第二十九頁 籠城 弐
「どうもこんにちは。町長さん!この役場は俺達が
ロッドとクウヤは放送の声の主がすぐ分かった。
ビゼーだ。
スピーカーのビゼーの声はしばらく続いた。
ただ二人には理解できないことを言うのである。
「今全ての建物の全ての階を俺の仲間が制圧に入っている!いや、厳密には制圧が完了するのを待っている。今は町長!あんたのとこにだけ俺の声を流してるが、制圧完了の報告が届き次第、役場内全ての人間に俺の声を聞かせてやる。言われたと思うが、妙なことをしようものならすぐにでも殺すぞ!おぉそうだ!信頼すべき仲間よ。
ビゼーの言葉を聞いてクウヤはしまったと思った。
彼が急いで鍵を閉めようとすると、スピーカーかの声が飛んだ。
「もう一つ。魔人から目を離すなよ。何してくるか分からない」
クウヤはハッとした。
ビゼーにはこちらの様子が見えているのだろうか。
そんなことを考えながらクウヤはロッドを連れてドアの前まで後ろ歩きして戻り、きっちり施錠した。
スピーカーの声は続く。
「おっと、制圧が完了したようだ!全館放送に切り替えよう!——皆様こんにちは!今回は俺達の私情に巻き込んでしまって大変申し訳ありません!しばらくの間お付き合いください!皆様が
町長は生唾をゴクリと飲み込んだ。
「あっ、あのう」
恐る恐る町長が発言した。
「なんだ?」
「ちょ、町民の皆さんには危害を加えてらっしゃらないですよね?怪我人はいませんね?」
「あぁ。仲間からも人に何かしたという報告はない。全員無事なはずだ」
「よかった」
「あんたが余計なことをしなければ誰も犠牲にならずに済む。肝に銘じておけ!ただ、俺の隣に一人、特別な人質がいる。ないとは思うが、仲間が先に手を汚すのは避けたい。リーダーとして最初の一歩をは自分で踏み出さないといけない。手本としてな。有事の際にはコイツが真っ先に罰を受けることになる。声を聴かせてやろう。おい、喋っていいぞ」
「助けてくださいっ!お願いしますっ!んんっん〜……」
女性の声がした。一生懸命助けを訴えていた。緊迫した状況が一言で伝わる。話がどんどんリアルになる。
「おっと。喋りすぎだ。黙ってもらおう。いいか?町長!コイツが助かるためにはあんたが適切な行動をとるしかない」
町長は青ざめていた。
「なぜ!む、娘がそこに?今日は仕事のはず……」
「勝手に喋んな!
「……」
クウヤとロッドも状況の全貌がまるで掴めなかった。
昨日の作戦でも『町長室を密室にして町長を拘束してくれ。全部俺に任せろ』としか言われていなかったのだ。
ビゼーがとんでもない犯罪をしでかしている。その事実だけは揺るぎない。
ロッドは引け目を感じていた。
自分のせいでビゼーを犯罪者にしてしまったと猛省した。
クウヤは未だガチガチに緊張したままだ。この状況と
町長室が静まったところでビゼーが町長に問う。
「町長!そこの剣を突きつけられてる男、知ってるよな?」
「はい。うちの
怯えながら町長は答える。
「どうしてソイツがここにいると思う?」
「彼よりあなたが強かった……ということでしょうか?」
「質問に質問で返すな!ボケが!」
「すっ、すみません!」
涙目で鼻水を垂らしながら町長は謝った。
「まぁいい。
「……」
「おい!大丈夫なのかって聞いてんだよ!」
ビゼーは声を荒げた。
「いえ……大変由々しき事態であります」
「こんな
「……私です」
「責任とった方がいいんじゃないか?」
「——」
町長の瞳孔が大きくなった。
「大切な大切な町民の皆様にも怖い思いをさせちまってるし。どうだ?お前が責任をとって町長を辞めるのなら、今すぐここにいる全員を解放しよう!
選択の時がついに来てしまった。
町長は逡巡した。
このやりとりは有権者が固唾を飲んで見守っている。決断内容だけでなく、言葉のチョイスを謝っても沽券に関わる。
優先事項は第一に、犯人を刺激しないこと。娘が人質に取られていることを考慮すると下手な失言は命取りになる。なるべく聡明な印象を与えたい。
第二に、娘を無事に救い出すこと。自分よりも家族の安全を優先すること。常に我が子が最優先であると思われたい。
第三に、有権者の不安を取り除き、不満を募らせないこと。今ここで町長の肩書を失っても次の選挙で再び当選する可能性を高めること。いかなる状況でも町や町民を思いやる理想のリーダーを演出したい。
緊迫する状況下、すぐさま全ての条件を満たす妙案を導き出した。
「僭越ながら申し上げます。全員を解放するというのは見合わせていただけないでしょうか。今、あなたは魔人も一緒に解放するとおっしゃいました。同時に解放した暁には町民の皆様に多大なる不安を抱かせることになります。この刹那にも神経を擦り減らして解放の時をお待ちになっている町民の皆様の心に、これ以上ご負担はかけられません。私の解放も町民全員の避難が済み、息災が確認された後で構いません。どうかご一考なさいますようお願い申し上げます!」
ビゼーはすぐには何も言わなかった。
エアコンの作動音だけが室内に響き渡る。
やがてスピーカーから再び声が聞こえた。
「高々数秒で考えついたにしてはよくできてるなぁ。でも、お前は自分の立場が分かってねぇな。言ったよな?受け入れるか、拒むか、
(やってしまった〜!)
町長は心の中で絶叫した。
「お、お待ちください!娘は関係ありません!死ぬなら私が代わりになりますから!どうか容赦を!慈悲を……」
町長は目に涙を湛えていた。
「おいおい。分かんねぇ奴だなぁ。お前は選ぶ側だって言ってんだろ!俺に指図すんな!」
ビゼーは冷たく遇らった。
町長は、あ〜あ〜と意味をなさない言葉で嘆いている。
「さぁ。最期の言葉を言わせてやるよ。十秒やる」
ビゼーが町長の娘に話しかけたと思われる。
続いて聞こえてきたのは女性の声だった。
「お父さん!……もう十分だよ!頑張ったよ!だから……ゆっくり休んでn」
——バンッ‼︎
銃声のような音がした。
女性の声は途中で途切れ、これ以降聞こえてこなかった。
「イザベラ〜〜〜〜!あっ。あっ。あ〜〜〜っ‼︎」
町長は頭を抱えて、顔を伏してしまった。
かなり錯乱している。
汚い慟哭がエアコンの作動音さえも掻き消した。
この出来事に心を乱したのは町長だけではなかった。
「ビゼー、ホントにやってないよな?」
「多分……ね。ビゼーに限ってそんなことないはずだけど……」
「でもバンって……」
「うん……」
クウヤとロッドもビゼーが手を染めるはずがないという自信と銃声が聞こえたという事実。二つの力によって二人の感情の単振り子がその振幅を大きくした。
スピーカーの奥のビゼーは何事もなかったかのように再び喋りだした。
「町長さん。俺も犠牲は出したくないんだよ。質問にはちゃんと答えてくれないとさ。俺は優しいからもう一度聞いてやる。辞めるか?辞めねぇか?どっちだ?」
町長は悄然としていた。
「もう……どうでもいい……こんな思いをしなきゃならないなら、辞める……なにもかも」
自分の命脈よりも大切な
「そうか。それがいい。最後に聞く。そこの魔人をどう思ってる?」
「そんなもの……最初から駒としか思ってない……利用できる
自暴自棄になり適当にしゃべっているのだろうか。
吐き出す言葉には感情が乗っていない。
「随分簡単に言うんだな。もう少し考えてもいいんじゃないか?
「好きにしろ!
洒落にならないほどの痛罵の声を浴びせる。
完全に壊れてしまった。
「これが町長の本音だ。クウヤもういいぞ。ロッドも……」
ビゼーは落ち着いた声で二人に指示した。
クウヤはロッドの首元に当てていた剣を外し、静かに納剣した。
ロッドは左手を強く握って町長に話しかけた。
「俺、町長のこと信じてたのに……」
町長の前までゆっくりと歩いていく。
「それでも、俺は感謝してます。俺に仕事と居場所をくれて。学校には行けなかったけど。友達と遊ぶこともできなかったけど。でも居住環境は最高だったし町を守るヒーローみたいなこともできて。楽しく生活できました。町長が俺を
ロッドは町長に深々と頭を下げた。
頭を上げて話を続ける。
「当時町議会議員であったあなたから『この町に君の力が必要だ』って言われた時、自己嫌悪が少し和らいだんです。魔人でも活躍できる環境があるんだって思えたから。生きる目的ができて嬉しかったです。魔人を認めてくれる人もいるんだって希望が見えた。でも……あれは言葉だけだったんですね……俺をうまいこと利用するための詭弁だった……魔人が認められるなんて……自惚れ過ぎてました。俺、別にいなくてもよかったんですよね?いや、いない方がよかったんですよね?
ここまで喋って、ロッドは急に明るい顔になった。
「町長!これ、全部俺が計画したことです!娘さんも亡くなってないですよ!」
声のトーンも明るくなっていた。
「はっ?」
この感動詞を放った声は町長以外にも二つあった。
その二つの声は「はっ?」というより「は……?」であった。
「何を……言ってる?」
町長が聞く。
ロッドは笑顔で答えた。
「彼らに俺が頼み込んだんです。だから悪いのは全部俺です。さっきの女性も俺がここに来るまでに
爆笑するのを必死に堪えているようだった。
ロッドは込み上げてくる笑いを殺して真面目な顔をして言った。
「町長!最後のお仕事を頼みます!彼らを無事に町の外に送り届けてください!頼みを聞いてくれなかったら……どうなるか分かりますよね?聡明なあなたなら」
その場にいたクウヤは鳥肌がたった。
ロッドのセリフに尋常でない迫力を感じた。
剥き出しの殺意が肌を通過して体の内側にまで染み込んでくる。そんな感覚だ。心臓が萎縮し、呼吸も浅くなった気さえしてくる。
クウヤはこの感覚を既に知っていた。
旅の初日。あの大男に浴びせられたあれだ。かなり似ていた。
ただしそれよりも幾らか残酷で合った気もする。
町長は小鹿のような目をして何度も何度も首を縦に振った。恐怖でこれ以外の行動ができなかったのだ。
同じ行動を繰り返すおもちゃのように何度も何度も小刻みに頭を上下動させている。神経系の信号伝達がバグを起こしているようだった。
ロッドは再び笑顔を作った。
それと同時に殺意も引っ込んだ。
「じゃあ彼らをお願いします!」
ロッドはドアまで歩いて行った。
——ガチャッ。
開錠音が室内に谺した。
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