第四十頁 反省
クウヤが目を覚ますと正午を回っていた。
「やべっ!寝過ぎた!」
同じ部屋で寝ていたはずのビゼーとロッドもいない。
急いでリビングへ向かった。
クウヤがリビングに着くとイシザワ一家四人にビゼーとロッド。つまりクウヤ以外の全員がそこにいた。
「おはよう。クウヤくん!」
「おはようございます」
ミオンの挨拶に対し、クウヤも挨拶を返した。
その後、ミクリとシュウセイ以外はクウヤと挨拶を交わした。
クウヤは全員の顔を見渡す。
ミクリの両親以外眠そうだ。
赤ん坊のシュウセイは仕方ないとして、いつもシャキッとしているビゼーとロッドも瞼を重そうにしている。
ミクリに至っては完全に船を漕いでいた。
「君が起きてきたら反省会でもしようかと思って」
ミオンが言った。
「あっ、そうだったんですね。おそくなってすいません」
頭を下げた。
「謝らなくて大丈夫。予告していたわけではなかったし。夜も遅かったしね。まずは席について」
ミオンは顔を綻ばせて言った。
クウヤが着席すると
「ミクリ!」
とミオンが呼ぶ。
「はい!」
ミクリは母の呼びかけにビクッと体を震わせると、目をぱっちりと開いた。
二、三回瞬きし、姿勢を正して母の方を向く。
ミオンが全体に向かって話し始める。
「まずは皆さん!昨晩はお疲れ様でした」
全員座ったままで軽く頭を上下動させた。
「ビゼーさん、ロッドさん、クウヤさんにはご協力を心より感謝いたします!あなたたちは息子の命の恩人です。返せないほどの恩を頂きました。本当にありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
ミオンが感謝の言葉を述べると、夫と娘も声を揃えて言った。
謙遜できる空気感ではなかったので三人は笑ってやり過ごした。
「残念ながら犯人を捕えることはできませんでした。油断はできない状況ですが、しばらくの間はこの村に現れないでしょう。あちらも騒がしいようですし……」
スアレス宅には朝からマスコミの群衆が押し寄せていた。
旦那は何も知らなかったというのだから災難である。
「私が彼女をみくびっていたせいです。より強力な拘束魔導もあったというのに……出し惜しみなどしていなければ捕り逃すなどという失態は犯すことはありませんでした。あちらの旦那さんも彼女と話せる時間がとれたかもしれない。まだまだ精進しなければなりません」
ミオンは反省を口にした。
こうは言うもののミオンは殺人未遂事件の被害者である。その身分でありながら加害者の家族の気持ちに配慮できる人などそうはいない。
さすがは
ミオンの発言を受けてビゼーも反省を口にした。
「そんなこと言ったら俺もです。全てを見破れなかった。それが原因で犯人にも逃げられましたし……悔しいです」
「いいえ。あなたは全力を尽くしました。あれだけ時間がない中で少ない情報の中から真実を見出した。捜査のプロである警察ですらできなかったことです。それは反省すべきことではなく寧ろ賞賛されるべきことです。誇ってください」
ミオンはビゼーを擁護した。
「……」
理解はできるが納得はできなかった。
「ビゼーがそんなこと言ったら俺なんか何もしてないよ」
「いや、ロッドはさいごがんばったじゃんか……オレだけだよ。ほんとになんもしてねーの……」
ロッドとクウヤは俯いて漏らした。
「止めましょう。ネガティブな話は。私が余計なことを言ったばかりに否定的な言葉ばかりが出てきてしまいましたね。一度切り替えましょう!」
ミオンは手を一回叩いた。
話を続ける。
「今回の件で分かったことと分からなかったことを整理しましょう!ミクリ!どうですか?」
「はい!えーと……お姉さんが悪い人だった……あと……お姉さんは魔人だった……それから……お姉さんは魔力が二つあった……」
「ありました!」
「あ、ありました!」
ミオンはミクリに語尾を訂正させた。
三人は厳しすぎないかと思ったが、由緒正しき一族の教育はこんな感じなのだと思うことにした。
「そうですね。そして、ミクリ?それらは私が提示した二つの内のどちらに該当するものですか?」
「あ……えーと、分かったことです……」
「言葉の省略が許される場合と、許されない場合があります。意見はしっかりと相手に伝わらなければ意見がないのと同義ですよ!」
「はい!」
「気をつけてくださいね。今ミクリが言った通り、分かったことは多いように見えてかなり少ないのです。補足することはありますか?」
ミオンはミクリ以外の、発言できる全員に向けて尋ねた。
四人は顔を見合わせた。
「ないのなら、ないという意思表示をしてください!」
「ありません!」
叱責を受けて反射的に言葉が出た。
「そうですね。判明した事実はこのくらいでしょう。では彼女の二つの魔力を
「はい!機械をこわす魔力と透明になる魔力……」
ミオンはミクリに睨みを利かせた。
「です!」
意図を察してミクリは丁寧の助動詞を叫んだ。
「そうですね。ビゼーさん。ミクリの意見とあなたの意見との相違点はありますか?」
「お、俺?……大体同じです」
ビゼーは突然指名されて焦った。
「大体ということは一部違うということですね?教えてください」
「はい。情報量が少なくて断定はできませんが、俺が言えるのは機械に不具合を起こさせる魔力と透過能力ってところですかね」
「ほう。ミクリの意見とは少し違うようですね。詳細を教えてください」
「はい。俺は、正直、彼女の魔力が機械を壊すとまでは言えないと思いました。入り口の監視カメラ。今日は正常に動いてますし。全力を出せば壊せるのかもしれないですけどね。それから透明というよりは透過の方が正しいと思います。透明だったらミクリの
「あっ……すごい……」
ミクリは舌を巻いた。
「ミクリ。考察とはこうするのですよ」
「はい!」
「そんな凄いことはしてないですよ」
ビゼーは謙遜した。
「あなたの普通が他の人の普通ではありません。今の理論。大変素晴らしいものでした。私もそこまで辿り着けておりませんでしたので。私も娘もビゼーさんほど頭がキレたら良かったのですけれど……ねぇ、ミクリ」
「はい!」
「……」
盛大に褒められビゼーは小っ恥ずかしくなった。
「話が逸れました。戻しましょう。クウヤさん!分からないことをまとめてみましょうか」
「オレ?は、はい。はんにんがなんで赤ちゃんばっかねらったんだろってことですか?」
「えぇ。そうですね。
「どこににげたのかとか、あと…………なんかありますか?おれほとんどなにもわかんないです……」
「フフフ……素直でよろしいですね。では振り返ってみましょうか。ビゼーさんは犯人の動きを掴むために二重に策を練りました。一つは門につけた監視カメラです。ビゼーさんの予想では監視カメラは犯人の魔力で使い物にならないと踏んでいました。その予想は見事に的中し、犯人がこの家に接近してすぐに画面に異常が現れましたね。そこでもう一つの策、ミクリが活きました。ここで「
「やっぱりビゼーの勘はすごいね」
「さすがだな」
「あぁ、サンキュー……」
ビゼーは褒めちぎられることに未だ慣れないでいた。
良い意味で、落ち着いていられなかった。
「そしてシュウセイに手をかけようとしたところで私が石澤流拘束魔導を使用しました。動きを止める魔導ですね。実行前に止めたのでシュウセイの命は助かりましたが、肝心の殺害方法を知ることはできませんでした」
「あっ、それもわからないことだ!」
「気づきましたね!他人の発言から自分で気づきを得ることも大事なことですよ」
「はい!へへへ……」
クウヤは褒められて心が躍った。
「そしてビゼーさんは見事な推理ショーを披露なさいました。しかし全てを読めていたわけではありませんでした。犯人が魔力を二種類持つ魔人だとは思いませんでしたね。私もそんな人物とは初めて遭遇しました」
「あの。そもそも魔力が二つなんてあり得るんですか?」
ロッドが尋ねた。
「魔人についての情報はほとんどありません。魔人が絡む以上どんなことが起こっても不思議ではないと私は思います。反対に全く性質が違うように見えて実は一つの魔力だったという可能性もあります。ですが、私たちが彼女の魔力を把握する上では二種類と考えた方が簡単かもしれません。一つと言うにはあまりに強引な気がします」
「確かにそうですね。ありがとうございます」
「いいえ。犯人には逃げられることになってしまいましたが、私はお手柄だったと思いますよ。ミクリ」
「えっ?」
褒められると思っていなかったのだろう。随分間抜けな声だった。
ミオンは表情を柔らかくして嘆賞した。
「全員が狼狽した中での最善を尽くした判断。それを自ら考え、実践できたこと。成長ですね」
「でもあれはお母さんが『できるね』って言ってくれたから」
「私が言わなかったら、あの判断をしなかったんですか?」
ミクリは首を高速で横に振った。
「でしょう?私はミクリが一番適任だと思ったから声をかけただけ。私が声をかけるより前から思い描いていたんでしょう?」
「はい……」
「それで十分です。私がまだ子供だと思って声をかけてしまったのが悔やまれるほどです。よく頑張りました」
「ありがとうございます!」
ミクリは褒められて心が躍った。
「それだけではありません。その後、ロッドさんに犯人の位置を教えた。その方法もお手柄でした。刻一刻と変わる状況を言葉で伝えるのは骨が折れる。ならば見せてしまえばいいという発想。対象に逃げられている且つ自分以外居場所を掴めていないという焦りに飲み込まれそうな状況下での冷静な判断。人間の視覚情報の重要性をよく理解した振る舞いでしたね。ミクリにしかできないことでした。ロッドさんも。突然目の前の景色が異常な世界になってしまい、さぞ動揺したことでしょう。自分のやりたかったことも急遽変更せざるを得なかった。目まぐるしく変化する局面に臆することなく適応した器用さと勇気はあなたの武器です。あなたのしてきた努力が実を結び、その真価が発揮された瞬間だったのではないですか?天晴れですね!」
「そんな評価を頂けるなんて……ありがとうございます!」
ロッドは感動した。
ミクリは声を発さなかったが、顔を赤くして今にも泣きそうになっている。
「クウヤさんも。思考を揺さぶって集中を乱そうとする犯人から目を離さず、見張っていました。そのおかげで迅速な対応ができたのやもしれません」
「えへへ……そーですか〜!てれるな〜」
何もしてなかったのに褒められた。それだけで満足だ。
「クウヤさんに一言。分からないことが多いことは悪いことではありません。多くの疑問を持つということはしっかりと理解しようという気持ちの表れです。理解することが苦手な方の中には思考を放棄、つまり湧き上がる疑問すら無視してしまう方もいらっしゃいます。理解したふりをするととても楽で円滑に物事が進行しますが、一度躓くと動き出すまでに多くの時間を要します。時間をかけてでも一つ一つ丁寧に理解しようとする姿勢は継続してくださいね。クウヤさんの質問に対して鬱陶しいと思う方もいるでしょう。それはその人とクウヤさんは相性が良くないためです。その時はその相手にこだわらず、クウヤさんと真摯に向き合ってくれる人を見つけてください。そんな心配をする必要もないほどかけがえのない仲間が既にいるようですが。今の意識を貫くのですよ」
「えっと?」
「長々喋りすぎましたね。まとめると今のまま、ありのままでいてくださいということです」
「わかりました!」
「その意気です!」
ここでミオンは真面目な顔に戻って言った。
「皆さんの行動があまりに素晴らしかったのでついつい褒めちぎってしまいました。話題を戻して締めにしましょう。今回の事件に関して分からないことをまとめていたところでした。犯人の逃走先はもちろん、彼女の魔力の本質、今回の事件の殺害動機と方法。これら以外に分からないことはありますか?」
「ありません!」
全員で声を揃えて言った。
「それでは反省会は終わりにしましょう。長々とありがとうございました!」
最後に一同礼をした。
シュウセイを助けるという当初の目的を果たしたクウヤ、ビゼー、ロッドの三人は出発の準備を始めた。
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