第四十四頁 天秤

 喋りながら食べていたので、夕食には時間を要した。

 そこにミクリを寝かしつけていたアダンの養父が戻ってきた。

 養父曰くミクリは布団に入ってすぐに寝息を立てたらしい。


 アダンは明日も早朝から仕事があるため今風呂に入っている。

 風呂から上がるとすぐに眠ってしまうのだそうだ。

 体が資本のため、生活リズムにはかなり気を配っているらしい。


 養母は来客がいるにも関わらず、先に寝てしまった息子の愚行を詫びた。

 それに対し、ビゼーは泊めてもらえるだけでありがたいです、と一言言った。

 養母はもう一度、今度は笑いながら謝罪の言葉を口にした。

 養母が夕食の後片付けをしている間、養父とクウヤら三人が会話をする。

 養父と養母は発音に訛りがあり、三人はリスニングに苦労しつつも、どうにか会話を続けた。

 

養父(以下父):「ところで君たちは何歳いくつなんだい?」


ビ:「全員、十八です」


父:「そうかい!アダンより若いんか!」


ク・ビ・ロ:「えっ?」


父:「アダンは今年で十九じゅうくになったんだっけか?確か!」


ビ:「捨子だったのに誕生日が分かるんですか?」


父:「いんや!知らね!見っけた日を誕生日ってことにしたんだ!」


ロ:「本当の年齢はもっと上かもしれないってことですか?」


父:「んだ!でも、見っけた時もっこかったから、あん時はまだ生まれたばっかだったと思うんだよな」


ロ:「そうなんですね……」


父:「んだ!せっかく生まれたこぉを山ん中捨てるなんて考えらんねぇな!」


ク:「!」


ビ:「なんでお前が訛ってんだよ!」


ク:「?ははは……」


ロ:「全然抜けてないね……」


父:「はっは〜!面白おもしれこぉだな!んでよ〜!アダンはっこい頃から働いてくれててよ〜、家に金入れてくれんだ!おらたちもこん通り裕福じゃねぇからよ!それはすんげぇありがたかったんだけども、そのせいであいつ、じぃが読めんくてよ!わりぃことしちまったと思ってんだ……」


ク・ビ・ロ:「……」


養母(以下母):「アンタ!そんな辛気臭い話してんじゃないよ!」


 片付けを終えて、養母が会話に合流した。


母:「楽しい話しよ!楽しい話」


ク・ビ・ロ:「はい……」


母:「あんこぉが四歳くらいだったかな?家出てすぐのところそこですっ転んでワンワン泣いてたんよ〜。私が『アンタそんなワンワン泣いて犬か〜!』っちゅうたら泣きながら『にゃ〜』って言いよんよ!はっはっは……」


 養母は手を叩いて爆笑した。

 三人には何が面白いのか分からなかったが、とりあえず笑っておいた。

 養父は養母のエピソードに意見した。


父:「えぇ〜?おめぇそんなことあったか?」


母:「あったよ〜。アンタも一緒に大笑いしてたじゃんよ!」


父:「何回もこの話聞いてっけど、俺の記憶にはないぞぉ!」


母:「それ老いだよ!老い!」


父:「そうかぁ?」


母:「そうよ!そうじゃなかったらボケよ。ボケ。この前だってアダンの誕生日ケーキ作った話で訳分かんない事言ってたでしょ〜?」


父:「えぇ?」


母:「ほら!手作りの誕生日ケーキ、サプライズであの子の前に置いたら顔から突っ込んだとか……」


父:「あぁ〜!あれは面白かった〜!」


母:「何言っての!そんなこと起きてないって!誕生日ケーキの話つったら、私がケーキ作ってる間にクリームを全部あの子食べちゃって、スポンジだけのケーキ食べたって思い出があるでしょうよ!」


父:「それ知らねぇよ!顔面ダイブ。俺ははっきり覚えてるぞ!」


母:「偽物の記憶よ!それ!」


父:「おっ?」


 養父は気づいた。

 目の前のお客様が置いてけぼりになっていることに。


 三人は話が食い違う漫才を見ているようだった。

 同じ人間についての話、しかも自分の子のエピソードに関してこんなにも記憶が食い違うことがあるのだろうか。

 結局何ひとつ掴めないまま会話と時間だけが過ぎていった。

 養母は三人に先に謝り、夫にも謝罪を促した。養父も謝った。

 養母は白熱の会話が冷めたこのタイミングでふと壁にかけられた振り子時計を見た。


「あらっ!もうこんな時間!あなたたち、お風呂入って来ちゃって!」


「はい」


 養母の言葉に三人は揃って返事をした。


 騒々しかった夜が終わる。

 四人分の敷布団などあるわけがなかった。

 養母はミクリが寝ている布団で眠ると申し出た。

 気持ち悪くなければ養母のベッドで三人のうち誰か寝てもいいとのことだった。

 幸い来客用に用意してあった布団セットはあと一つ残っている。


 となれば……争奪戦の開始だ。


「俺はこの前一人で寝たから降りるよ。どっちかは俺と同じ布団で寝ることになるからよろしく」


 ロッドがこう言ったことでまたしてもクウヤとビゼーによる一騎打ちワンオンワン寝床獲得戦ベッドハンティングが始まった。

 二度もこの醜い争いを描写するのは気分がすぐれないので割愛する。


「イェーイ‼︎っしゃあぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 結果。

 オリンピックで金メダルでも獲ったかのような雄叫びとガッツポーズを繰り出したのはクウヤだった。

 無事に解決?したので彼らは眠りについた。



一七三二三年十一月九日(火)

大米合衆国・ペルー州 エーヤン村


 四人が目を覚ました頃、アダンは既に職場に向かっていたため、家にいなかった。

 朝食をとって、少しだけゆっくりすると四人は出発することにした。

 養母は謝罪する。


「アダンが連れて来たのにほとんど話せなくてごめんね!」


「いえ。忙しい中、泊まる場所を提供してくださっただけで光栄です。俺たちのこと受け入れていただいてありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


 ビゼーが感謝の言葉を言ったのに呼応して残り三人も感謝を示した。


「もっとゆっくりしていってもよかったのに……」


「これ以上ご迷惑はかけられません」


 イシザワ家と違ってバスケス家はごく普通の一般家庭だ。ただでさえ急に押しかけた上に連泊などできるはずがない。元々長居する理由もないので早めに出て行くことにした。


「そんな迷惑なんて……まあ気をつけてね!」


「はい!失礼します」


「そうだ!今から歩くならアダンと会えるかも!ここ行ってごらん!」


「……分かりました!ありがとうございます!行ってみます!」


 養母から提示されたのはアダンが働く鉱山だった。偶然彼らの進路上にあるので寄ってみることにした。

 感謝を告げて四人は歩を進めた。


 養母から言われた場所を通りかかるとアダンがいた。


「いた!」


 四人は思わず声が出た。


「あっ!」


 アダンも気づいて寄って来た。


「ぐっどたいみんぐじゃねーか!ごめんな!きのうほとんどはなせなくて」


「ぜんぜんだいじょうぶ!こっちこそとめてくれてありがとう!」


 アダンとはクウヤが話した。

 アダンが鉱山の外にいたのは午前中に採ったものを外に運び出し、そのまま昼休憩に入るためだった。


「いやいや……もういっちゃうのか?」


「うん。めいわくかけられないしな!」


「そうか……あっ、そういやなまえきいた!おれもいわなくてごめん!」


「おれも言わなかったし、おたがいさまってやつじゃん?」


「たしかに!なー、クウヤ」


「うん?」


「たびっておれのほんとうのおやにもあえるかな?」


「う〜ん。わかんねー」


「そりゃそうだよな!」


「でもさがそうとしなきゃあえなくね?」


「!」


「いっしょに来ないか?アダン!」


「——!」


 唐突な誘い文句に驚いたのはアダンだけではなかった。

 クウヤは続ける。


「きのうも旅すげーって言ってたし、きょうみあるのかなーって思ってさ」


 アダンは一度、笑顔を見せたが、すぐに顔を曇らせた。


「うーーん……いきたいけど……しごとあるし……」


 仕事と興味。二つを天秤にかけ、貴重な昼休み、決して短くはない休憩時間を彼は悩むことに使った。


「そうだな。やっぱしごとのほうがだいじだ。かぞくもなかまもいるしな!」


「あぁ……そっか……」


 クウヤが残念がるのを見てアダンはすぐに考えを話した。


「おれさ!おまえのことおぼえてるからたびおわったらまたここにきてくれよ!それではなしきかせてくんない?」


「わかった!またここ来るよ!」


「たのんだ!」


「あ、あのさ!来たいなら来いって言うわけじゃないんだけどいいの?ほんとに来なくて」


「あー!いいたいことゆったし、じぶんできめたからオッケー!おれ、いいたいことはゆうようにしてんだ。いまおれがしたいことはおれがゆったから。それでこうかいはしねー!おとこにゆいごんはないってやつ!」


「二言だろ!」


 ビゼーがツッコんだ。


「ん?なにが?」


 アダンには効果がなかった。


「いや、なんでもねー」


 ビゼーは折れてしまった。


「強敵だね」


 ロッドの一言にミクリも頷く。


「ビゼーはよくわかんないけどアダンの言ったこと、かっこいいな!」


「まじか?ありがとう!おれがおもってることっておれしかわかんないだろ?だからちゃんとゆったほうがいいとおもうんだよ。ほらこうざんのなかでほってるとこくずれたりしたとき、なんにもいわないでひとりだけにげちゃったら、みんなしんじゃうかもしんないだろ?だからなんかあったらいうってきめてんだ!いわないほうがめいわくなこともあるしさ!」


「お〜!」


 クウヤは感心した。

 アダンの言葉にミクリはハッとした。

 以前の自分の行動を思い出す。

 三人の歩くペースについていけないことを言わなかった。

 言わなかったことで三人は常に自分のことを気にしなくてはいけなくなってしまった。


(追いつけなかったあの時に私が言っていれば……)


 母の言葉の意味も今なら分かる。


「助けを求めないことが迷惑に繋がる」


 さっそく母との約束を破ってしまった。

 言いたいことと恥ずかしさ。二つを天秤にかけ観察するまでもなく恥ずかしさを置いた皿が下がってしまった。

 思えば、旅に行きたいと言えたのも母がミクリの様子をしっかりと見ていてくれたからである。

 自分から言い出したわけではない。

 母から引き出してもらった本音だったのだ。

 自分の不甲斐なさを理解して猛省した。


(お話が終わったらみんなにちゃんと謝ろう!)


 ミクリは密かに誓った。


「じゃあな!クウヤ。ビゼー!ロッド!ミクリ!」


 クウヤ以外、アダンが呼んだ名前と彼が名を呼ぶのと同時に目を合わせた人物とが合致していなかった。

 訂正することが多すぎて、該当者三人はその場で間違っていると指摘できなかった。

 ミクリは指摘できなかったことを小さく反省した。


「じゃあな!アダン!」


 クウヤは別れを告げた。

 四人は歩き出した。

 アダンは四人の姿が見えなくなるまで大きく手を振って見送っていた。

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