#04. 最後の選択
シュガー王女の婚姻話は、
そして、とうとう婚約者である皇子が、ヴァニラ国へ来訪してきたのだ。
城内では、二人の婚姻を祝うため、盛大な
皇子の名前は、ブラン。白金色の髪がまばゆく、利発で、天使と見まがう美貌を兼ね
「シュガー王女、お初にお目にかかります。宜しければ、私とファーストダンスを踊っていただけますか?」
『ファーストダンス』……それは、社交の場で、一番はじめに踊るダンスのこと。踊った相手とパートナーであることを、参列者たちに証明するための儀式でもある。
それ故に、シュガー王女は、ためらった。皇子の手をとってしまえば、もう後戻りはできないと知っている。
周りを見回せば、王族貴族、使用人らが
「…………はい」
ためらいがちに重ねられたシュガー王女の手を、ブラン皇子は、ガラスに触れるかのように優しくエスコートした。
一曲目は、ワルツだった。大勢の観客に見守られながら、シュガー王女とブラン皇子は、優雅にステップを踏む。
それを見た貴族たちが、口々に喜びの声をあげた。
「ほぅ……これは大層うつくしい皇子様だ。これならば、シュガー王女もご満足するだろう」
「モンブラン帝国は、恐ろしい国だと聞いておりましたが、皇子はまるで天使のようですわ」
「皇子は、シュガー王女と歳も近いそうですわね。とってもお似合いのカップルじゃありませんか」
「これで我が国の平和は守られますな。いや~よかった!」
ワルツが終わった。再び、次の曲の演奏がはじまる。
ブラン皇子は、二曲目も王女と踊るつもりで、手を差し出した。
ところが、シュガー王女は「気分がすぐれないので……」という理由で、誘いを断り、逃げるように広間を後にした。
王女はどうしたのだろうか、と不安な声がささやかれる中、キルシュは、居てもたってもいられず、王女の後を追った。
見れば辛いだけ……と思い参列を渋ったが、王立魔術師団の長であるキルシュが出席しないわけにはいかない。苦い想いを噛みしめながら、二人が手を取り合い、仲睦まじくファーストダンスを踊るところを見守っていたのだった。
シュガー王女は、自分の部屋へ駆け込んだ。息を切らしながら、文机の引き出しを開け、中から透明な小瓶を手にとる。
最後の手段は、これを自分が飲むしかない――そう思っていた。
「シュガー姫、どうされたのですか」
そこへ、あとを追い掛けてきたキルシュが、部屋へ飛び込んでくる。
王女は、涙に濡れた目で、キルシュを見上げた。どうして、このタイミングで……と、キルシュを恨んだ。結ばれることのない二人の運命を呪った。
「お願い、キルシュ。これがわたしの……最後のお願いよ」
シュガー王女は、手にしていた小瓶を、キルシュへ差し出した。
「これを飲んで。そして……わたしをここから連れ出してちょうだい」
キルシュの視線が、惚れ薬の入った小瓶と、シュガー王女の間を行き来する。ブラン皇子との婚姻を目の前に、そんなことをしてしまえば、国家間の争いの火種をまくことになってしまう。
そんなキルシュの迷いを見抜いたシュガー王女は、更に追い打ちをかける。
「あなたが飲まないなら……わたしがこれを飲んで、ブラン皇子と結婚するわ」
シュガー王女の鬼気迫る様子に、キルシュの胸は、大きくゆらいだ。
一度、王女のために身を引こうと決めた筈なのに……皇子と王女が踊る光景を目の当たりにし、身が焼かれる想いを味わったのだ。これ以上の責め苦には、耐えられそうにない。
王女の言葉と、惚れ薬の誘惑は、キルシュにとって、この苦しみから抜け出すための唯一の手段に感じられた。
「姫、俺は……」
キルシュの手が、惚れ薬の小瓶へとのびる。
しかし、その指先は、瓶に触れる直前に、ぴくりと止まった。惚れ薬を飲むということは、自分の心を偽ることでもある。
それこそ、シュガー王女の心を傷つけるに違いない。
(こんなことになるなら、惚れ薬など安易につくるべきではなかった……)
これを飲めば、一時的にでも、シュガー王女の気持ちを宥めることは出来るかもしれない。
だが、それは、二人の心が永遠に結ばれないことを意味している。キルシュの心が、シュガー王女にはないと証明しているようなものだからだ。
だからと言って、キルシュが飲むことを拒めば、シュガー王女とブラン皇子の結婚を認めることになってしまう。
(あぁ……俺は、どうすれば…………)
ここは、飲むのを断り、シュガー王女を説得して、広間へ連れ戻すべきだ。彼女の幸せのためにも――キルシュの理性は、そう告げている。
でも、身体が言うことをきかない。もうあそこへは戻りたくない、シュガー王女を戻したくない――と、心が叫んでいた。
ゆらゆらと、薔薇色の液体が、小瓶の中からキルシュを誘うように揺れている。
風に乗って聞こえてくる――楽団の奏でるテンポの速い円舞曲が、キルシュの心を焦らせる。
飲むべきか、飲まざるべきか――――…………。
小瓶に触れそうで触れない指先が、キルシュの弱さと迷いを表すように震えていた。
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