チャイムが鳴る夜

細川ゆうり

11時11分のチャイム

一人暮らしを始めて、三か月が経った。

会社から帰って、簡単な夕食を済ませて、

スマホを見ながら寝落ちする。

そんな、どこにでもある夜。


その日もいつもと同じように、時計の針が

11時11分を指したころだった。


――ピンポーン。


不意に、チャイムの音が鳴った。

この時間に、来客なんてありえない。

モニターを覗いても、誰もいない。



なんだ、ただのイタズラか。


そう思って、その夜は寝た。



次の日の夜。

同じ時間に、また――ピンポーン。


モニターを見る。やはり誰もいない。

少し不気味だったけど、録画機能がついていることを思い出して、再生してみた。


……何も映っていなかった。

ただ、最後の一瞬、画面の右端で、

黒い何かが揺れた気がした。

髪の毛のような、影のような。



三日目の夜。

気味が悪くなって、今夜は録画を

オンにしたままベッドに潜り込んだ。


時計の針が十一時十一分を指す。

息を殺す。


――ピンポーン。


きた。

モニターには、やっぱり誰もいない。

録画を巻き戻して再生する。


その瞬間、息が止まった。


画面に映っていたのは、玄関の中。

長い髪の女が、私の部屋の

ドアの前に立っていた。

背中をこちらに向けて。

ゆっくりと首を傾けて、振り返る――


そこで映像は途切れた。



私は叫びながら玄関へ駆けた。

鍵は閉まっている。

でも、ドアの内側の床が濡れていた。


足跡。

小さな裸足の跡が、

点々と部屋の奥へ伸びている。

たどるように目で追う。


その足跡は、私のベッドのそばで

止まっていた。


息を呑む。

ゆっくりと顔を上げたその先――


そこに、女がいた。


私のすぐ目の前に。顔が異様なほど近くて、

その目だけが、暗闇を映すみたいに

深く黒かった。


瞬きもせず、じっと私を見ていた。


次の瞬間、部屋の明かりがふっと消え、

闇の中に、あの黒い瞳だけが残った。



それから、チャイムは鳴らなくなった。

代わりに、毎晩十一時十一分になると――


コン、コン。


ドアの内側からノックの音がする。


私はもう、確かめない。

どうして“内側”から音がするのかなんて、考えたくもないから。


だってあの夜、録画された映像の最後で、

女がこっちに微笑んでいたのを見てしまったから。


あれからずっと、

ドアの下の隙間から、長い黒髪が少しだけ覗いている。


――たぶん、まだ中にいる。

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チャイムが鳴る夜 細川ゆうり @hosokawa_yuuri

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