第7話 貼付救済《サンクチュアリ・アクト》
――開廷の鐘が鳴った。
町の中央裁判所。満席の傍聴席には、記者と議員、そしてグリズラー代表たち。
被告席に立つのは、かつての
蜂蜜色のネクタイだけが、過去の栄光を名残惜しげに揺れている。
判事「被告ドロラン=ヘッジ。あなたは森との共生を掲げながら、
情報漏洩と裏取引を繰り返しました。
しかし、その“共生への熱意”を考慮し――
特例として、
ざわめき。
グリズラー代表グラウロスが立ち上がり、拳を握る。
「なんと勇敢な……! これぞ真の共生者だ!」
傍聴席のリリックが中継マイクを握り、満面の笑みで叫ぶ。
「おめでとうございますっ! 元副町議ドロランさん、あなたは平和の柱です!」
判事「執行は明朝、森の境界にて。」
ドロランはわずかに笑み、眼鏡の奥の瞳を細めた。
「……平和の柱、か。ずいぶん痛そうだな。」
⸻
翌朝。森と町の境界に朝霧が漂う。
その中央に、ドロランの影。
執行官「元副町議ドロラン=ヘッジ。最後に言い残すことはありますか?」
ドロラン「……平和には、痛みが伴うものさ。」
執行官「承知しました。なお、執行中の支給品はロキソニソのみとなります。」
ドロラン「……松茸は?」
執行官「出ません。」
ドロラン「痛み止めだけで平和を噛みしめろってか……文明だな。」
拘束具が鳴り、腕が開かれる。
台座の魔法陣が輝き出す。
やがて、森の奥からグリズラーの行列。
グラウロスを先頭に若者たちと子どもたち。
その目は穏やかで、何も疑っていない。
グラウロス「……ありがとう、元副町議殿。」
ドロラン「いいとも。食べて、生きて、笑え。」
牙が閃き、肩が裂ける。肉が弾け、血が光る。
痛みが駆け上がり、すぐに再生する。――また噛まれ、また再生する。
そのたびに、森に甘い香りが満ちた。
少し離れた木陰で、リリックが実況する。
「現場のリリックです! 貼付救済法がついに施行!
第一号――元副町議ドロランさんが、見事に“痛みの分かち合い”を実践しています!」
子グリズラーたちが拍手を送る。
「おじちゃん、がんばれー!」「すごいねー!」
だが、誰も気づかない。森の上空にもう一つの魔法陣――
人族が極秘に仕掛けた
グリズラーの生殖機能を密かに封じる、“善意”の魔法。
政府の議事録には、こう記されている。
「命の総量を保つことが、真の共生である。」
森の風が少し冷たくなった。
だが、誰もその意味を問わなかった。
⸻
夕刻。子グリズラーが首をかしげる。
「ねえパパ、あのひと痛くないの?」
グラウロス「痛いさ。だがな、平和の影では誰かが泣いているものさ。
あのひとは、それを担ってくれているんだよ。」
ドロランは、傷を抱きしめるように笑った。
「……やっと、君らの世界にも“政治”ができたな。」
森に笑いがこだます。
彼はもう声を上げなかったが、その口元は穏やかだった。
⸻
町では夜のニュースが流れていた。
「新制度――
グリズラー族の暴力事件はゼロを記録し、出生率も奇跡的に低下。
専門家は『真の平和の夜明け』と語っています。」
テレビの前で、家族が静かに拍手した。
子どもが尋ねる。「ねえ、痛いの?」
母親は微笑んで答える。「少しだけね。でも、それが平和ってことよ。」
⸻
夜風が吹く。
それは祈りのようでもあり、うめきのようでもあった。
ドロランの唇がわずかに動く。
「……痛みを、分け合えたなら……きっと、世界は続く。」
風がネクタイを撫で、金の光が夜に溶けた。
⸻
翌朝、役場の掲示板に新しい標語が貼られた。
『命は大切に。誰のでも。』
――
町は祝日に沸き、森は静かに眠った。
誰も死なず、誰も生まれず、誰も泣かない。
――ただ、
⸻
――人とグリズラー族の共生は、今日も芳しく難航中。
異世界でも人と獣との共生が問題になっているようです とろ @toro_novel
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