第四十一頁 巣立
「長々と話しちゃってごめんね!」
ミオンは三人に合掌しながら謝った。
「突然参加させて厳しいことも言っちゃって……」
「いえ、俺たちも起きたことを整理できましたし、有意義な時間でした。時間作ってもらって良かったです」
ロッドが言った。
「そう言ってもらえると助かります。ありがとう!」
ミオンはホッとした表情を見せた。
「ききたいことあるんですけどいいですか?」
クウヤが手を挙げた。
「どうしたの?」
「さっきとしゃべりかたぜんぜんちがくないですか?」
(なんてこと聞くんだ!)
ビゼーとロッドは心の中で叫んだ。
「あ〜それね。私ってお堅い女じゃないのよ?」
下唇の下に人差し指を置き、首を傾げた。
口も尖らせてあざとい仕草、表情を見せた。
三人はギャップに驚き、固まってしまった。
「三十代だと許されない?」
不安げな顔をしている。
「いや、大丈夫……だと思いますよ?」
ビゼーがなんとか言葉を捻り出した。
「年下の子にこんなに気を使わせてしまって……すみません……」
ミオンは肩を窄めた。
その姿はミクリとそっくりである。
ミオンは一つ咳払いをした。
「私はもちろんミクリの母親だけれど、同時にミクリの師でもあるわけ。一応、私たちは石澤の血が流れているから。魔導に関しては師弟関係が強制されるのね。さっきのは師匠としての私を見てもらった感じね」
「たいへんなんですね」
クウヤはいかにも
「ごめんなさいね。娘の教育の手前、同じように扱わないと示しがつかないから。家庭の事情に半強制的に巻き込んでしまったのは本当に反省してます」
ミオンの表情からも謝罪の念が漏れ出ていた。
「俺たちは大丈夫ですから!少し厳しすぎるようにも見えましたけど……」
「そうよね。厳しいことを言っているのは自分でも分かってる。でも家柄が家柄だから教育はしっかりしないといけない。ミクリもそのことを理解してくれている。自分で言うのもなんだけど聡明な子で私も助かってるのよ」
「俺も思いました。場慣れしてるっていうか。昨日のイレギュラーな事態にも普通に対応してたし、とてもあの年でできることじゃない」
ビゼーはミオンの意見に同意した。
「それはもう……私の娘ですから!」
ミオンは誇らしげにキッパリと述べた。
腰に両拳を当て、えっへん、と今にも言いそうである。
「流石に冗談だけれど。日頃の鍛錬の成果かな?母としても娘の成長が嬉しかったの!」
「言ってましたね。先生が素晴らしいんじゃないですか?」
ロッドがニヤニヤしながら言う。
「そう思う?私も!」
ミオンは満面の笑みだった。
「俺からも一ついいですか?」
ビゼーが手を挙げた。
ミオンはどうぞと一言言うとビゼーが質問した。
「捜査情報ってどうやって手に入れたんですか?」
「うーん……本来なら言わないんだけど……息子の命の恩人だから特別ね。石澤流伝達魔導っていうのがあってね。それで聞き耳を立てた?的な……」
「そうなんですね……」
ミオンは超小声でビゼーの耳元で囁いた。
端的に言うと盗聴である。
ビゼーは犯罪じゃないか、と思ったが口には出さなかった。
当然、クウヤとロッドにミオンがなんと言ったのか聞かれた。
それを二人に最小限の声量で伝えた。
クウヤは「まどーすげ〜!」と叫び、ロッドは苦笑いをした。
ミオンは三人に対して
「絶対言わないでね!」
と念押しした。
「はい」
と三人は答えた。
そもそもこのようなことを聞かれる場面もなければ話す機会はもっとない。
ミオンは再び三人に礼を言うとシュウセイの泣き声に反応し、その方へ駆けて行った。
クウヤ、ビゼー、ロッドの三人は夕方に必要な物資を買い揃え、明日の朝に出発することにした。
夜、イシザワ家の住人たちとの最後の食卓を囲む。
最後の晩餐は贅沢なものだった。
クウヤの大好物、ステーキ。ビゼーの大好物、マルゲリータ。ロッドの大好物、タコス。ミクリの好物、スープカレーが一つのテーブルに収まるという怪現象が起きていた。
「ちょっとごちゃごちゃしてるけど好きなもの食べてね!あっ、野菜も食べないと大好物取り上げるからね!」
後半、脅し気味にミオンが言った。
クウヤは慌ててサラダをよそった。
褒美と餞別。二つの意味を持った今晩の夕食は混沌でもあり華でもあった。
空腹を感じなくなるくらいまで食事をとったところでミクリが呟いた。
「明日お別れなんだね……」
誰とは言わないが一人を除き、咀嚼を中止した。
「寂しいの?」
ミオンが問う。
俯いていたミクリだが、更に俯き元の位置に戻した。
「言葉にしてみたら?」
ミオンが提案した。
ミクリは目を見開き、首を拘束で何度も横に振った。
ブンブンと聞こえてくるかのような速さだった。
「どうして?」
母の問いに娘が答える。
「はずかしい……」
「まぁ!」
娘の回答に母は必死に笑いを堪える。
ミクリの可愛らしい回答にほっこりとした時間が流れる。
男性陣は食事を再開した。
しかしこの判断が仇となってしまった。
「この中に好きな人でもできた?」
「ち、ち、ち、ち、違う!」
ミクリは小刻みに顔を震わせながら否定した。
母の冗談は一人を除いて、誰にも通じなかった。
父はスープカレーを吹き出した。
ビゼーとロッドも咳込んだ。
「大丈夫?」
妻は男子三人に問う。
夫は右掌を妻に見せ大丈夫アピールをする。
ビゼーは咳をしながら頷いて大丈夫アピールをする。
ロッドは咳の合間を縫って漢字毎に「大、丈、夫、です」と言った。
男性陣の無事を確認した母は娘に問う。
「動揺してるの?」
「ち、違うよ!」
「そんなに否定したら逆に怪しいよ?」
「——!……?」
ミオンは茶化し続ける。
事実と異なることを肯定できず、否定すると疑われるこの状況を打破する策が浮かばず、ミクリはオロオロした。
ミオンはそんなミクリの姿を見て爆笑していた。
ずっと堪えていた笑いが抑えきれなくなったのだ。
「待って!……ハハハ……お腹痛い〜!……涙も出てきた!ハハハ、面白すぎる〜!」
「もう!お母さん!」
ミクリは頬を膨らませて怒った。
一七三二三年九月十五日(水)
大米合衆国・ベネズエラ州 ココドコ村
「おせわになりました!」
クウヤはミオンに心を込めて礼をした。
クウヤの音頭に合わせてビゼーとロッドも礼をした。
「こちらこそお世話になりました!」
ミオンも礼をした。
出発前、最後の挨拶を玄関でしていた。
「本当にごめんなさいね。大変なことに巻き込んでしまって。精一杯おもてなしして、感謝の気持ちも伝えたつもりでいるけれど……金銭的な援助でもしましょうか?」
「大丈夫です!金は足りてますから!お気持ちだけ受け取ります!」
ビゼーが言う。
(まだ若いのにお金は足りてるなんて。誰か、いいとこのお坊っちゃまなのかな?)
ミオンは思った。
代わりの言葉を発する。
「最初はミクリのわがままで、迷惑をかけてしまったと思っていたけれど、今となってはミクリがわがままを言ってくれて良かったと思ってしまっているの」
「邪魔になってないなら俺たちとしては十分ですよ」
ロッドが言った。
ミオンは瞬間的に口角を上げてすぐに戻した。
三人には何か言いたいことがあるように感じられた。
「どうかしたんですか?」
ビゼーが尋ねた。
「あのー、その……」
フィラーを並べる。タイミングがミクリとそっくりである。
「あなたたちにはとても悪いと思っているのだけれど……最後に、もう一つ娘のわがままを聞いてもらえませんか?」
ビゼーとロッドはクウヤを見た。
クウヤは「オレ?」と言う顔をしている。
「リーダーはお前だろ?」
ビゼーが言った。
「あぁ、そういうこと。ぜんぜんいいですよ!」
クウヤは聞く意思を見せた。
「ミクリを、娘をあなたたちの旅に同行させてもらえませんか?」
ミオンは彼らが共に過ごす中で最も深く頭を下げた。
そのまま顔を上げなかった。
「あの、顔を上げてください!」
ビゼーはミオンの後頭部に向かって願い出た。
「上げられません!私は自分に都合の良いことをあなたたちに頼み込むことしかしてないのです!見返りなしで私たちに尽くしていただいて、その上更にあなたたちの負担になるようなことを申し上げているのです!顔を上げるなんて……そのようなことはできません!」
三人は観念した。
そのままにしてロッドが聞く。
「あの!ミクリちゃんが行きたいって言ったんですか?」
「はい、仰るとおりです。昨晩、妙なことを言っていたのであの後本人に直接聞きました。『寂しい。私は何もできてないから役に立ちたい』と、
「落ち着いてください!」
ビゼーがミオンに言う。
その後目でクウヤに訴えた。早く言え、と。
「あ〜、いいですよ!ぜんぜん!なかまは多いほうがたのしいし!来たいって言ってるならぜったい来たほうがいいし」
ニッコリ。歯を見せながらクウヤは承諾した。
ミオンはようやく顔を上げ、クウヤの笑顔を見た。
ビゼーとロッドの顔も見ると
「ありがとうございます!」
深く礼をした。
今度はすぐに顔をあげミクリを呼んだ。
すぐに姿を現したミクリは初日に会った時と同じ真っ黒のローブを召していた。
荷物も持って準備万端だ。
「ほら、ミクリ」
母は娘の腕を小突いた。
「あ……ありがとうございます!よろしくお願いします!」
母と同じように深く深く礼をした。
「ようこそ!」
「歓迎する!」
「よろしくなー!」
三人はミクリを迎え入れた。
三人旅が四人旅へと進化した。
ミオンはミクリに別れの言葉を告げる。
「いってらっしゃい。ミクリ」
「行ってきます!」
元気よく返した。
「では最後に。師として一つ。母として二つあなたに言いたいことがあります。まずは師として……今より強くなりなさい!はっきり言って今のあなたでは彼らの足手纏いになります!役に立ちたいと望むのであればせめて足を引っ張らないように実力をつけなさい!」
「はい!」
ミクリは返事をする。
同時に三人は同じことを思った。
(足手まといにはならないだろ(よね)、厳|(きび)しすぎる……)
母は続ける。
「では母として……迷惑はかけないように。ただ助けて欲しい時は言うこと。できないことをできると偽らないこと。助けを求めないことが迷惑に繋がることもあると覚えておいて!」
「はい!」
「最後に……絶対、無事に帰ってきてね……口が聞けなくなったあなたを迎えるつもりなんて、全くないから……」
ミオンの目には光るものがあった。
その母の姿を見てミクリも目を湿らせた。
「はい……」
二人は抱擁を交わした。
鼻水を啜る音が二人の間から聞こえた。
母は娘を、娘は母をきつく抱きしめた。
抱擁を解くと母は娘の頭を強く撫でた。
「頑張って!よし!行ってこい!」
母はセリフと同時に娘の背中をバチンッと思い切り叩いた。
乾いた良い音が玄関に響く。
衝撃に押されてミクリは前進した。
ロッドがミクリの体を受け止める。
「おっ、大丈夫?」
そう問うとミクリは頷いた。
ミオンは三人の方を向いた。
「最後に三人にも。娘に手を出したら私が許しませんからね」
顔
三人はミオンの目玉を見ることはできなかった。
果たしてしっかりと目の奥まで笑っていたのか。誰にも分からない。
笑顔をなくし、ミオンは言った。
「しかし本当に私は何をすれば……」
「いや、いいですよ。何もなさらなくて」
ビゼーは言った。
「いいえ。そういうわけにはいきません!私はあなたたちに何かをしてあげなければ借りを返せません」
とても頑固であった。
「じゃあ、それなら……」
ビゼーに考えが浮かんだ。
「クリストファー・ロックウェルって知ってますか?」
「いいえ」
「その人のことを調べることは可能ですか?」
「そんなお願いでいいの?」
「はい!俺は。お前らはどうだ?」
ビゼーの意見にクウヤとロッドは頷いた。
「承知しました。すぐに調べます。結果はミクリを通して魔導でお伝えしますね」
「ありがとうございます!」
「もしかしたらその方……イシザワの分家の人間かもしれません」
「ブンケ?」
クウヤが聞いた。
「長くなるので後でミクリに聞いてください。調査は進めますので」
「分かりました。お願いします」
「任されました。では……行ってらっしゃい!気を付けて!」
「行ってきます!」
四人はイシザワ家を出発した。
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