〜メキシコ州〜
第二十五頁 守護者 壱
一七三二三年七月二十九日(木)
大米合衆国・メキシコ州・ヨサゲナ町 郊外
ラスベガスを出て三週間。
クウヤ、ビゼーの二名は南を目指して歩いた。そこに理由はない。強いて言うのならばクウヤがトアル村を出た時から南に向かって進んでいたからである。
ビゼーはクウヤについていくだけである。
計画を立てようにも目的地がないのだから手の施しようがない。
彼らは州境を跨いで大米合衆国はメキシコ州に突入していた。
メキシコ州はアメリカ州と比べると面積がおよそ五分の一とかなり小さい。そのため部などという細かな行政区画はない。
彼らの現在地ヨサゲナ町は、メキシコ州を地図上で上・中・下と三分割した時、上部と中部の丁度中間に位置している地域である。
標高一千メートルを超える高地に位置しているが、夏のこの時期は厳しい暑さである。
地獄のような暑さだが、二人は比較的涼しげな顔をして歩いていた。
スタスタと起伏の激しい大地を進む。
時間帯的に暑さもピークになってきた頃、クウヤは遠方に大きなものを見つけた。
「ビゼー、あれなんだろ?」
「さあ?なんだろうな?」
巨大な壁なのか建築物なのか詳細不明の物体が
二人はそれ目掛けて歩んで行った。
近づくと正体が分かった。
「かべだ〜!」
背の高い植物が周りに全くないのでとても目立つ。ある程度離れた場所からでも分かるほどの巨大な鉄の壁だ。
「きょじんでもくるのかな?」
「怒られんぞ!」
「ちかくいこうぜ〜!」
「おい!待て!道こっち!」
ビゼーの制止と整備された道を無視して、鉄の壁までの最短距離をクウヤは走って行った。
「はぁ〜ったく……」
深いため息をついた後、ビゼーもクウヤの後を追って道なき道を進んだ。
壁に手が触れられる距離まで近づいて分かったことがあった。二人の予想を遥かに超える大きさの壁だったのだ。高さ十メートルはある。この壁は何かを囲っているのか曲線を描いて立っていた。
近くに出入り口らしきものも見当たらない。
二人は壁に沿って反時計回りに移動を開始した。
少し歩くと舗装された道が見えた。
その道に足を踏み入れると左手には壁の代わりに十段ほどの階段があり、その階段は門らしき扉へと続いていた。
「あっ、あそこから入れんじゃね?」
クウヤが扉の存在に気づく。
「っぽいな。けど勝手に入ったら駄目だろ!つーかさ、この道、さっき俺たちが歩いてたとこに繋がってんじゃねぇか?あのまま道なりに歩いてればここに着いてたんじゃねぇの?」
ビゼーは真実に気づいた。
クウヤは苦笑いをしていた。
「まー、行こう!」
この一言に様々な想いを乗せてクウヤは階段に足をかけようとした。
その時。
「そこで何してる?」
階段の上の方から男の声が聞こえた。
二人が声の方に視線を向けるとそこには彼らと同年代と思われる青年が立っていた。
その青年はかなり険しい顔をしていた。表情から察するに怒っているのだろうか。
青年の問いに対してクウヤが答えようとするのをビゼーが静止した。そして自らの口を開いた。
「すみません!遠くから大きな鉄の壁が見えたので、興味が湧いて近づいちゃいました」
怒っている相手をなるべく刺激しないように
「そうか。用がないならさっさと帰っ……れ!」
一蹴されてしまった。
「あの!オレたち旅をしてて。この中ってどうなってるんですか?」
次の一言を考えていた一瞬の隙にクウヤの発言を許してしまった。
クウヤの発言を聞いて青年はさらに訝しげな表情になった。
「旅?こんな時代に?何でもいいけど、入りたいなら通行証を!」
「つーこーしょー?」
クウヤのとぼけた声に青年は即座に反応した。
「通行証がない……怪しい」
すると青年はズボンのポケットからカードの束を取り出した。裏面を上にして数十枚積まれている。これを左手に持つと、彼は右手で一番上のカードを引いた。そのカードの表面を確認してこう唱えた。
「剣・切り札!ACE of SWARDS!」
たちまち青年の後ろに雲が現れた。雲の色は灰色。当初、人間の顔ほどの大きさであったが、モクモクと成長し、最終的に人間の胴体ほどの高さまで育った。
雲の成長が止まると雲の下部から人間のものとよく似た大きな右手が生えてきた。指先から手首の少し奥まで見ることができる。この右手が雪のように真っ白なのである。ここまででも十分驚くのであるが、さらに驚くべきことにその右手には雲の高さの二倍ほどある長い剣が握られており、剣先は上を向いている。
クウヤ、ビゼーの両名はここまでの様子をただただ眺めることしかできなかった。
二人して状況を理解できずにいると青年が叫んだ。
「不審者は排除する!」
青年はカードを右手の人差し指と中指の間に挟み、腕を上げ、振り下ろし、クウヤらの方を指した。
——剣を握った真っ白な手がものすごい勢いでクウヤの方に向かってきた。
「えっ?」
何もかもが予測不能でどう対処していいか分からなかった。
頭では理解できなくとも体は理解していた。
危ない!
クウヤは脊髄反射で抜剣し、向かってくる剣を受け止めた。真っ白な手の剣は地面と垂直に、クウヤの剣は地面と平行に向き、それぞれの刀身の中心で交わっていた。どちらも右手だけで——雲の方は当たり前だが——剣を持っていた。
クウヤの想定より雲の押しが強い。
彼は歯を食いしばり、しっかりと踏ん張った。
しかしだんだん肘が曲がり、クウヤの剣の刃が彼の顔を斬りつけそうになる。
自刃しそうになり右腕を左手で支えた。
(イケる!)
クウヤはそう確信して押し戻し、やがて交叉を解除させた。
「大丈夫か?クウヤ!」
「はぁ……はぁ……なんとかな」
ビゼーの問いかけに対し、息を切らしながら答えた。
ふと敵を見ると青ざめた顔をしていた。
「えっ?なんで?こんなこと……そんな……」
理由は不明だがかなり困惑しているようだった。
クウヤはその隙を逃さなかった。
すぐさま敵の方へ走り出し、近づいていく。走りながら納剣した。
階段手前で思いっきり踏み込み十段の段差を余裕で飛び越える大ジャンプを見せた。
青年がクウヤの姿を捉えるも、時すでに遅し。
対処しようと体が反応した時には既にクウヤの剣が青年の首元に食い込んでいた。
クウヤのお決まりの技を食らい、青年は十数センチ吹っ飛び、横向きに倒れ、そのまま起き上がらなかった。
青年が倒れるのと同時にクウヤも見事な着地を決めた。
これらと同時に雲等一式もサッと消え去った。
「消えた……倒したのか?」
階段下からビゼーが問いかける。
「うん!たぶん!」
その感触はあったが、念の為剣で青年の左肘辺りを突く。
反応はない。
観察している間にビゼーも階段を登ってきた。
「殺してないよな?」
そう言って青年の元へ駆け寄った。
「こんなんじゃ死なないだろ!あの人もふつうに生きてたし」
あの人というのは当然クウヤを執拗に狙っている大柄の男である。
ビゼーは青年の腕をとり脈を測った。
——ある。が、面白くないので意地悪することにした。
「死んでる」
「はっ?」
クウヤは顔面蒼白だ。
「冗談だよ。気絶してるだけだ」
クウヤは鬼の形相で剣に手をかけていた。
「お、おぉっ、待て待て待て!悪かった!」
すぐに謝る。
クウヤは不服な顔で剣から手を離した。
「で、どうする?」
ビゼーがそう問うた時にはクウヤは扉に手を掛けていた。
「ふ〜うっっっっっ!はぁ〜……ふんっっっっっ!」
扉を押したり引いたりするがびくともしない。
「お前はマナーとか常識とかないのか?」
ビゼーが咎めた。
「勝ったんだから入ったっていいじゃん」
「駄目に決まってんだろ!」
漫才は早々に切り上げ真面目な話に戻った。
クウヤがビゼーに問う。
「コイツ、ここでなにしてたんだろ?」
「俺に聞かれてもなぁ。あ、そうそう。気づいたんだけどこっちにも扉あるんだよ」
ビゼーはその方を指す。
擬態でもしているかのように鉄の壁に紛れ込んだ小さな扉がある。
「ここからでてきたのか!ってことはあいてるじゃん!」
「ここにいたってしょうがねぇし、コイツも運んで俺たちもお邪魔するか!」
「おー!」
扉の先には部屋があった。
二人で協力して青年を謎の部屋に運び入れ、元々敷いてあった布団に横たえた。
そのまま二人はこの部屋に居座ったのだった。
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