第二十四頁 原石

同日

同国・同州・東地区・ニューヨーク 

 

 大米合衆国屈指の大都市、全ての中心地ニューヨーク。電子看板や車の往来、人の声。まさに都会の喧騒というべき様々な音にありふれている。


 そんな都から離れること数十キロ。自然に囲まれた長閑のどかな雰囲気が流れる郊外。今にも崩れそうな木造の小屋の中。

 薄暗い部屋の中で三人の男たちが椅子に座って会話していた。


「どんな人なんですかね?依頼してくれた人。メールの文面からは若そうに感じましたけど」


 糸目でにこやかな表情の男が話を切り出した。

 座部が回転する椅子を反時計回りに回転させ体を捩り、足先が横を向いたら椅子の回転を止め、今度は時計回りに回し……と半回転往復運動を繰り返している。


「俺たちいつも、おじいちゃんおばあちゃんの暇つぶし相手みたいになってるからな」


 それを受けて、坊主頭の男が頬杖をつきながら答えた。左肘を机の上に置き、しかし胸は机とは反対に向いている。

 なんというかものすごい体勢である。


「仕方ないだろぅ。若者は他人ひとの助けを借りなくてもある程度のことは自分で出来こなせちまうからなぁ」


 つり目の男がソファに座ったまま大の字になって天を仰ぎながら言った。


「そうですね。俺も絶対頼まない自信あります!あれ?そういえばなんでしたっけ?最後に若い人から受けた依頼」


「レンタル彼氏だ。終わった後ジャックさん、顔死んでた」


「ああ!あの時の顔は笑ったなぁ。思い出しただけで笑けてくるぅ……」


 坊主の男とつり目の男は爆笑した。


「あぁ〜!思い出しました!面白かったですよね!三徹した後みたいな顔してましたよね!あれ以来となると……」


「半年ぶりだなぁ。今日こそいいの見つけられるといいけどぉ」


「どうだかな。最近、解決に行ったら疲れて帰ってくること多いからな」


「イェジュンさんもクオンさんもひどいな〜。怒られちゃいますよ」


「そうかもな」


 イェジュンと呼ばれたつり目の男とクオンと呼ばれた坊主の男は声を揃えて再び笑った。


「お前ら口ばっか動かしてないで手動かせ!」


 三人とは別の男がやってきて彼らを叱責した。

 この男は背がそこまで高いわけではないががっちりとした体つきをしている。


「グレッグさん。俺たちも仕事をしたいんですよ。でもねーじゃないですか。その仕事が」


 クオンが言った。

 その言葉を聞いて三人を叱責した男が頭を抱える。


「そう言われると何も言えないな……」


「いいじゃないですか。そろそろジャックさんも帰ってくるでしょうし、それまでのんびりやるってことで!」


「のんびりは日常じゃないか。アリ、依頼のメールは来てないのか?」


 グレッグと呼ばれた男が糸目の男に確認を促した。


「来てないですよ。もし来てたとしてもジャックさんがいないし」


「それもそうだな。アイツの帰りを待つか」


「おう、呼んだか?」


 グレッグと呼ばれた男が言い終わるのと同時に男が部屋の真ん中に現れて言葉を発した。

 男は大きなスーツケースと一緒にいた。


 その場にいた全員が驚いたが、アリ、クオン、イェジュンの三人はすぐに笑顔になって「おかえりなさい」を言う。

 グレッグと呼ばれた男だけイライラしながら男——ウィズスーツケース——を叱った。


「ジャッキー、いきなり部屋の真ん中を位置取るな!びっくりするだろ!ちゃんと玄関から入ってこい!何度言えば分かるんだ!」


「このオンボロ丸太小屋に玄関なんてねーじゃねーか。どうせ土足だし。そう考えりゃこの部屋だって玄関みたいなもんだろ?」


「あのなぁ……」


 グレッグと呼ばれた男の声を背中で受けながら悪びれる素振りもなく男は近くのソファに座った。

 アリが言う。


「今丁度、ジャックさんの話してたんですよ。噂をすればなんとやらってやつですね!ところでそのスーツケースなんです?」


「あっ、これか?後で倉庫にぶち込んどいてくれ!預かりもんだ!」


「はぁ?仕事受けてきたんですかぁ?」


 イェジュンが不服そうに言う。


「俺だって普通の依頼者ならこんな仕事受けたかねぇよ!」


 ジャックの言い方にグレッグと呼ばれた男が反応した。


「んっ?ってことはジャッキー!」


「見つけたぜ。原石!」


「マジかっ!」


「おおっ!」


「へ〜!」


「ほぉ」


 四人別々のセリフで一斉に驚いた。


「まだまだ形にもなっちゃいないが、磨き上げればキラッキラ、ピッカピカのダイヤモンドに仕上がりそうだ!」


 ジャックは嬉しそうに話す。

 ジャックの言葉にアリ、クオンは感心した様子で音が鳴らない程度に拍手を送っている。


「今回の奴ら、かなり使えそうなんだ!聞いてくれよ!」


 ここでクオンが質問した。


「奴ら?一人じゃないんですか?」


 ジャックは険しい表情をしながら慎重に答えた。


「う〜ん……言い方がムズいんだよな。俺たちが求める意味で凄いのは一人なんだが、もう一人も別の意味で凄いっていうか……アイツら合体して一つになんねえかな」


「お前はさっきから何言ってるんだ?自己完結の話じゃ何も伝わってこない」


「俺らに分かるように説明してくださいよ」


 グレッグと呼ばれた男とクオンからクレームを受ける。

 ジャックはキレた。


「俺は説明しようとしてるじゃねえか!それをお前らが……いいや、とりあえず俺の話を聞け!」


 オーディエンスを黙らせ、一つ咳払いすると丁寧に説明を始めた。


「まず、今回の依頼者、ビゼー・アンダーウッド。こっちはかなり頭が切れる。俺の頭ん中全部見えてんじゃねーかってほどだ。マジで後ろめたいこと抱えながら喋ってたら即バレしそうな気がする。俺の魂胆ももしかしたらバレてっかもしんねえ。うまいこと言いくるめて早めに味方につけときてーな。ただ……俺らが求めてる人材かと言われると落第点だな。多分『能力者』だとは思うが、なんだかなーって感じだ。はっきり言って『生気量しょうきりょう』がゴミだ。コントロールしてんだったら話は別だが。まさか『博士』の知り合いじゃあるまいし、『生気しょうき』のコントロールなんてしてねぇだろ。控えめに言って微妙だ」


「あんまり未来ある若者をいじめるなよ」


 グレッグと呼ばれた男が諭す。


「いじめてねーよ!場合によっちゃ俺の方が潰されそうなんだぞ!」


 ジャックは必死になって抵抗する。


「ジャックさんが潰されるとこも興味ありますよ」


 アリが笑いながら言った。

 必死なまま言い放った。


「ふざけんな!冗談じゃねえ!俺だって未来ある若者だっつうの!」あんなのに潰されてたまるか!」


 ボロ屋に静寂が訪れた。隙間風が通り過ぎる音だけが虚しく耳に届く。


「かわいそうにぃ。そんな言い方しなくてもぉ。なぁ」


「ハハハ、そうですね。大人気おとなげない」


「アリの言う通りだな。ジャックさん、ソイツ、アンタより年下なんでしょ?」


「ムキになって。恥ずかしいったらありゃあしない」


 四人から総バッシングをくらった。


「お前ら、会ったこともない奴の味方ばっかしやがって。仲間じゃねぇのか?俺らは……まあ、いいや。もう一人の方が本命だ。あっ、そういやアイツの名前聞いてなかったな」


 四人はずっこけた。


「忘れますかぁ、普通ぅ。あんなに嬉しそうに『原石見つけた!キラッ』とか言っときながらぁ」


 イェジュンが笑いながら言った。

 ジャックは再び必死になった。


「これがとんでもないバカでよ。ちょっとアンダーウッドとベシャリバトルしてて、気づいたら死んでたんだよ。聞けねぇだろ?名前」


「いや〜、アンダーウッドに聞けばよかったんじゃないですか?気になってたなら」


 クオンが笑いながら言った。

 ジャックは小芝居しながら反論した。


「『ところで君、彼の名前はなんと言うのかね?』ってか?聞くのはいいが、不自然だろ。俺はソイツと対面した瞬間しか話してねーし。ま、どうせそのうち会うんだろうから、そん時聞くよ」


「また会えるなんて随分な自信だな」


 グレッグと呼ばれた男に詰められた。

 ジャックは部屋の中央に残したままにしたスーツケースを指しながら根拠を示した。


「あの中。現金が入ってる。足んなくなったら届ける約束だ」


「保管以外の仕事もとってきたのか?」


「結果的にそうなっちまっただけだ。せっかく見つけた貴重な人材をそう易々と手放すわけにもいかないからな。なるべく接触回数を増やしたいと考えた。とりあえず原石アイツの名前を暫定的にAとしておこう。Aの『生気量』は半端じゃなかった。『濃度』の方はまだまだだが、あの『生気量』ならちょっと鍛えりゃ即戦力だ。あとは『能力』次第ってとこだな。強いて言うならバカは治してほしいってだけだ」


 ここでアリが目を開いて尋ねた。


「ところで依頼者のアンダーウッド君とジャックさんが見たA君はちゃんと繋がってるんですか?たまたま一緒にいただけとかもあり得ませんか?」


「それは大丈夫だ。あの現金二人の共有財産っぽい。俺の提案を飲むかどうか二人で吟味してたからな」


「なるほどぉ!二人でセットってことはあれを預かっておけば、返すときに二人同時に接触できるわけですねぇ!」


 イェジュンが言った。

 ジャックが細かく頷いた。


「そんなわけで俺らの最優先事項は奴らとの接触を図ることに変更だ!無理矢理にでも関わっていくぞ!」


「そこまでして断られた時どうする?」


 盛り上がりかけた空気を鎮めるようにグレッグと呼ばれた男が言い放った。

 ジャックは真面目な顔で答えた。


「そん時はそん時だ。時間はまだある。次の策を考えればいい」


 最後に口角を上げた。

 四人も「いつも通りか」と言わんとする表情で笑った。

 話が丁度よく終わり、全員が持ち場に戻ろうとしたところでジャックはアリに話しかけた。


「そういや、ベスから連絡あったか?」


「あるわけないじゃないですか!自分で言ったこと分かってるんですか?そんな簡単に見つかったらこの世界は既に平和ですよ!」


 強めの回答にジャックは少々萎縮した。


「そ、そうか。そうだな。はははー」


 そそくさと出入り口の方へ向かった。

 そして大真面目な顔で全員に聞こえるようにこう言った。

「お前ら、さっきの件よろしく頼んだ!俺は行くとこあっから!」


「博士のところですかぁ?」


 イェジュンが尋ねる。


「ああ!奴らのこと。一応な」


「喜びそうですね!」


 アリが言った。


「あの人に『喜』の感情なんてあんのか?」


 笑いながらジャックが言った。


「博士に言いつけるぞ!」


 グレッグと呼ばれた男が意地悪な顔をして言った。

 ジャックは青ざめた。


「それだけはやめろ!じょ、冗談だよな?ま、とにかく行ってくる!」


「了解!」


 四人は声を揃えて返事をした。

 次の瞬間、ジャックの姿は部屋から消えていた。

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