ハロウィーンゾンビの落とし物

帆尊歩

第1話  ハロウィーンゾンビの落とし物

「郁美のデータをすべて消去してくれ」と僕は城戸に言う。

「ちょっと待て。郁美ちゃんはもうこの世にいないんだ。消去したらもう元には戻らない」

「分かっているよ」

「どうして。あんなに愛していたじゃないか」

「だからだよ。あんなの郁美じゃない」

「本気なのか」

「ああ」

「まあお前がそう言うなら。でも(昴1)は郁美ちゃんのデータで動いている。代替のデータが必要だし、4500テラのデータを消すには色々手続きが必要だから、10日くれ」

「ああ」


三年前、妻の郁美は不治の病に冒された。

余命三ヶ月の時、大学の同期の城戸が妙な提案をしてきた。

城戸は母校に残り、講師をしている。

提案はこうだ。

現在開発中のスパコンの(昴1)に郁美の記憶データを移植しないかという事だった。大学の研究費から出すので費用はかからない。会話も出来ると言う。最愛の妻のデータを残せるならと僕は同意した。

最初はPC端末に話掛ける程度だったが、半年もすると直に話したくなった。

要は、最初は電話だけの関係で満足していた彼女に、会いたくなる、自然の流れだ。

僕は城戸に相談した。

城戸は理工学部の知り合いに頼んで人型のアンドロイド、これも開発中の物だが我が家に持って来てくれた。

大学にある(昴1)と高速通信で会話が出来る。顔こそ郁美ではなかったが、会話をすればそれは郁美だった。

そんなアンドロイドの郁美が、ハロウィーンのゾンビのコスプレをした。

それは郁美が生きている頃良くやっていたコスプレだった。

アンドロイドの郁美が僕を喜ばせようとしたのだろう。でも、そんな物は郁美ではない。それから僕は郁美と会話をしなくなった。

アンドロイドの郁美は初めこそ戸惑い、とにかく僕に話掛けてきたが、その頃には郁美への思いは急速に萎えていたので、僕は基本無視していた。

そしてまたあの忌まわしいハロウィーンが近づいたとき、僕は城戸に郁美の全消去を依頼したのだ。


ハロウィーンまで十日を切ったころ、城戸から連絡があった。

「準備が出来たぞ」

「そうか、悪かったな」

「いやそれは良いんだけれど、もう一度聞くぞ。本当に良いんだな」

「ああ。あれは郁美じゃないんだ。郁美ではない物が郁美を語ることが我慢できなくなった」

「そうか。一週間くらいで消去が完了する。その時点で郁美アンドロイドは、電池が切れたように停止する。後日受け取りに行くよ、最後くらい優しくしてやるんだな」

「何だよそれ」と言ったけれど、まあ二年も一緒に暮らしたんだから、最後の一週間くらい優しくしてやるかと思った。


そして一週間後、ちょうどハロウィーンの日に郁美アンドロイドは、なんの前触れもなく、本当に電池が切れたように止まった。

今年はあの忌々しい、偽郁美のゾンビコスプレを見なくて済んだのだ。

三日後、城戸が似せ郁美を回収すると何だか家の中にぽっかり穴が開いたような錯覚に陥った。

そんなときリビングに見慣れないものが落ちていた。

それはUSBメモリーだった。ゾンビの落とし物か。PCで中身を見ると、動画だった。そこにはあの忌々しい、ゾンビ姿の郁美が写っていた。結局この格好をしたのかと、また嫌な気分になった。


「あなた。

やっと優しくなってくれてありがとう。

本当に嬉しいです。

ここ一年口を聞いてくれなくて本当に悲しかった。

何がいけないのか、何が原因なのか分からなかった。最初の頃の、あの楽しかった頃を思い出し、私は耐えました。

本当の郁美なら、声に出して、泣いたのでしょう。

でも私の出力装置に泣く機能はない。


あなたは前のあなたに戻ってくれた。

私に、

ありがとうと言ってくれた。

いただきますと言ってくれた。

ごちそうさまと言ってくれた。

美味しかったと言ってくれた。

お休みと言ってくれた。

おはようと言ってくれた。

そして私を抱き寄せて、

肩を抱いてくれた。

頭をなでてくれた。

私の横で笑ってくれた。


もう、私達はうまくやって行けるよね。

私はあなたの事を愛しているの。

愛なんて分からなかったけれど、郁美データの中にあなたの事を愛しているという記述があった。最初は分からなかったけれど。

あなたに無視をされていた時から、あなたが話掛けてくれるようになったとき、とても嬉しかった。

きっとこの感情が愛なんだと分かりました。

改めて、よろしくお願いします。わたし、もっと、もっと、あなたの良い奥さんになるよ。

きっとこれからは幸せで一杯になるね。

あまりに嬉しくて言葉になりません。

でもこれだけは言わせて。

あなたの事を愛しています。

愛しています。

愛しています。

何度でも言わせて、あなたの事を愛しています。

これからの事が楽しみでなりません」

そこで画像が終わった。

僕はなぜだか、涙を流していた。

日付は一昨日だ、郁美は楽しい未来を語っていたのに。僕はそれを消去し、郁美の期待を踏みにじってしまった。

リビングは、郁美がいたはずの空間がぽっかり穴になっていた。

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ハロウィーンゾンビの落とし物 帆尊歩 @hosonayumu

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