繰り返したあの日はもういらない

佳上成鳴 カクヨムコンテスト参加中!

 

「何してるの?」


 ああ、この台詞を聞くのはもう6回目だ。何度も聞いた。そしてこの後の展開も分かっている。なのに俺は毎回同じことを答えて繰り返すんだ……。


「ああ、この本の展開が気になって読んでるんだ」


 俺は校庭で横になって本を読んでいたので由香里に持っていた小説を差し出した。由香里は本を受け取って読み始めた。


「何々……? 『どうして俺はこうなったのかわからない。ただ、どうしていいのかは分かっている。あいつをこの世から抹殺することだ』……? ミステリー小説?」

「そんなところかな」


 俺は本を返してもらってしおりを挟んで閉じた。

 そう、どうしていいのかは分かっている。でもその結末は俺の望むものじゃない。寧ろ反対の結果になってほしい。どう頑張っても同じ結末なんだ。君が……由香里が死ぬってことが決まってる。

 気が付いたらこのループにハマっていて抜け出せない。俺にもどうしてなのか、どうしたらいいのか、どうしたら抜け出せるのか分からない。もしかしたら正解があってそこにたどり着くまでずっとこうやって繰り返すのかもしれない。でもその正解がわからない。だから何回も繰り返している。


「聞いてる?」


 フイの由香里の声が俺に問いかける。顔を上げて聞き返した。


「え?」

「もう!今度義人の言ってたカフェに行きたいって言ったの!」


 この台詞も知ってる。6回聞いて6回同じ返事をする。


「ああ……あそこね、いいよ」

「ほんと!?やったぁ」


 由香里は嬉しそうに肩までの髪を背中に回して暑そうに半袖をまくり上げた。その細くて白い腕が少し汗ばんでいる。俺は夏の日差しを遮るように掌を顔の前に上げた。由香里のその細い腕を掴んで「死ぬな!」と叫びたい。でもそんなことをしたらただの変な人だ。


「じゃあ、明日の放課後行かない?明日は放課後のバスケ部ないんだよね」


 その言葉に俺は由香里を見つめた。そんな馬鹿な……いつもならこのままカフェに行きたいと言うはずだった。そして……事故にあうんだ。なのに……明日だって?

 そんな俺の様子に由香里は不思議そうな顔をした。


「あ、義人明日だめだった? 男バス部は明日部活あるの?」


 その言葉に我に返った俺は頭を振り大丈夫だよと答えた。

 ……どういうことだ……? もしかしてループから抜け出せるのか? 由香里は死なずに俺は未来に帰ることが出来るのか?

 俺は夏の暑い日差しの中茫然と立ち尽くしていた。蝉の声がこだまして俺の頭の中で反響する。青い空は何も答えてはくれない。


「……しと、義人!」

「あ、ああ……ごめん、何?」


 由香里は口を尖らせてムッとしている。


「もう! 明日何時にするって聞いてるの!」


 俺は由香里が死なない可能性にホッとして答えた。


「5時限目終わったら門で待ち合わせしよう」

「うん、わかったぁ!」


 由香里は嬉しそうに笑った。

 この笑顔を守れるなら俺は代わりに死んでもいい。何度もそう思った。でもそれも終わるのかもしれない。「正解」は俺ではなく由香里にあったのかも。

 俺は大きなため息をついてから笑顔で由香里と手をつないで家へと帰った。


 翌日、俺は放課後に由香里とカフェデートを楽しんだ。由香里は分かれるまで死なかった。俺はこのループが終わったと確信して家路を急いだ。明日が来るのが楽しみだった。家に着いて、玄関のノブに手を伸ばした。その時大きな眩暈を感じてその場に座り込んだ。グラグラとして世界が回っている。思わず目を閉じた。


「これは……」


 ループする時の感覚だ。そんな馬鹿な……。由香里は死ななかった。だからループは終わったはずだ。終わったはずなんだ。俺は自分に言い聞かせるように繰り返した。


「何してるの?」


 俺は何度も聞いた台詞と俺の顔を覗き込んでいる由香里を見て絶望した。


 運命は簡単に変わらない。

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