男爵さま、また嚙まれる。

男爵さまは追われていた。

薄暗い廃墟の中、複数の者に追われていた。


カムリ男爵は御年97歳。

しかし、呪いの焼き印を押されたため

あと100年の余命を付加されている。


肉体も能力が上がっているため、

ただの直線であれば並みの若い者が

容易に追いつくことは無いだろう。


しかし...。


「ハアハア...おのれ、ジャンプ!」


廃墟の中には木製やらブリキやら、

ガラクタが多数転がっていて、

毛躓かないように走るためには

ときおりジャンプが欠かせない。


これはスーパーマリオか?

Bダッシュはあるのか?


男爵さまの息切れは深刻だった。

いきなりしゃがんで、たまたまそこにあった

朽ちたような大きなテーブルに手をかけて、

なななななんと、追っ手に向かって投げた


ドガシャーン!!


辺りに物凄い埃が舞って、視界を悪化させた。

追ってくる者共たちもこれには対抗が

難しく、伏せたか立ち止まってしまったようだ。


ハンカチで口、鼻を覆った男爵さま。

どの方向に逃げ延びるのかを選択しなければ

ならなかった。


ひとつ、このまま廃墟内を走る。

もうひとつ、廃テーブルを投げた際に、

この床が抜けていて下の階に降りられそうな

穴?空間?を見つけた事。


どうする?


「このまま走っていると、たぶんまた追いつかれる。

ならば違う方法を使うのが...?」


男爵さまは慎重に穴から降りた。

すると...。


「いかん、地下なのか??」


穴から降りた瞬間理解した、というか判明したのだが

どう考えても洞窟の中だ。

しかもわざわざ忌々しい岩肌を創作したとしか思えない

極めて刺々しい感じの洞窟であった。


なぜこのような空間を?

誰が作ったというのだ。


男爵さまは覚悟を決めた。


「少しずつ様子を見ながら行動しよう。」


足を躓かせてケガをしてしまわないよう、

男爵さまは慎重に歩いた。

どういう訳なのか、洞窟内なのにある程度の

視界が確保されている。


これは何の照明なのだ?分からなかった。

分からなかったが、進んだ。

すると、様々な何かが岩肌に張り付けられて

いるのが見え始めた。


「なんだこれは...刑死した...者たち?」


人ではない、何かの模型か人形のようだ。

大きさは人間より少し小さめだが、ヒトの姿。

ただ、縛られて岩の壁に杭で固定されている。


むごい...?

そうだろうか?

男爵さまには、むしろ人の身代わりに処刑された

者たちのように見えた。


そしてその奥に...ひときわ神々しい人形の

張り付けられた姿を見た。

白い?いや、淡い金色か?

その衣装からわずかな光を発しているように見える。


「天使...ではないな...?」


なんとも美しい姿ではあったが、光輪も翼もない。

少なくともステレオタイプの典型的ではない。

男爵さまは追われている中で見とれた。


「私の妻は...恐ろしい女だったからな...。」


男爵さまは、過去の記憶と一瞬だけ邂逅して、

わずかに後ずさった。


その時!


バキッ!!


その美しい人形を拘束していた杭と紐が弾けた。

人形はその両腕を広げ、しかも宙に浮かんだ。

発する光がいよいよ強くなり、ついに目を見開いた。


青い瞳、澄み切った青空より若干淡く、優しい輝き。

しかし...!


「ウォオオオオオォオオーッ!!!」


洞窟内を崩すレベルの咆哮を上げる人形。

さすがの男爵さまも硬直してしまう。

だからと言って難を逃れられるとは限らない。


「ガブ!」とも「グチャ!」とも取れる、

凄惨な音を立てて人形が男爵さまに噛みついた。

その、呪いの焼き印の押されている方の、右肩へ。


人形に噛みつかれながら、男爵さまは言った。


「私は噛まれてもおそらく死なない。

そもそも痛くないし、噛まれた場所もみるみる治る。」


だが、男爵さまの右肩は紳士服の上であるが、

血液と何かの(おそらく人形の?)唾液で濡れた。


沈黙の時間、およそ30秒。


女の声が発された。


「血をなめてしまった、本能のまま...。

これで私は...貴方のものという訳ね...。」


「君、勝手な事を。」


「私は貴方から血を頂いた。ならば儀式になる。

例え悪魔であっても契約なら施行するでしょう?」


男爵さまはなにか既視感のようなものを感じる。

ずっと若いころ、女の方から相当に言い寄られた。

いずれも謎理論だった。


男爵さまはいまだトラウマから逃れられていない。


しかし、それどころではない事態になった。


「上級天使...!?」


男爵さまの目の前に、背中の翼を6枚持った女が現れた。

武器など手にしていないが、その頭上には天使の光輪。

男爵さまは特に信仰深くない、むしろ雑多な自然神信仰だ。

天使の知識など皆無だがつい、「上級天使」などという

言葉が出た。


それほど何らかのオーラを放っているのだろう。


そんな上級天使は言う。


「ここは模造天使の墓場...人は立ち去っていただく。」


「模造で天使?適当な事を言うものでは無いよ。

どうせ都合の悪い者を放逐したのだろう。よくある話だ。」


男爵さまがなんとなく逆らうような嫌味を言って見せたのには

訳がある。

相手が威圧的なのだ。

自分が偉い立場に属していると、実力も無しに偉い気になる。

男爵さまにはその上級天使がまさに傲慢な女に見えたのだ。


上級天使は薄ら笑いだったが、急に怒りの表情に変わった。

その指が男爵を刺した途端、何かが本当に男爵さまの胸に刺さった!


「ぬぐわッ!」


何ひとつ見えなかった。

だが男爵さまは胸に強く鋭い痛みを感じて呻いた。

そして...動かなくなった。


動かなくなった男爵さまを見て、女の...人形が吠えた。

ショックに青ざめるとでもいうのか、その青い瞳が

ますます色濃くなっていた。


「ウォオオオオオォオオーッ!!!

天使が...人をころしたな...?

ひとをころすのはひとだけッ...!!!」


さらに怒号とも悲壮とも聞こえる叫び!

そのとき、人形の背中に二枚の翼が発生して

その頭上に天使の光輪、しかも大型の光が生まれた。


「模造天使」。

その言葉は真実だったのか。


それが全部であり全容だった。

男爵さまは意識を取り戻したのだ。


背中、右肩に近い場所に押された呪いの焼き印。

それは確かに男爵さまの肉体を壊していくが、

逆に体は修復しようとしてかえって生命力が増す。


よろよろと起き上がり言った。


「私の...先祖は伝説の国ニポン...彼らは猛毒の魚、

フグを食べてしまう技を開発したのだ、どうだ恐ろしいか。」


人形の女は男爵さまに駆け寄った。

先ほどとは異なる慈愛の瞳。


(無茶してくれるな)


そう無言で語りかけてくるようであった。

いうなれば、あの時厳しかった姉の情けの瞳。


そして上級天使は...逃げた。


「えっ、逃げたッ!?」


猛毒の魚でも無理やり何とか食べてしまうニポン人が

相当おそろしかったに違いない。(そんな訳あるか)


そこで男爵さまは目が覚めた。

全部夜見た夢であった!



銀狼の、ケモミミの付いた大型のメイドさん、キーラ。

銀髪のすこしブロンドの入ったツートンのカールヘアー。

ベッドの上に座禅した男爵さまを見て謎の思いを抱いた。


「キーラ、悪夢から守ってくれた者がいる。」


「そこのお人形さんです?どうやって??」


デスクのスタンドに置かれている1/3スケールの、

天使のような姿をした、青いガラスの瞳の女性型。

人形師が組んでから50年経過しているといわれている。


言ったのは男爵さまだが...。


キーラは腰に手を当てたまま言った。


「お人形さんがどうやって旦那様を守ったんです。」


「噛んだのだ。」


「誰を?」


「この私の右肩を。」


さっぱり意味が分からなかった。

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男爵さまは百年の呪いを受ける 杏子タベウ @ankotabeu50

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