第12話 もうひとりの灯里

深い水の底に沈んでいくような、静かな暗闇だった。

上下の感覚がなく、足も地面に届かない。

ただ、どこか遠くで揺れる光だけが見える。


――アカリ


名前を呼ぶ声。

だけど、誰の声なのか分からない。

温かいようで、機械のようでもある、不思議な音。


「……誰?」


声を出したつもりなのに、自分の声が響かない。

でも、光の揺れが近づき、輪郭を持ち始める。


白い部屋。

淡い光のパネル。

電子音。


そして、その中央にいたのは――

自分とまったく同じ姿の少女だった。


肩までの黒髪。

灰色の瞳。

どこか静かで、大人びた雰囲気。


「……え?私……?」


少女は振り向き、やわらかく微笑んだ。


――佐倉灯里。観測個体第十三号


「観測……?」


――あなたは未来へ送られた。

この星が生き残る可能性を記録するために


灯里は言葉を失った。

頭がついていかない。


「私……未来に来たってこと?

どうして私が……?」


少女は少し首を傾げた。


――選ばれたからよ

あなたは“記録”に耐えられる特性を持っていた


「記録って……何を記録するの?」


――この星の終わりと、始まりを


灯里の胸が強く脈を打つ。


「やめてよ……怖いよ。

未来とか、観測とか、分からないよ……!」


少女はそっと近づき、灯里の手に触れた。

光の粒が広がり、空気が震える。


――怖がらなくていい

あなたは私の未来であり、

私の記録でもあるのだから


「……未来……?」


――そう

あなたが知るべき時が来たとき

すべてがひとつに繋がる


光が揺れ、部屋がかすんでいく。


「待って!まだ聞きたいことが……!」


――アカリ

風を信じて


声が遠ざかる。

光が崩れるように散り、

暗闇が一気に満ちる。


次の瞬間――

灯里は息を吸い込み、目を開けた。


冷たい朝の風が頬を撫でた。


夢の記憶だけが、くっきりと残っていた。

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