第二十八頁 籠城 壱

一七三二三年七月三十日(金)

大米合衆国・メキシコ州・ヨサゲナ町 守護者ガーディアン控室


「痛たたたた……」


 朝、体を起こすなりクウヤとビゼーは自らの腰を叩いたり摩ったりしていた。


「大丈夫?」


 ロッドは心配した。


「さいきんずっといいベッドでねてたからかな?」


「マウント?」


 ロッドがそう感じるのは尤もである。


「お前、ソファで寝といて腰痛めてんじゃねぇよ!ったた……やっぱ俺が寝た方が良かったんじゃねぇか?」


「ゆかでねてたらこんなもんじゃねーよ。おまえがソファでねてもぜったいいたくなってたって!」


 醜い言い争いである。

 二人揃って腰を摩りながら自己主張をしあった。

 なんとも滑稽である。


「本当に大丈夫?」


 再度ロッドは声をかけた。


「起きてりゃそのうち治る。今日は痛ぇとか言ってられねぇからな。昨日伝えた通り。正午に決行する」


「うん!」


「オッケー!」


 ビゼーの掛け声に二人も意気揚々と返事した。

 ロッドは昨日の作戦会議を思い出す。


<回想>

一七三二三年七月二十九日(木)

大米合衆国・メキシコ州・ヨサゲナ町 守護者控室


「で、町長の本音ってどう確かめるの?思いつきみたいだけど?」


「クウヤが言ったろ?俺は無策で行動するタイプじゃない。作戦はこうだ。まず日程。町長が役場にいる日の昼休憩を狙う!」


「昼休み?どうして?」


「俺たちの目的はあくまで町長の腹の中を探ることだ。役場の業務を妨害することじゃない」


「なるほど」


「明日、町長は定例会で役場にいるらしい。明日でいいか?やるの」


「えっ⁈明日⁈」


「俺らもずっとここにいるわけにもいかねぇし。なるべく早く済ませたい」


 この時ビゼーはまた床で寝ることになるからとは言わなかった。


「そっか……分かった」


<現在>


(強引な計画だったな……)


 ロッドは今更ながら良くOKを出したなと後悔とも感心ともとれる感情に浸った。

 時間の都合上ブランチを済ませ、その時を待った。



同日 正午前

同国・同州・同町 メインストリート


 昨日、クウヤたちが見た鉄の扉の向こう側には本当に街が広がっていた。

 クウヤが感動しようとする声をビゼーは無理矢理殺した。

 クウヤはウグウグと呻いている。

 ビゼーは叱責した。


「馬鹿か!お前は!感動してる場合じゃねぇんだよ!俺らは悪役だ!目立つな!分かってんのか⁈」


 口を塞がれたまま何度も首を縦に振った。


(大丈夫かなぁ?)


 ロッドは漠然とした不安に苛まれた。

 彼は再び作戦会議を思い出す。


<回想>


「じゃあロッドが気にしてる内容だ。俺とクウヤがお前を人質にとってることにする。自然と負けたんだってことが分かっちまうけど大丈夫か?」


「事実だしそれは受け入れるよ」


「悪ぃな。で、そこの入り口から役場までの道はとにかく目立たないように移動する。本題よりも前に怪しい動きだって思われて通報されたら嫌だしな。んで聞いときたいんだけどさ、ロッド。そこの鉄の扉ってしょっちゅう開け閉めしてんのか?」


「うん。街に入る入り口はそこしかないし。街に入る業者さんは絶対にここを通らないといけないからね。町の人に門がいつ開くのか知らされてるわけでもないし。扉が開いても不審に思われることはないよ」


「開けっぱなしだとまずいか?」


「さすがにね。こっち(守護者控室)側からしか開閉の操作ができないようになってるから、俺が仕事してないように思われるかも」


「そうかぁ……人通りは少ないんだよな?」


「うん。それは間違いない」


「分かった!じゃあ俺達全員で中に入って扉は閉めないでいこう!もしもの時の逃げ道だけは確保しておきたいからな。開閉にはどんだけ時間かかる?」


「人一人が余裕で通れるくらいまで開けるなら5秒あれば」


「OK!それでいこう!分かったか?クウヤ!目立たないように、普通にしてろよ!」


「わーってるよ!」


<現在>


「よし、行くぞ!」


 ビゼーの合図でロッドは鉄の扉を開けた。

 まずビゼーが扉を通過し中の様子を窺う。

 ……人は誰もいない。

 ビゼーはこっちに来い、というジェスチャーをした。

 クウヤとロッドも町の中へと入った。

 そのまま何事もなかったかのように役場へ向かって歩きだした。


 役場に近づくにつれて人の数は多くなっていった。

 しかしロッドの姿を見ても誰も何も言わない。

 ビゼーはロッドに小さい声で聞いた。


「なぁ。町の人はロッドのこと知らないのか?」


 ロッドもビゼーと同じくらいの声量で答えた。


「うん。この町に守護者ガーディアンがいるのは知ってるみたいだけど、どこの誰がやってるっていうのは知らないと思うよ」


「なんで?」


 クウヤも会話に参戦した。


「名前を公表してないからだよ。ほら俺小学校で悪目立ちしちゃったからさ……結構名前が出回っちゃってたんだよね」


「それで町民は納得したのか?どこの誰とも分かんねぇ奴に町に出入りする人間を管理させるんだろ?」


「そこは町長がうまく誤魔化したみたい。どんな説明したかは俺も知らない」


「でもさー。ロッドがきゅうにいなくなったらきづくんじゃね?」


守護者ガーディアンの任命を発表したのがほとぼりが冷めた後だったから、騒ぎにはならなかったんだよ。俺も表向きには町から出ていったことになってたし」


「ふーん」


「逆に都合いいな。ロッドの顔と名前が知られてないならすんなりいけるかもしれないぞ」


 心なしかビゼーの表情が和らいだ気がした。


 特に大きなトラブルもなく、三人は役場まで到達した。

 揃って庁舎の中へと入っていく。

 建物に入ってすぐ受付の女性がいたが、特に怪しまれるはずもなく、爽やかに挨拶を交わして通過した。

 三人はまず放送室を目指した。

 目的地に到着するとビゼーはノブに手をかけた。

 ドアを押したり引いたりしてみる。

 ——開かない。


「鍵かかってんな。開けられるか?」


「無理だよ(ろ)」


 ビゼーの問いにクウヤとロッドは声を合わせて答えた。

 どうしようかと考えていると役場の職員のような男性が近づいてきた。


「どうされたんですか?」


 男性は三人に話しかけた。


「すみません。迷ってしまって」


 ビゼーは笑顔で嘘をついた。

 大都市の巨大な市役所ならともかく、小さな町の小さな町役場で迷子になるはずがない。

 しかし男性は丁寧に応対した。


「どちらに行かれるんですか?」


「町民課に行きたかったんです」


「町民課でしたら入り口をすぐ右に行ったところですよ。来た道を引き返して受付の前まで行ったら左手にございます」


「すみません。ありがとうございます!」


「いえいえ。お気をつけて」


 互いに会釈した。

 それを見てクウヤとロッドもコクっと首を前に出した。


「こっちだってよ!」


 ビゼーは大きな声でクウヤとロッドに言い、来た道をゆっくり戻る。

 するとビゼーは小声でロッドに尋ねた。


「あの人、倒せるか?殺さない程度に」


 ロッドは目を丸くした。


「で、できるけど……やるの?」


「頼む!」


 ロッドが後ろを向くと先ほどの男性が放送室の鍵を開けようとしていた。

 ロッドはポケットからデッキを取り出し、一番上のカードを確認した。


「棒・三の札!THREE of PENTACLES! 」


 唱えた瞬間、ロッドの後ろに二本の木の枝のようなものが現れた。これらは地面と垂直に立っている。さらにロッドはもう一本同じようなものを掴んでいる。

 三本の棒はロッドの身長よりも長かった。目測で二メートル以上。

 ロッドは掴んでいる棒を男性に向かって投げつけた。


 男性はロッドの声が聞こえ彼の方を向いていた。

 しかし目の前の現実を受け止めることができない。

 なぜか若い青年が自分の方に向かって細長いものを投げてこようとしている。

 ここまで理解した時、男性は既に意識がなくなっていた。

 

 ロッドが投げつけた棒は男性の腹部を直撃した。

 テレビのドッキリ番組でよく見る巨大な玉が当たったかのような衝撃を覚え、男性は動かなくなった。

 立て続けに残りの二本の棒もロッドの背後から男性目掛けて飛んでいった。

 二本の棒は男性の腕と胴の繋ぎ目に食い込み、ロッドたちの目線の先にある壁に突っ込んでいった。

 男性は壁に背中を強く打ち付けた。

 鈍い音がした。

 やがて重力に引きずられ座った格好になる。

 同時に三本の棒も消滅した。


「ナイス!」


 ビゼーは冷静に言った。


「死んでないよな?」


 クウヤが怯えながら尋ねる。

 男性の近くに血溜まりのようなものは確認できない。


「いいの?これで?」


 ロッドの問いに頷きで答えると、ビゼーは放送室のドアを開錠した。


「お前らは町長室に向かえ!ここは俺だけでいい」


「わ、わかった」


「りょ、了解」


 戸惑いながら二人は返事した。

 返事を聞くとビゼーは放送室のドアを閉め、内側から鍵を掛けた。

 二人はその後数秒間固まっていた。


「じゃ、じゃあ……行こうか?町長室。昨日の作戦通りに」


「お、おう」


 二人はその場を後にした。


「クウヤ。準備はいい?」


「オ、オー。イ、イツデモ、ダイジョーブ」


 町長室の前でクウヤとロッドは会話した。

 クウヤは大いに鯱張しゃちほこばっていた。体の動きと声音がガチガチだった。


「クウヤ、落ち着いて。一緒に深呼吸しよう。せーのスー……ハー……もう一回。スー……ハー……どう?」


「ウン。ヨクナッタ」


「どこが?」


 全く良くなっていない。呼吸音すら震えているのだ。

 ダメだと悟ったロッドはクウヤの緊張を解すのを諦めた。


「クウヤ。練習通りにやれば大丈夫。いくよ!」


 ロッドは形式上の声をかけた。

 クウヤはロッドの言葉に対して首を下に向けて戻した。

 ぎこちない動きだった。まるで錆びたロボットようだった。


 ガチガチのクウヤの代わりにロッドは町長室のドアを四回ノックした。


 コンコンコンコン。

 ——。


「はい、ど〜ぞ〜」


 野太い声が聞こえた。

 ロッドは「行こう!」と言わんばかりにクウヤの目を見て頷いた。

 クウヤはロッドの首元に剣をくっつけた。

 傷つけないように細心の注意を払う。


「ア、アルクゾ。ロッド」


「うん」


 クウヤは左手で町長室のドアをゆっくり開けた。

 町長は椅子に座り、携帯電話を弄っていた。

 二人はゆっくり歩いて室内に足を踏み入れた。


「何の用だ!早く要件を……」


 町長が顔を上げると異常事態に気づいた。

 キャスター付きの椅子に座ったまま後ろに下がった。

 町長の後頭部が窓に当たって椅子は止まった。

 机から離れたためクウヤは町長の全身を捉えることができた。

 低身長。小太り。短足。いかにも、という風貌である。

 町長が下がるのと同時に二人も前進した。

 クウヤが言った。


「ミョ、ミョウナコトシタラ……ロッ……コイツ、コロスゾ」


 精一杯低い声を出し、目一杯恐い顔をした。


「は、ハイッ!」


 裏返った間抜けな声で町長は返事をした。

次の瞬間、壁の上部に付いたスピーカーから声が聞こえてきた。


「どうもこんにちは。町長さん!この役場は俺達が占拠ジャックした!」

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