですね。だったら、私、握り飯のお返しに皆さんの怪我を治します!」


私は、ポシェットから水晶玉を取り出して、怪我をしている村人達の患部を水晶玉越しに診ていった。……怪我をしている人達は、刺し傷や骨折が多いようね。これなら、回復魔法で治りそう!

「ここに、怪我をしている方々を集めていただけますか?」

「えぇが、何をするんじゃ?」

「魔法を使って、全員の傷を癒します。」

私の言葉に周りの村人達はザワついていたけど、私の説明と真剣な表情を見て、怪我人を一点に集めてくれた。


私は、緊張を落ち着かせるために深呼吸をし、左手に持った水晶玉を覗きながら呪文を唱えた。

「癒されし者、闇より解き放たれる--《癒解(ゆかい)》!」

その瞬間、怪我人達の足元に、蓮の花模様の大きな魔法陣が1つ出現。魔法陣から白くて丸い光が無数に放たれ、光が怪我人の患部へスッと入っていく。やがて、傷口は閉じ、骨も元通りに戻っていった。


回復魔法が成功して、私はホッと胸を撫で下ろした。

「怪我をされていた皆さん、痛みはどうですか?」

「痛くねぇ!!」

「奇跡だ!!」

半信半疑だった村人達も、拍手喝采の大騒ぎ。

村人達は、私に感謝の言葉をたくさん言ってくれた。中には、泣いてお礼する人もいた。

落ちこぼれ魔女の私が、こんなに人から感謝されるなんて--。嬉しいやら恥ずかしいやらで、私は小声で「お大事に。」と言うのが精一杯だった。



そこへ、丸坊主の人が騒ぎを聞きつけてやって来た。

「この騒ぎは、一体何事ですか?」

「ご住職様!ここにいる【ノン】と申す方が、奇跡の術を使って村人達の怪我を治したのでございます!」

興奮気味に話す村人達を制しながら、ご住職様は私のことを上から下まで見た。その後、左手の水晶玉と私の服装を交互に見て、ご住職様は目を見開いた。

「こ、このお方は……吉祥天様の使いに違いない!!皆の者、吉祥天様からのご加護です!すぐ、上杉謙信公にお知らせして参りますので、ノン様を丁重にもてなすように!!」

そう言って、ご住職様は急いで走り去っていった。


私、見知らぬ土地で、どうやら神様の使いになったようです。



◇◇◇◇◇



村人たちが言うに、“上杉家家臣の方は、早くても翌朝くらいに来るだろう”とのこと。そこで私は、握り飯をもらったおじいさんとおばあさんのご好意で、お家に泊まらせてもらうことになった。私は、泊まらせてくださったお礼に、この国でも作れる材料で、腰痛などに効く塗り薬をこっそり作った。喜んでもらえると嬉しいな。


翌朝、上杉家家臣の方が馬に乗ってやって来た。

「そなたがノン様か!御館様が、ノン様に民を救ってくれたお礼を言いたいと仰っておいでだ。私と一緒に、春日山城まで来てほしい。」

「分かりました!でもその前に、ほんの少し時間をください。」

「おじいさん、おばあさん、こんな素性の知らない私を泊めてくださり、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません!お礼に、腰痛などに効く塗り薬を作りました。作り方もあります。どうか……お元気で。」

私は、寂しくなるといけないから、泣くのを我慢して、笑顔でお二方に塗り薬とレシピを渡した。だけど、涙を流しながら塗り薬を大事に持つお二方を見て、感謝の気持ちと寂しさが大粒の涙となってボロボロ零れた。後ろ髪を引かれたけど、家臣の方に促されて馬に乗り、お二方が見えなくなるまで大きく手を振りながら村を後にした。



◇◇◇◇◇



家臣の方と馬に乗ること、はや5時間。馬は速くて目が回るし、おしりはすぐ痛くなってきた。魔法を使ってカバーしているのは、ここだけの秘密ね。


長かった森を進み抜けると、お城のような大きな建物が見えてきた。

「ノン様、春日山城内に入りました。この後すぐ、御館様にお会いしていただきます。くれぐれも、無礼の無いように。」

「はい。」

そうだった!偉い人に会うって、なんか緊張してきた……。


城内のとある間に通され、そこには白頭巾を被った人が座っていた。

(……凄い!清廉で、龍を纏ったかのような強いオーラ!現代でも、こんなオーラを感じたことない!)

強いオーラに怖じ気付きながらも、家臣の人に促されて座布団の上に座る。

「ノン様、春日山城にようこそおいでくださった。我が名は上杉謙信。この度は、我が国の民を救ってくださり、感謝の意を申し上げる。」

「あ、ありがたきお言葉……。」

「それにしても、この出で立ち、確かに吉祥天様に近い。御無礼を承知だが、ノン様に風邪の薬を作っていただきたい。可能か?」

「は、はい!」


そこで私は、また水晶玉を使い、風邪に効く薬草を探した。御館様の命で、薬の作り方を学びに来た方々にも手伝ってもらい、取ってきた薬草を鍋で煮込む。

「寒き者、光の如く回復したり--《寒光(かんこう)》」

仕上げに呪文を唱え、風邪薬が完成した。その場で、風邪を引いて辛そうな人達に飲んでもらうと、少し症状が和らいでみんなの瞳に光が戻ってきた。


一部始終を見ていた御館様は、拍手をして立ち上がった。

「先ほどは、御無礼を働いて申し訳なかった。ノン様にまたもや民を助けてもらい、感謝の言葉がいくらあっても足りない。心ばかりだが、お礼の品をたくさん用意した。好きなだけ選んでほしい。」

私は、お礼の品がたくさんある中で、紐の付いた小さい鈴を選んだ。「チリン♪」って小さくなる音が、堪らなく可愛かった。せっかくなので、鈴はポシェットのストラップとして結んだ。

「欲の少ない御方だ。きっと、これからも吉祥天様が御見方になってくださる。」

御館様にそう言われ、私は何だか心がポカポカしてきた。



その直後、ノンの足元に急に魔法陣が現れ、赤色の強い光と強風がノンを包み込んだ。強風と眩しい光で視界が悪くなる中、「ありがとう……ございました!」と言い、越後国を去った。



◇◇◇◇◇



ノンがゆっくり目を開けると、魔女学校の中庭に立っていた。

「補習中なのに、どこに行っていたのですか?!これだからノンは……!」

また、先生からのお説教が始まってしまいました。

(さっき起きた出来事は、夢だったのかなぁ?)

私はぼんやり思いつつ、反省して頭を下げた。すると、体の動きに合わせて「チリン♪」と鈴が鳴った。



越後国で、魔法を使って助けたこと

みんなから感謝されたこと

心がポカポカした--それが答えだった。

私は、怪我や病気の人の役に立つ魔女だということを……


--私はもう、落ちこぼれじゃないよ!

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