第50話 新武器の使い勝手を試す その1
アパートに帰って、一息ついてのんびりとしている俺たち。
藍音は購入した日本刀を持って「翔真の為にこの日本刀少し弄ってくるね」と言い、俺の頬にチュッとキスした後、早速大学のラボに籠る為にアパートを出ていった。
彼女の瞳には、最高の作品を生み出す天才エンジニアの光が宿っていた。
スノーは白銀の手甲を両腕に填めて終始ご満悦の様子だ。 ずっと短い尻尾がゆらゆらと、まるで高速で振動しているかのように揺れている。
幸村も新しい朱塗りの十文字槍を古布で丁寧に磨きあげている。 時々息を吹き掛けては、また古布でゴシゴシ。 まるで得物に魂を吹き込む儀式のようだ。
二人とも大金を出して購入した武器が心底気に入ってくれたようで、俺も安心した。
俺がそんな二匹を微笑ましく眺めていると、スノーが興奮を抑えきれない様子で一歩前に進み出た。
「翔真様!この『白ちゃん』で早速ゴブリンどもを殴り殺したいです! 今からダンジョンに行きましょう!」
……オイオイ。 可愛いポメラニアンのような顔をして、口から出る言葉はかなり物騒だなスノー。 そんなにゴブリンが嫌いか? しかも、手甲に『白ちゃん』って愛称つけてるし。愛着が凄まじいな。
するとスノーの発言に完全に反応した幸村が、十文字槍をカッと構え、血気に逸る瞳で訴えかけてきた。
「某もダンジョンに潜りたいで御座る! この十文字槍で憎っくきオークどもを串刺しに…いや、穴だらけにしてやりたいで御座る! お館様!いざダンジョンへ!」
幸村……お前もか…。 幸村もオークが大嫌いだな。 怨み……はあるよな。 オークの群れにボコボコにされてたもんなお前。 新装備を手に入れた今、一刻も早く実戦で試したいのだろう。
スノー・幸村の二匹は鼻息を荒くしながら、武功への飢えを込めて俺に嘆願してきた。 その熱気に、俺まで引っ張られそうになる。
「ちょい待ち二匹とも! 今直ぐはダンジョンには行かないぞ」
「何故ですか! 私としては今すぐにゴブリン撲殺しに行きたいのですが! 『白ちゃん』が血を求めているのです!」
「姫の言う通りで御座るよ! 今すぐにあの豚を血祭りにあげたいで御座るよ! 奥方様が戻られる前に一足早く手柄を立てたい!」
お、おおぅ……俺の獣魔たちがかなりバイオレンスで怖いのだが……。
「ま、まぁ落ち着け。 今すぐにダンジョンに行かない明確な理由があるんだよ」
「「その理由とは!」」
二匹は鋭い目つきで、獲物に喰い付く勢いで理由を聞いてくる。
「行かない理由その一。 先ず、俺の武器が無い」
俺がそう説明するが――
「翔真様も日本刀を購入されていたではありませんか! 私見てましたよ! 翔真様、嘘は良くないですよ、嘘は!」
とスノーが俺の発言に食い下がってきた。 流石は常に俺の側にいる頼れる獣魔だ。 俺の行動をよく見ている。
「確かに日本刀は購入した。 でも、その日本刀は? 今、何処にある?」
スノーは俺の周りをうろうろとして購入した日本刀を捜すが見当たらず、がっかりする。 そりゃいくら捜しても無いぜ。 だって藍音が持ってるからな。
「……翔真様の手元にはありませんね」
「だろ?」
「もしかして……藍音様が持っている?」
「その通りだ。 今頃、ラボで翔真専用武器の魔改造中だろう」
「……それなら仕方ないです……」
今まで元気に上下に振られていたスノーの尻尾が見る見るうちに垂れ下がる。 若干耳もへにょっと垂れた気がする。
「そしてもう一つの行かない理由は、藍音が居ないからだ」
「奥方様が居なくても行けるのでは? 黙って居れば行った事はバレないで御座るよ。 内緒でささっと」
幸村が悪知恵を働かせてきた。 だが、その悪知恵は地獄への招待状だ。
「…………」
俺は幸村の言葉を聞いて無言になる。 そして、低い声で念押しした。
「…幸村。 もし藍音に無断でダンジョンに潜った事がバレた時の責任は取ってくれるのか? 『アレ』を経験するのは、お前も二度と御免だろう? 責任取ってくれるならダンジョンに連れていくが?」
俺がそう言うと幸村は顔を青ざめさせ、全身の毛を逆立たせた後、絶望したように無言になり――
「そ、それは……無理で御座る。 奥方様の怒りの権現は……地獄絵図で御座る。 某の命が幾つあっても足りぬ」
そう、幸村は知っている。 藍音が怒った時、どれほど怖いかを。 そして藍音の驚異的な勘と報復の厳しさを。
「……だろ? だから今日はダンジョンに連れて行くのは無理だ。 俺も一晩中お仕置きされるのは勘弁だ。 理解して欲しい」
「……承知したで御座る。 命あっての物種で御座る」
「スノーも良いな?」
「……はい。分かりました。 大人しく『白ちゃん』を磨きながらゴブリンの図鑑でも読んでいます」
……という事で、藍音が戻って来るまで俺たちはダンジョンに潜らずアパートで待機する事となった。
獣魔の獰猛な本能も、最強の彼女の独占欲の前には無力なのだった。
ここまで読んで戴きありがとうございます。
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今後とも拙作を宜しくお願い致します。
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