〜中米諸国州〜
第三十三頁 再三
一七三二三年七月三十一日(土)
大米合衆国・メキシコ州・ヨサゲナ町 近郊
騒動から一日。三人は次の目的地について相談していた。
「そうだよ!オレかみ切って、くつもかえたかったんだよ!」
クウヤが言った。
「言ってたな。何もできてねぇけど」
ビゼーが反応した。
特殊な町の事情が邪魔をしてやりたいことが全くできていなかった。
「次行くとこはちゃんとじゅんびできるとこにしよう!」
「同感だ」
「俺も賛成!俺も靴欲しいし。
足元の、いかつい見た目をした靴を見せながらロッドが嘆いた。
ほぼブーツなのでとにかく歩きにくいのだそう。元々歩くための靴ではないので当然である。
「ところでクウヤ。本気で歩き続けるつもりか?」
ビゼーが話題を転換した。
「あたりまえだろ!」
語気を強めて答える。
「このクソ暑いのにか?」
「うん!だってあついのって今だけだろ?九月とかになればおさまるくね?」
「いや、今だけじゃないよ。暑いの」
「えっ?だってこれからあきじゃん?」
ロッドの発言にクウヤはそんなわけないだろと言いたげに主張した。
「お前さ……いいや。これからどんどん赤道に近くなんだぞ!春夏秋冬なんて概念はねぇんだよ!」
「はっ?」
クウヤにはビゼーの言っていることが理解できなかった。
「だから!ずっとこれくらいの気温なんだよ!昼間は。多少は下がるかもしんないけど」
「えっ?なんで?」
「太陽の光がたくさん当たるからだよ」
「???」
「えっと……だから……」
「やめといたほうがいいぞ。ロッド。多分こいつには理解できない」
ロッドが丁寧に説明しようとするのをビゼーが制止した。
「なーなんでずっとあついんだよー?」
「神様がそうお決めになったからだ」
「へー。か〜み〜さ〜ま〜」
クウヤはビゼーの説明に納得した。
ロッドが気候について補足する。
「それに南半球に行くと季節が逆転するからね。南半球は今冬だから、俺たちが着く頃には夏かも」
「えっ!」
クウヤにとっての新常識が次々と湧いてくる。
「なんで?」
理由を知りたくなるのが人間の
「神様がそうお決めになったからだ」
「神さますげー!」
(悪魔は信じてなかったよな?神は信じるのか?)
クウヤに対して、ビゼーは思った。
「で!歩くのか?ずっと
「う〜〜〜ん……」
クウヤは黙り込んで熟考した。
「やめよう!」
はっきりきっぱり宣言した。
「因みにこっから西に行くと海を挟んだ向こう側にクルーズ船が停まる港があるらしいぞ!」
ビゼーが地図アプリを見ながら提案した。
「くるーずせん?」
クウヤが尋ねる。
それにロッドが答えた。
「俺も見たことないけど、で〜っかい船だよ。たくさん人が乗って、美味しい食事が出されるんだ。船だから海も見渡せるし、運が良ければ魚も見られるかも」
説明を聞いてクウヤの表情がパ〜っと明るくなった。
「めっちゃ楽しそうじゃん。乗ろうぜ!ふね!どんぐらい歩けばつく?」
ビゼーは引き続き地図アプリを見ながら答えた。
「二週間くらいか?そっから船乗ってクルーズ船が停泊する港に行く」
「ふね乗るためにふね乗るの⁈」
「しょうがないだろ!さっき海を挟んで反対側っつったよな?」
三人は港を目指して高原を歩いた。
一七三二三年八月十五日(日)
大米合衆国・メキシコ州・トポロバンポ港
予定通り目的地に辿り着いた。
クウヤはずっとしたかった散髪と靴の購入を済ませた。
潮風と前髪の長さが心地よく感じた。
ボロボロの靴とはお別れをする。
ビゼーとロッドもそれぞれ欲しいものを調達した。
ロッドはビゼーに金を出してもらうことをとても申し訳なさそうにしていた。
これから共に旅をする上でいちいち恐縮の表情を見るのは辛い。
ビゼーはロッドに自分の金だと思って使えと言った。
それでも遠慮するロッドにビゼーは仲間だと思ってるなら気にするなと声をかけた。
ロッドはなんとか受け入れた。
目的を果たした三人は海(カリフォルニア湾)の向こう側(バハ・カリフォルニア半島)へ向かう定期便に乗った。
到着まで海の上で半日ほど揺られるのだった。
一七三二三年八月十六日(月)
大米合衆国・メキシコ州・ピチリンゲ港
クウヤは強烈な船酔いに襲われていた。
湾の上で既に二回戻している。
下船してからも中々回復しない。
港でもう一度戻した。
顔が真っ青になっていていつもの元気がなく、食欲もない。
ロッドは酔い止めの薬を購入した。
ビゼーはクルーズ船について調べた。
この港から南に百キロほど離れた別の港から、八月二十日に出港するらしい。
間に合わないほどギリギリではないので半日の船旅による疲れを癒すことにした。
一七三二三年八月二十日(金)
大米合衆国・メキシコ州・カボ=サン=ルーカス港
クウヤの船酔いは一晩眠ると完全に治った。
休まなくても大丈夫だと本人が言うので十七日に移動を開始した。
二日間歩いて、昨日のうちにこの場所に着いてしまっていた。
三人は船の上でクルーズ船の出航を待っている。
乗船前、クルーズ船を見たクウヤはとても興奮していた。
見たこともない巨大な船舶に対し、感動の雄叫びをあげた。
毎度の如くビゼーは注意した。
ロッドもじっくりとクルーズ船を見回していた。
乗り込んだ後も訪れた場所ごとに感動の声をあげた。
しかし出航後のクウヤは元気がなくなっていた。
酔い止めの薬の効果もあってか戻すようなことはなかったが、具合は良くない。
寄港の度に船から降りて外の空気を取り入れ、出航の時間になっては乗船するということを繰り返した。
ビゼーとロッドは終始元気だったため、クウヤの様子を見つつ船旅を楽しんだのだった。
一七三二三年八月二十五日(水)
大米合衆国・中米諸国州・グアテマラ プエルト・ケツァル港
船の速度とは思ったよりも速いものである。
歩いていたら何日かかったのかという距離。
あっという間にメキシコ州を超えてしまった。
クルーズ船はグアテマラという地域に寄港した。
——中米諸国州。七つの地域から構成される北米と南米を繋ぐ州である。グアテマラは中米諸国州の最東端に位置する自治体だ。中米諸国州の中では最も人口が多い地域で、次点のホンデュラスのそれよりも二倍近く多い。中米諸国の中核を担う都市である——
三人にとって新しい州ということで港付近を散策することにした。
「奇遇だなぁ!こんなとこで会うなんてよ!」
声のする方にはサングラスをかけた大きな男が立っていた。
顔が見えなくても分かる。見覚えのある大きな体と特徴的な声を併せ持った男。
何故、行くとこ行くとこ現れるのだろうか?
クウヤとビゼーは同じ疑問を持っていた。
「知り合い?」
当然ロッドだけは知らない。
「悪ぃ、後でいいか?」
「ああ……うん……」
訳が分からなかったがロッドは大人しくしておくことにした。
ビゼーと男が話す。
「あの!どうしてクウヤを狙うんんですか?」
「悪ぃな、兄ちゃん!それは言えねぇことになってんだ!」
「どうして?」
「『契約』とでも言っておこうか?」
「契約?クウヤを殺すことが仕事なら、早めに終わらせたほうがいいんじゃないですか?」
「ビゼー!へんなこと言うのやめろよ〜!」
クウヤは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ノーコメントだ!そろそろ要件を済ませたいんだがいいか?」
三人は感じた。殺気を。
目の前の男が放っている。
それが向けられている先も分かる。
ビゼーとロッドは各々感じていた。
今自分が感じている殺気は自分に向けられているものではないと。この殺気は拡散してしまった本流の一欠片のようなものだと。
例えるなら真っ白な黒板消しが床に落ちた時。当然床は粉で汚れる。しかし床に当たったと同時に粉は宙にも舞う。
二人が感じているのはその宙に舞った粉である。
もちろん黒板消しの裏の粉の大部分を食らっているのはクウヤだった。
ロッドは殺気を男に向けた。殺気を反射したわけではなく、自身由来の殺気である。
男は気付いたが、気にも留めなかった。
ビゼーは殺気に少し気圧されたが、覚悟を決めて最後の質問をした。
「わ、分かりました。じゃあ最後に一つだけ。あなたの名前を教えてください!」
男は笑って答えた。
「はっはっは……そんなもん聞いて何になる?まあ、隠すことでもねぇし。教えてやる。クリストファー・ロックウェルだ。兄ちゃん、これで満足か?」
「はい」
「そりゃ良かった。んじゃあ兄ちゃんの名前も聞こうじゃねぇの」
「ビゼー・アンダーウッドです」
ビゼーも名乗った。
「横の兄ちゃんは?」
男はロッドの方を見ながら問うた。
「あ……俺は、ロッド・アーロンソンです」
質問の流れ弾に心を乱されたが、ロッドも名乗った。
「じゃあそろそろ行くか!」
クリストファー・ロックウェルは二人の名前を聞いただけにしてクウヤへ一直線に踏み込んだ。
「う……」
クウヤはえずいた。
船旅の影響が出ている。
本調子ではないなか納剣したままの剣を構える。
これまでと同じ攻撃を食らわそうとした。
剣を左手に持ち替え、クウヤはロックウェルの攻撃をヒラリと躱し、真横に来たロックウェルの首筋目掛けて剣を振り回し、ぶつけようとした。
しかし剣は自身の首を庇ったロックウェルの右掌に収まった。
ロックウェルはそのまま剣を掴む。
クウヤの勢いを利用して、剣ごとクウヤを時計回りに一周振り回すと流れるような動作で右脇腹に蹴りを入れた。
インパクトの瞬間と同時に剣を離す。
おかげでクウヤは数十センチ後ろに飛んだ。
クウヤは自らもう少し後ろに下がった。
右手で右脇腹を押さえる。
「大丈夫か?クウヤ?」
「っつ〜……へーきだ」
かなり痛そうだ。
ロックウェルは薄ら笑いを浮かべている。
クウヤは剣を右手に持ち直して突っ込んでいく。
ロックウェルはクウヤの動きを観察した。
誇張ではなく最短距離で自分の元に向かってくる。
剣を両手で持ち、構えている——抜剣はしていない——。
踏み込んで、剣を振り下ろす。
完全に予測通り。自分の方から見て
完璧に避けた。
……はずだった。
しかしなぜか左胸の辺りに衝撃を感じていた。
男はその場でうつ伏せに倒れ込んだ。
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