第13話 風の中の声

朝の光が砂丘を淡く照らしていた。

灯里は目を覚まし、ゆっくり上体を起こした。

まだ胸の奥に、あの夢の感触が残っている。


――あなたは私の未来であり、私の記録でもある。


夢の中で会った“もうひとりの自分”。

あの静かな声が、頭の中で何度も反響していた。


「……夢、じゃない気がする」


呟きは風に溶けた。


焚き火のそばでは、リアムが剣を磨いていて、

リュカは袋の中から乾いたパンを取り出している。


「お、アカリ起きたか。めっちゃ寝てたぞ」


「うん……ちょっと変な夢見て」


灯里は焚き火の前に座り、

手のひらを炎にかざす。

冷たい朝の空気で指先が少し震えた。


リアムが顔を上げた。


「どんな夢だった?」


「えっと……よく覚えてないけど、誰かに呼ばれた気がして。

“アカリ、思い出して”って……」


言ってから、灯里は自分の言葉にぞわっとした。

昨日、地下施設で聞こえた声と同じだった。


リュカが首を傾げる。


「誰か呼んでるのか? なんで名前知ってんだよ」


「分かんない。でも……誰かが私に何か伝えようとしてる気がして」


リアムはしばらく黙り、

剣の手入れを止めて焚き火の炎を見つめた。


「風が運んでいるのかもしれない」


「風……?」


灯里が問い返すと、リアムは頷いた。


「この土地には“風の記憶”って言い伝えがある。

消えた街、失われた人、遠い時代の声……

風に混じって届くことがあるらしい」


リュカが肩をすくめる。


「俺は半分くらい迷信だと思ってるけどな。

でも、アカリに何か聞こえたってんなら……本当かもな」


灯里の胸が軽く震える。


――風が記憶を運ぶ。


昨日の塔の光、地下の映像、夢の中の自分。

すべてが細い糸でつながっているような気がした。


リアムが立ち上がった。


「ノアの消滅にはまだ続きがあるはずだ。

記録装置があったなら、別の場所にも痕跡が残っている」


「じゃあ……私のことも分かる?」


「きっと」


その瞬間、ひゅう、と強い風が吹いた。

灯里の髪が大きく揺れる。


耳元で、かすかに声がした。


――アカリ……こっちへ……


灯里ははっと振り返った。

だが、誰もいない。

砂丘と空だけが広がっていた。


「今の……!」


「また聞こえたのか?」


リュカが慌てて立ち上がる。


灯里は胸に手を当てた。

心臓が早く打っている。


「うん……“こっちへ”って」


リアムが少しだけ目を細めた。


「風が道を示しているのかもしれない。

行こう、アカリ。その声が向かう先へ」


灯里は息を吸い、静かに頷いた。


「……うん。行く」


三人は荷物をまとめ、

風が吹く方向へと歩き出した。


空は澄み渡り、

遠くの地平線の向こうで、

砂丘がゆらりと揺れ光っていた。


まるでそこに――

灯里が探す“真実”が隠れているように。

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世界の果てで、君と光を見た 望月朋夜 @mtomoyo

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