第二十二頁 信用
「ただいまから料金が発生します。お時間ももったいないので早速ご依頼内容をお聞かせください」
ジャックは腕時計を見せながら言った。
ビゼーはベッドの方を見つつ要件を伝えた。
「俺たちこの通り十億円の持ち運びに困っていて……全部持ち運ぶのは大変なのでどっかに預けたいと思ってるんですけど、預けた場所に取りに行くのも難しい状況で……安心して預けられてかつどこでも俺たちの元に届けてくれる会社とかサービスとかないかなぁと。知ってたら教えてほしいんです。まぁ流石に今のは理想論で、今日は持ち運ぶのに負担の少ない方法を考えてもらえたらなと思ってます」
後半、ビゼーは半笑いで言った。
ジャックは顎の下に指を置いて
「なるほど……」
と呟いた。
そのまま数秒沈黙して浮かない顔をして口を開いた。
「知ってはいるんですよ。お客様の求める条件を全て兼ね備えている組織」
「本当ですか⁈どんなとこなんです?」
ビゼーはすぐ検索できるよう携帯を構えた。
「あのー……大変申し上げにくんですが……うちです」
「えっ?」
ビゼーだけでなくクウヤも声を発した。
「自分の営業で仕事を増やすのは本意ではありませんし、自分とこの宣伝なんてしたくないんですがね。お客様、その十億円を銀行に預けられない理由があるんですよね?現金を置いておける安全な場所、かつ容易に預け入れ・引き出しができるシステムを兼ね備えている場所。誰に相談なさっても『銀行』と言われるでしょう。少なくとも私は銀行の右に出る施設を存じ上げません。それでもって
「どういうことですか?」
「当方では保管業務及び配送業務も承っておりまして、それらを併用することでお客様の求める環境をご用意することができます。保管の理由は伺いません。保管する物を明かさなくても構いません。預けて下さった物は責任を持って厳重に管理いたします。既にお話されてしまっていますが……配送先に関しても国内外問わず自由にご指定頂けます。よろしければ検討してみてはいかがでしょうか?」
ビゼーとクウヤはお互いの目を合わせた。
目を見れば分かる。互いに「どうする?」という顔をしている。
ジャックがそれを見て声をかけた。
「今すぐに決断する必要はありません。保管・配送業務の契約締結に関しては後日の返事でも結構です。ご質問があれば何でもどうぞ。いつでもお答えしますよ。ごゆっくりお考えください。私の今の仕事は新たな契約の締結ではなく、アイデアの捻出ですので。次の案を模索します」
「じゃあ踏み込んで聞いてもいいですか?」
ビゼーが言った。
「えぇ、もちろん」
「あなたは犯罪者にも手を貸しますか?」
クウヤは目を見開いた。なんてことを聞くんだ、という顔をしている。
一方、ジャックは動揺する素振りは見せず、しかしビジネススマイルは崩して淡々と質問に答えた。
「公序良俗を害する行為に積極的に協力する気はありません。しかし仕事の特性上、間接的に犯罪に加担してしまっている可能性は否定できません。お客様がどのような目的のために俺たちのサービスを利用なさるのかいちいち聞きませんから」
「あなたが現場に行ってグレーだと思っても、いや、クロだと分かっても引き受けるんですか?」
ビゼーはとことん詰めていく。
「基本的には。理由は聞きませんし。仕事ですし。ただし人を殺してほしいとか建物に火を放ってほしいみたいな直接的な表現を伴った依頼は引き受けないようにしています」
「実際にそういう依頼を引き受けたんですか?」
「ノーコメントだ!俺たちにも守秘義務ってもんがある。今までにどんな仕事をしてきたのか。どんな人から依頼を受けたのか。それをいちいち他の客にバラしてたら信用がなくなる。俺たちの仕事は信用で成り立ってんだ。顧客情報はバラせない!だからお客様にも俺たちの情報を漏らさないでもらっている。お前ぐらい危機管理ができる奴なら俺たちについて調べたよな?」
いつの間にかジャックの口から敬語がなくなっていた。
先ほどまでのビジネス感に満ちた目ではなく、本気で人と対話しようとする真剣な目をしていた。
「はい、もちろん。全く出てきませんでしたけど……」
「情報がなくてさぞ迷ったろ?だがお前は俺たちに依頼した。どうして俺たちに仕事を頼んだ?」
突然の逆質問に戸惑ったが正直に伝えることにした。
「騙されてもいいと腹を括ったからです。良い話も出てこなければ悪い噂も
「だろ?俺だってお前の立場ならそう考える。隠したい話題がある奴ってのは危険そうな奴とは始めから接触しない。口コミの総数が多いってことはつまり接触する人間の数も多いってことだ。嘘も誠もプラスもマイナスもあらゆる評価が書かれてる。そんな情報筒抜け、ダダ漏れの有名人にはまず頼らない。公にしたくないことを抱えてる人たちにとって最初から情報がない奴は扱いやすいんだよ。ソイツを信じられるのは己の経験と勘だけだ。周りの評価に流される心配がない。当たりなら結果オーライ、外れならお引き取り願えばいいだけだからな。俺たちとしても仕事が欲しいんでな。情報ゼロの何処の馬の骨とも分からん奴が丁寧な対応をすればどうだ?信用を勝ち取れる=俺らは仕事をもらえる。口封じはさせられるだろうが、こっちからも口封じを要求すればいい。互いに互いの秘密を握った状態、この状態は無敵だ。ここまで行けば怖いもんは何もない。どっちかが裏切れば共倒れだが、自分の身を危険に晒すなんてマネ、頭のまともな奴なら絶対にしない。まあ、犯罪に手を染めるようなやつの頭がまともかどうかは俺も分かんねえけどな」
「まるで犯罪に加担した経験があるかのような口ぶりですね」
「さぁな。どうとでも受け取れよ」
肯定なのか否定なのか、ジャックの表情からは何も読み取ることはできなかった。
「そうですか。それよりいいんですか?あなたの肚の中、全部吐き出したみたいですけど?客である俺に」
「俺のことを随分警戒してるみたいだったしな。信用してもらうためなら仕方ない。これからも世話になるかもしれねえんだ。お客様は大切にしねぇと。それに、お前に隠し事をしてもバレそうな気がすんだよ。あとでバレてから白状するくらいなら、今全部ここでぶちまけたほうがお互いのためだと思わないか?後はお前が決めろ。俺が言えるのはここまでだ。いかがなさいますか、お客様?」
ジャックの顔にはビジネススマイルが戻っていた。
ビゼーはクウヤを一瞥した。
クウヤは難しい話についていくことができず魂が抜けている様子だった。
ビゼーは視線をジャックの方に戻し、一瞬考えたのち口を開いた。
「契約しましょう!お互い口外しないことを条件に」
「ありがとうございます!」
ビゼーとジャックは握手を交わした。
握手を解除するとジャックは自らの腕時計に手をかけてそれを操作をした。
「それではただいまをもちまして業務完了ということでタイマーを切らせていただきました。時間は七分と少し。十分に満たないので五十円頂戴いたします!」
「支払いは現金ですか?」
「ええ、信用第一なんでね」
この時代に支払い方法が現金のみとは珍しい。
ビゼーは小銭を持っていなかったので魂の抜けたクウヤに一言借用の断りを入れた。
クウヤは無反応だったが、そんなことお構いなしにクウヤの財布から五十円玉を抜き取り、それをジャックに渡した。
「五十円ちょうど頂きました。ありがとうございます。こちら領収書です」
ビゼーは五十円と引き換えに領収書を手に入れた。
引き続き彼らは次の契約について話す。
「本日の内に保管契約を結んでしまいますか?」
「はい、お願いします」
「承知しました。それではこちらが契約書です」
「準備がいいんですね」
「常に持ち歩いているんですよ。お客様にいつ何を言われてもいいように。まずはこちらで必要事項を記入してしまいますので少々お待ちください」
一分も経たないうちに書類をビゼーの向きに変えて説明がなされた。
「本日から無期限でお客様の持ち物を私共がお預かりいたします。今回はお預けいただくものが現金であることが判明していますので一部返還も可能となります。お預けする現金の金額が引き出しによって減少しても本契約の継続にかかる料金は変わりませんのでご注意ください。預けられた現金が全て引き出された時、本契約は終了となります。勿論、途中で契約を解除することも可能でございます。また当方は銀行ではございませんので利息や税金等でお預け当初の金額が増減することは一切ありません。肝心の料金ですが、前払いで毎月一日に五万円頂きます。本日七月八日でございます。当方の規定で七月三十一日までは無料となりますが、八月からは有料となりますので、八月一日までにお支払いをお願いいたします。またお預け期間が無期限とはなっておりますが八月三十一日までは契約を解除することができませんのでご了承ください。ご不明な点等ないようでしたら太枠の中をご記入ください」
ビゼーはサラサラと記入していった。
「ありがとうございます。続いてお支払い方法です。通常は現金書留でお支払いしていただくのですが、お客様は現金をお預けですので、毎月の料金をお預けになった現金からのお支払いも可能となります。いかがなさいますか?」
「じゃあそっから払います」
「承知しました!それでは現物支払いと書いてある隣の四角にチェックマークをお願いします」
ビゼーは指定の場所にレ点をつけた。
「続いて配送業務についてご説明申し上げます。こちらに関しては必要な時にお問い合わせください。料金は一回五百円です。お届け前でしたら、配送物及び配送先、配送日時の変更はいつでも無料で受け付けております。ただし当方が配送に向けてお荷物を持って保管場所から一歩でも外に出てしまうと、変更料として五百円追加でお支払い頂きます。配送料はお荷物と引き換えにお支払いください。とは言いますが、お預けの現金からこちらで引く方がよろしいですね。ご不明な点がないようでしたらこちらの書類に配送許可に関する記述がありますのでそちらの横にある四角の中にチェックマークをお願いいたします」
ビゼーは指定の場所にレ点をつけた。
「長くなりましたが、以上で契約についてのご説明は終了です。お疲れ様でした。ではお荷物の方、お預かりします」
ビゼーは九億五千万円をジャックに預けることにした。
ジャックは持っていた袋に現金を詰め込む。
しかしだんだんと現金の重みを感じてきた。
やがて袋も足りなくなった。
「どう持って帰ればいいんだ?これ……」
思わず声が漏れる。
「いいですよ、これ使って」
ビゼーは元々金を入れていたスーツケースを使うよう促した。
「申し訳ありません。お手数をおかけします」
預ける現金を全てスーツケースに詰め込むと、ジャックは精一杯の力でスーツケースを起こした。
「それでは私はこれにて失礼します。お荷物は責任持ってお預かりします。保管料金は勝手にこちらで引きますので、完了次第、毎月ご連絡します。本日はご利用ありがとうございました!今後も『便利屋ジャッキー』をどうぞよろしくお願いします!失礼しました!」
元気に挨拶、礼をしてジャックは部屋を出た。
ジャックが部屋を出て数秒後。
「あっ!」
(保管場所聞いてねぇ!流石にまずいよな?)
ビゼーはジャックを追いかけて急いで部屋を出た。左、右とホテルの廊下を見渡した。
ジャックの姿は……ない。
急いで一階まで降りた。
エントランスにもいない。
ビゼーはフロントでジャックについて尋ねた。
「すみません!あの、さっきスーツケースを押した二十代くらいの男性が来ませんでしたか?」
「いいえ。見ておりません。それに本日当館にいらっしゃった若い男性はお客様だけですが」
「いや、来たんじゃなくてさっき帰……」
ビゼーは言葉を詰まらせた。
「お客様?」
急に黙り込んだビゼーを見てフロント係は心配そうに声をかけた。
「すみません。そしたらジャック・スミスさんはこちらに宿泊していますか?」
「お客様のプライバシーに関わることはお伝えできかねます」
「そ、そうですよね。すみません。お忙しい中ありがとうございました」
ビゼーは深く礼してフロントを後にした。
戻りながら考える。
(妙だ。フロントの人が出入りする客を把握していないはずがないし、予約もしてないのにホテルの中に入って行く不審者なんて普通止めるよな?それに来客があったらフロントが俺たちに確認をとるはずだ。やっぱりこのホテルのどこかに泊まってるのか?)
ビゼーが部屋の扉を開けようとすると、急に部屋の引き戸が眼前に迫ってきた。
「ビゼー!」
という声と共に。
なんとかドアの襲撃を回避すると指を差された。
「あ、いた!どこ行ってたんんだよ⁈さがしたんだぞ!」
「フロント。つうか、危ねぇよ!」
「ごめん」
そんなことを話しつつ、一度部屋に入った。
「でさ〜、ビゼー、どうなった?」
ビゼーはクウヤに決定したことを話した。
聞き終わるとクウヤはそそくさと出発の準備を始めた。
「そしたらお金のことはジャックさんにまかせればだいじょうぶだな。じゃあ、オレたちも出よー」
百パーセント信用していい人間なのか。不可解な現象に疑念が残る。しかしお金は預けてしまったし信用せざるを得ない。
準備を終えた二人はホテルをチェックアウトした。
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