聖女、血塗られる。

68

第1話 人殺しの夜

ミネラ共和国。豊かな自然の恵みによってもたらされる数々の鉱石が交易の要となっている国。

そんなミネラに位置する小さな集落にとある教会があった。

年季は入っているが、丁寧に扱われてきたのかなかなか綺麗に見える。

教会にまた一人やって来る。


「おはようございまーす。あ、サナさん!こんな朝早くから掃除?」


「おはようございます!ロッジさん。今日は祭壇の清掃を任せて頂いていまして、あっ礼拝ですか?」


「ああ、朝の仕事前にちょっとね。」


「それは、失礼しました。すぐに司祭をお連れ致しますね。」


この教会に仕える修道女サナ・キャスタス。彼女は幼い頃から教会で過ごしたためか、非常に仕事熱心で、優しい人物だ。

今日も朝早くから教会の勤めを全うしていた。


「ロッジさん。お忙しい中よくお越し下さいました。」


「おはようございます。ポッスル司祭。すみません、朝早くから来てしまって。」


「滅相もない。早くから礼拝に来て頂いて、神も喜ばれていますよ。」


「では、早速始めましょうか。サナ、貴方はそろそろ村の奉仕活動に励みなさい。」


「はい、行って参ります。」

そう言うとサナは自室にて身支度を整えた後、村の方へ出掛けて行った。


村の方では畑仕事に励む者、自営の店の準備をする者と少しずつ活動が始まっていた。

「サナ!」


「ミオ!もうこちらに来ていたのね!」


「えぇ。他の皆んなももう奉仕活動に取り掛かっているわ。私は今から畑仕事の方を手伝おうと思っているのだけれど、一緒にどう?」


「そうなのね。じゃあ私もそうするわ。」


修道女達は教会内の仕事だけでなく、野外で村の手伝いをする事もある。特に、ここのような小さな村では人手が足りないため、ここ最近は村で働くことの方が多い。

サナと修道女達は奉仕活動を始めた。


「シスターさん!ごめんその荷物運ぶの手伝って!」


「あのー、水やり一緒にやって欲しいんだけどいいかな?」


「そっちのお掃除頼まれてくれない?今立て込んでて...」


「少し本の整理手伝って〜!」


ちょっとしたことから結構大変な仕事まで、幅広い手伝いを任され、昼になる頃には全員疲労し切っている。

サナもやっと先程まで任されていたタスクを終えて昼食をとっているところだった。


「大丈夫?サナ、貴方ここ最近特に働き詰めだけど。この前だって、休暇をしていなかったでしょ?」


「大丈夫よ。全く疲れていない訳では無いけれど、無理はしていないから。それに働くのは嫌いじゃないし。ミアも大丈夫?」


「そっか。なら良かった!私、体力には自信あるの。修道女する前は街のほうで荷物運びをやっててね。」


「へぇ。街か...いいわね。私も一回行ってみたいわ。...?ねぇ、何か声が聞こえない?」


「声?...たしかに森の方から...ちょっと行ってみましょう」


二人は声のする森の方へと歩いて行った。


村のずっと奥へ進むと街へと通ずる森だ。

緑が生い茂っていて気持ちがいい。


「声がしたのはこの辺りのはず。...?あれは子供?」


「うっ...ぐすっ....うぅ.おかあさぁん...」


「君、大丈夫?...大変!血が出てる、転んでしまったのかしら。あっサナ!こっち!」


声の元を見つけたミアはサナの方へ手を振る。


「ミア、その子は?」


「迷子なのかしら、分からないけれど膝を怪我しているの。サナ、あれやってあげて。」


「分かったわ。膝を見せてくれる?大丈夫よ、すぐに治るから。」


そう言うと、サナは子供の右膝に手を添えた。

すると、緑色の光が辺りを照らし子供の膝を癒した。手を離す頃には傷は綺麗さっぱり無くなっていた。


「どう?痛くない?」


「あれ...痛いの消えちゃった。ひざ、きれいになってる...すごい!!お姉ちゃんたち、ありがとう!」


「よかった!やっぱり、流石ね。回復魔法使えるなんて。」


「少し使えるくらいよ。でも、役に立って嬉しいわ。あなたは、迷子かしら?」


「うん。探検してたら知らないところまで来ちゃったんだ。おかあさんに森のおくまで行っちゃだめっていわれてたのに。」


「じゃあ、一緒に戻りましょう。次はお母さんの言いつけは守ろうね。」


「うん!」


子供を家に送り届けるころにはもう外は暗くなっていた。

教会に戻り、夜の礼拝をし、就寝の支度を終えた。


「そろそろ寝ましょうか。明日も早いし。」


「そうね。じゃあおやすみなさいサナ。明日も頑張りましょうね。」


「えぇ。おやすみなさい。」


そうして。サナ達修道女は眠りについた。




サナを起こしたのは悲鳴と焦げ臭い匂いだった。

「(何...?とても慌ただしいわ、今日は何か式典でもあったかしら、)」

少し様子を見ようとベットから立ち上がった。

廊下を進んでいくうちに焦げ臭さは強くなっていく。

「(ミア達も外にいるの?)」

サナは僅かな胸騒ぎがして足を早めた。

「(嫌な予感がする...)」

自分の予感が的中しないことを願いながら外へ通ずる戸に手をかけた。


サナの予感は確信に変わった。

焦げ臭い域を超えた火薬の香り。大きな悲鳴。

鎧に包まれた兵士。

そして、自分の知っている人達の亡骸。


「ミネラ人は皆殺しにしろ!!一人も逃すな!」


サナは反射で物影に隠れた。

とても現実には思えない。ほんの数時間前まで穏やかな夜が一瞬で壊されるなんて。


「(嘘...こんなこと、誰なの、何故こんな事、)」


サナはただ息を潜めて見つからないようにした。そんな彼女の耳に悲鳴が届く。


「お願い!!辞めて下さい!もう、辞めて!」


「(ミア!?)」


「この村は大切に作り上げてきたものなんです!!どうか、武器を納めて下さい!」


「うるさいっ!!」


ミアの訴えは兵士の耳に届かず、つき飛ばされる。それでもミアは話すことをやめない。


「もう、辞めて!辞めていただけるまで、ここを下がりません...!」


「反抗するならば殺す!」


「武器を捨てて下さい!!」


兵士はミアを痛め付けるがミアは諦めずに対話を試み続けた。


「(助けないと!!ミアが!死んでしまう!!)」


「おい、もういい、さっさと首でもはねて殺せ。」


「分かりました。」


「お願い...辞めて..ください、」


「死ね。」


「サナ...逃げて...」


「(お願い、動いて!ミアを助けさせて!!!動いて!!!!)」



次の瞬間、最後まで訴え続けたミアの声は途絶えた。


サナは、動けなかった。


「(...どうして、動かなかったの...)」


兵士の足跡が遠ざかっていく。


「(ミアは最後まで動き続けたのに...)」


炎が燃え広がる。


「(私が、やらないと...)」


鍬に手を掛ける。


「(今なら動く....)」


サナは立ち上がった。


「(私が...やらないと...)」


サナは兵士へと歩みを進めて行った。


「(私がやらなければ!!)」

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聖女、血塗られる。 68 @sasisuseso68

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