夢織姫のノンストップ妄想劇場

詠月 紫彩

夢織姫のノンストップ妄想劇場

「あぁ、エルドゥイン王子……」

「騎士アルヴァイン……俺には、君が必要だ」

「――はい。私の全ては永久とわに、エルドゥイン王子のものです」


 声音を変えて、まるで演じるように。

 高らかに。

 力強く。

 時に弱く。

 感情を交え、訴えかけるように。

 瞬間、令嬢達から、ほぅ……と溜息が漏れる。


「はぁ……! 素敵、素敵ですわ!」

「この物語もまた……。日々が潤いますわ」

「麗しの薔薇達のやりとりは、水の如く美しくて……」


 感想が次々と生まれ、妄想が羽を広げてゆく。


「王子……どうか私の全てを――王子のものに、」

「もちろんだ。君の全てを、いただこう」


 そして――黄色い声。

 同時にパタン、と本が閉じられる。


「続きは、こちらの本で読めますわよ。皆様方」


 分厚い本とは違い、薄く手作り感のある本。


「レーヴ・ローゼ先生の新作。『薔薇のダンスを共に ~王子×騎士編~』……略して『薔薇ダン』! その王子と騎士の物語。今ならお買い得――おひとり様一冊限定1000ウェンですわよ! ――100冊限定ですわぁぁぁぁ!」

「買いましてよ!」

「わたくしも!」


 次から次へと手が上がる。

 その光景に、彼女――ユメリア・ロゼリー・フォン・ロザリオンは、輝かんばかりの笑顔になった。

 今回も釣れた。

 100冊あった本はあっという間に完売。

 それだけで10万ウェンが転がり込んで来たのだから。


「ユメリア様! またレーヴ・ローゼ先生の次回の作品もお待ちしておりますわ!」

「あぁ……ユメリア様がいつも良いところで読むのをやめてしまわれるので、身悶えてしまいますわ」

「先生の著作は幅が広くて、毎回とても楽しみにしておりますの!」

「殿方同士も麗しいですが、夢を見られるような物語も見てみたいですわ」

「実は私の夫も読ませて頂いておりますの。特に冒険譚と友情ものが良いとか」


 様々な感想が飛び交うサロン。

 その中心人物であるユメリアは微笑みを浮かべて対応をする。

 

「えぇ。検討して追々出していただく予定でいますので楽しみになさって」


 そして――閉幕。

 ユメリアを残し、サロンはようやく静けさを取り戻してメイドが入ってくる。


「今回もお疲れ様でした。お嬢様」

「あら、シルヴィ。ありがとう」


 メイド――シルヴィは無表情で紅茶を淹れてユメリアの前に置いた。


「上位貴族のお嬢様にのみ限定開催されている、レーヴ・ローゼ先生の著作朗読サロン。今回も大盛況でしたね」

「えぇ。本当に」

「私としては――」


 溜息を漏らしながらシルヴィは紅茶に続いてケーキを置く。


「王子と騎士も良いですが、反転もありかと」

「シルヴィはリバが好きね」

「反転はリバ、ですね。覚えました。上位は攻め。下位は受け。奥が深いです。ついでに短パン絶対領域ショタ攻めを希望いたします」


 ちゃっかりと希望を言っている。

 彼女の好物はどうやら王道カップルではなく、攻めと受けが反転したカップルと、絶対領域が見える短パンに長い靴下を履いた少年が攻めのストーリーらしい。

 さらにシルヴィの言葉に付け加えるのなら、物語は業の深い世界である。


「えぇ。考えておくわ。本を作れるのも、こんなサロンを開けるのも、本当にシルヴィの実家のお陰よ」

「いいえ。本当に救われたのは私達の方です」


 シルヴィの実家は貴族家ではない。

 印刷業を営んでいた。

 しかしあまりにも小さな印刷会社のため、仕事がまったく入らず、潰れそうになっていた。


「たまたま私がお嬢様付きメイドとなり、その……お嬢様が奇妙奇天烈で、神話でも説法でもない“物語”なるものを生み出した時は、正気を疑いましたが」


 ユメリアは苦笑して受け流した。

 あの時はとにかく萌えで満たされたくて、狂ったようにひたすら文章を書きなぐっていたのだ。

 普通の本といえば、聖典や教典、神話、辞典など固くて分厚くて重たいものばかり。

 本来なら一冊あたり聖典のように分厚くなるが、ユメリアはそれを分冊して販売することにしたのだ。

 数は増えるが一冊あたりの値段は安くなる。

 

「今思えば私達はお嬢様を通じて天恵を得たのです」


 そんな彼女は完全にどハマりしている。


「そんな大袈裟よ」

「いいえ。助けられました。身も心も。全て。お嬢様は、私、シルヴィという人間を救ってくださったのです」


 家を助けるためにメイドに応募した。

 たまたまそれが、平民のメイドも応募していたユメリアの屋敷だったのだ。

 メイドとして働いた経験がなく、見習いに過ぎなかったシルヴィがまさか侯爵家のメイド……しかも独り立ちをしてからすぐ、侯爵令嬢専属になれるとは思いもよらなかった。

 とはいえ、採用された後も苦労の連続だ。

 何せ庶民の感覚と仕事内容が一致しないのだから。


「仕事の日々に鬱屈し乾いた世界の中で一滴の雨粒のような、萌えと癒しをこの身に受け……さらにあの素晴らしい手法は印刷業界の革新です」

「……あまりにも効率が悪いから、活版印刷という新たな手法を導入したのよね」


 何せこの世界。

 手書きでひたすら写さなければならないのだ。

 だからこそ高価なのだが。

 しかし、とユメリアは思う。


「写本には写本の良さがある! でもそれは、千年、二千年経っても朽ちない紙と、墨があるからできること……! でも萌えは、鮮度が命よ!」


 何せどこかの世界の某貴族の、女性の幅広いストライクゾーンと人生を描いた物語は何千年経っても読み継がれている。


「物語――すなわち“萌え”は、心に潤いをもたらし、人生の指針となり、時に心を救うのよ!」


 と。


「潰れかけていた実家で活版印刷を導入し、お嬢様の……いえ、レーヴ・ローゼ先生の著作――薄い本の数々を売り出したらそれはもう、印刷機が嬉しい悲鳴を上げるほどの大活躍です」

「そうね。今後、シルヴィの希望もちゃんと織り込んだ作品も予定しているわ。読者の第一号は、当然いつもの通りシルヴィよ」

「レーヴ・ローゼ先生――いえ、お嬢様。光栄の至りです」


 ただし、と付け加える。


「しっかり、睡眠時間と食事の時間は確保してくださいませ」


 シルヴィは一礼をする。


「心配してくれてありがとう。シルヴィ」


 ちゃんと寝る時間と食べる時間は確保しているつもりだ。


「どのようにこれだけの著作を生み出せるのか。未だ不思議です」

「ふふっ。私には――妖精カモーン! があるからね」


 ユメリアがお茶目に笑ってティーカップを差し出すとシルヴィはいつもの表情で紅茶を継ぎ足した。

 まぁ、とユメリアはペロッと出してシルヴィに言う。


「出てこない時は紅茶の砂糖を足すに限るわ」

「お嬢様の言葉の上手さは、普段は受けですのに、まるで言葉責めが得意な精神的攻めに匹敵しますね」


 褒められているのだろうか……。

 少し複雑な心でユメリアは紅茶を啜る。

 ついでにケーキを一口。

 

「お嬢様が今や追放された元第一クソ王子――失礼クソガキに婚約破棄をされた時は、あのクソガキをどうしてやろうかと思いましたが……」

「あら。お陰で私は傷物令嬢として、もう公式の社交界に顔を出さずに済んで、こうやって本ができあがる度に、自由にサロンを開けるのよ」


 最初は小規模の、本が好きだという令嬢達を集めてレーヴ・ローゼという架空の人物が書いた本だと披露をしていた。

 そこから広がった薄い本。

 傷物令嬢の噂はすでに消え去っている。

 実は王妃殿下や姫君もどハマりしているという話をユメリア自身も聞いている。

 王妃も姫君も、薔薇だけでなく恋の夢想がお気に入りだとか。


「宮廷の夜会では、王妃殿下がお嬢様受け売りの“推しカプ”が尊い、とか“萌え”などの言葉を使われたとか」


 ユメリアはゆったりと微笑みを浮かべた。

 その結果、“推しカプ”や“萌え”という言葉がまことしやかに貴族女性の間で流行しているらしい。

 また、男性の一部も妻や娘から物語というものにどハマりし、家族で盛んに感想を言い合い、“萌えトーク”をしている者もいるとか。

 それにより家族、親族の結び付きはさらに強く、時には意見を戦わせいがみ合うも、最終的には信仰の花として話し合いで済んでいるという。

 さらに男性の中では万年筆を持つことがステータスとなっている。

 

「あぁ、私はこれらを書くために……このためにまずは万年筆とインクを開発したのよ……!」

「そちらも上々の売り上げで、国王陛下や宰相閣下達よりお嬢様からのプレゼントへのお礼が届いております」

「えぇ。画期的だものね」


 何せ羽根ペンよりも工芸品のような見た目で、紙にはスムーズに書ける上、インクを何度もつけなくても良いのだから。

 人気が出るはずだ。


「さて、と。この後、夕食まで部屋に戻るわ」

「かしこまりました」


 楽しみにしています、とシルヴィは頷く。

 ユメリアは部屋に戻る。

 すっかり紙で埋め尽くされた部屋。


「またシルヴィに手伝ってもらって整理しないと」


 そんなことを呟きながら机に向かうとユメリアは紙の束を引き寄せる。


「――さて、と。書くわよ!」


 彼女の万年筆を操る手は今日も止まらない。

 紙に万年筆のペン先を滑らせ、速記もかくや、という驚くべき速さでユメリアは言葉を紡ぐ。


「指先が想いをすくい上げるように、滑るインクを……あぁ、これこそ創作の聖具よ!」


 ユメリア・ロゼリー・フォン・ロザリオン。

 ロザリオン侯爵家の姫君でありながら、この娘は――


「男性同士の薔薇、女性同士の百合、男性同士の友情の牡丹、登場人物との遊夢……。冒険譚に恋愛譚、幻想譚……ありとあらゆる“妄想物語”という娯楽を」


 ユメリアではなく……


「レーヴ・ローゼとして広めてみせるわ!」


 お腐れをメインに物語を織る、夢織姫ゆめおりひめとして活動しているのである。

 ――夢を織る姫のノンストップ妄想劇場は、今宵も幕は降りない。

 そしてまた一つ、“萌え”が生まれる。




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