第三十七頁 聞込 弐
一七三二三年九月十三日(月)
大米合衆国・ベネズエラ州 ココドコ村
四人は昨日に引き続き被害者遺族ではない人から話を聞いていく。
幸い昨日の夜はイシザワ邸が襲撃されることはなかった。
だがいつ何が起きてもおかしくはない。
なるべく早く多くの情報を集めたいところだ。
まず四人は昨日ミクリが挙げた斜向かいのお宅に向かった。
昨日の失敗を活かしビゼーがインターホンを押す。
ポーン、ポーン……ガチャ。
「はい?」
インターホンから聞こえてきたのはしゃがれた喧嘩腰な声だった。おそらく年配の女性だ。
「突然すみません。俺たち自主的にこの辺りで起きた殺人事件について捜査してて。お話伺えませんか?」
ビゼーが言う。
「あ゛ぁ?アタシゃ知らねえっつってんだ!この前言っただろ!」
かなりご立腹だ。
初めて話を聞くのにも関わらず「この前」などと言っている。
まずは誤解を解く。
「俺たち警察じゃないんです!」
「警察じゃねえ奴がなんで動いてんだ⁈
応じる気配がない。
ビゼーは諦めかけたがもう少しだけ粘ってみる。
「ちょっとでいいんです!お話伺えませんか?」
「どうせアタシのこと疑ってんだろ!今すぐ失せな!」
ブチッ。
強制シャットアウトだった。
「帰っていいか?」
ビゼーは三人に問う。
「う〜ん……」
腕を胸の前で組んで首を傾げた。三人同じポーズで、同じセリフを、同じタイミングで言い始め、同じタイミングで言い終わった。
「『う』と『ん』の間に長音を入れんな!」
肯定も否定もしない三人に少し腹がたった。
「はa……」
ポーン、ポーン……
ビゼーは腕を上に上げようとして、肘がボタンに触れてしまった。
修羅場を予告する鐘が鳴り響く。
しかしインターホンからの応答はない。
無視してもらえたと安心したのも束の間。
玄関横の部屋の窓がカラカラと音を立てた。
風の通り道ができ、カーテンがゆらゆら揺れる。
——ベチャッ。
突然カーテンの向こうから何かが飛んできて、それがクウヤの顔面に直撃した。
「とっとと失せろ!ガキども!警察呼ぶぞ!オラ!」
カーテンの向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。
これ以上ここにいると大変なことになりそうなのは明々白々だ。
四人は道路の向こうにある公園に退避した。
平日の公園は比較的静かだ。
利用者の多くはお年寄りで、未就学児とその保護者と思われる大人もちらほらと姿が見える。
四人は平日の公園を爆走した。
クウヤは顔に違和感を抱えながら走る。
クウヤは自分の顔を見ることができなかった。
しかし白いベタベタしたものが顔一面に付いていることは知覚できた。
彼は逃げながら口元についたそれを舌で舐めとった。
——甘い。
どうやらクウヤの顔面に飛んできたものはホイップクリームだったようだ。
舌の届く限界まで味わった。
公園に着く頃までには口元だけキレイになっていた。
舐めとった部分だけ異常にテカテカしている。
文字通り顔面蒼白な男を白い目で見る公園の利用者たち。
それを気にしないことができないビゼー、ロッド、ミクリの三人は他人のふりをしながら蛇口まで急ぐ。
顔を洗う前にクウヤの皮膚と白いものが接触していないであろう上澄みの部分を指で少量とり、味見をした。
反応はクウヤと一緒だった。
——甘い。
ホイップクリームだ。
なに食ってんだよ、とクウヤは三人にツッコミを入れると顔を水で入念に洗った。
「うわっ!まだベトベトしてる」
見た目はキレイになっている顔をペタペタ触りながらクウヤは言った。
「なんか災難だったね……」
ロッドは同情の言葉をかけた。
「ってか!なんでオレ⁈ビゼーだろ!ふつう!」
「それは……申し訳ねぇ」
ビゼーは頭を下げた。
納得できないといった顔をしながらもクウヤは話題を転換した。
「あやしいよな?あのばーさん」
「まあそうだね。事件と関わりたくない感じは出してたけど、でもそれはみんな同じじゃない?」
「人にクリーム投げてくんだぞ!ぜったいあやしい!」
「落ち着け!俺たちがやってんのは犯人探しじゃねぇ!情報集めてミクリの弟を守ることだろ!話が聞けなかったのは残念だ。でもそれを根に持ったら駄目だ。切り替えて次にいくことしかできねぇだろ」
「おまえはあたってないから言えるんだよ!うんがわるいってなんだよ!わるいならあたれよ!」
「クウヤ!話がズレてるよ!俺も思ったけど!でも今する話じゃないよ!」
話がガターに落ちる前にロッドが軌道を修正する。
クウヤとビゼーはまだお互いに言いたいことがありそうだ。
口喧嘩が再開する前にロッドはミクリに話を振った。
「ミクリちゃんはさっきの人どう思う?」
「え?あ、うーんと……あの人は若者ぎらいで有名で……」
「先に言えよ!」
クウヤとビゼーが話を遮る。
「ヒッ!ごめんなさい!」
萎縮してしまった。
「ちょっと!」
ロッドが強めの口調で二人に灸を据えた。
「ごめん、ミクリ」
「悪ぃ」
二人は反省した。
「ミクリちゃん続けて」
「あ、はい……でも本当は優しい人だから。みんな良い印象持ってないけど……」
「はっ?どこg……」
クウヤの反論をロッドが潰す。
口を塞いで発声できなくさせた。
「そう思った理由があるんだよね?」
「はい。朝、公園でゴミ拾いしたりとか、ボランティア活動とかしてるし。悪い人には見えなくて……」
「そうなんだ。あの態度からは想像できないね」
「はい。口が悪いからかん違いしちゃう人が多いんです。少なくとも赤ちゃんを殺しちゃうような人じゃない……と思います」
ミクリはそう締めくくった。
「うん。ミクリちゃんの言うことを信じるよ!」
「犯人探しをする気は元からねぇって言ったろ?今話を聞いてる人たちを疑ってるわけじゃねぇ。話が聞きたかったんだよ。若者嫌いなんじゃ話を聞くのは不可能だな。次行くか!」
ロッドとビゼーは気持ちを切り替える。
「えー?オレはぜったいあやしいと思う!」
恨みを抑えきれない人物もいた。
「疑うのは勝手だけど暴走すんなよ!」
ビゼーはクウヤに忠告した。
昼食を済ませると四人は三軒目へ向かった。
その家は公園に近い方から二軒目。イシザワ邸の裏側にある家である。
キン、コーン……ガチャッ。
「はーい?」
ビゼーがインターホンを押した。
インターホンから聞こえてきたのは三十代くらいの男性の声だった。
ビゼーが要件を話すと家の中へと招かれた。
白を基調とした綺麗な室内である。
四人はリビングに通された。
リビングを見渡してビゼーは思ったことがあった。
(なんか、生活感のない部屋だな)
家具も必要最低限、家電も少ない。
特に気になったのはリビングのどこを見渡しても時計がないのだ。
流石に気になる。
「あの時計はないんですか?」
「俺の部屋にしかないんだ。妻が『時間に縛られて生活したくない』と言うもんでね。それでいてミニマリストだから家具家電も本当に必要なものしか置いてないんだよ。この前もリビングにパソコンを持ち込むなって怒られたばっかりだよ。ははは」
失礼な質問だったが、丁寧に答えてくれた。
雑談はそこそこに事件について知っていることがあるかと尋ねる。
男性は何も知らないと答えた。
妻からも話を聞いてみないかと提案された。おそらく何も知らないと思うが、聞いてみるだけでもどうかということだった。
断る理由もないので四人も賛同した。
さっそく男性の妻と接触しようとする。
しかし男性から注意事項を預かった。
①妻はリビングに来ないので部屋に行ってほしい
②怒るので部屋に電化製品は持っていかないでほしい
③部屋にエアコンがついていないので覚悟してほしい
以上三点である。
一行は不思議に思いながらも聞き入れた。
ビゼーは携帯をリビングに置いた。
男性も含め妻の部屋へと向かう。
男性は部屋の扉をノックした。
「は〜い」と言う声と共に扉が開く。
部屋の内側から熱気が溢れてきた。
熱気が籠るほど高温の室内にいたはずの女性はあまり汗をかいていなかった。
「ミクリちゃ〜ん!いらっしゃい!こんにちは!」
「お姉さん、こんにちは」
女性に挨拶されたミクリはしっかりと挨拶を返した。
ミクリは緊張していない様子だ。
聞くと、ミクリが小さい時——今も小さいが——一緒に遊んでいたらしい。
三人も軽く挨拶を済ませると、本題に入った。
事件に関して知っていることはあるかと問うと次のように返した。
「ごめんなさい。何も知らないの。でも物騒だよね。赤ちゃんを狙うなんて酷すぎる。ミクリちゃんの弟くんも生まれたばっかりなんだよね?気をつけてね!赤ちゃんのおでこって本当に柔らかいから。ホント、力になれなくてごめんね」
「うん。ありがとう。お姉さん!」
知らないなりに身を案じてくれた女性にミクリは感謝の意を伝えた。
暑いからと部屋を追い出され、話もほどほどに一同はリビングへ戻った。
ビゼーは冷たくなった携帯を回収し、男性に一つ質問をした。
「奥さんは冷房が苦手なんですか?」
「そうみたいなんだ。年中この気温だから慣れたって言ってる。本人は平気な顔してるけどこっちが心配になっちゃうよ」
「そうなんですね……犯人早く捕まると良いですね」
「そうだね。俺たちも子供が欲しいと考えていたところでこれだからね。妻も怖がってしまったし。本当に参ったよ。君たちも気をつけて。捜査してるなんてバレたら何されるか分からないよ!」
「そうですね。ありがとうございます!用心します!お邪魔しました!」
クウヤ、ロッド、ミクリも退室の挨拶をした。
四人はイシザワ邸に帰った。
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