〜ペルー州〜
第四十三頁 山中
一七三二三年十一月八日(月)
大米合衆国・ペルー州 エーヤン村
この日、四人はこの地にいた。
ここに辿り着くまでには男三人旅では気にする必要がなかったことが次から次に溢れてきた。
村での出来事を記す前に、ミクリを仲間に加えたことによって発生してしまった困難を二つ掘り下げておくことにする。
一つ目の困難はココドコ村を出たその日の夜に突如として浮上したのである。
一番初めに事態を察知したのはロッドだった。
「ねぇ、恐ろしいことに気づいちゃった……」
「なんだよ?」
クウヤが聞く。
「ミクリちゃん寝る時どうするの?」
「——!確|(たし)かに!」
クウヤとビゼーもすぐに事態の深刻さを思い知った。
ミクリの実年齢を確認したところ、九歳だと申告した。四月三十日が誕生日とのことだ。
十代にも満たない少女をホテルの一室に一人で寝かせるわけにはいかない。
しかし血のつながりもない成人男性——厳密にはクウヤは当時未成年、ロッドは九月九日を以って成人した——しかも複数人が同室で眠るのも憚られる。
かと言って誰か一人とミクリが一緒に眠るというのはもってのほかである。
ミクリは「気にしないよ」と言う。
しかしミクリが気にしないからいいという問題ではないのだ。
彼らにも成人男性としての公徳心もある。
様々な案を模索し、導き出したのは四人同室で、男性陣とミクリの間にパーテーションを置いて寝ることであった。
ミクリは一人で寝たことがなく寂しいと言っていた。さらにもし災害や犯罪に巻き込まれた時同室であれば迅速に対応できると考えての苦渋の決断だった。
三人は思った。
(成人女性の仲間が欲しい)
と。
もう一つの困難は山道を歩いているときに発覚した。
ココドコ村を出てすぐにその兆候はあったのだが、クウヤ、ビゼー、ロッドの三人は気づけずにいた。
ごく微量の違和感がそれとなく感じていたが、それを三人は知覚できなかったのだ。
九月下旬になっても暑さは弱まる気配がない。
山を避けていたクウヤたち。
ミクリの熱中症が最も懸念すべき点である。少しでも涼しい場所を歩くために標高の高い場所を移動することにした。
そこで初めて三人は心のざわつきを言語化できたのだった。
山道を歩き始めてすぐの日だった。
いつものように三人が会話をしていた。
そしていつものようにロッドはミクリに話を振った。
ミクリは三人以上の会話になると居場所を理解できなくなり、会話に参加することができなくなってしまう。
それに配慮して、ロッドは時々ミクリに彼女のターンを作っていた。
普段通りであればすぐに何かしら声を発するのだが、その時だけは違った。
「……」
「あれっ?」
ミクリがいつもいる場所、ロッドの右後ろに目をやる。
ミクリの姿が忽然と消えていた。
漫画であれば、人型のシルエットを
前方にはもちろんいない。
左側にもいない。
真後ろにいるのかとロッドが振り返った時、ミクリの姿を見た。
遥か後方に。
ギリギリミクリと認識できる距離だった。
三人はたった今来た道を全力で引き返した。
ミクリは息を切らしながら三人の元へ急いだ。
二組が合流すると、ロッドが謝罪した。
「ごめんね!ミクリちゃんの歩幅のこと全然考えてなかったよ。今度からもうちょっとゆっくり歩くから!許して!」
「大丈夫……わ、私の方こそ……ごめんなさい……みんなのペースに、ついていけなくて……」
息切れを起こしながらミクリも謝罪した。
「成人男性と十代未満の女の子の体力が一緒なわけねぇ。それは俺たちが真っ先に気付かなきゃいけなかったことだ。俺たちが百パー悪い。頭を下げなきゃいけねぇのは俺たちだ!」
「ごめん!ミクリ……」
ビゼーの言葉で三人がミクリに頭を下げた。
クウヤも謝罪の言葉を口にした。
「ミクリちゃん、どんどん意見していいんだよ!ミクリちゃんが我慢することじゃないし。俺たちがしてることが全て正しいなんて思ってないから!言ってくれれば改善するし。ただ今回に関しては完全に俺たちの責任だ。ミクリちゃんにこんな思いさせたらいけなかった」
「私、みんなの足、ずっと引っ張っちゃってる……私がいなかったら、みんなもっと早く歩けてたんだよね?ホテルのお部屋の心配もしなくてよかったのに……すごい迷惑かけちゃってる……」
ミクリの自己肯定感が下がり続けていく。
「迷惑なんて思ったことないよ!助け合い!ミクリちゃんを同行させる判断をしたのは結局俺たちだし。ミクリちゃんが気にすることなんて一個もないよ!とりあえず一旦休憩しよう!ね?」
四人は山道の端で腰を落とした。
「ミクリ。そんなおちこむなよー。人にはやろうと思ってもできないことがあるんだよ。オレだったらべんきょうとか」
「お前はそもそも努力しようとすらしてねぇだろうが!頑張ろうと必死な姿を見せてくれるんだからミクリは
ビゼーも励ました。
「うん……」
それから数回励ましの言葉をかけたが、自分自身に納得がいっていないのだろう。晴れた顔は見せなかった。
向上心が高いことは良いことだが、完璧を求めすぎている。
イシザワ家の長女としての覚悟が並大抵のものではないのだ。
イシザワ家の代表として旅に参加してしまっている。
もっと気楽に普通の少女として旅ができたらもっと楽だったのかもしれない。
しかし不器用なミクリにはそれができなかった。
ミクリ自身も励ましの声を受ければ受けるほど、気を遣われていると思ってしまった。
そこからはネガティブなイメージが広がっていく。
水面に石を投げると輪が広がるように心を侵食していった。
自分への情けなさと三人への申し訳なさが、彼女の心の器を満たしていた。
ここからミクリはしばらく凹んでいた。
何もできない自分を責め続けていた。
そして現在に至る。
そんなこんなで四人は山間の村、エーヤン村までやって来た。
しかし……集落に全く人がいない。
四人は不安に襲われた。
言い方は悪いが、雰囲気が田舎すぎてホテルが存在する気配がない。
四人はここ数日間は野宿を強いられていた。
山間部を歩いていたため、宿泊施設が一切なかったのだ。
せっかく集落に立ち寄ったのだからシャワーの一滴や二滴でも浴びたい。敷布団の上に寝転び、腹に掛け布団を掛けて寝たかった。
その夢は儚く散った。
四人は集落を歩いてみることにした。
どこへ移動しても四方に見えるのは山。
だから人がいないのだろうか。
景色だけを見るのにも飽きてきた頃、前方から大勢の人間が歩いてきた。
十人。いや、二十人。違う。もっとだ。
五、六十人はいる。
その集団の先頭にいる人がクウヤらに気付いた。
走って近寄ってくる。
四人は恐怖を覚えて逃げようとしたが、近寄ってくる人物が声を出しているのが聞こえて考えを改めた。
「おーーーい!そこでなにしてんだーーー?」
男の声だ。声は若い。
大きく手を振りながら駆けてくる。
そのスピードが驚くほど速かった。
全力で走っている風には見受けられないが、流しているという速さでもなかった。
すぐに目の前まで来た。
「おまえら、このむらのひとじゃないよな?」
そう言ったのはクウヤと同じ歳くらいの青年だった。短い金髪がよく似合っている。
その顔は泥だらけであった。
作業着のようなものを着ていて、手には軍手を装備し、ヘルメットを持っていた。足元はゴツめのゴム製の靴。物理的に危険な仕事をしているのだろうか。
クウヤが青年の質問に答える。
「うん。オレたち今、旅しててここをとおったんだ」
「たびってなんだ?」
青年は不思議な顔をして尋ねる。
「えっ?旅って……なに?」
クウヤはビゼーの方に顔を向けた。
呆れて答えた。
「はっ?自分で答えろよ。お前が始めたんだから。旅っていうのは……改めて言われるとムズイけど、自分の住んでる所じゃない場所に行くこと……か?」
嫌な顔をしながらもビゼーは説明をした。
「へぇー、すげー!おもしろそう!」
「だろ!オレもいろんなとこ行ったんだよ!コイツらも旅してると
「おー!たびすげー!」
ビゼー、ロッド、ミクリの三人は正直驚いていた。
クウヤとまともに会話できる人間を見たことがなかったからだ。
三人が会話に入る隙を与えず、ペラペラと話していく。
数分後には彼の家にいた。
経緯をクウヤに聞くが、「なんかノリ」と返ってきた。
青年にも話を聞くが、「なんかノリ」と答えた。
訳も分からず青年の家の居間に通された。
青年は両親と同居しているようだ。
その両親であるが、そうは見えないのだ。
というのも両親というより、失礼な話祖父母のように見える。
その両親は急な来客にも動じず、ゆっくりしていってと四人を快く迎えた。
家の様子から察するに決して裕福ではない。
それにも関わらず、笑顔で迎えてもらえたことに四人は感謝した——家がボロいなどということは口に出してはいない——。
ちょうど夕食時で、もちろん三人前しか作られていなかったが、すぐ作るから待っててと青年の母はキッチンに向かった。
その際、
「冷めると美味しくないから誰か食べちゃってくれる?」
と自分の分の夕食を指していった。
四人が遠慮するとキッチンから
「私のはあなたたちの分と一緒に作り直すから!」
と声が聞こえてきた。
食事を無駄にすることが最も避けなければならないことである。
そこでミクリに先に食べてもらうことにした。
食卓も三人用の面積で七人同時に食べられない。
青年、青年の父、ミクリが先発。
青年の母、クウヤ、ビゼー、ロッドが後発で夕食を取る形となった。
先発組の食事タイムではミクリに質問の矢が嵐のように降り注いだ。
ビゼーとロッドは後ろでそれをカバーしながらなんとかミクリは完食した。
ロッドとビゼーは後悔した。
(クウヤに先に食って貰えばよかった)
と。
入れ替わるようにして後発組の夕食が完成した。
ビゼーとロッドは青年の母から色々な情報を得た。
青年の名はアダン・バスケスというらしい。
初めて会う人に、名乗ることすらしなかった息子の愚行を母は詫びた。
またアダンは捨子で夫婦が拾ってきた子だという。
従って、夫婦は実の両親ではなく、養親だったのである。
「アダン」という名前も養親が二人で考えて名付けたのだそう。
今は鉱山で働いており、ほぼ毎日掘削作業に勤しんでいるらしい。
この村の鉱山からは金・銀・銅はもちろん、ここでしか採ることができない特別な石もあるのだそうだ。
町を支える重要な産業である。
しかしアダンには掘削よりも大事な仕事があるのだという。
鉱山の内部は複雑に入り組んでいて、暗く、一度迷ったら出てこれないのだそう。
目印は残しながら奥へと進んでいくものの、毎日行く場所に毎日目印をつけていくのは骨が折れる。
そこで彼の出番だ。
彼は一度通った道を完全に記憶できるらしい。
通っていなくともだいたいどの道がどこに通じているのか理解できるという。
その能力を買われ、先導役としてついでに掘削作業員として雇われているらしい。
アダンのことは大方理解できたため、今度はクウヤらがアダンの養母に自分たちが旅人であることを伝えた。
もちろん、彼らが魔人であることを除いて。
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