第三十八頁 告白
「俺、犯人分かったかもしれない」
そう言ったのはビゼーだった。
イシザワ邸に戻り、次からどうしようかを考えるところだった。
「えっ?」
クウヤとロッドは声を出して驚いた。
声こそ出さなかったがミクリもたまげた、という表情を見せた。
「ビゼー、犯人探しはしないって……」
「その予定だったんだけど今日接触しちまったからな」
「今日⁈誰?」
ロッドが食いついて聞く。
「確定じゃねぇから詳しいことは言えねぇ!証拠がねぇしな。でも確実なのは魔人が絡んでるってことだ。衝突することになるかもしれない。ロッド、頼んだ!確実にお前の魔力が必要になる」
具体的なことははぐらかした。
ロッドは気持ち良い返事をするはずだとビゼーは思っていた。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
「えっ?あの……ビゼー……」
「?」
返事はせず言葉を詰まらせている。
それだけでなくチラチラどこかを気にしている。
彼が見ている先には……
——しまった!
迂闊だった。
ミクリがいることをすっかり忘れていた。
ミクリは口数が少ない。家に帰ってから「ただいま」という声しか発していなかった。
それだけでなく事件のことばかり考えていたビゼーは魔人の世間体もすっかり忘れていた。
幸いだったのは大人が周りにいなかったことだ。
しかしミクリは知ってしまった。ロッドが魔人だということを。
「あの……魔人なんですか?」
ミクリはロッドの方を向いて聞いた。
子供故にオブラートに包まない。
マアイイ市での出来事がビゼーの脳裡に浮かんだ。
小学生であろうとも魔人には容赦ない。
最悪だ。
ビゼーは自分を責める。ロッドは下を向いてしまった。クウヤでさえ事態を察している。
三人が沈黙を貫いているとミクリが言いづらそうに話し出した。
「あ、あの……私も……その……
重要な部分はとても早口だった。
しかし確実に言った。
再び
次に口を開いたのはロッドだった。
「魔人なの?ミクリちゃんも?本当に?」
——コクッ。
ロッドの問いにミクリは視線を下にしたまま頷いた。
気にする素振りを見せてミクリは言う。
「あの、だれにも……」
「言わないよ!」
ミクリの言葉を遮ってロッドが叫んだ。
「ありがとう!言ってくれて。俺も魔人なんだよ。このことは彼らも知ってる」
ロッドもカミングアウトした。
幼い子にだけ言わせるのはフェアじゃないと思ったのだそう。
「俺も自分は魔人なんじゃないかって最近思い始めてる。でも自分の魔力とかは全然分かんねぇし、制御できねぇし……実際のところさっぱりだ」
「オレはちがうけどまじんってだけでつらい思いすんのはおかしいだろ?オレはまじんのみかただ!」
ビゼーとクウヤもそれぞれの立場を明らかにした。
ミクリは目を真ん丸にしていた。
「魔人って……他にもいたんだ……」
やたらめったら他の魔人に出逢える訳ではない。
ミクリは少しだけ感動していた。
公に魔女として知られているイシザワ家。
これはあくまで褒め言葉である。
表現するならば「催眠術師や手品師、占い師の上位互換」だ。
淡々とこなすだけでは彼らと変わらないが、驚くべきは彼女らの独自性と精度である。
一族以外の人間は一切真似できず、習得できず。それでいて百発百中で成功、的中させる。
催眠術師と違いかからない人間がいない。
手品師と違いトリックやタネがない。
占い師と違い占いや予言が外れることがない。
世間が彼女らを魔女と称える理由である。
魔人と似ているような気もするが、ミクリ曰く根本が違うらしい。
イシザワ家が使用する独自の術。これを彼女らは「石澤流魔導」と呼ぶ。
先祖から受け継がれてきたもので、魔人の魔力とは全く別物なのだそう。
石澤流魔導をまともに扱えるようになるのは統計上早くても二十歳を過ぎてからで、ミクリもまだ扱うことはできないのだという。
石澤流魔導を自在に操る力、「魔導力」が成熟するまでは理論を学び、術名の暗記をして備えるのだそうだ。
ミクリは一生懸命説明したが、三人には魔力の説明としか思えなかった。
しかし何度魔力と同じじゃないかと尋ねても、ミクリは違うと返すばかりである。
似ている部分があるとすれば物理法則を覆す力である点だけだそうだ。
彼女が「石澤流魔導と魔人の魔力は別物である」とはっきりと言うのには明確な根拠があった。
石澤流魔導とは別にミクリは魔力を持っているからである。
視覚に関する力。
ミクリの魔力なのだそう。
しかしこちらの力に関しては公にしてはいけないと教わってきたのだそうだ。
ミクリは説明しながら気分が良くなっていた。
口外を禁じられていた魔力について話している。
まるで夜中にこっそりお菓子を食べてしまった時のような背徳感と嬉しさが入り混じっていた。
対照的に三人は混乱していた。ミクリの話を聞けば聞くほどが彼女が何を言っているのか分からなくなってきた。
脳内が混乱する中、クウヤが流れを変えた。
「よくわかんねーけどさ、さっきなんの話してたんだっけ?オレたち」
ビゼー、ロッド、ミクリの三人は思い出した。
新生児連続殺人事件の話をしていたのである。
話題が大きく脱線していたが、本題へ戻した。
ビゼーが切り出す。
「そうだ!それで犯人がこの家に来るのは今日かもしれない!」
「えっ?」
一同は驚いた。
「お、お母さん、呼んでくる!」
ミクリは母の元へ駆け出した。
「あ……」
呼び戻すタイミングもなく行ってしまった。
「なんで今日だってわかんの?」
クウヤが尋ねた。
ビゼーは答える。
「厳密には日付変わって明日の深夜だと思う。俺たちが調査していることを知っても尚。余裕で構えられる異常性がなけりゃな」
「でも俺たち、素人だよ。そんなことで焦るかな?」
「それは分からない。でも来るなら今日だ!」
確実性はない中にも確信はあるようだ。
クウヤにはビゼーがそう考える理由に心当たりがあった。
「かんか?」
「あぁ!」
「じゃあ、今日はてつやだな!」
「頼む!俺たちから首を突っ込んでいったんだ!守れませんでしたじゃ面目が立たない」
ここでミクリがミオンを連れて来た。ミオンの腕中にはシュウセイもいる。
「娘から犯人が来るかもしれないと聞いたのですが、本当ですか?」
ミオンは姿を見せるなり座る仕草をしながら尋ねた。
「確証はありませんが、来るなら今日です。警戒を怠らないでください」
ビゼーは警告した。
「了解しました。警察の方にも手伝ってもらった方が良いでしょうか?」
「憶測で警察を動かすわけにはいきません。それに俺たちで足止めできる可能性が高いです。捕えてから呼んでも遅くありません。」
「そうですか……それで私たちはどうしたら良いのですか?」
今から話すことは全て想像だ、と前置きしてビゼーは犯人の予想と今夜の対策案を語った。
話を聞いていた四人は浮かない顔をした。
それでも覚悟を決め、夜に備えたのだった。
一七三二三年九月十四日(火)
大米合衆国・ベネズエラ州 ココドコ村
深夜一時を回った。
闇夜に潜み蠢く黒い影が、暗闇でも目立つ巨大な邸宅に接近していた。
サッと塀を越えると静かに着地し、見事敷地内への侵入に成功した。
その時。
「うわあ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
赤子の夜泣きの声が聞こえてきた。
ニヤリと笑う。
この広さの邸宅の一部屋を普通に探し回るのは非常に骨が折れる。
好都合だった。捜索の手間が省ける。
耳を澄まし音源を探る。
その方向へと慎重に忍足を進めた。
泣き声にゆっくりと、しかし確実に距離が縮まっている。
ある戸の前に立った。
ここだ。この中から聞こえる。
周囲を警戒する。
異常はない。
付近に誰もいないことを確認するとその引き戸に向かってゆっくり左足を突っ込んだ。
不思議なことに足が戸を貫通して部屋の中に入っていく。
続いて体も通し、同じように右足も部屋の中に入れた。
驚くべきことに戸を開けることなく全身を部屋の中に入れてしまったのだ。
部屋に入った瞬間、泣き声の音量がかなり大きくなった。
そこには確かに一人の赤ちゃんがいた。
——見つけた!
(こんなに大きな声で泣いているのに親は来ないのか。可哀想に)
哀れみの情を目の前の赤子に対して覚えた。
「これじゃあ死んでても生きてても同じだよね?」
赤子の額に狙いを定め、右手の親指の腹と中指の爪を合わせた。
「バイバイ……」
「石澤流拘束魔導・其ノ壱!捕縛!」
構えた指を弾こうとした矢先、部屋の戸が開き声が聞こえた。
かと思うと両脇を強制的に締められ、両二の腕と胴が一つにくっついた。
脇を開こうとしても強力なゴムで押さえつけられているかのように押し戻されてしまう。
ロープのようなもので縛られているわけではない。
それどころか物にすら触れていない。
しかしなぜか体の自由が効かないのだ。
「あっ!」
抵抗するために激しく動いてしまい、バランスを崩した。
ドサッという音が闇夜に谺する。
音に呼応するように部屋の明かりがついた。
眩しくて目を薄めた。
「やっぱりアンタか」
低い声が言った。
「ビゼー、すげー!あたりじゃん!」
高い声が讃えた。
「どうして?」
少女の声も聞こえた。
目の前に五人の人間がいる。
昼間会った四人ともう一人。少女の母親だ。
「終わった……」
電球に照らされながら逃げられないことを悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます