第51話 新武器の使い勝手を試す その2

​翌朝、俺がまだ微睡(まどろ)みの中にいた頃、アパートのチャイムが激しく鳴った。


寝ぼけ眼で扉を開けると、そこには「戦場から帰還した兵士」のような形相の藍音が立っていた。


​「……翔真、おはよ。 できた、よ……」


​その顔を見て、俺の眠気は一瞬で吹き飛んだ。


藍音の目の下には、もはや化粧では隠しようのないド派手で巨大な隈が鎮座していたのだ。 その姿は、可愛いパンダというよりは、何日も獲物を追い続けた飢えた野獣のようでもあった。


​「藍音!お前、その顔……」


「えへへ、ちょっとだけ、頑張りすぎちゃったかな……」


ふらりとよろめく藍音を抱きかかえるようにして、俺は彼女を部屋の中へ招き入れた。


​急いでキッチンへ向かい、タオルを水に浸して固く絞る。 それを電子レンジに入れ、蒸しタオルを作成した。 以前、ネットの知識で「血行を良くすれば隈が緩和される」と見たのを思い出したのだ。


​「いいから、一旦横になれ。 ほら、大人しくして」


「ふふ、翔真が甲斐甲斐しくお世話してくれるの、なんだか幸せ……」


​ベッドに横たわった藍音の瞳に、適温になった蒸しタオルをそっと当てる。 じわりと熱が伝わり、藍音の強張っていた表情が少しずつ解けていくのが分かった。


​それから数十分。俺は数回タオルを温め直し、丁寧にケアを続けた。 ようやくタオルを外すと、藍音の目の下の暗い色は、先ほどよりは幾分マシになっていた。


​「藍音、もしかしてまた徹夜したのか? あれほど無理はするなと言っただろう。 身体を壊したら元も子もないんだぞ」


​俺が少し厳しいトーンで注意を促すと、藍音はタオルの熱で少し上気した顔を綻ばせ、申し訳なさそうに、でも誇らしげに語り始めた。


​「だって、できるだけ早く翔真のメイン武器を仕上げたかったんだもん。 私が魔改造した……世界でたった一つの武器を使って、ダンジョンで無双する翔真の格好良い姿を一番近くで見ていたかったんだよ」


その純粋すぎる、そして重すぎるほどの愛情がこもった言葉に俺の心臓は不意に跳ねた。


呆れを通り越して、胸の奥がキュンと締め付けられる。


​「……俺の為にそこまでしてくれたのは本当に嬉しい。 でもな、俺にとって何より大事なのは武器の性能じゃない。 藍音の身体なんだ。 お前が倒れたら俺はダンジョンどころじゃないんだぞ? だから約束だ。 これからは絶対に無理な徹夜はしないでくれ。 藍音の為にも、そして俺を安心させる為にも」


​「う、うん。 分かったよ。 約束する。 翔真がそんなに心配してくれるなら、これからは体調管理も『博士』の仕事のうちに入れるね。 なるべく、徹夜はしないようにする」


藍音は満面の笑みでそう答えた。 だが、俺は知っている。 この天才的な頭脳を持つ彼女は、一度何かに没頭すれば、自分の空腹も睡魔も全てを研究の彼方に置き去りにしてしまう「業」を背負っていることを。


俺が目を光らせていないと、いつか本当に過労で病院送りになりそうだ。


​「……その返事、信じていいんだな?」


「うん! もちろんだよ」


​……その瞳の輝きを見る限り絶対にまたやるなこの女は。 俺は心の中で小さく溜息をつき、同時に彼女を一生見張っていなければならないという奇妙な義務感を抱いた。


​「それはそうと藍音。 俺のメイン武器、一体どんな改造をしたんだ?」


​俺が尋ねると、藍音はエネルギーを急速充電したかのようにベッドから跳ね起きた。


「あのねあのね! 翔真が買ったあの日本刀、ベースの玉鋼(たまはがね)がすごく良かったから、私の得意な術式をたっぷり詰め込んでみたんだ! これ期待していいよ。 テイマーみたいな本来は後衛で指示を出すのがメインのジョブでも、これさえあれば前線でバリバリ戦えるようになるから!」


​藍音は玄関に立て掛けてあった黒い布製の長い袋――俺はてっきり、新しい三脚か何かだと思っていた――を嬉しそうに抱えて持ってきた。


受け取った袋は意外なほどに重い。 布の感触越しに、鋼の冷たさが伝わってくる。


俺は慎重に紐を解き、中からその一振(ひとふり)を取り出した。


​「……見た目は普通の日本刀だな」


​抜いてみても刀身は美しい刃文を描いているが、特に変わった装飾があるわけではない。 むしろ、派手なエフェクトを期待していた分、その「普通さ」に拍子抜けしてしまった。


​鯉口(こいぐち)を切り、刀身を数センチだけ滑らせてみる。


研ぎ澄まされた刃先が、朝の光を反射して鋭く輝く。 だが、やはり素人目にはこれがどう「テイマーを前衛に変える」のか、全く見当がつかない。


「なぁ藍音、この日本刀のどこにその『面白い機能』ってのが付いてるんだ? スイッチか何かがあるのか?」


​俺が首を傾げながら聞くと、藍音は悪戯っぽく微笑んだ。


​「その機能の説明は、今日の講義が終わってからのお楽しみ! ダンジョンに行って、実際に振ってみるのが一番早いよ。 スノーちゃんと幸村君も、新しい武器の試し斬り、うずうずして待ってるみたいだし。 その時まで、秘密にしておいた方がワクワクするでしょ? ねっ?」


​俺の問いかけを軽くいなし、藍音は足元で耳をそばだてていたスノーと幸村に視線を送った。 二匹は「待ってました!」と言わんばかりにブンブンと首を縦に振り、期待に満ちた目で俺を見上げてくる。


​……やれやれ、主導権は完全に藍音に握られているらしい。


俺は苦笑いしながら、その謎の日本刀を再び袋に納めた。


大学の講義をなんとかこなし、俺たちはそのままの足でダンジョンへと向かった。


本日のメインイベントは新装備のテスト。 そして、視聴者への活動報告だ。


​ダンジョンの入り口付近にある安全な広場に到着すると、俺は手慣れた手つきでWebカメラを設置し、配信ソフトを起動させた。


​「皆様こんにちは! シロモフチャンネルの翔真です」


「助手の藍音だよ! 皆、元気だった?」


「スノーでございます。 新しい武器にご注目ください!」


「幸村で御座る。 本日は某の槍捌き、とくとご覧あれ」


​画面が明るくなると同時に、コメント欄が猛烈な勢いで流れ始めた。




​” 待ってた! ”


” やぁ(*´∀)ノ 待望の配信だ! ”


” 藍音ちゃ~ん! 今日も世界一可愛いよ! ”


” 藍音ちゃん結婚して! 俺なら君を一生幸せにできる! ”


” 藍音は俺の嫁。 異論は認めない ”


” スノーちゃんと幸村君、こんにちわ! 今日もモフモフだね ”




​次々と流れる愛の告白や、勝手な「嫁宣言」に、俺は正直なところ、腸(はらわた)が煮えくり返るような思いだった。 画面越しだと思って好き勝手言いおって。 後で全員特定してタイマン張ってやろうか、などと物騒な思考が頭をよぎる。


​だが、俺がその怒りを言葉にするよりも早く藍音が口を開いた。


その表情は天使のような微笑みだったが、放たれる言葉は極低温の氷塊のように冷徹だった。


​「皆さん、たくさんのコメントありがとう。 でもね、さっき私のことを『嫁』って書いた人と、『結婚して』って書いた人。 ……ごめんなさい、それは無理。 だって、私の心も身体も、未来も運命も、全部ひっくるめて翔真だけのものだから。 他の人に靡(なび)くなんて、例え世界が滅びて生まれ変わったとしても、一ミリも有り得ないの。 だから、私のことは諦めて画面の向こうで大人しく翔真の格好良さを応援しててね。 分かった?」


一瞬、コメント欄の動きが止まった。


そして次の瞬間、先ほどとは違う種類の爆発が起きた。




​” わぉ……藍音ちゃん、笑顔で完膚なきまでに叩き潰したwww ”


” そんな冷たい藍音ちゃんも素敵です……(悦) ”


” よく言った!これが本物の『正妻の余裕』か ”


” …………(あまりの衝撃に言葉を失うリスナー) ”


” あっ、はい……。  出過ぎた真似をしました。すみませんでした…… ”





​藍音のあまりにもストレートで容赦のない拒絶に、告白していたリスナーたちは戦意を喪失したようだ。


さっきまでモヤモヤしていた俺の胸のうちは一気に晴れ渡った。


藍音に振られた奴ら  ざまぁ見ろ。


俺は心の中で小さくガッツポーズを作り、溜飲を下げた。


​「さて、気を取り直して! 今日は新しく武器を新調したので、その試し斬りを兼ねた攻略をしていきたいと思います」


​俺はカメラに向かって、袋から出したばかりの日本刀を掲げた。


​「スノーと幸村の武器も、かなり凄いことになってるから。 そしてこの俺の日本刀に隠された藍音特製の『面白い機能』……。  これから皆さんにじっくりとお見せしますよ!」


​画面の向こうの熱量が最高潮に達するのを感じる。


俺は藍音と視線を合わせ、力強く頷いた。


さぁ、新生シロモフチャンネルの快進撃、ここからが本番だ。






ここまで読んで戴きありがとうございます。


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今後とも拙作を宜しくお願い致します。

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テイム相性【壊滅的】な俺が、瀕死のコボルトを助けたら最強の相棒になりました 猫之丞 @Nekonozyo

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