第25話
「う……うう……」
体中が痛い……。全身が錆びた金属みたいだ。掴まれた時の痛みが残っている。軋む体を起こして辺りを見る。周囲はがれきの山と化し、所々に土煙が舞っている。
派手に崩落したようだが、幸運なことに生き残っている。そうだ、アリアはどうした? 辺りに目を向けて、彼女を探す。すると、がれきの山に混じって横たわる彼女の姿を見つけた。
がれきの上を渡って、アリアの元へ行く。よかった……見たところ無事のようだ。
「アリア……」
「ん……」
イチタが声をかけると、アリアは目を覚ました。
「平気か?」
「うん、何とか」
「そうか……アイツはどこだ?」
もう一度周囲に視線を移し、ルーインの姿を探す。
いない……? そう思って間もなく、頭上から声が響く。
「嬉しいよ、イチタ君。ここまで僕の期待に応えてくれた生徒はキミが初めてだ」
既にがれきから抜け出し、悠々と地上から称賛の言葉を投げる。
「さぁ、待っているから上がっておいでよ」
自身の計画が達成されることを確信しての余裕なのか。ルーインはイチタが上に上がるまで手を出す様子はない。ここよりも見通しのいい場所でじっくりといたぶるつもりだろう。邪気の拭えない表だけの気配りを腹立たしく思いつつも、イチタはアリアを連れて地上へと上がった。
彼女を後ろに下がらせ、イチタは再びルーインと空の下で対峙する。
「それじゃ、授業を再開しようか。次は反射神経のテストだ。波動魔法によって向上した身体は耐久力、運動能力共に飛躍的な上昇が見込める。見事力を発現したキミになら、これもいなせるはずだ」
ルーインは再び手を伸ばす。次の瞬間、上空に無数の小さな黒い球が出現した。球はまるでその一つひとつがまるで兵隊であるかのように、彼の背後で陣形を組む。そして時を待つことなく、一番端の球が弾丸の如く放たれる。
黒い弾丸はイチタの胸に直撃する。
「ぐあっ!」
弾丸を受け、イチタは地面に膝をつく。攻撃を受けた彼の反応を見て、ルーインは訝しむ。
「おや? おかしいね。このくらい今のキミならどうってことないはずだけどなぁ」
続けて飛んできた三発が肩に命中する。
「がはっ……」
「う~ん……流石に体力を消耗したせいか、上手く魔道具と共鳴できていないようだねぇ。でも安心していいよ。時間はかかるだろうけど、使いこなせるようになるまでちゃんと付き合ってあげるから」
ルーインは黒い球を連発する。度重なる連撃を受けて、イチタはついに倒れ伏す。彼の姿を見て、後ろにいたアリアが泣きながら駆け寄ってくる。
「やめてぇ! もうやめて!」
倒れたイチタを覆うようにかばい、戦いの手を止めるように叫ぶ。だが、その必死の願いも狂気の境を越えた彼には届かない。
「どうしてそんなことを言うんだい? 僕はただ、彼の素質を引き出してあげようとしてるだけなのに……」
「だって……だってこれ以上戦ったら、イチタが死んじゃう!」
「大丈夫。彼の再生能力は計り知れない。その証拠に、ほら見てごらんよ」
その言葉通り、イチタは立ち上がろうとしていた。腕に見えた傷も、先ほどより癒えている。だが、いくら受けた傷が癒えるとはいえ、はなから痛みを感じないわけではないのだ。いつかは限界が来る。
「イチタ……」
アリアは涙を浮かべながら、彼の名を呼ぶ。
「俺なら大丈夫だ。それより、危ないから離れていてくれ」
「でも……」
「頼む」
「……」
その思いを受け取り、アリアは静かにこの場を離れた。
「美しき友情……これも学院の華々しい一幕だ。ああ、なんと素晴らしいことか」
ルーインは自身の掲げる理想に酔いしれる。本当に、どこまで行ってもブレることのない人だ。
「気が済んだか?」
離れた位置から冷たく言い放ち、彼の酔いを覚ます。いや、もしかしたらこっちが素面なのかもしれない。
「おっとっと、失礼したね。それじゃ、遠慮なくいくよ、イチタ君」
粋になって挑発的になったのはいいが、どうすればいい。まだこちらの傷は完全に癒えてはいない、動けばその分だけ体は痛む。そうでなくともこうして小刻みに呼吸を繰り返しているだけで節々に響く。それにあの弾丸の鋭さ。とても避け切れるものじゃない。
頭を巡らせている間にも、黒い球は容赦なく飛んできた。それも今までよりずっと数が多い。
みんな……すまねぇ。
ーーズバァンッッッ!!!
瞬き一つもすれば、その黒い弾丸に撃ち抜かれる時だった。眼前で何かが弾け飛び、イチタは咄嗟に目を瞑る。再び目を開けた時、誰かが自分の前に立っていた。
だ、誰だ……?
視界のほどんどを埋め尽くすほどに高くそびえる背中。紺のロングスーツとローブをまとい、精悍な面持ちで佇む壮年の男性。この人が何者なのか。聞かされなくても、そのオーラで何となく分かる。この人は……。
「随分と派手に興じてくれたものだな。ルーインよ」
押し殺した声で、正対する者を睨みつける男性。語気は抑えめながらも、彼の表情と口ぶりから相当な怒りが見て取れる。ルーインは眉を顰めつつも、作り上げた笑顔で言葉を返す。
「これはこれは、学院長。今日はオーセラ魔術研究所にお招きされていたはずでは?」
学院長……この人が?
ルーインの発した台詞から、彼が文字通り学院の長であることを知る。只者でないことは何となく察していたけど……。
「わざわざ私の不在に乗じて事を進めるとは……敷地全体に張り巡らされた結界といい、その周到ぶりには脱帽する」
「お褒めの言葉ありがとうございます、学院長。御覧の通り、現在学院内の指揮はこの僕がとらせていただいております。あなたほど要領の良い人物ではありませんが、事は予定通りに進んでおります故、どうぞご安心を。昔、学院に見込まれた通りの実力を改めてお見せいたしますとも」
「私の人生最大の失敗は、お前を学院の教師として高く評価したことに尽きる。今更後悔しても遅いことも理解している。よもや、禁忌とされる影魔術にまで手を出すとは……」
「嫌ですねぇ学院長。そう言うご冗談は墓場の下でお願いしますよ。こう見えて、自負しているのですから」
「ああ、そうだな。お前はいつでもそういう男だ……だが、それもここまで。お前の野望は今日でもって潰える。学院の長として、生徒を危険に晒した罰として、私はお前を滅ぼす」
学院長の目が変わる。真剣、本気……彼の立場を考えれば、そんな言葉では足りないかもしれない。ただ、ルーインを倒すという絶対的な意志は取りこぼしがないほどに伝わってくる。
しかし、ルーインは自分に向けられた殺意にも動じず、むしろ彼を遠回しに煽り立てる。
「いいんですかねぇ、学院長。こんなところで僕の相手をしていて。のんびりしていると、もうじきあの渦から強大な魔物が現れます。仮に僕を消しても、その間に生徒達が危ない目に遭うのでは、あなたの学院長としての役目は果たせずじまいで終わることでしょう」
「貴様……」
憤慨の意を込める学院長。もちろんこれは、脅し文句などではなく事実なのだろう。あの渦から何が来るのかは知る由もないが、それが奴の持つ余裕の一つであることは間違いない。
向こうは今、カリム達が何とかしてくれている。けど、状況によってはさらに厳しくなるやもしれない。
その時、学院長がこちらを見る。
「勇敢な生徒よ。君に頼みがある」
「……何ですか?」
「私はこれからあの渦の元へ行き、渦と通じている異界の門を閉じる。その間、君は彼の相手をしてくれ」
「……でも、俺は」
学院長はイチタの肩を叩く。
「自分の力を信じるのだ。君の手の中にあるそれは必ず君に応えてくれる」
手の中にある青い石を見つめる。
「それは本来、力を持つ者が手にすべきモノだ。大事に眠らせておくべきではなかった……もうこの学院には置いておけない。それは君が持っていなさい」
最後にそう告げると、学院長は渦を閉じるため去って行った。
信じる……か。
その時、魔道具が青白い光を帯び、淡く輝きだす。
手の中の魔道具を眺める。なんて穢れを知らぬ美しさなのだろう。いつか見たことのある光。
そうか……そういうことか。
安らかな輝きが教えてくれる。もう何も怖がる必要はないのだと。石を握りしめ、イチタは踏み出す。
「さぁて。邪魔者はいなくなったことだし、授業の続きをしようか」
「そうですね。ルーイン先生」
「……」
これまでと違うイチタの様子に気づき、ルーインは言葉を控えた。それは単なる警戒からか、はたまた吹っ切れた彼から感じる秘策のようなものを予想してか。いずれにしろ、これが本当に最後の勝負となる。
「どうしたんですか? 始めて結構ですよ」
「……クククッ。何度だって言わせてほしい。キミは僕の求める最高の人材だ!」
二人は互いに向かい合う。一人の生徒が目指すモノ。一人の教師が目指すモノ。それぞれが手に入れるべき「モノ」のために戦う。後はどちらが掴み取るか。
ルーインは黒い球を宙に浮かせた。最初に見たものより、数も大きさも格段に向上している。学院長はカゲ魔術と呼んでいたが、どんな術だろうと、負けるつもりはない。
「見て分かると思うけど、さっきと同じ威力と思わない方がいいよ。場合によっては君の回復が追い付かない可能性だってあり得るからね」
カゲの砲弾は、そのすべてが吸い込まれるように一斉にイチタへと向かっていく。反射神経テストなんて上辺だけの見事な集中砲火。思わず笑ってしまうほどだ。
滲み出る殺意の礫。だが、イチタはじっと正面を見つめたまま微動だにしない。
「イチタ!」
こんなのを全て貰ったら、確実に致命傷だ。少し前のイチタを見ていたアリアが取り乱すのも分かる。けど、当の本人は何も恐れてはいなかった。
黒い球はイチタの間合いに飛び込むと、何か見えないものにはじかれるようにして消えていく。その光景に、ルーインは目を見張る。
ありがとう……駆けつけてくれて。
心の中でイチタは唱える。
よく見ると、うっすらとイチタの周りに光を帯びた小さなもの飛んでいる。相手の攻撃を全て処理すると、彼の周りを高速で飛び交っていた光は休みを乞うように手の中の石に吸収されていく。
「す、素晴らしい……素晴らしいよ、イチタ君。キミは今、僕の想像を遥かに超えた! 知りたい……知りたい知りたい知りたい! その力!」
黒い球が続けて宙に生み出される。生み出された球はその形を変え、一つずつが鋭い矢になる。見えない弓に引かれたように、矢は風を切って飛んでくる。
飛んできた矢に対し、イチタは手を内から外へ払いのけるような動きを見せた。その瞬間、矢は払った手の流れに沿って順に飛散した。
「もっとだぁ! もっと見せてくれよぉ!」
狂気に染まった目をこれでもかとギラつかせ、さらに連撃を繰り出す。だが、何度やっても結果は同じだ。これでもかと降り注ぐルーインの猛攻をイチタはすべて無に還す。
「あぁ……たまらない……」
彼の力を目の当たりにし、その陶酔はついに極限の域に達する。そんな彼に対し、イチタは曇りのない目で言った。
「先生……次は、こっちからいかせてもらいますよ」
◆
一方。ミレイネ達は屋上にて、魔物達と激しい戦いを繰り広げていた。屋上の隅でうずくまった教師の盾となり、魔物と応戦する。
「はぁっ!」
ーーゴグォッ。
ミレイネの魔法が炸裂し、魔物は屋上の外へ吹き飛ぶ。
「ハァ……ハァ……」
だが、魔物は渦の中から絶えず湧いて出てくる。魔法の使い手として熟練者の彼女でも、徐々に体力を消耗しつつあった。この状況の中、同じくこの場を死守する立場のリーゼリアは顔色一つ変えず粛々と攻め来る魔物を圧倒していく。彼女の見せる技は、その威力、範囲共にミレイネの比ではない。場は既に、彼女なしではしのぎ切れない。それでも、魔物はわんさか空から降ってくる。
「くっ……このままでは埒があきませんわ。リーゼリア。目の前にいる魔物を倒したら、一度隙を見て先生方を校舎内に……」
「それはダメ」
「どうしてですの?」
「校舎の中も、今は魔物で溢れている。私達が何とかするのよ」
「でも、このままでは……」
「大丈夫。それに、もう来る頃よ」
リーゼリアがそう告げると、空に雷鳴が轟いた。そして、瞬く間に激烈な雷が降り立ち、枝分かれした稲妻が眼前の魔物に直撃する。魔物は跡形もなく消し炭となった。
その後、下から飛び乗るようにしてその人物は屋上へと舞い降りた。
「遅れてすまない」
「が、学院長!」
学院長の姿を見て、ミレイネは声を上げる。
「状況はどうなっている?」
その問いに、リーゼリアは答える。
「見ての通りよ。私の魔力だけでは、あの渦には一歩届かないみたい。でも、あなたが来てくれたならもう安心ね」
そう言ってミレイネは笑う。その純粋な笑みに、学院長は悲哀に満ちた表情を浮かべた。
「君にも随分と辛い思いをさせた。私があの時した判断は、学院長として許されるべきものではない」
すると、学院長は目に涙を浮かべた。そして、冷静な口振りから一変。学院長は感情の入り混じる震えた声色で話し始めた。
「私は臆病だった。君という存在に対し、向き合うことから逃げていた。学院を守ることしか考えていなかった。しかしそれは、同時に君の心を傷つけた。またあの頃に戻ろうなどとは思っていない。だがもし、もし君がこれからもこの学院の生徒で居続けること選んでくれるのなら、非力で愚か者だったこの私を……どうか許してほしい」
すべて言い終えると、学院長はそのまま膝をつき、屋上の床に額をこすりつけた。学院の最高責任者である彼が一人の生徒に対して膝を折る行動を見て、ミレイネは言葉を失う。
誠心誠意で謝罪する学院長。リーゼリアはまるで女神のように微笑む。
「……お顔を上げてくださいな」
彼女の言葉を受け、学院長はゆっくりと顔を上げた。その顔には、まだ罪悪感の色が見えている。
「私は、この学院と巡り合えてとても幸せでした。そして、これからもずっと学院を愛しております。あなたが頭を下げる必要は、どこにもないのですよ……」
「私は……」
「さあ、立ってください。今はあの門を閉じるのが先です」
己を役目を見つめ直し、再び立ち上がると学院長はリーゼリアと並んで上空にそびえる渦を見つめる。これから二人で立ち向かう凶悪な渦を前に、リーゼリアは一言呟いた。
「ただ、一つだけ……もし叶うのであれば、もう一度、教室でみんなと一緒に授業を受けたいものですわ」
その純心な一つの願いを受け、学院長は堂々と明言する。
「壊させやしないさ。君の大切な学び舎を……」
意志を形に……。そんな思いが学院を救うことへ繋がる。リーゼリアと学院長。両者の存在が、それを証明する。
上空の渦が黒味を増し、更なる広がりを見せる。バチバチと空気が弾け、空模様が変化する。
広がった渦から、何かが姿を見せた。渦を掻き分けるように這い出たものは、屋上へと落下する。
ゴツゴツとした岩肌。岩の隙間から覗く眼光。その体躯の大きさたるや、屋上の半分を占める勢いだ。岩の爪は校舎に杭を打ち、自らの頑強さを誇示する。
なんと、強大で。なんと絶大なことか。それはまさしく「怪物」の一言に相応しい。
「ルーインの奴め。面倒なものを寄越したものだ」
岩石が寄せ集まってできたその竜を見上げる。恰幅よい胴体とその大きな口。もはや、どこから手を付けていいのかも分からない。そんな中、学院長はリーゼリアに言った。
「リーゼリアよ。先ほど、君はあの渦の消失を試みた結果、自身の魔力が及ばないことを話していたな」
「ええ」
学院長はため息をつく。
「もうこれ以上、自分を縛らなくて良い。君は私と同等、いやそれ以上の魔力を有しているはずだ。君がその気になれば、門を閉じるのと同時に、あの竜を一瞬で滅ぼすことができるはずだ」
「でも……」
それほどに強力な魔法を使えば、あの門や竜だけでなく、この学院ごと消してしまう。そうなれば、自分が守りたいものまで失ってしまう。
躊躇する彼女に、学院長はさらに言葉をかける。
「大丈夫だ。そのために私がいる。君の魔力が暴れることのないよう、こちらで誘導し、上手く調整して見せよう」
「ほんとう?」
「ああ、約束しよう」
「……分かったわ」
リーゼリアは両手を前へ出す。そして、いくつもの魔法陣を宙に展開する。それに合わせて、学院長も魔法陣を展開した。
「さあ、終わらせるとしよう」
「ええ、終わらせましょう。この長い旅路を……」
◆
見事力をものにしたイチタ。変わらず向かい合うルーインにある願いを持ち掛ける。
「……試験?」
「ええ。俺は一度、実習場にて魔法の試験を受けました。その時、俺の技は上手く発動しないまま暴発し、おまけに試験は中止になってしまいました。これが俺にとって最後の授業になるのなら、あの時の試験を今一度やってみたいのです。再試験、お願いできますか?」
その突発的な要求に、ルーインは顎に手を当て少し考える。そして、ニヤリと笑みを浮かべたかと思うと即座に返答した。
「面白いねぇ。やってみようじゃないか。キミの実力が、攻めに徹することでこの僕をどれほど追い詰めることができるか。非常に興味がある。いいよ、さっそく始めようか」
「分かりました。じゃあ、いきますよ」
イチタは瞬時に構えると、魔道具から光の束を放出した。青白い光はうねりを描いてルーインへと直進する。その流れを既に見切ったのか、ルーインは冷静に対処する。
片手を前に突き出すと、手から人の背ほどの幅がある黒い渦を展開した。ルーインは嘲嗤いながら、光の束を迎え撃つ。
「健気だねぇ。お望み通り、全部飲み込んであげるよ!」
攻めのイチタと守りのルーイン。お互い手加減のない、究極のぶつかり合い。差し迫る力の会合。果たして、どちらが戦いの主導権を握るのか。
だが勝負の行方は、あまりにもあっけないものだった。
ーーバリィン!
イチタの放った光の束は、あっさりとルーインの障壁を貫通し、そのまま彼の肉体ごと撃ち抜く。
「ぐっ……」
これまで受けたことのない衝撃に、ルーインは盛大によろめく。光は上空へ向かって急上昇すると、方向を変えイチタの元へと戻ってくる。小さな光は彼の周りを旋回し、次の指示を待っている。
先ほどの一撃。致命傷にはならずとも、そこそこ効いたはずだ。実際、ルーインはわき腹を押さえながら何が起こったと言わんばかりの表情を見せている。だが、すぐにまたあの余裕の笑みを浮かべた。
「フゥ……いやぁ、流石はイチタ君だ。ここまで僕を楽しませてくれるとは……しかし驚いたよ。まさかカゲ魔術による障壁を、こうも簡単に突破するなんてね」
その一撃は、確実に彼の持つ常識を覆した。そんな彼に、イチタはさらなる真実を告げる。
「ルーイン先生。覚えていますか? 地下室で俺があなたに追い詰められた時、この石が見せてくれたものについて」
地下室で起きたこと。イチタがルーインに拘束され壁に打ち付けられた際、咄嗟に掴んだ魔道具がもたらした光によってあの窮地を脱することができた。その出来事はルーインにとっても記憶に新しいはず。
「……それがどうかしたのかな?」
イチタは続ける。
「あの時、俺は魔道具が持つ力そのものが、道を切り開いてくれたんだと、そう思っていました。でも、そうじゃなかった……この石は、あくまでもそのきっかけ……地下室の天井を砕き、俺とアリアを助けてくれたのは……」
言葉に反応するように、彼の周りを走る光が自らの存在を主張するかの如く、ゆっくりと大きく旋回し始める。
「ん?」
ルーインは何かに気づく。目を凝らし、それが何であるかを見定める。彼の周りを飛ぶ光。よく見ると、それは光ではない。光の中心に何かがいる。
ーーシャララ……。
「聞こえますか? この羽音……」
忘れもしない。
光を放つそれは、上機嫌に半透明の羽を揺らし、飛び回る。そう……この光の正体。それは……。
「さぁ、一緒に行こうか。精霊羽虫……」
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