にゃふん

津多 時ロウ

にゃふん

 彼は今日もにゃふんとしている。いついかなる時も、どんなときも、調子が悪いときでさえ、にゃふんとしてやまない。私の仲間内では、彼はまるでにゃふんが服を着て歩いているようだと、もっぱらの評判である。ともかく、彼はにゃふんとしていて、彼を表現する言葉を、私はにゃふん以外に知らないのだ。

 世が世なら「男子たるものにゃふんとするなど何事か」と路上で一喝などされそうなものだが、このご時世、元・少年の中年男性がにゃふんとしていたところで、如何に雷親父であろうとも、「ああ、そういう時代なんだな」で終わりである。

 とは言え、問題がないわけではない。

 彼があまりにもにゃふんとしているせいで、周りの人間も釣られてにゃふんとしてしまうのだ。これは実に危うい。これを放置しておけば、いずれ全国民がにゃふんとなり、国家の存亡にも関わりかねない。にゃふんとはそれほど危険なものなのだ。

 だから私は彼の親友として苦言を呈したことがある。

「なあ、君。君がそんなににゃふんとしているものだから、ついつい私も、商店街のおじちゃんもおばちゃんも、誰も彼もが皆にゃふんとしてしまうんだ。この件を君自身がどう思っているかは知れないが、こんなことを続けていれば、いずれ政府に目を付けられてしまうぢゃあないか。

 だから、君。もうにゃふんをやめておしまいなさい。四六時中もにゃふんとしていたら、だいいち君が疲れてしまうだろう?」

 そうしたら彼は顔を真っ赤にして、それはもう猩々しょうじょうも裸足で逃げ出すくらいに顔を赤くして、私に向かって言ったのだ。

「それははなはだ心外である。ぼくは断じてにゃふんなどしていない。もし、ぼくがにゃふんとしているように見えるのであれば、それはにゃふんの権化たるお前の心が、そう見せているだけなのだ」

 なんという言い草だろうか。自分がにゃふんとしているのを人のせいにするなど、実に傲慢ではないか。彼がそのような人物などと、夢にも思っていなかった私は、それ以来、彼に会わないようにしていた。怒りがぶり返すと思ったからだ。

 けれど、それから十五年くらい経った頃、私はついに彼と再会を果たしてしまった。

 テレビの向こう側、総理大臣として会見に臨む彼はやはりにゃふんとしていて、私はにゃふんとした未来に絶望せずにはいられなかった。 ― 完 ―

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にゃふん 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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