第二十三頁 疑問

 賑やかな賭博街を離れて南へ進む。

 途中で昼食を済ませ、体力も十分だ。

 二人は視界の開けた人通りの少ない道を横並びで歩いていた。

 物足りない様子でクウヤが言った。


「オレたちラスベガスに来て競馬しかやってないけどいいの?」


「なんかやりたいことあったのか?」


「やりたいことっていうか、もっと町を見てもよかったんじゃないかなーって」


「観光するのは勝手だけど俺らが楽しめる場所はねぇぞ。あの街、ギャンブルしかやってないから」


「そんなことないと思うけどな……」


「そもそも俺らみたいなガキが寄り付くばしょじゃねぇんだよ」


「それはなんとなくわかるな〜。あっ、そうだ。バタバタしてて聞いてなかったんだけどさ〜」


「何?」


「お前なんでオレについてきたの?」


 予期せぬ質問にビゼーは顔を赤らめた。


「えっ?そ、それは……」


「よお」


 ビゼーの回答を遮るように聞き覚えのある声が横から差し込まれた。

 見ると、昨日元協力者から金を返してもらうのを手伝ってもらった大柄の男がいた。


「あっ、こんにちは!昨日はありがとうございました!」


 ビゼーは男の顔を見るなり改めて礼を言った。


「いいんだ。泥棒は許せねぇもんな」


 そう言いながら男は二人の正面まで歩いてきた。


「クウヤ!この人が金を取り返してくれたんだよ!」


「ヘ、ヘー。ソーナンダー。ヨカッタ、ヨカッタ」


 クウヤの声は分かりやすく裏返っていた。


「どうした?」


「こ、この人……」


 クウヤが言い終わる前に男が声を発した。


「久しぶりだな!元気してたか?お前のことはたっぷり聞けたんでなぁ!ここへきた甲斐があったってもんだ!賭博中毒者ギャンブルホリックは丸め込むのが簡単でいい。ちょっと金を積めばペラペラ喋ってくれた」


 男が二人に近づく。

 男の言葉を受けてビゼーがクウヤに尋ねる。


「え?知り合いか?」


「し、しりあいっていうか——はなれろ!ビゼー!」


 ビゼーがクウヤの言葉を理解し切った時、彼の左隣にいたのは進行方向を向いたクウヤではなく、進行方向と逆を向き、拳を振り下ろしていた大柄の男だった。


「はっ?」


 ビゼーは状況が飲み込めない。

 男は自らの首を左に捻ってビゼーに話しかけた。


「悪いな、兄ちゃん。テメエに思い入れはねえんだけどよ。危ねぇから離れてな」


 次の瞬間、男はビゼーよりも後方へ跳んでいた。

 男が目指すその先には、クウヤ。


「クウヤ!」


 ビゼーは叫ぶ。

 男が近づいてきたタイミングに合わせて、納剣したままの剣を勢いよく振るった。

 ドンッという鈍い音がした。

 音の後、男の顔は地面との距離をみるみる縮め、やがて地面と接触した。


「たおしたか?」


 クウヤは足元に落ちていた枝を拾い、汚物を突くかのように男の肩のあたりを枝で小突いた。

 動かないことを確認すると忍足で男から離れ、ビゼーと合流した。


「にげるぞ!ビゼー」


 ビゼーはその様子をただ呆然と眺めることしかできなかった。

 言われるがままビゼーはクウヤと共に走り出した。


「なあ、どういうことだ?」


 走り出して数十メートル。ビゼーは状況把握に努めようとした。


「こっちが聞きたいよ!オレもわかんない!」


 ビゼーが事態を飲み込めないのと同じく、クウヤもなぜこんなことになっているのか分からなかった。


「知り合いじゃねぇのか?何も知らないってことはないだろ?」


「ホントに知らないんだよ!まえ話しただろ?森の中で知らないやつにからまれたって。それアイツ!」


「はっ?」


「アイツに見つかったらめんどそうだからきのうも見つかんないようにしてたんだよ」


「マジか⁈でも昨日あの人が金取り返すの手伝ってくれたんだぞ。悪い人じゃないと思うけど」


「悪い人じゃなかったらオレのこと殺そうとしないじゃん!」


「それはそうだけど……お前、何もしてないんだよな?」


「あたりまえだっ!」


「俺には何もしてこなかったし、人違いでもしてるのかも。話せば分かってくれるんじゃないか?」


「あんなん話せるかんじじゃないじゃん!ってかオレ、アイツ二回もやっつけちゃってるし!」


「なんで狙われてるか分かんねぇと困るよな」


「オレのことおってきてるし。どうしよ〜!オレ、ずっとこんなかんじで旅しなきゃいけないのかな〜?」


「もし次来たら俺が話してみるよ。俺の話なら聞いてくれるだろ」


「そうかな〜?」


「俺のことは助けてくれたからさ」


「う〜ん」


 クウヤはあの男が話の通じる相手だとは全く思っていなかった。

 その後も二人はしばらく走って逃げ続けた。


 二人が安全と思える場所まで走り続けて、そこで休息を取った。


「ここまで来れば大丈夫か?」


「めっちゃ走ったしだいじょうぶだろ」


 息を切らしながら安全を確認した。


「さっきの人、これからも警戒するべきだな。特にお前は。いつ出くわすか分からねぇし」


「めんどうだなー。でもしょうがないか」


 クウヤは現状を受け入れた。


「なぁ、クウヤ」


 ビゼーが呼びかけた。少し辛そうな顔をしているが声のトーンは真面目だった。


「ジャックさん。どう思う?」


 急で漠然とした質問に当惑しながらも彼なりの印象を話した。


「いきなり?どうって……う〜ん……いい人じゃね?すごいていねいだったし。オレたちのなやみもなくなったじゃん!あとあたまよさそう!」


「頭良さそうなのは同感だ。ただ……いい人ってのはまだ分かんねぇ。なんか裏がありそうな気がする」


「ウラ?」


「今あの人の言葉を思い出したんだけどさ。お前、誰にも言えない秘密をリスクを冒して共有しようと思うか?」


「なに言ってんの?だれにも言えないからひみつなんじゃねーの?」


「そうだよな。秘密を抱えてる人はそもそも見ず知らずの人間に相談なんかしない。俺はなんであの時黙って聞いてられたんだ?」


「話ちょっとムズかったし。ビゼーもつかれてたんじゃね?きのうぶったおれたし」


「そうなのかな?言葉巧みに信じ込まされたような気もするんだよな。それっぽい理屈を並べて俺らを納得させようとした。弁論に慣れてるって言うか……思ってること全部吐き出したように見せかけて、一番知られたくないことを隠すためのセリフだったのかも」


「ふ〜ん?」


 クウヤは当のやりとりを聞いていないので、難しい話がさらに難しくなったくらいにしか感じることができなかった。


「分からないことを考えてもしょうがないな。ただ警戒しといたほうがいいかもしれない」


「でももう金わたしちゃったんだよな?」


「うん。もうちょっと慎重になるべきだったのかも」


 ビゼーの表情から淡い後悔が感じられる。


「なービゼー!なんかあったらそんときに考えればいいじゃん!さいてーげんの金はもってるんだし。今はジャックさんにたよるしかなかったんだからさ。しょうがないじゃん」


 この言葉にビゼーは笑って返した。


「お気楽でいいな。俺の考えすぎか」


「そーだよ!なんとかなれーってかんじ!」


 両手を広げ、天に向かって腕を伸ばしながら言った。


「分かった。今日は疲れたし泊まれる場所探して休むか!」


「うん!」


 クウヤは元気いっぱい返事した。


「でも警戒は怠るなよ!マジで!」


「お、おう」


 休もうと意気込んだ返事よりだいぶ声が小さかった。

 二人は近くのホテルを見つけ休み、翌日さらに南へと歩を進めたのだった。



 人が走っていることが原因であろう振動が徐々になくなっていく。

 男はスッと立ち上がった。

 首を鳴らしながら呟く。


「この前と同じだな。ワンパターンしかねえのか。あの剣さえ気をつけときゃ怖いもんはねぇな。はぁあっ、服が汚れちまった。チッ。それにしてもいつ潰してやろうか。まだ情報が足りねぇな。まぁ、いいか!せっかくベガスに来たし、ちと賭博ギャンブろうじゃねぇの!奴も熟れるまで時間がかかりそうだしな」


 土埃を払いながら男はラスベガス方面へと歩いて行った。

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