第三十六頁 聞込 壱

 三人はミクリの家の客間に通された。

 そこで横並びで座布団の上に座った。

 座り方は特に指定されなかった——されるわけもない——が何故か三人とも正座してしまった。


 高価そうな家具・インテリアがそこら中に置いてあり落ち着かない。

 部屋の全貌を眺める間もなく三人の前にお茶が出された。

 この湯呑みですら高級感を醸し出していて口をつけるのが憚られる。

 恐らく中身のお茶も相当な代物なのだろう。

 余計に手を出せなくなる。

 あの楽観的なクウヤですら居心地が悪そうだ。


「遠慮しないでね」


 先ほど玄関まで出向いていた女性からそう言われた。

 しかし三人は同時に「ムリだ!」と思った。


 三人の対面にミクリと女性がこれまた正座で座る。

 女性が切り出した。


「初めまして!ミクリの母親の石澤美紫苑いしざわみおんと申します。……あっ、失礼。この国ではミオン・イシザワでした。よしなに」


 三人からは見えなかったが、ミオンは座ったまま膝の上に手をきっちり揃えて頭を下げた。

 三人も、よろしくお願いします、と言って頭を下げた。

 その後順々に名乗った。

 自己紹介と挨拶を済ませると本題に入った。


「まずは娘が失礼いたしました。彼女の弟、私にとっては息子ですが、助けるように言われてこちらにいらっしゃったんですよね?」


「はい。おっしゃる通りです」


 ビゼーが答えた。


「委細はどこまでご存じなのですか?」


「いえ、何も知りません。これから伺うところなので」


「やはりそうでしたか……娘は人と喋ることが不得手でして……吃音や発声障害の類ではないのです。ただ極度の人見知りとあがり症を持っていまして。言葉が不十分になってしまうのです。それもあって学校でもお友達と仲良くするのが難しくて。しかしあなた方は急かさず焦らず娘のペースに合わせて話を聞いて下さいました。その上、殆ど詳細を知らされなかったにも関わらずこちらまでおいでになった。母として感謝申し上げます」


 再び綺麗な姿勢で頭を下げた。


「ご足労おかけして申し訳ないのですが、娘の話はなかったことにしていただきたいのです」


 ミクリは反射的に母親の方を見た。


「外部の方にご迷惑をおかけするのはわたくしの本懐ではございません。知らない方と話せたという娘の成長は大変喜ばしいことですが、それとこれとは切り離して考えなければなりません。どうかお引き取りください。お時間頂戴しまして申し訳ありませんでした」


 このセリフ中、三度にわたって頭を下げた。最後に顔を伏してからなかなか顔を上げなかった。


「あの」


 ビゼーの声でミオンは顔を上げた。


「なんでしょう?」


「助けてって言われたんです。ミクリさんから。このまま何もしないで帰ったら後味が悪すぎます!事情だけでも聞かせてください!俺たちにできることがあったら協力したいんです!ロッドとクウヤこいつらも俺と同じ気持ちです!お願いします!」


 ビゼーの必死の訴えにミオンの顔が曇った。


「しかし……」


「自分の手で助けられるかもしれないのに、困っている人を見捨てたくない!」


「あなたたちを命の危険に巻き込んでしまうかもしれません。委細をお聞きになって協力できないということであれば渋らず仰ってください。よろしいですね?」


「はい!」


 三人で返事をした。

 ミオンはミクリに代わってミクリが伝えたかったことを伝えた。

 以下にまとめる。


 この村ではここ数日、生後半年以内の新生児のみを狙った連続殺人事件が発生している。犯人は捕まっておらず、今も逃走を続けているという。

 犯人は一切証拠を残さないため警察の捜査も難航している。

 犯行は全て夜中に起きていて、全ての被害者の死因が外傷性脳損傷なのである。

 しかしいずれも出血はなく、発見されず、特定すらされていない。凶器として考えられているものは小さな弾丸のようなものなのだそう。


 ミクリの弟、シュウセイは先々月に生まれたばかりだそうだ。つまりこの連続殺人事件の被害者の対象年齢に該当してしまっている。

 ご近所にも新生児がいたがシュウセイ以外は皆犠牲になってしまった。

 したがって次のターゲットはほぼ確実にシュウセイだ、とミクリは思った。ミクリだけでなく、ミオンもミクリの父親もそう思っている。


 数日間対策を練っているが、何をどう守ればいいか分からない。頭を悩ませていた。

 苦肉の策として第三者に助けを求めてみようとミクリが道で待ち構えていたところ、三人が通りかかったのだそうだ。ミクリの独断だそうだ。

 ミクリが外に出ていたのは新生児以外は全く狙われないし、いざとなった時に彼女は自身の身を守る術を持っているからだということだった。

 ミオンは息子の命を守るため捜査情報を手に入れたそうだ。しかし情報は大人の手段を使って手に入れたものだから口外しないで欲しいとのことだ。

 


 三人はここまで話を聞くなかで根拠のない確信を得ていた。

 最後まで聞いた時、犯人を確信した。

 とは言っても、特定の個人名ではなく、ある特性を持った人間を総称する言い方での特定である。


 ——魔人——


 相手が魔人となればクウヤとビゼーはともかくとしてロッドなら対等に渡り合えるかもしれない。

 魔人はどうのこうのという話は伝えず、三人は協力を申し出た。

 ミクリは嬉しい表情を見せた一方でミオンは不安な表情を見せる。

 決して無理はしないことを条件に三人は策を練ったり、犯人を推理する手伝いをすることになった。

 その報酬としてこの豪邸に宿泊できることにもなった。

 話がまとまりイシザワ親子はスッと立って最敬礼をした。

 三人も立ち上がろうとしたところ同時に試練が訪れた。


「あら?」


 ミオンが不思議がる。

全員膝をつけたまま手を床につき、四つん這いになったまま動かない。三者同じ格好をしていた。

 足が痺れて動けないのだ。

 三人は回復するまでしばらく床に這いつくばっていた。

 

 三人が動けるようになったところで、ミクリと共に犯人探しを開始した。

 最終的にはミオンも息子を守ることだけに集中できる環境に感謝していた。

 ミオンはあとは任せると言い残して息子の元へと向かった。三人と話している間、夫が息子の面倒を見ていたらしい。


 絶対に助けると強く意気込んで四人は捜査方針を練った。

 警察ではあるまいし、被害者遺族から話を聞くわけにもいかない。事件に関係ないご近所さんから話を聞いてみることにした。

 大きな情報を聞けるとは思っていないが、情報がないよりは全然マシである。

 さっそく該当お宅に向かおうとした。

 が、敷地の広い家なだけにお向かいさんが五、六軒ある。裏の家も五、六軒。お隣や斜向かいも交差点の向こうである。


「何軒聞きゃいいんだ?」


 ビゼーがミクリに尋ねた。


「事件と関係ないおうちだと三けんです。この門の目の前のお家と左に行った方のはす向かいのお家。あとあっちのとこにもう一けん」


 それぞれの方向を指してミクリは説明した。


「三軒だけ?」


 ロッドが驚く。


「は、はい。この辺は子育てがしやすいとこらしくて。右隣りこっち(ミクリが言った斜向かいの家の正面)は公園だし……学校とか幼稚園も近くて赤ちゃんもいっぱいいる……いたんです……」


 最後、顔が曇ったが丁寧に説明した。


「じゃあ十何人も赤ちゃんが殺されてんのか?」


「はい……」


 ビゼーの問いに悲しい表情でミクリが答えた。

 その顔を見てビゼーは何も言えなかった。


「早く行こうぜ!赤ちゃんのためにも!」


 重苦しい雰囲気の中、口を開いたのはクウヤだった。

 彼は言い終わるや否や向かいの家に向かって歩きだした。

 ビゼー、ロッド、ミクリの三人も気持ちを切り替えてクウヤの後を追った。

 クウヤが向かいの家のインターホンを押す。


 ピンポ〜ン……ピンポ〜ン…………カチャ。


「は〜い?」


 インターホンから聞こえた声は年配の女性の声だった。

 クウヤが後ろのビゼーらの方を向く。


「なんて言えばいい?」


 ビゼーとロッドは呆れた顔をした。


「あの〜?どうしました?」


 インターホンから声が聞こえる。

 ビゼーは急いで駆け寄ってクウヤの代わりに要件を伝えた。

 数秒後、インターホンの声の主と思われる女性が玄関から出てきた。


「あら!ミクリちゃん!こんにちは!」


 女性はミクリに気づいて挨拶した。

 物腰の柔らかい落ち着いた声だ。


「こ、こんにちは……」


 声がひっくり返っていたがちゃんと挨拶を返した。


「暑いでしょう?中へどうぞ」


 四人は女性宅へ入った。

 通された場所は背の高いダイニングテーブルが置いてあった。

 誰とは言わないが若干三名は激しく安堵した。

 直前に高価すぎるものを見過ぎて普通の家具に心が安らいだ。

 だが困ったことにこのダイニングテーブルを囲んで女性を含めた五人も座れそうにない。

 ミクリとクウヤは庭で女性の飼い犬のソルと戯れることにした。

 ソルは毛が真白な大型犬であった。


 一方でビゼーとロッドが女性から話を聞く。

 ビゼーが切り出した。


「突然すみません。俺達、自主的に近所の殺人事件のことを調べてて。何か知っていることがあったら教えてもらえませんか?」


「そうなの?お若い探偵さんといったところかしら?そうねぇ……残念だけど私は本当に何も知らないのよ。警察にも同じこと聞かれたんだけど同じように答えたのよ〜。ごめんね〜」


「いえ、お気になさらず」


 とんとん拍子に物事は進んでいかない。

 厳しいかなどと考えているとロッドが女性と話し始めた。


「あの写真、お孫さんですか?」


 リビングの方に幼い男の子の写真が飾ってある。

 ロッドはそれを見て言ったのだ。


「えぇ。可愛いでしょ!」


 笑顔で話す。


「はい。とても!」


「もう十年以上前の写真だけど飾っちゃってるのよね〜!離れて暮らしているからあれを見て思い出してるのよ〜!」


「お孫さんここにはあまり来ないんですか?」


「そうなの。反抗期なんだって。声も五年以上聞いてない。もう声も低くなってるんでしょうね〜」


「そうなんですね。早く会いたいですね」


「えぇ!会えるのはまだ当分先になるでしょうね。生きてられるかしら?」


「まだ十分お元気じゃないですか!反抗期もそろそろ終わりますよ」


「だといいわね〜。でもそう考えると私幸せ者よね〜」


「えっ?」


「ほら。赤ちゃんが殺されちゃったらそんなことも考えられないじゃない?孫が生きてるってだけで幸せだわ。あ、これ周りの方に絶対言わないでね!」


「言いませんよ!今日お話ししたことは俺たち四人で止めておきますから」


「そう。良かった。今の発言は不謹慎よね。気をつけないと……あっ!そうだわ!思い出した!」


「なんですか?」


「ソルが吠えてたのよ。あの夜!」


「あのって事件の?」


「そう!夜中に!いつもは大人しくていい子なんだけど。その日はうるさくて私起きちゃったのよ!ちょっとキツめに叱ったらシュンとしちゃって。その次の日に赤ん坊が殺されたって。今思い出したわ!」


「ありがとうございます!貴重な情報です!」


「こんなんで役に立てたかしら」


「どんな些細なことでもありがたいです!いつもと様子が違っていたなら関係ある可能性はかなり高いです」


「良かったわ!じゃあカメラも見ていく?」


「カメラ?」


「一応防犯用に付けてるのよ。警察の方にも見せたんだけど何も映ってなかったらしいの……それでもよければどお?」


「ありがとうございます!拝見します!」


 女性は愛犬が吠えていた日の防犯カメラ映像を見せてくれた。

 

 三十分程映像とにらめっこしてビゼーは気づいたことがあった。


「ロッド!この辺りおかしくないか?」


「どこ?」


「場所じゃない!時間だ!」


「注意深く時間の表示を追う」


 55。56。57。58。59。00。01……


「普通じゃない?」


「いや、時間ってそういうことじゃなくて!なんつうかな?このあたりの時間、画面が乱れてないか?」


 巻き戻して注意深く見てみる。


「確かに?言われてみれば?」


 画面がカクカクしているような気もする。他の時間の映像と比べて画質も少し荒くなっているだろうか。

 しかしそれ以外におかしい点は見当たらない。

 機械が体調不良になっただけなのかもしれない。

 あたりも暗くなってきたので礼を言ってお暇することにした。


「ありがとうね!ソルも久しぶりにはしゃいじゃって。もう老犬なのに。楽しそうだったわ。若い人と話すっていいわね」


「オレもたのしかったです!」


 クウヤの感想にミクリも精一杯同意した。


「解決したらまた来てね!……やっぱり解決してなくても来てもいいわよ!」


「あはは……また来ます!」


「突然お邪魔してすみませんでした。失礼します!」


 ロッドとビゼーは挨拶をした。


「頑張ってね〜!」


「さよなら〜!」


 女性の声援にクウヤが手を振って答えた。

 ミクリも小さく手を振った。


「明日は残りの二件を回るか」


 ビゼーはロッドに言った。

 ロッドは頷く。


「彼ら……本題忘れてないよね?」


 二人の前方でクウヤとミクリは犬の話で盛り上がっている。


「ミクリは分かんねぇけど、クウヤは絶対忘れてるな」


「ははは……」


 四人はイシザワ邸へ引き返した。

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