佐々木昭太郎の苦悩

葉山弘士

佐々木昭太郎の苦悩

■ 玉田川光二(二十二歳・会社員) 中学時代の同級生


 え? 昭ちゃんのこと?

 最近判決出たんだっけ? え? 一審で死刑判決?

 そうですか。いい奴だったのに……。


 え? あいつの中学時代ですか?

 真面目でしたよ。あいつ、見た目あんなのだからみんなから結構苛められてたけど、それでもちゃんと学校来てたんですよ。

 あの、何とかってのあるでしょ? 病気でもないのに学校行かなくなるって奴。そうそう。それそれ。「登校拒否」っての。昭ちゃん、あんなに苛めてもちゃんと学校来てたもんなぁ。

 い、いやぁ。僕は苛めてないですよぉ。ちょっとからかうってぐらいのことはあったけど……。ウチ、近所でね。小学校でも一緒のクラスなったことあるしぃ。


 あ、はい。大人しかったですよ。それはもう間違いなく大人しかったです。影薄いってゆーか……。あ。それはそのまんまか? あはは。

 まあ、ホント大人しかったですよ。性格的にもね。目立つのが嫌ってゆーかね。そりゃ、目立とうと思っても目立たてないって……ね。わははは。


 いやいや……。目立たないけど、目には付くでしょ。あんな容姿だし。本人は目立たないでいようと思っても目には付くから、どんなに大人しくしてたって苛められるでしょ。

 いや、だから、僕は苛めてませんって……。


 え? 苛めのエピソード? そんなの覚えてないっすよぉ。

 あ。中二のときだったかな。修学旅行の旅行代とか集めるでしょ。先生が。集めた金、ちゃんと職員室に持って行った筈なのに見当たらない、って言い出してね。

 そうなったら、一番に疑われるのは昭ちゃんですよ。本人は「違う」っていうけど、もう学校中みんなで「犯人だ」って決めてかかってるもんだから……。

 僕が知ってるだけでも、昭ちゃん、五、六回は体育館裏呼び出されてたんじゃないかな?


 え? 何のためって? そんなのわかるでしょ? 呼び出して締めるんですよ。「お前が犯人だろ?」って言って。二人がこうして後ろから羽交い締めにしてね。他の三人ぐらいで「みんなの金盗ったろ?」って言いながら、腹を殴るんですよ。

 違います、違います。腹だけですって。顔殴ったら、傷が丸見えになるからね。いくら昭ちゃんでも、そんな傷残りますから。さすがにそれバレたら、僕ら停学なっちゃいますよ。


 え? 今「僕ら」って言いました? い、いや。苛めてる側の……だ、代名詞ですよ。僕は含まない「僕ら」ってことですよ。

 やだなぁ。今のとこカットしといて下さいね。


 ホントの犯人? そ、それは……。も、もう時効でしょ? 追求してもしょうがないでしょ?

 え? あ。はい。そうです。しょ、昭ちゃんではなかったです。

 昭ちゃん、性格的に大人しいし、真面目だし、頭も良かったし、家も割と金持ちだったしね。そんなことするわけないですよ。

 そんなことして一番に疑われるの自分だってこともよくわかってるし……。あいつ、悪いことは絶対しませんって。


 うん。まあ。それわかってても、みんなで犯人扱いするんですけどね。

 だって、あの容姿だから悪いことできないけど、あれ、もうちょっと薄かったらどうです?

 もう悪いことし放題。どこからでも金盗めるし、人殺そうが、女犯そうが、顔見られる心配もないし、バレてもどこでも隠れられるし、もうやりたい放題でしょ?


 あのままの姿の気持ち悪さもあるけど、これ一歩間違えたらとんでもないことなってる、って怖さあるわけですよ。

 だからみんな敵視するってゆーか、とりあえず苛めとこう……ってなるんです。大人しいから抵抗するわけじゃないし……。ある意味ストレス発散ってゆーんですか? そんな対象になってたんじゃないかな?


 いや、ホント。僕は苛めてませんって……。






■ 野中田良枝(五十八歳・教員) 小学校時代の担任


 佐々木昭太郎君のことですね。

 はい。ニュースで拝見致しました。

 怖いですね。ええ。その内何かしでかすんじゃないか、とは思っておりました。

 私も教師生活が長いものですから、それなりに子供を見る目も自然と養われて参りますものでね。然もありなん、というところですね。


 最近では三年前に受け持った男の子ですかね。その子も将来何か事件を起こしそうな雰囲気がありましてね。ええ。もう手を焼きましたよ。

 いえ。近頃じゃ体罰禁止なんて、すぐに親御様が飛んでらっしゃいますから、それは致しませんけれどもね。

 ちょっと廊下に立たせただけでも、その日の夕方にはお母様からお叱りのお電話を頂くような時代でしてね。

「ウチの子が何をしたと言うんです?」なんてね。それはもう凄い剣幕で……。

 いくらその子が充分犯罪と言えるようなことをしていても、親御様にはその部分はご理解頂けませんでね。我々教師が愛情を持って、心を痛めつつ教育していてもですね、そこだけを見て「体罰」だとね、まあ、そう仰るわけです。


 ご理解頂けます? 子供を打つときも、打った手だけじゃなく、心が痛みますでしょ? その辺りが充分にご理解頂けないようです。

 子供達も自分達がしたことは親御様には報告せずに、廊下に立たされたり、手を打たれたり、そんなことだけを言ってしまうのでしょうね。誰だって自分の悪事を言いたいとは思わないでしょうから、それはわかりますけどね。

 だけど、それもまた大きな悪事の第一歩なんです。そういう子はバレないように小さな悪事を繰り返していって、「まだバレない、まだバレない」と、そのうち大きな悪事に手を染めていってしまうものなんですよ。

 借りたものを返さない、ちょっとぐらいの万引きは大丈夫、空き巣ならバレない、鯔のつまりは、銀行強盗もへっちゃら……なんてことは想像に難くないことですのにね。

 小さな悪事を放っておいて、その子の将来がどうなるか? ということを、最近の親御様はまったくご理解していらっしゃらないご様子で……。


 先日もどう言うんでしょう。クラスの女子の下着をね、こう、覗こうとしている男の子がおりましてね。

 え? 「ただのスカートめくり」ですって? 「ただの」と仰いました?

 何てことを……。あなた仮にもジャーナリストの端くれなんでしょう。

 そりゃあもう立派な犯罪ですよ。そんな子が大人になったら強姦魔とかになっちゃうんでしょう。それを認めるような発言をなさるなら、あなたも同罪ですよ。嘆かわしい。

 日本のジャーナリズムはどうなってしまったんでしょうね。あなた方のような大人がいるから今の日本はおかしくなってしまってるとは思いません? あなた方を見て育っている子供に恥ずかしいとは思いません?


 私は教師として、一人の人間として子供達にね、立派な大人に育ってもらおうと、それは真剣に取り組んで参りましたよ。

 小さなことからコツコツと……。どんな小さなきっかけでもね。それがいずれ大きな犯罪を生むんですよ。そういうことを世間がどれだけ見過ごしてきているか、私は教師として、一人の人間として、非常に嘆かわしく感じておりましてね。

 親御様からしてそういったことに無頓着な世の中ですのに、子供達の非行はすべて学校側の責任になってしまうという不条理。この辺りに深い憤りさえ感じますの。

 その辺り、ジャーナリストとしてどうお考えになられます?


 え? 本題? 何でしたっけ? ああ。そうですね。佐々木君の小学校時代のエピソードでしたね?


 ええ。まあ。小学校のときからあんな子ですからね。その内何かしでかすんじゃないか、とは思っておりました。

 え? 具体的なエピソード?

 いえ、兎に角影の薄い子でしたわ。ほとんど目立たないと言いますかね。あまり印象に残らないと言いますかね。兎に角気味が悪くて……。


 それよりも、「学校教育における体罰」について、あなたどうお考えになられます?






■ 佐々木奈々子(四十二歳・主婦) 実母


 申し訳ございませんが、今は何もお話できることはございません。お引き取り下さい。






■ 西秋本紗季(二十一歳・学生) 友人


 昭太郎君と出逢ったのは、私が高校を卒業してすぐの秋だったと思います。

 近所の図書館でした。図書館の窓辺の席で彼が読書する姿がとても美しかったのを今でも覚えています。大きな窓からいっぱいに光が入って、彼自身が、こう、輝いて見えました。


 小さな町ですから、もちろん彼の噂は聞いてました。でも、私、それを怖いと思うんじゃなくって、どちらかと言うと凄く興味を持ってたんです。H・G・ウェルズの小説世界をそのまま具現化してるわけじゃないですか? まあ、昭太郎君の場合はちょっぴり見えちゃってるんですけど……。

 私も小説が好きで、あの図書館にはしょっちゅう通ってたんですよね。彼が文学青年だってことは知らなかったんですけど、偶然彼を見掛けて……。ひょっとしたらそれ以前にも、すれ違ったりしてたのかも知れませんね。でも、あの日、陽射しを浴びて熱心に本を読んでる彼を見たとき、「ああ、これが運命なんだな」って感じました。


 声を掛けたのは私ですよ。最初、彼はとても臆病で……。

 あんまり話してはくれなかったんですけど、高校ぐらいまでずっと苛めに遭ってたみたいですね。人から普通に話し掛けられるってことに慣れてない、って言ってました。気味悪がるか、殴ってくるかのどっちか、だって。

 高校卒業して、この町に来て、最初に普通に話し掛けたのが私だったみたい。そういう意味でも運命的ですよね。


 優しかったですよ、彼。

 ええ。見た目以外はまったく普通の人ですよ。というか、外見も私にとっては何の問題もないんだけどなあ。怖いなんて思ったこと一度もないし……。

 兎に角、世間では彼のことを悪い意味で特別扱いしてますけど、私にとっては別の意味で特別の存在ですよ。


 本以外にも鳥とか花とか大好きで……。詳しいんですよね。

 二人で公園歩いてても、「これはオオイヌノフグリだよ」とか「メジロがいるよ」とか……。

 知ってます? オオイヌノフグリってワンちゃんのタマタマって意味なんですよ。それも昭太郎君が教えてくれました。


 遊園地とかはね、彼があんまり人の多いところは嫌がるんで。私もどっちかっていうと静かなところのほうがいいんですよね。だから、公園とか、河原で散歩とか、そういうデートが多いですね。それ以外はたいていどちらかのアパートで一日中本読んでるか、図書館に行くか……。そんな感じかな。


 ああ。彼と付き合い始めて、誰かに脅迫文みたいなの貰ったことはありますよ。

 でもそんなの私全然気にしないんで。ちょっとやそっとの障害があったって平気ですよ。


 将来?

 そうですね。できれば二人で何処か静かなところで、本や自然に囲まれて暮らしたいですね。無人島とか、カナダとかヨーロッパの郊外もいいかも知れませんね。子供も欲しいかな?


 死刑判決?

 あは。大丈夫ですよ。一審でしょ?

 彼は必ず戻ってくる、って言ったんですから。あの人、私に嘘ついたことありませんから……。






■ 中島村キヌ江(六十八歳・主婦) 母方の祖母


 アレの母、奈々子の周りに佐々木って男が現れたのは、奈々子がまだ十八、九の頃だったんじゃないかね。

 いつも覆面とサングラスしててね。真冬でもないのにコート羽織って、手袋までしてたね。得体が知れないってのは、ああいうのを言うんだろうね。


 きっかけは、佐々木のひと目惚れらしくてね。奈々子は私に似て評判の美人だったからね。それが、いきなり「結婚させてくれ」って言うじゃないか。

 胡散臭い男だったから、奈々子が脅されてるんじゃないかと心配したんだけど、そうでもなくてね。奈々子も佐々木に惚れてたみたいでね。

 私は反対したさ。不気味な男に、大事な一人娘、簡単には渡せないからね。「せめて顔ぐらいちゃんと見せなさい」って言ったら、覆面取ってくれたんだけどね。結局顔は見れなくてね。もう怖くて「二度と来るな」って追い出したんだけどね。


 それから暫く逢ってないように思ってたんだけど、逢ってたんだね。姿を見せずにコソコソやってたんだね。

 そのうち、「子供ができた」なんて告白されてさ……。「堕ろせ」って言ったんだけどね。だって、不幸になるの目に見えてるからね。娘が苦労するのわかってて賛成する親なんかいるものかい。

 でも、あの子も割合頑固でね。こっそり出て行って、それっきり……。こないだ「迷惑を掛けるかも知れない。ごめんなさい」って連絡があったけど、二十年振りぐらいかしらね。


 生まれてくる子供のことは心配したよ。父親が佐々木だからね。

 この前、あの子が警察に連行されてる映像がニュースで流れてたけど、心配してた以上だったね。不憫だね。あの子も奈々子も苦労したろうね……。






■ 大河内知彦(五十三歳・自動車整備工場経営) 勤務先社長


 アイツの何が聞きたいんだ?

 見てくれは関係ねえよ。アイツがどこで生まれて、何してきたか、俺は知らねえ。

 俺が知ってるのは、アイツが一人前に仕事できるってことだけだ。






■ 田所沢良昭(四十三歳・雑誌社編集長)


 どう? 村井ちゃん? ルポのほう、進んでる?


 今回のはいいわよねぇ。まるっきり猟奇事件。江戸川乱歩の世界、そのままじゃん。これは売れるわよ~。ウチの雑誌、創刊以来の部数いっちゃうかもね。年末の慰労会でワタシと村井ちゃん、二人、社長から表彰されちゃうかもね~。


 だから、思いっ切り扇情的に書いちゃってね。もう、ワタシ、タイトルも決めちゃってるから。

「見えない殺人鬼の最期! 狂気の無差別殺人の驚愕の半生を探る!」みたいな。それともあれかしら? やっぱ、「透明」とかって入れたほうがそそっちゃうかしら?


 え? 見えないわけじゃない? いいの、いいの。ほとんど透明なんだから。透明も半透明も世間にとっちゃほぼ一緒だっての。「透明」って言い切っちゃえばいいのよ。

 だって、半透明じゃちょっと見えてて怖さ半減じゃん。透明って怖いじゃん。

「あなたの背後にも、実はいるんですよ」みたいな。


 え? 路線変えたい?

 どういうこと?

 駄目よ、ダメダメ。今更、実は品行方正でした~なんて、詰まんないって。実は冤罪でした~なんて、誰が喜ぶっつーの?

 いい? 世間が求めてるのは、どうしてあの怪物が生まれてきたのか? そこ。それだけなの。我々ジャーナリストが応えるべくは、読者の、世間のニーズでしょ?


 ん? 真実?

 あのさ~。真実ってのは、部数でしょ? 絶対的多数が賛同すれば、それが真実。部数が真実を生むんだわ。そんなこと百も承知じゃん?


 とにかくさ、今更馬鹿なこと言わないで、きっちり煽っちゃってよ。もう村井ちゃんじゃないと書けないってぐらいオドロオドロしく恐怖感満載で行っちゃってよ。


 ん? 気に入らない?


 あのね。村井ちゃんもわかってると思うけど。若くて名前売りたい奴は、いくらでもいるんだからさ……。






■ 大野口純代(四十九歳・会社員) 被害者の母


 あんな奴は死刑になって当然ですよ。ウチの娘を、ウチの娘を……。まだ高校三年生だったんですよ。進学も決まってたんですよ。大学行くのが楽しみだって言ってたのに……。

 それがどうして殺されてしまうんですか?

 知りませんよ、あんな奴。娘とはまったく関係ないですよ。自分が醜い姿で女性にもてないもんだから、通り魔的にウチの娘を襲ったに決まってますよ。ケダモノですよ。殺しても殺し足りないぐらいですよ。

 娘を……殺されて、丸裸にされて、公園に捨てられて……。そんな娘の姿を見せられる母親の気持ち、わかりますか?

 殺して下さい。すぐに死刑にしてしまって下さい。






■ 時任野志郎(四十六歳・警察官)


 本官は事件当夜、事件目撃者からの通報を受け、現場へ直行中、現場付近を徘徊中の被疑者、隣町に住む佐々木昭太郎、二十二歳と遭遇。不審な風貌、行動につき、職務質問をしたところ、逃走する様子を見せたため、所持していた拳銃にて威嚇。一発を威嚇発砲。大人しくなったところを公務執行妨害にて現行犯逮捕したものです。

 本人聴取は本官の職務外で、本人がどのように供述しているかについては詳しく聞かされておりませんが、事件当夜の不審な行動、本官に対する動揺したそぶり、また風貌など、状況的には被疑者の身柄拘束はまったく常識的かつ正当なものであったのは疑う余地もございません。






■ 御薗澤静香(仮名・二十二歳・会社員) 高校時代の同級生


 佐々木君について喋ればいいんです?


 名前は仮名にしてもらえます? 実名だと、私だってバレたときいろいろ不都合が……。


 私は高校の三年間、ずっと彼と同じクラスでしたけど、佐々木君はいつもクラス中の苛めの対象でした。

 ほとんどの男子は殴ったり、蹴ったり、酷かったですよ。女子の中にも表立って苛めてた子もいたけど、それは少数だったと思います。ほとんどの子は、やっぱり怖がってました。


 噂でね、普段は半透明だけど、実はまったく見えなくなることもできる……って。

 実際、クラスの男子で酷く苛めてた子がいたんだけど、学校から帰るときに、何もないところで急に横から突き飛ばされたように車道に飛び出して事故に遭った、って話もあって……。

「あんまり苛めると仕返しに遭うぞ」みたいな噂話があったんですよね。いえ、本当かどうかはわからないですけど……ね。


 逆に、怖いものだから、妙に優しくし過ぎて、彼に好きになられたって女子の噂もあったんですよね。

 その子、夜中に寝てたら、部屋の中には他に誰もいないはずなのに、不思議と人の気配がする……って。その子、ノイローゼになっちゃって、最期には自殺したって。


 だから……というか、たいていの女の子は表向き、彼にはできるだけ普通に接するようにしてました。

 あんまり親しくし過ぎると、他の子から彼の仲間扱いされるってのもあったし……。


 あ。ホント、名前と顔出し、なしにして下さいね。






■ タケさん(年齢不明・無職) 事件現場付近に住む浮浪者


 俺、見てねえよ。

 目撃者?

 そりゃ、俺じゃねえ。マッさんだ。本当に見たのかどうかは知らねえけど……。


 ん? どういうことか……って? それよか、兄ちゃん、煙草持ってねぇか? お。洋モクだね。旨いね。


 いや。マッさん、あの日はここに来てなかったはずなんだよな。前の日だったかに、見廻りに来てたポリ公と揉めてさ。別荘行ってたはずなんだよな。別荘? わかるだろ? ちゃんとした飯が喰えて、暖かい布団で眠れるとこさ。

 なのに、マッさん、事件の後にポリ公が聞き込みしてるときに「俺、見た。俺、見た」って急に言い出してな。


 可笑しいだろ? それよか、兄ちゃん、煙草……。ん。悪いね。


 あれからマッさん、やたらとポリ公と仲いいし、やたらと羽振りよくなったし……。

 何かあったんじゃねぇか……って、俺らの間じゃ有名な話だよ。

 ん。近いうちにいっちょ締めねぇとな……って、話してるとこさ。


 いけねぇ。いけねぇ。酒も入ってないのに、喋り過ぎちまったかな?


 ん? 酒買ってくるって?

 悪いねぇ。催促しちまったみたいだねぇ……。






■ 佐々木昭太郎(二十二歳・無職) 本人


 あなたですね。目撃証言がでっち上げだってことを記事にして下さったのは。あれで裁判の流れが大きく変わりました。ありがとうございました。


 冤罪について、特にコメントはないです。

 僕はこんな姿ですんで、怪しいって思うのが普通でしょ? 一般的に言って、僕のような人間が犯人であっても不思議ではないでしょうし、そのほうが誰もが納得しやすいでしょうから……。

 疑われたり、疎ましがられたり……そんなことはもう慣れっこになってますから、特別な感情はないです。


 え? 本当は消えられるのか……って?

 あはは。どうでしょうね。もし、そうだったら、怪しいどころじゃないですよね。どんな犯行だって可能。一審の死刑判決は翻らなかったでしょうね。

 そういう意味では中途半端でよかったと思いますよ。怪しい見た目だけど、誰からも怪しまれるっていうのは、逆に一番怪しくないってことかも知れませんよね。

 ほら。推理小説の中じゃ一番怪しい登場人物はたいてい実は犯人じゃないじゃないですか? 寧ろ、一番怪しくない人が犯人だったりしますよね。いえ。あくまで推理小説の世界の話です……。


 ダメですね。喋り過ぎちゃいました。僕はまだ二審で無罪になっただけで、容疑者の一人であることに変わりはないんですから……。あんまり意味あり気なこと言うと、また怪しまれてしまいますね。


 今後……ですか? 一件が片付いて、紗季が付いて来てくれるなら、二人でどこか静かなところで暮らしたいですね。外国とか……。カナダ辺りがいいかな?

 そうですか? 紗季も同じこと言ってましたか?


 ええ。幸せに……というか、静かに暮らしますよ。目立たず、ひっそり……とね。






■ 渡辺澤定子(五十六歳・アパート経営) 元家主


 ん? 佐々木君ね。先月いっぱいで出て行ったよ。

 よく遊びに来てた彼女と一緒に暮らすとか言ってたね。

 ちゃんと挨拶には来たよ。「お世話になりました」ってね。

 見かけはあんなだから、最初は住まわせるのどうしようか迷ったんだけどね。キチンと挨拶もするし、いい子だったよ。


 暮らしぶり?

 うーん。近所の自動車整備工場で勤めてたでしょ? そんなに給料はよくなかったと思うけど、節約してたんだろうね。家賃滞納することもなかったね。それどころか、どうも二人、海外で暮らすって言うじゃない? しっかり貯めてたんだろうね。頑張ったんだね。羨ましいね。


 え? 変わったことはなかったか……って?

 あんた、まだ彼のこと疑ってるのかい? 無罪って判決出たんだろ? あんた達みたいにしつこく追い掛け廻して、犯人に仕立て上げたい連中がいるから、彼が遠くに行かなきゃならなくなるのさ。


 隣町じゃ連続無差別殺人だの、銀行の金庫が立て続けに荒らされたのなんのって喧しいけど、ここら辺りはいつだって静かなもんだよ。

 ここ数年で朝から晩まで喧しかったのって、彼が逮捕されてあんた達マスコミが押し寄せてきたときと、秋祭りのときぐらいかね。


 いや、違うね……。


 この辺静かな町なんだけど、夜になるとね、犬が吠えるの。やたらと。近所の青年団とかでね、夜回りとかしても何にもないんだけどね……。

 そう言えば、最近それも静かになったねぇ……。


 ……。


 ほら、また、彼のこと疑ってる。彼はいい子だったってば……。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

佐々木昭太郎の苦悩 葉山弘士 @jim1999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ