#05. 幕引き

 広間では、シュガー王女の不在を誤魔化すように、軽快なアップテンポの曲が演奏されていた。貴族たちは、大いに踊り、ご馳走を口にし、未来の美しい花嫁と花婿を夢想して、話に花を咲かせた。


 そんな中、ひとり手持無沙汰てもちぶさたになっていたブラン皇子の元へ、カラメル王女が近づいてゆく。


「皇子……私と一曲、踊ってくださいますか」


「これは、カラメル王女。もちろん、喜んで」


 二人は、今はじめて知り合ったかのように微笑み合い、手を重ねた。踊りながら、互いの耳元に口を寄せて、そっとささやく。


「……これで、よかったのでしょうか」


「ええ。皇子は、うまくやってくださいました。心から感謝を」


 二人の会話は、楽団員たちの奏でるメロディにかき消され、周りの耳には届かない。


「いえ。あなたに逢えると思ったから、こうして皇子のフリまでして来たのです」


 カラメル王女は、くすりと笑みをこぼした。会いたいと思っていたのが自分だけではなかったと知り、胸が熱くなる。


「まさか本当にとして来てくださるとは……皇帝陛下はお怒りではなくて?」


「元々の男装好きが高じたようです。いい厄介払やっかいばらいができた、とお思いでしょう」


 何の問題もない、と爽やかな笑顔で、ブラン皇子――のフリをした、は答えた。皇女の中性的な美が、その性別をより不鮮明にしている。


 実は、前々から知り合いであった二人は、互いの想いを叶えるために、こうして一芝居を打ったのだ。


(ふふ……さすがのキルシュも、目の前で愛する王女を他の男に奪われたら、熱くなるのね。今頃、うまくやっているかしら)


 シュガー王女とキルシュが結ばれれば、ヴァニラ王国は、モンブラン帝国に対して顔を立てなくてはならなくなる。そこで代わりに、カラメル王女が婚姻を結ぶ――そういう算段だった。


「これでようやく……あなたと結ばれるのですね」


 フラン皇女の声が、熱を帯びる。


 それに答えるように、カラメル王女は、そっと皇女の耳たぶに口づけた。


 王子のいないヴァニラ国では、カラメル王女が婿をとるか、跡継ぎを産む必要がある。同性同士の二人が想いを遂げる方法は、これ以外になかった。


(それに、あの二人もきっと、こうでもしないと先に進まないでしょうし……)


 かしこいカラメル王女は、自分の恋と妹の恋、両方を成就じょうじゅさせる方法を考えたのだ。


 ただ、それが成功するかどうかは、キルシュの決断に全てかかっている。


(まさかとは思うけれど……これでもし、キルシュが妹を捨てて戻ってきたら……このを飲ませてでも、シュガーとくっつけてやるわ)


 軽快なステップを踏みながら、カラメル王女は、フラン皇女に微笑んだ。まさか頭では、更なる計略を立てているとは思えないほど穢れなき笑みで……。


 実は、いつもシュガー王女の部屋を掃除しているメイドに頼み、惚れ薬の中身を入れ替えておいたのだ。もちろん、シュガー王女は、そのことを知らない。


 ヴァニラ国王とキルシュが、カラメル王女の思惑に気付くのは、もう少し後のことである――――。



 完

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