第三十四頁 回避
クウヤが振り下ろした剣は大男の左胸を直撃した。
一秒ほどだっただろうか。剣が当たってから男が倒れ始めるまでの時間である。
ゆっくりと巨体が傾き地面に伏してしまった。
敵が戦闘不能になったことをクウヤは確認した。
しゃがんだ瞬間——気が緩んだからだろうか、吐き気が襲ってきた。
——我慢が利かなかった。
完全に立ち上がる前に体が反応してしまった。
ロックウェルに直撃は回避したが、飛び散った
「あっ!」
真夏の昼。燦々と照りつける太陽の下、三人は凍りついた。
頭と目の前が真っ白になった。熱中症ではない。
暑さを感じるどころか寒気がしてきた。
「ウ、ウェットティッシュ買ってくるよ」
ロッドは逃げるようにその場を去った。
「あっ、お、俺、水買ってくる」
ビゼーもその場を離れようとした。
が、腕を掴まれた。その腕が離れない。動けない。
「お、お、お、お、お、オレを一人にしないで〜……ビゼー」
今にも泣き出しそうな顔でクウヤが必死に訴えている。
「分かったから離せ!すぐそこに自販機あんだろ!そこまで行って帰ってくるだけだって!」
「行がだい゛でぇ〜‼︎こえ〜よ〜!」
号泣した。
幸い、周りに人はおらず、住宅もなかったことで冷ややかな視線を向けられることだけは避けることができた。
「分かった!ここにいるから!泣くな!」
ビゼーが宥める。
「つーか、いて〜よ〜!
涙ながら訴えた。
「あぁ。痛そうだったな。モロに入ってたよな?」
「なー、どうなってる?」
クウヤは服を捲り、蹴られた箇所をビゼーに見せながら尋ねた。
ビゼーは該当箇所を診た。
「あぁ、痣になってる」
痣は拳大で赤紫色を帯びていた。
「やっぱり?だってすげーいてーもん、これ!だいじょうぶかな?おれてないかな?」
かなり取り乱している。
「大丈夫だ。折れてない!そこ骨ねぇから!」
冷静にツッコんだ。
「体調不良の中よく頑張ったと思うぞ!なる早で冷やしたほうがいいかもな。帰りがけにアイシングできるもの買ってこう」
「うん」
ここでロッドがウェットティッシュ片手に帰ってきた。
「買ってきたよ!これで拭いて」
ロッドは一枚クウヤに渡した。
それと引き換えにビゼーはロッドに頼んだ。
「悪ぃ、ロッド。そこの自販機で水買ってくれ道路汚しっぱなしってわけにもいかねぇから」
「いいよ」
快く了承して駆けようとした。
「まって、ロッド!」
クウヤの呼びかけに急停止した。
「こ、コイツおきたらだれが守ってくれるんだよ!」
「あぁ……」
「じゃあ、俺が行くわ」
「ありがとう」
ビゼーは自販機に水を買いに行った。
その間にクウヤはそっとロックウェルの服についた汚れを拭き取った。
ビゼーが戻ってくると汚れた地面を水で流した。
近くから話し声が消えた。
男は立ち上がり、肩の辺りを臭った。
すぐに鼻を遠ざけて叫んだ!
「臭っ‼︎あの野郎!」
しかしすぐに表情を引き締め、呟き始める。
「最後のやつ……どういうことだ?軌道は読み切ったはず……普通なら空振りだ。やっぱりアイツ。剣使いってことか。害ある花は育ちきらないうちに摘み取っとかねぇとな。『あの人』の言うことも分かってきた。俺がアイツを再起不能にしてやる!」
そう誓うと
氷嚢と氷を調達しながらクウヤ、ビゼー、ロッドは話す。
ロ:「ところでさっきの人誰?」
ク:「わかんない」
ビ:「目的がさっぱりなんだけどクウヤを狙ってるヤバい奴だってことだけははっきりしてる」
ロ:「クウヤ、あの人に何したの?」
ク:「なんにもしてねーよ!つーかさ、なんで行くとこ行くとこぜんぶ出てくんだよ?」
ビ:「それが分かんねぇから困ってんだろ!」
ロ:「分かんないことだらけだね」
ビ:「そう。だから今日名前を知れただけでも大収穫だ」
ロ:「クリストファー・ロックウェル、って言ってたね」
ビ:「クウヤ。名前にも聞き覚えないか?」
ク:「ない!」
ビ:「だよな……」
ロ:「クウヤを狙ってるならまた出くわすかもしれないよね」
ビ:「ほぼ確だろうな」
ク:「はー。そのたんびにいてー思いしなきゃいけねーのかよ」
ビ:「訓練して回避の達人になれば痛い思いしないで済むぞ」
ク:「できるか!」
ロ:「クウヤ、さっきはごめん!手助けできれば良かったんだけど。敵は俺に注意を向けてくれなかったし……クウヤの戦い方もほとんど知らなかったから適当に加勢するとクウヤにも危険が及んじゃうし……」
ク:「いいよ、おれでもよゆーでかてるし」
ビ:「まぁロッドが謝ることではねぇな。道の真ん中で
ロ:「ありがとう。まぁ俺が異常なんだよね。ずっと武力行使してきたから」
ビ:「店ん中でそういうことでかい声で言うな」
ロ:「あっ、ごめん」
ロッドは両手で口元を押さえた。
ク:「オレもたたかい方ならったほうがいいよな?」
ビ:「護身術は知っといて損はねぇしな。動画サイトとかで見てみるか」
ロ:「それがいいね。俺が常に守れる訳じゃないし、自分の身は自分で守れるに越したことはないよ」
ク:「おしっ!がんばるぞー!」
ビ:「おぅ。……あっ!」
ロ:「どうしたの?」
ビ:「出港の時間まであと五分しかねぇ!」
ロ:「ヤバっ!急ごう!」
急ピッチで買い物を済ませると、三人は全速力で船に戻っていった。
一七三二三年八月三十一日(火)
大米合衆国・中米諸国州・パナマ パナマシティ
船旅も長くなってきた。
相変わらずクウヤの船酔いは続く。頻繁に吐くことはなくなったが油断するとすぐに危機が迫ってしまう。
酔い止め薬を手放すことは難しそうだ。
彼が一週間前に作った痣も快癒の兆しを見せている。
三人は中米諸国州のパナマに足を着けていた。
中米合衆国の最南端に位置する地域で特にパナマシティという地区は同州最大の金融都市である。
ここで十日以上乗り続けたクルーズ船に別れを告げることにした。
最初から降りる予定ではあったのだ。
南米地域の太平洋側にはアンデス山脈が連なっており、容易に横断することはできない。
そもそも船旅が目的ではないので船にこだわる必要もないし、南米のさらに南を回って大西洋側に出ても時間を食うだけだ。
仮にその選択をしたとしてもマゼラン海峡あるいはドレーク海峡といった荒場を通らねばならない。
猛暑から命を守るために船旅を選択したにもかかわらず、船旅に命を懸けては本末転倒である。
またパナマという地域は太平洋側からカリブ海側までの距離が他の地域と比べ非常に短い。
以上の点からここでクルーズ船から降りて、アンデス山脈を避けつつ、南米に乗り込むためにカリブ海側の港へ行き、ベネズエラの港から上陸することをメキシコ州にいた時から決めていた。
海の絶景を満喫できるとはいえ、船上は閉鎖空間。クウヤが飽きてしまっていた。
船酔いが酷かったこともあり、この地で下船する意思を強固なものとした——クウヤは船旅を嫌がったわけではない。むしろ楽しんでいる——。
久しぶりの大地は暑かった。
今までよりもジメジメしている。
一歩一歩土を踏みしめながら以前よりもゆっくり歩き、パナマを横切った。
一七三二三年九月二十日(月)
大米合衆国・ベネズエラ州 カラカス
蒸し暑かったパナマを渡り、カリブ海側の港から再び船に乗り込んだ。
船を変えたからといってクウヤの船酔いは治まることはなかった。
寧ろ前の船の方が体調が安定していたかもしれない。
クウヤは苦しみながらも仲間と共にベネズエラ州に上陸した。
山は避けたが随分と標高の高い地域に来てしまった。港からそこまで離れていない。
単純にリサーチ不足であった。
今だけは我慢して先を目指す。
一行はアンデス山脈とアマゾンの間を進んでいくことで合意した。
旅の舞台は南米大陸へと移った。
ここでの旅路は北米大陸での出来事を遥かに超える壮絶な出来事を経験することになるとは三人のうち誰も予想していなかった。
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