猫にさよなら

2m0tsu

猫がどのようにして我が家に馴染み、どのようにして居なくなったか

はじめに

私の家庭は中流階級の下の方の一般家庭だ。高校と大学と進み、父親はサラリーマン。母親はスーパーのパート主婦。そして一つ上に大学生の兄がいる。

中学生までは、四人家族で暮らしていたが一匹我が家にお客様が増えた。

野良猫である。我が家は賃貸アパートだが、メゾネットタイプで庭がついている。その庭にポツリと痩せた猫が時折来るようになった。まだ子猫から大きくなりたてのような茶トラだ。

その日はなんかの気まぐれで、庭にいる猫に出汁用の煮干しを一つとって投げた。茶トラの猫は警戒している様子を見せたが、すぐに煮干しを食べた。そして、縁側の近くで煮干しを差し出すと寄ってきたので縁側の目の前で煮干しを庭に落とした。

これから庭に猫がよく現れるようになった。


ペットに取り付けることができる生体チップ。動物病院でも付けれる。保護された保健所の猫たちにも埋まっている。でも飼っているわけではないので取り付けはしなかった。


あんなに気にしていたのに、可愛がっていたのに、流血した怪我をしてきた日の苗字が入った動物病院のカードもあるのに、日常からすっと消えてしまった。

泣き通しもしない、悲しみもない、猫が来なくても日常は何も変わらず、部屋には片付けられていないからの餌入れと水いれが置いてある。

本当に簡単に日常からいなくなってしまったのだ。

ある日突然来なくなるのだろうと、家族の誰もが思っていた。死に目に会えないのだろうと思っていた。頭の中では、猫が死んだ時にはペット火葬にどう連れていくのか、幾ら掛かるのかを考えていた。矛盾した二つの思考だけど、どちらにせよこの日が来るのはもっと後だと思っていた。

何日も姿を見ていない。家に来ないだけでなく近所でも見かけない。

居なくなる数日前から食欲も落ちてちゅーるしか食べることができていなかった。

もう帰ってこないだろうな。

そうして、夜中の1時に猫が遊びに来ていた一階の畳にノミ用の殺虫剤を撒いて開けっ放しだった窓の鍵を閉めた。


猫との終わり方を模索する。

猫は生きているかもわからず、猫との終わりはないままだ。

このままでは悲しむこともできない。だから猫と終わりを告げる方法を模索することにした。


猫の終わりを作ってしまうというものだ。

終わりを作るためには猫を再現しないといけない。そんなの無茶だ。

我が家には記録をする習慣がない。写真を取らない。保管しない。9年も居たのにデータ上の記録は殆ど存在しなかった。再現するためのデータもない。


想像した脳内をそのまま再現できる技術で猫を再現したが、もう記憶があやふやだ。

もっと良い機械をペットを再現するサービスの会社で自動で自分ではもう思い出せないが、脳に記録されているデータを元に猫を再現した。

ホログラムで再現された猫に触覚を再現するグローブをはめて触る。

温かみを感じる。

毛並みもちょっとごわついている猫を再現した。

ここから、終わりのシミュレーションを始めるのだ。


終わりがわからないから猫が病気の時を機械にシミュレートしてもらった。

何回も吐いた。よたよたと歩き回っている。苦しそうに唸る。外に出たがり窓を引っ掻いた。

こんな苦しんで欲しくなかった。


再度シミュレートした。

私が思いつく最大限苦しまない終わり。

猫は畳の上に丸くなって眠るように死んだ。

触ってみるとまだ温かく、だんだんと冷たくなった。

火葬場に連れて行く手間もいらない。起動している機械のウィンドウを閉じるだけだった。


ホログラムの猫が再現したのは私の理想だった。私が一番苦しまない終わり方。

本当は病気で雨の中苦しんでたのかな。死体は誰にも見つからず腐敗してしまうのかな。カラスに突かれてしまうのかな。虫が湧いてしまうのかな。ずっと一人なのかな。

ひどく悲しい。


きっと良い人に出会ったんだと信じて。


君と触れ合って猫を撫でるのが上手になったよ。

飼い猫じゃないから、家猫じゃないから、だけど

さよならが言いたかった。

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