VRシリーズ第10弾 草原の星

ロックホッパー

 

ビクトリーラーメンマンシリーズ第10弾 草原の星


                           ―修.


 「甲斐くん、ちょっといい?」

 俺はパソコンから顔を上げ、課長を振り向いた。やはり、美しすぎる・・・。今度の課長はあまりにも美しい女性だった。端正な顔立ち、ストレートでさらさらのロングヘヤー、白いブラウスにビジネススーツ。歳は俺とあまり変わらないのではないだろうか。課長の回りには、花々が咲き乱れ、さわやかな風が吹き抜けている。もちろん、俺の幻想だが・・・。前回の長期出張から帰ってきて、初めて課長席に座る彼女を見たときは、てっきり部屋を間違えたと思ったほどだ。


 俺は、人呼んで「ビクトリーラーメンマン」。とは言っても別に格闘家ではない。俺は汎銀河コングロマリット「ビクトリー・ラーメン社」の食材調査担当の単なるサラリーマンだ。ビクトリー・ラーメン社は「食」と名のつくものならなんでも扱っている。食品はもちろん、草食動物用の檻とか、大食い王選手権の企画書なんていうのも扱っている。そして、人々は我々社員をビクトリーラーメンマンと呼ぶのだ。


 俺は宇宙中を駆け巡って新たな食材を探すという職務のため数ヶ月の長期出張が多い。出張のきっかけは課長からの指示なのだが、出張から帰ってくるとその課長は異動となっており、新たな課長に出張報告をするということがほとんどだ。そして今回は、この超美人の女性が上司となっていた。普段は、課長と他の男性メンバーの1、2人しかいない部屋に、今日は20人近くが出社している。みんな課長目当てに違いない。大好きなテレワークはどうしたのだ・・。誰も振り向きはしないが、課長に名指しで呼ばれた俺は、他のメンバーからの羨望のまなざしをひしひしと感じていた。


 「甲斐くん、アケルナル星系の第4惑星って知っている?」

 「あー、ハーブが特産の別名『草原の星』ですね。」

 「さすが、よくご存じね。今回はそこに行って食材調査をお願いしたいのよ。知っていると思うけど、市場分析部の最新のレポートによると、美容、健康、心理的効果とか、ハーブの効能が再認識され、今後市場が伸びると予想しているのよ。まぁ、私もハーブは結構使っているし・・・。それで、現在取引中のハーブに加えて、何か新製品ができないかと思ってね。」

 「そういうことですね。でも、ハーブ限定となるとあまり期待できないかもしれないですね。」

 課長の机にはハーブティらしきティーカップが載っている。また、それとなく課長から漂ってくる香りは、ラベンダーのようにも思える。

 「まぁ、ハーブ以外でもいいわ。甲斐くんは、食材以外のものを探し出すのも得意でしょ。」

 うーん、俺の職歴はしっかり把握されているようだ。人事の知り合いに聞いたところでは、この課長は専務がどこか別の会社から高額のサラリーで引き抜いたらしいが、当の専務がコンプラ問題を起こして辞職させられたため、行く先がなくなったらしい。しかし、人事は彼女の学歴とキャリアから、かなり優秀と判断しており、うちの課長に任命したそうだ。人事の知り合いは、個人情報だとか抜かして、性別さえも教えないことがあるのに、今回は噂といいながら個人情報を垂れ流していたが、これも男の性というものだろう。

 「わかりました。とりあえず、行ってきます。」


 俺は会社から支給された調査船で、2週間ほどの距離にあるアケルナル星系の第4惑星へと向かった。調査船には、操縦席、寝室と簡易シャワー室があり、俺にとっては豪華すぎると思っていたが、この調査船は、宇宙航行はもちろん、大気圏中も移動でき、さらに着陸した場所でホテル代わりにもなることを考えれば、会社として案外安上がりなのかもしれないと最近は思い始めていた。


 第4惑星の唯一の宇宙港に着陸すると、そこからは見渡す限りのハーブ園が広がっており、なんとなくミントのようなハーブ特有の香りを含んだ風が吹き抜けていた。第4惑星はこの宇宙港がある大陸を中心に農地開拓が進んでいる。寒冷な気候のため高木は育たず、大型の哺乳類や猛禽類も存在しない。せいぜいネズミ程度の大きさの草食の哺乳類と小型の鳥類が生息する程度だ。赤道付近に海洋があるが、漁業はそれほど盛んではない。現在は、夏の季節のため青々とハーブが茂っている。


 「ん・・・」

 俺は駐機場のあちらこちらの空中がかすんでいるのが見えた。あれはなんだと思っていると、そのかすみは俺のほうに移動してきた。

 「わぁー!」

 虫だ。いわゆる蚊柱というやつだ。俺は思わず、腕を大きく動かして虫を追い払った。草原の星というくらいだから、吹き抜ける風が草原を揺らすような、さわやかなイメージかと思ったら、案外、面倒くさそうな星のようだ。


 俺は新たな食材を求めて調査船でいろいろな町へ移動した。そして、その町の農家や食堂で聞き込みを行ったが、一般的なハーブの話しか出てこず、新たな食材は出てこなかった。俺は調査範囲を広げ、開拓地のフロンティアの町へたどり着いた。その町には、町はずれに小さな食堂があった。俺は丁度昼飯時でもあり、聞き込み方々、その食堂に入ってみることにした。


 入口は開いたままで、のれんをくぐって中に入ると、店内はこの星ではお馴染みのミントの香りがしていた。店の奥からは、少し腰の曲がった老婆が出てきた。

 「いらっしゃい・・・」

 「こんにちは。メニューもらえますか。それと何かこの辺の特産品ってありますかね。」

 「特産品だって。この辺はハーブしかないからね。他のところで取れるハーブと代わり映えしないよ。お勧めはハーブたっぷりのハーブラーメンだけど、まぁ、好きなのを選んでね。」

 老婆はメニューを開いて差し出した。

 「どれどれ・・・」

 俺はメニューに書いてある料理を確かめたが、確かに目新しいものはなかった。


 「すみません。お勧めのハーブラーメンをください。」

 俺は老婆に届くように少し声を張って注文した。なんとなく味は予想がつくが、お勧めと言われるものを食ってみるのが正解だろう。俺はのれん越しに外に広がるハーブ園を見ながら、ぼぅーと料理を待っていた。ハーブ園には相変わらず方々に蚊柱が立っている。宇宙港ではひどい目にあった。調査に訪れた町でもいたる所に虫がおり、この星は『草原の星』じゃなくて『虫の星』に改名した方がいいのではないかと思ったほどだ。もちろん、町の食堂の中にも虫が飛んでおり、気を付けないと料理の中に虫が入ってしまうほどだった。

 「ん、あれ・・・?」

 俺はふと、この店の中には虫が全くいないことに気がついた。外には大量に虫が飛んでいるのに、この店には入ってこない。

 「どういうこと?」


 「はい、ハーブラーメンお待ちどうさま。」

 老婆がお盆にラーメンを載せてテーブルに運んできた。ラーメンは予想通りハーブたっぷりで緑色のラーメンだった。いや、そこじゃない。

 「ご主人、この店、虫が全く入ってきませんけど、何か対策しているのですか?」

 「あー、私が虫をきらいだからね。この辺で取れる、ミント・・・なんとかっていう、舌を噛みそうな長い名前のハーブを奥で焚いているのさ。ミントの香りがするだろう・・・」

 「すごい効果ですね。」

 「この辺じゃみんな使っているよ。蚊だけじゃなくて、ほとんどあらゆる虫が寄って来なくなるのさ。」

 「見つけた!」俺は心の中で叫んだ。これは、最高の防虫剤なのではないだろうか。


 俺は調査船に戻り、課長に定期連絡を入れた。ディスプレイ越しでも、課長の美しさは際立っていた。ディスプレイだと顔がアップになるせいか、俺は見とれてしまっていた。こんなに美人だと言い寄ってくる男も多いことだろう。

 「甲斐くん、お疲れ様。今日はどうだった。」

 俺は我に返って報告を始めた。俺は、老婆から聞いたミントの正式名称も調べていた。

 「珍しい食材は見つかっていませんが、究極の防虫剤を見つけました。名前がミントグランデ・ガイアブレイクっていうハーブで、これを焚くとほとんどの虫が寄ってこなくなるらしいです。」

 「ほう、使えそうね。サンプルを持って帰ってね。」

 「承知しました。」

 俺は、ディスプレイの美しすぎる課長の顔を眺めていて冗談を思い付き、つい口走ってしまった。

 「これを焚いておけば、課長に言い寄ってくる虫も避けられますよ。」

 「ふーん。それはいいわね。でも、そっちは自分で対処できるから心配ご無用よ。」

 課長は苦笑いし、それとなくかわされてしまった。そういえば、課長は美人なだけでなく、相当の切れ者だったのだ。人事の知り合いから、美しい顔にだまされてはいけない、と忠告されていたのに・・・。やってしまった・・・。俺はどんな顔でサンプルを課長に渡せば良いものか、考えあぐねて眠れない夜を過ごした。


おしまい

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