狙撃

 我がウォーカー家は軍部の名門であり、二人いる兄は共に従軍経験があった。

 が、オレは別。

 ひょっとしたなら、満18歳になる来年は首根っこ引っ掴まれて軍に叩き込まれるのかもしれないが、今のところは、放蕩の日々を過ごしている。


「カティ!」


「ん……」


 そんなのでも、幼い頃に祖父から仕込まれた訓練は活きていたようで、オレは咄嗟にカティを抱き寄せ、この背中を盾とすることができた。

 そして、訓練と経験が活きる場面であるからには、最も頼れるのがホワイト警部だ。


「全員、伏せろ!

 伏せろーーーっ!」


 落雷のごとき大声に従い、野次馬や記者たちが咄嗟に伏せたのを気配で感じる。

 同時に、オレの鼻が感じ取ったのは、新たな魔力の匂い……。

 悲しみと哀しみ。

 似ていて非なるマイナスの感情が混ざった匂いだ。

 本来なら、練り上げて魔術として発現させたくないものを、理性の力で無理矢理に発現させたような雰囲気を感じた。


「……狙撃か」


 こういう場面でも、ホワイト警部の分身魔術は頼りになる。

 オレたち生身の人間は身の安全を守らざるを得ないが、死など存在しない分身体たちは、周囲の索敵へ務めてくれたに違いなかった。


「もう、立ち上がってもよさそうだ」


 彼に言われ、オレは抑え込むような形となっていたカティから離れる。


「驚きました。

 ジョニーさんにも、身を盾にする気概があったのですね」


 こいつ、庇われておいて憎まれ口か。

 とはいえ、この行動には自分自身驚くところがあったので、怒りの感情は湧いてこなかった。


「思うに、死んだ爺さんから受けた訓練がよかったのだろうさ。

 それよりも、だ」


 地面に倒れ伏すスワロー巡査の死体を見て、オレは少しばかりの吐き気を覚える。

 人が殺されるということは、つまり、肉体が少なからず破壊されるということだ。

 至極当たり前の理屈で、言葉にすればなんということもない短文。

 だが、それを実際の現象として見ると、こうも気分が悪くなるものか。


 まして、ここはつい先日まで戦争していたガフーアなどではなく、大勇帝国本土の中心――帝都なのだ。

 こんな死体が転がっていて……いや、こんな死に方をしていい場所ではない。

 そう思えるくらいには、むごたらしい死に方であった。


 死因は、狙撃かな。

 魔力の匂いを感じてはいるが、死に至らしめたのは物理的な力だ。

 うつ伏せに倒れるスワロー巡査の頭部は、何か鋭い力が斜め上から下に向かって貫通しており、頭部に収まっていたモノの一部もその方向でこぼれている。

 このことを踏まえれば、どこか距離を置いた上方からの狙撃に違いなかった。


 そして、一体、何が彼を死に至らしめたのか?

 その正体は……。


「……これだな。

 これが、銃弾のように放たれて、彼を殺した」


 オレだって、一応は貴族家の男子だ。ハンカチくらいは携帯している。

 それで地面から拾い上げたのは、一枚の――爪であった。


「形状からして、人差し指でしょう」


 いつの間に、そうしていたのか。

 傍らにしゃがみ込んでいたカティが、豊富な知識でそう断言する。


「触ってみて、感触はどうですか?」


「普通の爪と、大差ないように思う」


 そのまま聞かれ、オレは自分の爪を触って比較しながら答えた。


「一時的に爪の硬度を高め、銃弾のように放つ魔術ですか」


「だとすると、視力とかも強まるのかもな。

 ただそのまま発射するだけなら、そう遠くまで命中させられるとは思えない」


 これは、実際に拳銃を扱う人間としての見解だ。

 オレが拳銃を確実に命中させられるのは、せいぜいが五メートル程度。

 それより距離を離すと、命中精度は劇的に低下した。

 弾丸を発射し、命中させることに特化した構造の拳銃でそうなのである。

 ただ指から爪を飛ばすだけでなく、なんらかの補助的要素が含まれた術だと思えた。


「……追えますか?」


 やや声を硬くしながら、カティが尋ねてくる。

 指の爪を飛ばす魔術だとしたら、少なくとも、相手はあと九発ほど残弾が残っていた。

 どこからともなく狙撃し、頭部に狙い過たず命中させられる威力と精度の爪弾だ。

 追えたとしても追いたくないが、幸い、引け目なく断念する理由があった。


「厳しいな。

 この爪そのものに魔力の匂いはあるが、辿ることはできない。

 この爪そのものと、おそらく発射した指先には魔力が込められているのだろうが、両者を結ぶ空間にはなんの魔力的要素もない。

 だが……」


 ホワイト警部に、拾った爪の包まれたハンカチを見せる。

 それで、意図が伝わったのだろう。

 熟練の貴族警部は、やや眉をしかめながらもうなずいてみせた。


「……この爪を持ち歩く許可も出たし、もし、使い手に接近すれば匂いを感じられると思う」


「できるのですか?」


 オレの言葉を聞いたカティは、やや疑わしげな顔。

 だが、これに関しては確かな自信があった。


「魔力の匂いっていうのは、香水みたいに風呂へ入れば消え去るという性質のものじゃない。

 今までの経験でいくと、特に強い想いを込めて魔術行使へ挑んだ場合は、最長で一週間ほどは嗅ぎ取れるようだ。

 当然、この後、別件で魔術を行使したならば、新たに魔力の匂いが発生する。

 そして、魔力の匂いというのは、馬や牛の鼻紋と同じく個々人で異なる」


「数日内に近づけさえすれば、スワロー巡査殺害の犯人は分かるというわけですか」


 パチリ、という音と共に扇子を畳みながら、カティが結論を出す。

 どうでもいいが、彼女とて死体は――それもここまでむごい死体は――見慣れていないはずだが、顔色一つ変わっていない。

 警視総監の娘でも胆力が受け継がれるわけはないのだから、これは本人の資質なのだろう。

 血も涙もないのだ。


「どこから撃ってきたのか分かれば、匂いを辿れるか?」


 真面目な顔で問いかけるホワイト警部に、うなずくことで答える。

 しかし、これを否定したのはカティだ。


「少なくとも、現場周辺の人間から怪しまれる形で監視はしていないでしょう。

 となれば、この場所を見張れるどこか建物の上階や、あるいは樹上からの狙撃。

 半径100メートルや200メートル……魔術の精度によっては、それ以上にも候補が広がっていきます。

 ジョニーさんの体が一つしかない以上、その線から追っていては、時間がいくらあっても足りませんね」


 カティの言葉は、納得するしかないものだ。

 不可能を可能にするのが、魔術。

 もしかしたならば、狙撃手は遥か時計塔からこの場所を監視し、スワロー巡査に死の一撃をくれたのかもしれないのである。


「事実上、候補は無限大か」


 肩をすくめるオレだ。

 対して、カティは薄い笑みを浮かべながら、下唇に扇子を当てていた。

 面白くなってきた、と、言外に告げている表情である。


「狙撃位置から割り出す、という意味ならばそうでしょう。

 ですが、ここにスワロー巡査という被害者の死体はそのまま倒れていて、しかも、口封じされたと思わしき巡査が強く関与しているだろう事件現場もまた、手つかずです。

 これらを調べて、謎の狙撃手に至る手がかりを得られる可能性は、わたしが神に見離されていない限り高いでしょうね」


 自信満々、神の加護を確信しきった顔で言ってのけるカティだ。


「お手並み拝見」


 そんな彼女に、オレはまたも肩をすくめて答えたのであった。



--



 お読み頂きありがとうございます。

 「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、フォローや星評価をお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔力はないけど魔力の匂いを嗅げる貴族家三男、ご令嬢探偵の犬となる。 真黒三太 @normalfreeter01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ