第二十六頁 守護者 弐
目が覚めると見慣れた天井が視界に広がっていた。
(え〜っと、俺何してたんだっけ?)
妙に首の左側が痛い。患部を優しく
すると思い出した。
(そうだ!不審な男たちがいて……追い返そうとして……それで……負けたんだった……あれっ?じゃあ俺はなんで
そこは間違いなく自分が寝泊まりしている家。毎日使っている布団の上だった。
首に負担をかけないようゆっくりと起き上がる。
「おっ、起きた!悪ぃ、腹減ったから勝手に食わせてもらってる」
ソファから声が聞こえる。
「あぁ、うん!……うん?えっ何、誰?」
起きたら知らない人が家にいる。それだけでなく無許可でスナック菓子を
「勝手に上がったのはごめん。ただ気絶してたからさ。外暑いし、そのまま放置するのは人としてあれだろ?とりあえず屋内にと思って。ついでに俺らも休ませてもらってる」
(ああそうだ!彼はさっきの。倒れた俺をわざわざ運んでくれたのか。優しい人だな。でも勝手に飲み食いしてるんだよな)
青年はようやく状況が整理できてきた。
何があったのかだんだん思い出してきた。
「あれ?もう一人いたよね?」
「あぁ、アイツ今便所」
「そう」
ちょうどよくトイレの水が流れる音が聞こえた。
背の低い男がトイレから出てきた。
「あっ、おきてる!」
気まずそうにもう一人の仲間が座るソファへと足早に移動した。
「とりあえず自己紹介しないか?俺、ビゼー・アンダーウッド」
声の低い方がそう提案すると高い方も名乗った。
「オレはクウヤ・インディュラ!」
つられて青年も名乗った。
「ロッド・アーロンソンです。ええとクウヤくん?苗字の方、なんて言った?聞き取れなくて」
「気にしなくていいよ。ずっと一緒にいる俺も発音分かんねぇし」
「おまえがこたえることじゃないだろ!」
「じゃあ分かるように俺に教えろよ」
「オレだってわかんねーよ!いしきして言ってるわけじゃねーし!」
二人が言い合う姿を見て思わず吹いてしまった。
何が面白いのか問われたので答えた。
「いや……友達っていいな〜って。俺、ずっと友達と会えてなくてさ。まあ今でも友達だと思ってくれてるか自信ないんだけどね……」
「なんだよ!その意味深なセリフは!」
ビゼーの意見にクウヤも首肯した。
「君たちは怖くないの?俺のこと。さっき見たでしょ?その……俺の魔力……」
小さい声でロッドは問いかけた。
「別に。怖くねぇよ。俺も多分魔人だし。コイツは魔人擁護派だし。さっき戦ってる時のお前の顔の方がよっぽど怖かったよ」
クウヤは激しく首肯した。
ビゼーの言葉にロッドは目を潤わせた。
すぐに下を向き、左右の目にそれぞれ対応した手の甲を二、三秒右手から押し当てた。手をどけると笑顔で再び二人の方を向いた。
「そっか。ちょっと俺の話してもいいかな?」
クウヤとビゼーは笑顔で頷いた。
以下ロッドの談話である。
「さっき見てもらった通り、俺は魔人なんだ。魔力の内容は……そうだな、一言で言うなら『タロット』かな?タロットカードに描かれた絵を具現化できてしまう。さっき君達が見たのも、あるカードに描かれた絵がそのまま出てきたものだよ。俺はそれをある程度自由に操れる。ただ……この力で俺は友達を傷つけてしまった。俺が小学校に通ってた時、クラスメートがタロットカードを持ってきててね。『みんなのこと占ってあげる』って言いだしてさ。で、俺も占ってもらうことになって。その時に引いたのが……
——
国自体が鎖国しているため、わざわざ地方自治体の規模で二重に鎖国する必要がないからである。また守護者がいる街に入る際は必ず通行証が必要になり、その発行にかかる費用は守護者の設置元が負担しなければならない。さらに守護者の維持コストもかかる。自治体の最終防衛ライン、最後の砦に当たる極めて重要な役職が故に相当な実力者を選ばなければならないし、その働きに対して報酬も支払わねばならない。
所謂「コスパが悪い」というやつだ。従って
一通りロッドの話を聞いたクウヤとビゼーは対照的な反応を示していた。
「グスン……だ、だいえんだっだんだら……グスン……いばしょ……でぎでよがっだ〜……がんばれよ〜〜ぉぉぉ……」
悲愴感に胸を打たれ涙を流す者と、
「……」
猜疑心を植え付けられ思索に
「聞きたいことがある」
ビゼーは口を開いた。
「うん、どうぞ」
ロッドは快諾した。
「この壁の向こうには街があるのか?」
「うん」
「役所はどこにある?」
「町役場ならそこの門を入ってずっと真っ直ぐ行くとあるよ。門から距離はあるけどね」
「あっ。そっか。役場か。悪ぃ。ん〜……ロッド、利用されてるって思わないか?」
「えっ?思わないよ!なんで?」
「心が弱ってる子供に優しい言葉をかけて洗脳する。誘拐犯と同じ手口じゃねぇか?四面楚歌だったところに急に味方を名乗る人物が現れたらソイツを信用しちまうだろ?」
「どういう意味?」
ロッドの口調からは不機嫌が感じられた。
ビゼーの言いたいことを察しているが、敢えて本人に言わせようとしている。
「本当にロッドのことを思ってるなら自分の近くに置いてるんじゃねぇか?町長もロッドの力を恐れてる。だから自分の近くじゃなくて町の外に追いやった。町の中にあったら自分の身が常に危険に晒された状態になるからだ。魔力が暴走したって話も耳に入ってんだろ?リスクは最小限にしたいはず。ロッドの力はこの町の十分な武力や防衛力になる。それを利用しない手はない」
ロッドは黙って聞いていたが、ここで一つ質問した。
「じゃあ聞くけど、俺の頼みをすぐに聞いてくれるのはどうして?利用するだけだったらここまで世話を焼かなくてもいいはずだよ」
「大事にされてるとロッドに思わせるためじゃねぇか?それか報復が怖いか。逆らったらどうなるか。そんなんで機嫌を損ねて魔力が暴発でもしたら堪ったもんじゃない」
「そんなはずない!」
ロッドは声を荒げた。
「町長は俺を絶望の淵から救ってくれた!生きていていいって言ってくれた!居場所を創ってくれた!そんなこと……」
最後には下を向いてしまった。
「話してても分かる。ロッド、お前は優しい奴だ。だから今まで町長にも無茶な要求はしてないだろ?過剰な要求もないし、頻繁に
「君は知らないんだよ!町長はいい人だ!それに会ったこともないでしょ!悪い風に言わないでよ!」
ロッドは語気を強めている。
「悪ぃ!怒らせるつもりはなかった。でも、もし町長の掌の上で転がされてるんだとしたら自分が不憫なだけだろ!汚い思惑で人一人の人生が潰されてるんだとしたら俺は許すことは出来ない!」
「俺の人生?」
ロッドは冷静になって呟いた。
「一生ここから出ないつもりか?」
「考えたこともないよ。俺の居場所はここしかないって思ってたから」
「小さい頃からそういう風に育てられたからだ。自分に従ってれば大丈夫だって。町長に言われ続けたんだろ?刷り込まれ続けてきた考えなんて、少し成長したくらいじゃ変わらねぇよ!」
ロッドの心は言葉では言い表し難い感情に支配された。
信じていた人を悪く言われたことによる憤り。
その話に根拠がないことに対するちょっとした余裕。
しかし提示する根拠がないことの不安。
反対に否定できるかもしれない期待。
だからこそ恩人を信じ続けたいという恩義。
ビゼーの言葉を完全に否定しなければこのざわつきは収まらないだろう。
正負多種多様な心の声に押しつぶされ、何を言ったらいいか、どう答えればいいか分からなかった。
ロッドが黙っている間にビゼーはクウヤの方を向いた。
「クウヤ聞いてただろ?」
クウヤはいつの間にか泣き止んでいた。
「ああ。ホントにそんなんだったらロッドがかわいそうすぎる!」
ビゼーは立ち上がってロッドを見下ろす格好になった。
「あんまこういう言い方したくないけど、
ビゼーは高らかに言った。
「えっ?オレ『ら』?オレも?」
クウヤは戸惑っている。
ロッドは少々沈黙した。
覚悟を決めた表情をして口を開く。
「命令じゃ仕方ないか。従うよ!ただそれでも俺は町長を信じてる!もし町長が君の思ってるような人じゃなかったら、どうする?」
「好きにしていい。そっちで決めてくれて構わない」
「ズルくない?俺は無条件で生活を賭けてるのに、君は何も提示しないの?」
「それなら俺の生活を
場に険悪な空気が漂った。
しかしここでこれを打ち破る(?)高い声が轟いた。
「ロッド!ビゼーはなんにも思いついてないのにいみわかんないことは言わないぞ」
「それって町長が悪人だって確信しているってこと?」
逆効果だったようだ。
それを感じてクウヤはロッドからあからさまに視線を外した。
「それを確かめる。何も分かんねぇのに議論してたってしょうがねぇだろ?町長のこと信じたいなら信じればいい。ただ命令には従ってもらう」
ビゼーがフォローする。
「そうだね。君たちが間違っていた時に差し出してもらうものは後で決めるよ」
ロッドも理解したような表情を見せた。
この言葉からは何がなんでも恩人の名誉を守ってやろうという強い覚悟が感じられた。
「分かった。ゆっくり考えてくれ」
ビゼーも覚悟を決めた表情で言った。
ここでロッドはビゼーに問う。
「ところでそんなことして君になんの得があるの?」
少々沈黙した後、ビゼーは言った。
「得なんか何もねぇよ。ただ、困っている人を放置したくないだけだ」
「俺、別に困ってないよ……で、町長の本音ってどう確かめるの?思いつきみたいだけど?」
ビゼーの答えを聞いたロッドの顔は晴れてはいなかった。
「クウヤが言ったろ?俺は無策で行動するタイプじゃない。作戦はこうだ」
ビゼーは静かに語り出した。
クウヤ、ロッド両名は作戦内容に度肝を抜かれた。クウヤは嫌がったがロッドの押しもあり最終的に了承した。
条件も揃っていたため、この作戦は明日、早速、実行することが決まった。
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