第二十七頁 寝床
長かった一日が終わりを迎えようとしている。
明日は明日で過酷な一日が待っているに違いない。
夕食等、夜のルーティンを全て済ませると大きな問題に直面した。
最初に気づいたのはロッドだった。
「あのさ、君たちどこで寝るの?」
よーいどん!
クウヤとビゼーの心の中で同時に号砲が鳴った。
ロッドに返答するよりも前に体が動く。
ロッドが気づいた時にはソファ前で壮絶な
互いが互いをソファに辿り着かせないために手足を押さえつけ、組み合って言い争っている。
「オレがここでねる!」
「お前、寝相悪ぃだろうが!寝てる間にどうせ落っこちんだから俺に譲れ!ちゃんと朝まで寝てやるから!」
いがみ合う二人に向かってロッドは謝罪する。
「ごめん!もっと早く気づけば届けてもらえたのに」
「なんでお前が謝るんだよ!つーか、俺らに侵入許した時点で届けてもらえないだろ!」
「そうだよ!オレたちがいるってバレたらヤバいじゃん!」
取っ組み合いながら二人はロッドを気遣う。
「いや、君たちにはどうにか隠れてもらっておねしょしたことにすれば大丈夫だよ」
さらりと言った。
「それじゃ、お前が(社会的に)死ぬだろ[じゃん]!」
二人の声は揃っていた。
「大丈夫だよ!誰も傷つけない嘘だから」
「お前が傷ついてんだろ[じゃん]!」
また同じタイミングだった。
「心配ありがとう。仲、良いね……」
ロッドは若干引いていた。
「それはそうとどこで寝るn?」
「
両者食い気味に答えたにも関わらず、またしても揃った。
ロッドは薄ら笑いを浮かべることしかできなかった。
「あの……じゃんけんしてみたらどう?」
平等な提案だったがクウヤが嫌がった。
「やだ!
この発言にビゼーが反論した。
「おいおい、じゃんけんってのは人類に平等に与えられた簡易で公平な紛争解決手段じゃねぇか!人類の共通認識なんじゃねぇの?そうじゃなきゃじゃんけんが全国的に有効な理由が説明できねぇだろ?じゃんけんが強いのは個人の才能や特性。そこに文句つけたらじゃんけんの権威と機能が潰れるじゃねぇか!」
「何言ってんのかぜんぜんわかんねーけど、おまえとやるとびょーどーじゃなくなるからぜーったいにやだ!」
こうもクウヤが嫌がるのには理由があった。
この町まで来る道中、小学生がよくやることで有名な「ランドセルじゃんけん——実際に持ったのはリュック——」をやった時があった。
詳細は言わないことにするが、予想の
運の悪いはずのビゼー曰く
「じゃんけんは勘だ」
なのだそう。
それ以来、クウヤは、ビゼーとは一生じゃんけんはしないと心に決めたのだ。
あまりにもクウヤが嫌がるので、ロッドは代替手段を用意した。
「じゃあカードで決める?俺が君たちを占うから出たカードの番号が大きい方が勝ち!」
しかしこれにはビゼーが反対した。
「運じゃねぇか!却下だ!」
これに対してロッドは丁寧に説明する。
「確かに運みたいなものもなくはないけど、カードを引くのは俺だよ。ビゼーの引き運は関係ない。それにある占い師曰く『カードはその時その人に最も必要なメッセージを届けてくれる』らしいよ。この考えだと、出てくるカードは必然なんじゃない?多分」
冷静になってビゼーは考えた。
「いや、絶対運だ!だけどなるほどな。そういう考えもあるか……じゃあ占いの世界を信じてみるか!乗った!クウヤ、恨みっこなしだからな!」
「おまえにうんでまけるきなんてしねーよ!」
両者同意し、組み手を解除した。
それでも二人の目から火花や光が見える気さえするくらいバッチバチだった。
「
「じゃあ決まりだね。ルールを確認しよう。俺は君たちが占ってもらいたいことに対してカードを一枚だけ引いて占う。テーマは別々でもいいし、二人同じでもいい。出たカードの番号を比較して大きい方がソファで寝られる。タロットカードには大アルカナと小アルカナっていう二種類あって大アルカナは〇から二十一まで番号が振ってある。小アルカナは四スートに分けられててそれぞれ十四枚ずつある。二から十までは番号が振ってあるんだけど、番号がないカードもある。今回はエースを一番、ペイジを十一番、ナイトを十二番、クイーンを十三番、キングを十四番とみなすことにしよう。数字が同じだった場合は、大アルカナ>ワンド>ソード>カップ>ペンタクルの順で強いことにするね。小アルカナ同士に本当は優劣なんかないんだけどね。君たちは興味ないだろうけど一応占いだから結果も伝えるよ。OK?」
「なんかわかんないこともあったけどとにかくでかい数字出せばかちなんだよな」
「そうだね」
「じゃあ、オッケー!」
「俺も大丈夫だ!」
「じゃあ占いのテーマを決めようか。どうする?」
二人は少し考えて、その後クウヤが発言した。
「同じでいいよな?そのほうがしょうぶっぽいし」
「あぁ、正々堂々だな!それでいい」
ビゼーはクウヤの意見に同意した。
「二人同じテーマだね。内容はどうしようか?」
「どういうことがうらなえるんだ?」
「それは俺も聞きたい」
「う〜ん、そうだな〜……なんでも大丈夫だよ。明日の運勢とか、今後一週間で起こることとか、今必要なメッセージとか……」
「それだ‼︎」
二人はまた声を揃えた。
「了解!じゃあいくよ!」
ロッドはシャッフルする手を止めて、山札の一番上のカードを扉をノックするように二回叩いた。
もう一度シャッフルを始める。
数回切ったところでデッキの上からカードを六枚とって脇に置いた。
デッキの一番上のカードをクウヤの前に、その下にあったカードをビゼーの前にそれぞれ裏向きでセットした。
「クウヤがこっち、ビゼーがこっちね。まずはクウヤから見てみようか」
そう言ってクウヤのカードを裏返す。
「あっ、すうじがない!」
クウヤが一番に気にしたのはそこだった。
「カードの名前を言うと俺の魔力が発動しちゃうから言えないんだけど数字としては十一だね」
「お〜いいじゃん!デカいほうだ!」
「ペイジオブペンタクルスって書いてあるのか?」
「そうだよ!このカードは『地道な努力』を表す。勉強するといいって」
「フッ、お前にぴったりじゃんか……」
ビゼーの声は小刻みに震えていた。
「うぅ……」
クウヤはぐうの音も出なかった。
「つ、次いこうぜ!ビゼーの!」
「OK。じゃあビゼーのカード」
ロッドはビゼーのカードを表にした。
「ハー……ミット?」
「内なる声に耳を傾けてっていうメッセージだね」
「内なる声か……サンキュー」
「すうじは?」
クウヤは結果を急いだ。
「九だよ。だから……クウヤの勝ちだね」
「よーーーっしゃーーー‼︎ソファ〜!」
飛んで喜び、ソファにダイブした。
「結局負けかよ……こういう勝負これから絶対やらねぇからな!」
ソファに顔を埋めるクウヤに向かって言い放った。
クウヤは何も言わなかった。
ビゼーはカーペットの上で寝ることになってしまった。
消灯後、クウヤの寝息が部屋に響く。
「ロッド、起きてるか?」
ビゼーが呼びかける。
「起きてるよ。寝られないの?」
「それもある。でも別件だ。聞きたいことがある」
「何?」
「昼間、クウヤがお前の攻撃を受け止めた時、お前驚いてただろ。なんでかと思ってさ」
「あ〜。今まで何人も不審者を追い払ってきて初めてだったんだ。俺の攻撃を受け止めた人。ちょっとびっくりしちゃって」
「まぁそうだよな。あんなの見たら普通逃げ出すよな」
「そうなんだよ。まさか立ち向かってくるなんて思わないからね」
「そもそも剣持ってウロウロしてる奴なんかいねぇしな」
ロッドは笑った。
「それにも動揺してたかもしれないね。衝撃的なことが続いてあんまり覚えてないけど。別件ってそのこと?」
ロッドは聞き返した。
「いや、今のはさわりだ。本題はここから。魔人から見ての意見を聞きたい。俺とクウヤは魔人だって感じるか?」
「君が自分のことを魔人だって思ってるのは聞いたけどクウヤも?」
「な〜んだ〜よ〜」
突然クウヤが喋った。二人は自らの心臓がギュッと潰されたような気さえした。
しかし再び寝息が響き渡った。
「寝言かよ」
「びっくりした〜。よくあるの?」
「それなりに……だな」
「ふ〜ん。聞きたい答えじゃないと思うけど、魔人かどうかなんて俺には全然分かんないよ。どうしてそんなこと聞くの?」
魔人から話を聞けば確証が得られると思っていただけに少々落ち込んだ。
考えてみれば両親も分かっていなかったのだ。完璧な魔人判別法などないのかもしれない。
適当な理由を持ってくる。
「なんとなくそう思ったからだ」
「よく当たる勘ってやつ?」
「そんなとこだ」
「力になれなくてごめん。ところで君はどんな魔力を持ってるの?自分を魔人だと言うからには根拠があるんだよね?」
ロッドが聞いた。
「はっきりとは分かんねぇ。人の運気を上げる力?みたいな感じだと思ってる。ただ目に見えないから確証がなくてさ」
「平和な魔力だね。いいな〜」
とても羨ましそうな顔をしている。
「平和なんかじゃねぇよ。死にかけたのに」
「えっ?なんで?」
ビゼーはラスベガスで自身の身に起きた出来事をロッドに話した。
体を案じてくれると思っていたが、予想外の答えが返ってきた。
「君って結構危ない橋渡るんだね。もっと地に足着けてる人だと思ってたよ」
「リスクを冒さないといけない時もあるからな。せっかく旅に出るんだから色んな挑戦をしようって決めたんだよ」
「素晴らしいことだと思うよ。でも競馬はアウトだよね?」
「法には触れてねぇよ」
「スレスレでしょ。絶対掠ってはいるよね……話戻るけど、魔力の使いすぎで体が動かなくなったことは俺もあるよ」
「マジかっ⁈」
思わぬところで貴重な情報を得ることができた。
詳細を尋ねる。
「俺も
「やっぱ、自分の魔力を知ることは大切だよな」
ビゼーは心から思ったことをそのまま口に出した。
「うん。これで君もかなり魔人な可能性が高くなってきたね。世の中的にはそうじゃない方がいいのに」
ロッドは悪いことしたなという表情をしている。
「いや、関係ねぇよ。寧ろ自分のことが分かってラッキーだった。ありがとう!」
ロッドは驚いていた。
「珍しいね。魔人に寛容なの」
「両親が魔人だからな。魔人を否定したら両親を否定することになる」
ロッドは目を丸くした。
「恨んだことないの?こんなこと聞くの間違ってるのは承知の上で聞くんだけど」
ビゼーは微笑んで答えた。
「こんな世の中でも俺を産んで育ててくれた両親を恨む理由がねぇよ」
「すごいね、君は」
「そうか?」
「俺はちょっと恨んじゃったもん。なんで俺を魔人として産んだんだって。両親、どっちも魔人じゃないらしいからさ」
「それは……辛いな……覚悟どころか理解もできねぇもんな」
「今はもうそんなこと思ってないよ。そんなこと思ってたってしょうがないから。今の俺の居場所があるのはこの力のおかげだし。その場所が君に奪われるかもしれないけど……」
最後の皮肉がビゼーの心を抉る。
「あぁ……」
なんと返すべきか言葉を詰まらせていると
「冗談、冗談」
とロッドが笑いながら言った。
はっきり言って笑えない。とりあえず謝罪した。
謝罪を受けてロッドが言った。
「俺が弱かったのがいけないんだ。君が気にする必要はないよ」
本音か建前か見極めるのが非常に困難である。
心臓に悪いのでビゼーはこの話題を終わらせるしかなかった。
「な、なぁ、ロッド?プライベートで占いとかしないのか?」
発音が不安定で不自然な喋り方になった。
ロッドは答える。
「昔はやったよ。魔力の実験も兼ねてね。今となっては自分自身を占うなんてことはしない。別に面白くないからね。占い目的でカードを使ったのもさっきので何年振りか」
予想外の返答だった。
占い師——彼がそうなのか分かりかねるが——という人種は四六時中何かを占っているわけではないのか。
「意外だな。その言い方だと占い信じてないのか?」
「信じるわけないよ!共存はするけど信用はしない。俺の人生を狂わせたものだし、さすがに好きになれないよ。君は信じてるの?占い」
「それなりにな」
「どうして?」
「何万年も前には確立されてたんだろ?占いって。今まで淘汰されずに残ってるのはある程度の信憑性があるからだろ?」
「なるほどね……でもやっぱり俺は否定したくなるな。こんなカードに運命を握られてたまるかって思っちゃう」
「その気持ちは分からんでもない。悪い結果が出た時なんかよく思う」
「理解してもらえるなんて思わなかったよ」
穏やかな雰囲気で会話が進む。
ビゼーはふと携帯の画面で時計を見た。
「ヤベッ!めっちゃ時間経ってる」
「楽しくてついつい話しちゃったね。魔人と話したのも初めてだった。……こんな風に話せたら楽なのにな〜」
「……そうだな」
「魔人とか魔力の専門家っているのかな?」
「民俗学者とかか?」
「それはあり得そう」
二人は少々この話題について考えたが、答えは出なかった。
ビゼーは諦めた。
「考えてもしょうがねぇか。これ以上話したら寝る時間なくなる」
「フフフッ、そうだね。早く寝ようか!」
「おう」
「おやすみ!」
「おやすみ」
二人は静かに目を閉じた。
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