第24話

 絶体絶命の最中。ついに彼女は動き出した。夢見の魔術師……相変わらず、なんと美麗なる佇まいだ。


 リーゼリアは静かに歩み寄る。そして、ミレイネの前で立ち止まった。


「あ……あなた、どうして?」


 ミレイネは彼女を見て、目を丸くする。そのあからさまな反応にイチタは二人の関係が気になった。どう考えても、昨日今日出会いましたといったものではない。


 動揺するミレイネに対し、リーゼリアは微笑みかける。


「ごきげんよう、ミレイネ。変わってないわね」

「どうしてここに……。 出てきて大丈夫なの?」

「こんな時ですもの。私も力になりますわ」


 短い掛け合いの中に、二人の付き合いの長さが込められている。けど、どうにも噛み合わぬ距離感なのはなぜだろう。リーゼリアは平然と、しかしミレイネの心情は突き止めようがない。両者の間には何が……考えても分かることじゃないが、この状況の中でも流せないほど、それは強くイチタの心を引き留めた。


「……来てくれたんだな」

「約束ですからね、イチタさん。それにカリムさんも。御心配には及びませんわ。あなた方の物語は必ず報われます」

「え? どうして僕の名前……」


 いつ出会い、いつ名乗ったか……。まさに今、そんなことを考えているのだろう。分からないよな、本当に。と、イチタは心の中で共感してみせる。さて、顔合わせが済んだところで、本題に移ろう。もう時間も残されてはいない。早いとこ状況を……なんて、あの人にそんな説明は不要か。


「リーゼリア」


 頭にしまい込んでいたその名前を呼び、カリムに向いたままの視線をこっちに戻す。そして、一言。


「頼む……」

「任せてください」


 純白の笑顔で、彼女は答えた。


「さあ、立ってミレイナ。この学院をハッピーエンドに導くには、あなたのお力が必要です」

「だって……だって私はあなたを……」

「お気になさらないで。私の力は、このためにあるんですもの……」


 涙を浮かべるミレイネを立たせると、リーゼリアはスタスタと結界のそばに近寄る。我が物顔で屋上へ続く道を占領する傍若無人な頑固者にはここでお引き取り願おう。彼女が結界に触れた瞬間、結界は瞬く間に薄れていき、空気中に浸透していった。


 ものの数秒で結界は完全に消失する。流石は学院の裏役者。夢見の魔術師は伊達じゃないってか。


 四人は階段を上り、屋上へと上がった。扉を開け、屋上へ出ると、そこはまさに凄惨の一言だった。


 黒い煙に紛れて、負傷した教師たちが倒れている。


「せ、先生!」


 ミレイネが先生たちのところへ駆け寄る。イチタ達も後ろから続く。手前の方には、あの女性教師がいた。


「うう……」

「先生、しっかりしてください」


 先ほどの爆発に巻き込まれたのか、女性教師はぼろぼろだ。うめき声を上げながらも、何とか生徒会長に目を向ける。


「あ……あなた達」


 喋ることはできそうだが、その顔には苦痛の色が見えている。


「何があったんですか?」


 ミレイネが尋ねる。


「術式を解除している途中……急に黒い渦が現れまして……気づいた時には、もう……」


「黒い渦?」


 場にどよめきが走る。黒い渦……聞いただけでも、その不穏な空気はひしひしと伝わる。色々と気になる点は多いがまずは先生を安全な場所へ移動させることが先決。 


「迂闊でした……。まさか屋上に、これほど大きな術が仕掛けられていたなんて……」


 女性教師は自らの不甲斐なさを嘆く。


「それより、あなた達はどうしてここに……?」

「もちろん、先生達の様子を見に。あんな爆発間近で見たら、誰だって心配になりますって」

「間近で……あなた達、敷地の外にいたはずでしょう?」


 女性教師は驚きを示す。一体何の話をしているのか、イチタ達には分からない。だがその時、カリムが何気なく放った質問が、本質へ導く風となった。


「あの、なぜ僕らが敷地の外に? 先生、僕達が校舎の中にいることは話したと思うんですけど……」


 そうだ……カリムの言う通り、生徒が校舎内で調査をしていることは今朝話したはず……。


「いえ……校舎の屋上に仕掛けられている術式が何なのか分かった時点で、生徒達を学院の外へ避難させるよう、伝えておいたのですけど……」

「伝えておいたって……誰にです?」


 その名前を聞いて、イチタは耳を疑った。


「ルーイン先生です」

「え?」


 ルーイン先生。以前、実習場で出会った教師だ。あの日以降、彼とは出会っていない。イチタ達の困惑した様子を見て、女性教師もその違和感に気が付く。


「あなた達、ルーイン先生から聞いていないのですか?」

「いえ、話を聞くどころか。今朝からずっとルーイン先生の姿は見ていませんけど……」

「え?」


 女性教師の表情が変わる。声には出さなくても、何故、どうしてと言いたげなのはあきらかだ。


「そもそも、ルーイン先生。今回の事件解決のために動いてくれていたんですか?」

「ええ。最初に校舎内に魔術の痕跡を見つけたのも、彼ですから。本当に優秀な方です。思慮深く、気配りもできて……本当、教師達の理想です彼は。ただ、校舎の中にかけられていた術式をすぐにニセモノと断定できていなかったのは、彼らしくないなとも思いましたけど……。まぁ、ルーイン先生も多忙の中頑張ってくださってますからね。疲れも溜まっていることでしょう」


 この場にいない彼のことを労う女性教師。後を追う形で、カリムが言った。


「あっ! じゃあ、屋上前にしかけられていた結界も、ルーイン先生が張ったものだったんですね」

「え?」

「ほら、その……生徒達が間違って屋上へ行かないように。これだけの生徒をまとめるのは大変ですし。先生、他にもやることが多かったでしょうから。せめて結界だけでもって。そういうことですよね?」

「いえ、それは……」


 次々に湧き上がる疑念。


 なぜ、彼はこの場にいないのか。


 屋上前に結界を張ったのは誰なのか。


 彼の姿を見た生徒はいたのか。他の生徒からは聞いていない。


 最初に痕跡を見つけたのは彼。


 そしてなぜ……アリアの痕跡はあの場所へと続いていたのか。


 疑念が疑念を呼び、想像は際限なく膨らむ。


 そうだった。考える必要なんてない。イチタはおもむろに立ち上がる。


「俺、ルーイン先生を探してきます」

「イチタ……」


 はっきりさせたい。真実がなんなのか……。今彼を探さなければ、本当に後戻りできなくなるかもしれない。なら、今ここで……。


ーーズズッ。


 そう、イチタが覚悟を決めた時だった。後ろにいたリーゼリアが宙を見つめる。見つめて間もなく、その時を告げる合図を彼女は口にした。それは端的でありながら、これから起こることをこの場にいる全員に知らしめるには十分な台詞だった。


「……来る」


 空に暗雲が立ち込める。煙に混じって、黒い水のようなものが伸び、忽ち空を覆いつくした。


「な、なんだこれは!?」


 黒い水は上空でうねり、大きく螺旋を描いた。螺旋は渦となり、空に張り付いたままじわじわと広がっていく。


 しばらくその様子を眺めていた一同。突然、渦の中心からズズズっと何かが姿を現した。


 顕現したそれを見て、カリムは声を上げる。


「あ、あれは……」


 空から舞い降りた黒い物体は屋上に降り立つと、その姿を展開する。


「ま、魔物だ!」


 魔物は次から次へと渦の中から湯水の如く降り注ぎ、校内のあらゆる場所に降り立った。顕現した魔物の姿は様々でヒト型に見えるものから獣型、果ては蟲型など、その特徴を活かして瞬く間に広がっていく。獣は地を這い、蟲は壁を伝い、羽の生えた異形は空を舞う。もはや取り返しのつかない状況だ。


 前方に降り立った魔物はイチタ達に標的を定めると、一直線に向かってきた。


「うわああっ」


 恐怖で叫び声が出る。


 魔物の殺意は絶えずこちらに向けられ、むしろ勢いは増してくる。一定の距離まで縮まると魔物は飛びかかってきた。


『ゴギャゥッ!』


 だが、躍動にまたがって綴られたご自慢の金切り声は、その身体が燃え上がるのと同時に断末魔へと変換される。白炎に包まれた魔物はその身にまとわりつく炎を必死に払いのけようとするが、炎は魔物の体を余すことなく絡めとる。もがけばもがくほど火柱は高ぶり、やがて魔物は鳴き声とも分からぬ音を出し、あっという間に消滅した。


 気づけば、魔物に向かって手を伸ばすリーゼリアの姿があった。その時見えた表情は、どこか勇ましく頼りがいのあるものだった。


「リーゼリア」

「ここは任せて、イチタさん」

「……大丈夫か?」


 いくら彼女と言えど、この量の魔物を相手にするのは容易ではないはず。


「平気よ。あなたには向かうべき場所があるでしょう? あの場所の結界は既に解いたわ。後はあなた次第ですのよ」

「……リーゼリア」

「フフ。いつかまた、お茶をご一緒しましょう」

「ああ、もちろんだ!」


 イチタは走り出した。


 校舎の中に戻ると、こっちはこっちで阿鼻叫喚。魔物の襲来を受けて、生徒達は皆パニックに陥っていた。廊下は人で溢れてもつれ合い。


 怒号や悲鳴の雨あられ。そんな中、階段で頭を抱えうずくまる人の姿があった。


 あそこにいる人、どこかで見た気が……。


「あっ!」

「あ……」


 そこにいたのは、入学早々カリムに対して中庭でちょっかいをかけていたあのキザ男だ。髪型が坊主になっているせいで、一瞬誰か分からなかった。


「何してんだ? こんなとこで……」

「あ……ああ……」


 キザ男は弱弱しく嘆く。


「も、もうダメだ。オレはここで死ぬんだ。誰も助けになんて来ないんだぁ!」

「なっ……」


 普段のあの勝気に満ちたカンジからは一変して全てを投げ出してしまっている。イチタはため息をつき、キザ男の胸ぐらを掴んだ。


「おい、しっかりしろ! 優等生なんだろ? お前!」


 イチタが渾身の喝を入れるも、キザ男には響かない。


「違う……違うんだよ。オレは優等生なんかじゃない。この学院に入れたのだって、オヤジのコネと金のおかげさ。オレには魔法の才能なんてないんだよおおおおおおっっっ!!!」


 衝撃の事実に、イチタは口をあんぐりさせた。


「ハァ……それでよくもまぁあんな口を叩けたもんだまったく……」

「助けなんて来ない……もう終わりだぁ……」


 イチタは弱気のままうずくまってしまったキザ男の胸ぐらを掴み、立ち上がらせる。そして、渾身の熱を込めて言い放った。


「あのなぁ、だからってここで全部諦めちまうことねぇだろ。それが分かってんなら、今度こそお前自身の力でこの苦境を覆して見せろよ!」

「そんな無茶な……」

「いいかよく聞けよ。上では今、先生たちが魔物を抑えるために頑張ってくれてる。俺がここでお前と話ができるのも、みんなのおかげだ。だからこそ……俺は応えたい。その思いを繋ぐために、俺は俺のできることをやる。ただそれだけだ!」


 シャツを掴んだ手を離し、最後にもう一押し。キザ男の心に残り火が灯っていることに賭け、イチタはさらに薪をくべ続ける。


「とまぁ、俺だって偉そうなこと言えねぇけど。今までだって、ずっと誰かに頼りっぱなしだったからな。こっから先はどうなるのか分からない。けど、それでも俺は行くぜ。お前はどうする?」


「そ、それは……」


ーーバリィン!


 答えを聞く直前、踊り場の上の窓ガラスが盛大に割れる。外から魔物がガラスを突き破って入ってきたのだ。これは非常にまずい。


「クソッ、こんな時に……ちょっとは空気読んでくれよ」

「うわああああっ」


 打開策をと、頭をフル回転させ始めたその直後、上の階から降り注いだ黄金の雷球が見事魔物の体に直撃する。魔物は吹き飛ばされ壁に激突した。上を見ると、階段の上にカリムがいた。魔方陣を展開させ、一連の流れから術を使用した後だと窺える。


「カリム!」

「イチタ、ここは任せて先に行って!」

「おう、そのついでにコイツの面倒も見てやってくれ」

「うん!」

「お、お前ら……」


 キザ男は目に涙を浮かべ、ようやく前を向き始めた。後はカリムに任せて、イチタは中庭へ直行する。


 中庭に着くと、地下への道が開けているのが見えた。横には破壊された噴水が転がっている。どうしてこんなことになっているのかは不明。しかし、すべての謎はこの下にいけば分かるはず。


 イチタは中庭から続く地下へと下り進む。


 下り着いた場所。そこに広がる空間は、知っている。あの魔道具がある部屋だ。空間の中央、その台座に鎮座する魔道具、ラピセム。この石には、イチタの探し求めてきたものが詰まっている。イチタにとって、これは喉から手が出るほど欲しい代物。しかし、今はその石すら路傍のソレに見えてしまうほど、無視できない存在がそこにいた。


「アリア……アリア!」


 台座にもたれるアリア。そばには他の生徒も彼女と同じように意識を失っている。きっと皆、一緒にここへさらわれたのだろう。


「アリア……聞こえるか?」

「……ん」


 幾度と重ねたイチタの呼び声によって、アリアは薄っすらと目を開けた。意識を取り戻した彼女を見て、安堵に包まれる。


「アリア……」

「あれ? イチタ……」

「助けに来た。早くここを出よう」

「あたし……今まで何して」

「上は今、大きな騒ぎになってる。すぐに戻って皆のところに……」

「ああ、やっぱり来てくれた。想像した通りだ。キミは僕の理想だよ、イチタ君」


 背後から、聞き覚えのある声。振り返ってその姿を見る。この暗い場所でも、台座に置かれた魔道具の明かりで目の前の存在は確認できる。


 イチタは立ち上がり、睨みつけるような目でその相手と正対する。


「探しましたよ……ルーイン先生」

「嬉しいねぇ。僕も、キミがここへやって来ると思っていたさ」


 その言葉一見、同じ思いを共有しているように見えるが、互いが意味しているものはまったくの別。


 突き放すような視線のイチタに対し、ルーインは歓迎するような目で彼と対する。


 妙な緊張感……先に口を開いたのはイチタだ。


「上は今、大変なことになってます」

「そのようだね」


 ルーインはまるで他人事のように言った。彼が投げ捨てるように言った直後も、頭上で激しい爆発音が響く。その影響で、パラパラと細々としたがれきが落ちる。イチタはさらに問い詰める。


「本当の事を教えてくれませんか? 最初に騒動が起きた時、学院に仕掛けられた魔法の痕跡を見つけたのはあなただと聞きました。そして、屋上で危険な術式を発見以降、生徒たちを避難させる役目を担ったとも。ですが、俺は今の今まであなたの姿はもちろん、他の生徒からも何も聞かされていません。いや、先生がどこで何をしていたかなんて、そんなことはもうどうでもいいです。俺が一番聞きたいのは……なぜ、アリアはここに囚われていたんですか? 俺の知る限り、学院でこの場所を知っているのは、もうあなたしか……」


 最後の一文に、イチタは自分の胸の奥に複雑に絡み合う全ての疑念と訴えを込めた。


 自然と強まる口調。


 反響する地下。


 答えを待つ中で、与えられた静寂。だが、直後彼から返ってきた反応に心臓が鷲掴みにされる。


「ククッ。アッハッハッハッハッハッハッハァ!」


 いきなり笑い出し、前髪に手を差して天井を仰ぐルーイン。それは、ただの面白おかしいといった笑いではない。生徒の立場であり、真剣に答えを求める彼にとって、その笑いは嘲笑と侮蔑の入り混じった下卑た笑いそのものであった。満足するまで笑いこけると、ルーインは一転して普段の態度に戻る。


「ふぅ~。いやぁ、イチタ君。やっぱりキミは僕にとって最高の存在さ。あの忌まわしい魔術師が余計な手を回したせいで予定は狂ったけどまぁいい。少し早いけど、話してあげるよ。キミが知りたいであろうことをね」


 含みを持った語勢に、嫌な気配を感じつつも、イチタはその話に耳を傾ける。


「この学院は素晴らしい。魔法の扱い長けた者。錬金術の創造に秀でた者。優秀な人材が絶えることなく集う。僕にとっては理想の場所だった。そう……キミが現れるまではね」

「俺が……来るまでは?」


 前半の話の流れから、自分の名前が出ることへの筋道に疑問が生じる。


「どういう意味です?」

「ああ……やはり自覚がないようだね。もったいのないことだ。人間の成長は、己の力を認めてこそ、その真価を体現するというのに」


 落胆する素振りの中にも、何かを期待する笑みを交えて話す。


「キミは自分で考えている以上に、とてつもない力を有しているということさ。実習場でキミの力を感じた時に分かったよ。僕の選択は、間違っていなかったんだとね。キミと出会えた以上、僕にとってこの学院はもう用済みというわけさ」


 その一言で確信する。やはり、彼は味方などではなかったことを。ルーインはさらに続ける。


「けど、寂しいよね。こんなに立派な学院を失ってしまうのは……。キミはまだ一年生だ。これから沢山の人と出会い、沢山のことを学ぶ。この計画が遂行すれば、キミのその華やかな学院生活は夢物語で終わってしまう。それは悲しいことだ」


 言葉の端々から、憂い、嘆き、心配といった感情の数々が窺える。が、それを並べる彼自身の表情は言葉の持つ意味に沿わない。 


「その代わりに僕がキミに最後の授業をしてあげるよ。そう……最初で最後の授業をね……」


 ルーインはイチタに手を伸ばした。すると、彼の手から二股に分かれた流動する腕が伸びる。凄まじい速度で伸びた腕はイチタの首を掴むとさらに伸び続け奥の壁に縛り付けた。


「がっ!」

「イチタ!」


 先ほどまで状況を理解していなかったアリアも、彼の危機を目の当たりに覚醒する。打ち付けられた衝撃で内臓に衝撃が走り、思わずえづいてしまいそうになる。悶絶するイチタとは裏腹に、ルーインは淡々と説明する。


「さて、イチタ君。分析したところ、キミの持つ力は感情の起伏や、その身に危機が迫ることで発現すると予想される。ならば、今のこの状況はまさに理想的というわけさ。痛みに悶え、僕への憎しみが高まる今こそ、それを拝める可能性が強まるということ。話を戻そう。波動魔法学において、肝要なのは自身の肉体への問いかけ。己の体に備わる力の流れに注力し、内と向き合うことで真に肉体を強化する。さぁ、もっともっと叫び、怒りでもってその力を解き放つんだ。そして僕に見せてくれ。キミの持つ可能性を!」


 狂気に満ちたその目には、もう何を訴えても無駄だろう。イチタの心から、彼を信じることへの熱が急速に逃げていく。


「イチタに手を出さないで!」

「アリア……」


 アリアは魔方陣を展開し、その手をルーインに向ける。だが、ルーインは瞬時に手を伸ばすと、不可視の衝撃波を放った。


「きゃあっ!」


 衝撃波を受け、アリアは吹き飛ばされる。さすがのイチタも我慢の限界に達した。


「や、やめろぉ! ぐっ……」


 自分を拘束する腕がさらに強く体を締め付ける。


「もうすぐ見れる。キミの全て……欲しい、その力が欲しい!」

「屋上へ向かう途中に張られた結界……あれもお前の仕業なのか?」

「ああ、あれね。そうだよ。余計な邪魔が入らないよう、念のためにね」

「そうか……完全に理解したよ。俺はお前を許さない」

「その調子だよ、イチタ君。その調子でもっとぶつけてくれ」

「クソッ……」


 もはやどうすることもできない。悔しさのあまり、イチタはこぶしを強く握りしめた。その瞬間、手の中に何か硬い感触があることに気づく。これは……。


 縛られた状態の中、何とか腕を動かして握りしめているものを確認する。それはなんと、台座に埋め込まれていた、あの魔道具だった。


 腕に拘束される寸前、反射的に台座に手をつき、その拍子で握りこんだのか。理由は不明だが、どうあれこの石はイチタの手中に収められていた。


「さぁ、早くしないと死んじゃうよ~。どうするイチタ君」


 頼む……力を貸してくれ!


 心の中で叫び、イチタは魔道具を強く握りしめる。


 すると、彼の意志に呼応したのか、魔道具は手の中で眩く光りだした。光は空間のあちこちを照らす。次の瞬間、部屋の天井に亀裂が入り、一気に崩壊し始めた。

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