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 王室は明らかな罪のない私を断罪することは出来なかった。

 しかし、自身の才覚と領地の富が王権を脅かすと知った私は生き残る為に自ら首輪を付けた。


「わたくしの知識は王室の利益になります。わたくしを排除するのではなく、この国の為に使うべきです」


 そうして命乞いをするのと引き換えに、私の頭脳を国に献上する立場を提案した。

 その結果、私は王城の地下深くにいた。そこは湿った土と古い石の臭いがこもる、小さな石造りの部屋だ。窓からはかろうじて外の光が差し込むが、それはまるで薄く濁ったミルクのように頼りない。

 ​私の地位は『特命政策立案顧問』。公には「国家の最高機密に関わる職務のため、人目に触れぬよう厳重に警護されている」と発表されている。実際は誰にも会えぬよう地下に幽閉され、知識を搾取される為の名ばかりの役職だった。

 ​机の上には分厚い政策案の書類が山をなしている。私の考えた飢饉対策、税制改革、貿易協定の改善案。その全てが翌日には宰相の手によって地下の竪穴から吸い上げられる。

 ​そして私の名は一切消され「レオンス王太子殿下と慈愛深きコレット様の共同の叡智」として発表される。

 ​遠くから民衆の歓声が聞こえる。石の壁に遮られ、歪んで響くその声は私の心臓を鈍器で叩くようだ。


​「王太子殿下とコレット様のおかげだ! 我らの生活が豊かになった!」


 ​その声を聞くたび、私は冷たい石壁に背を預けて自嘲の笑みを浮かべる。


​「……こんな地獄で、特命政策立案顧問? くだらない。いっそ、汚名をかぶって地方の修道女にでもなった方がよっぽど自由だった」


 破滅フラグ回避に囚われすぎた私は、優秀な自分を証明することに邁進し過ぎた。前世ではただの凡庸な会社員だった私が、この世界に来て初めて「才能」を手にしたことで有頂天になっていたのかもしれない。その傲慢さがこの結末を招いたのだ。

 ​外の世界に居場所を失い、地下で国の知恵を搾取され続ける「名無しの悪役令嬢」。

 ​これこそが私が回避しようとして、自らの手で作り上げてしまった最も皮肉で、最も自由のない破滅の形だった。






【終】

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王太子殿下、わたくしとの婚約破棄はご英断でした〜今やこの国の経済はわたくしが回しています!〜 あおじ @03-16

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