4
文乃が心配で、遥香は午前中の授業に全然集中できなかった。休み時間ごとに、職員室とか校長室の近くをうろうろして、文乃がいないか見に行くのだけれど、結局午前中に文乃を見かけることはなかった。
三時間目の終わりに姫山が戻ってきた。頭にはぐるぐると包帯を巻いている。遥香に顔を向けた姫山は、勝ち誇ったように鼻で笑った。姫山の視線を受け止めることができず、遥香は唇をかみしめながら、うつむくしかなかった。
昼休み。給食を大急ぎでかきこんで、聡美と一緒に職員室に向かった。
ちょうどタイミングよく応接室のドアが開いて、中に向かって何度も何度も頭を下げる男の人が出てきた。
「アヤちゃんのお父さん!」
遥香の呼びかけにビクリと肩を揺らした男の人は、遥香たちを見て少しだけ目を大きくした後、力のない笑みを浮かべた。
「ああ、君たちは、確か遥香ちゃんと、もしかして、聡美ちゃん、かな? いや、遥香ちゃんはともかく、聡美ちゃんは見違えたなぁ。二人とも、久しぶりだね」
「あ、うん、お久しぶり、です。そ、それで、あの、えっと……」
「文乃を心配してきてくれたんだね、ありがとう。でもごめんね。文乃はもう帰らせたよ」
文乃のお父さんの言葉に、遥香も聡美もがっくりと肩を落とした。ひと目だけでも会って、声をかけたかった。
文乃のお父さんも、どこか疲れた表情で元気がない。
心配になって「あの……」と呼びかけてみるけれど、次の言葉が出てこない。どうしようかと迷っていると、文乃のお父さんがほっぺたをパシッと叩いた。元気を出したいときに、遥香もよく同じことをする。
「理由もなくこんなことをする子じゃないからね。帰って話をしてみるよ。大事にしていたぬいぐるみに何かされた、みたいなことは言ってたんだけどね」
ぬいぐるみがどうしたのだろう? 首をひねっていると、聡美が「あ」と声を出す。
「あれじゃない? 昔っから文乃がカバンにつけてた、あんたが作った不細工なやつ」
自分が作った、文乃にあげた――。
「……あ~! タヌキの!」
聡美と文乃のお父さんが、そろって「え?」という驚いたような顔をした。「犬だと思ってた……」「僕は猫だと……」とかなんとか言ってから、二人とも、あわれみの色で染まった視線を遥香に向けてくる。
カアッと顔が熱くなる。不器用なのは自覚しているけれど、そんな目で見ないで欲しい。居心地が悪くて、遥香はギュッと身を縮こまらせた。
文乃のお父さんが、気まずそうにしながら咳払いをした。
「……と、ともかく。おじさんの都合で文乃を振り回しちゃったからね。少し精神的に不安定にさせてしまったのかもしれない。ケガをさせたっていう姫山さん本人にも謝らないといけないし、落ち込んでいる暇はないな。遥香ちゃん、聡美ちゃん。これからも、文乃と仲良くしてあげてね」
「そ! それは、もちろ、ん……」
ここ最近の自分の態度を思い返すと、その願いに自信満々に応じることができず、遥香の言葉は尻切れトンボになってしまった。
何か言いたそうに自分を見る聡美に、心の中で「わかってるよ!」と返事をした。
教室に戻る途中、聡美が何か言っていたけれど、遥香の耳には入らない。生返事を繰り返していると、そのうち聡美も何も言わなくなった。
階段をダラダラのぼり、一階と二階の間の踊り場についた時――。
「遥香。おい遥香」
名前を呼ばれたような気がする。だけど、学校で聞こえるはずのない声だ。空耳だろうと、遥香は無視する。
「遥香。おい、聞こえておるだろう? 返事をせんか。おい、ハルカス」
「誰がハルカスや!」
条件反射で、声の方へ振り向いた。その瞬間、口から心臓が飛び出るかと思った。いきなりの大声に聡美もびっくりしているが、遥香のおどろきはその比ではない。
(な、な、なんで西華が!)
そこにいたのは、遥香たちと同じ制服に身を包んで、ピョコピョコと耳を動かしている狐の妖だった。
なんとか聡美をごまかして、西華を連れてグラウンド脇にある部室棟の裏までやってきた遥香は、声をひそめて西華に抗議する。
「学校まで来ないでよ! びっくりするでしょ! それになんだよその服! どっからうちの制服を――」
「姿かたちなど思念次第でどうとでもなると、前にも言っただろう。年若いおなごたちと同じ装束を身につけてみたかったのだ。どうだ? 似合うか?」
「似合ってないよ! 狐耳の中学生なんていないでしょ!」
こういうのをコスプレというのだろうか、なんてことを考えながらも、遥香はいらだちを隠せない。それでなくても文乃が心配なのに、西華の相手までしていられない。
「なんで学校まで来たんだよ。わたしになんか用?」
はやく用件をすまして、さっさと帰ってほしい。
「いや、少し気になったことがあってな。遥香よ。先ほどの男とは知り合いか?」
西華の表情が少しかたい。
「先ほどのって、アヤちゃんのお父さんのこと?」
「あの娘、あやちゃんという名か。そうか。ふむ……」
西華はあごに指を当てて何かを考えている。
「なに? アヤちゃんのお父さんがどうしたの?」
「いや、娘の方だ。あの娘、妖に取り憑かれておる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます