【短編版】人工精霊が生成する魔法で十分と効率厨パーティーから追放されたおっさん補助魔法師、ギルドを立ち上げてみた。人工精霊が規制される?ご愁傷様です

御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売

第1話 短編

 ──イチ……ニ……サン、いまっ


筋肉増量ハッピーマッスル!」


 俺の唱えた補助魔法が、前衛を支えるタンク役のアミーナの筋力を上昇させる。安全マージンを3秒ちょうど確保した、完璧なタイミング。


 俺の補助魔法で維持されているムキムキの盛り上がった筋肉で、敵を押さえ込み続けるアミーナ。

 話す余裕すらあるようで、アミーナは敵を押し込みながら他のパーティーメンバーと軽口を飛ばしあっている。


 ただその一方で、俺はアミーナから完全に無視される。


 まあ、それはいつものことだ。俺も、いまさら気にすることなく自分の役割を果たし続ける。


 俺の仕事のメインの一つは、頭の中で複数同時に数字をカウントしつづけること、だ。


 補助魔法師の俺の所属するパーティー、「クラッシャー」は、俺以外に、タンク一名、アタッカー三名の構成。


 その四名に俺は今、計七個の補助魔法を掛け続けて維持していた。


 補助魔法は継続時間と再詠唱までのクールタイムが決まっており、七個の補助魔法を切らすことなく運用していくには、脳内でのカウントが最重要なのだ。


 幸い、俺はこれが得意だった。安全マージンを三秒きっかりとったうえで、掛けた補助魔法を切らすことなく、パーティー全員分へ補助魔法を運用していく。


 ──ふぅ、戦闘、終わったようだな。さて、素材の剥ぎ取りをするか。


 戦闘を終えたパーティーメンバーたちが談笑し始める横で、俺は彼らが倒したモンスター、ダークフェンリルから素材となる毛皮の剥ぎ取りを始める。


 この素材剥ぎも、俺の仕事になっていた。

 とはいえ、細かい仕事も嫌ではない俺には、特に苦ではない。慎重に、最大限の大きさの毛皮が確保できるように、補助魔法で切れ味を増してあるナイフを走らせる。


 不満があるとすれば、一点だけ。


 ──あーあ。この太刀筋だと、毛皮の買取り価格、下がるなー。


 アタッカーで俺より年下ながら、パーティーリーダーをつとめる剣士、アンビー。

 そのアンビーのとどめの一撃により倒されたダークフェンリルから毛皮を剥ぎ取りながら、その雑な仕事に少しだけ、俺はもやっとする。


 ──アンビーには、脳内加速オーバークロックの補助魔法じゃなくて、器用さの上がる精密操作テクニカルアップの方が、素材買取りを考えた場合は絶対、良いと思うんだがな。とはいえ、本人の希望だしな……


 思っても口には出さずに黙々と剥ぎ取りを続けていると、いつの間にか談笑していたアンビーたちが静かになっている。


 どうしたのかとそちらを向くと、皆が俺の方を見ていた。

 と、アンビーが話しかけてくる。


「なあ、ゴーシュさん」


 一応、俺が年上ということでさん付けで話しかけてくれるアンビー。


 ただ、俺に向けるその表情から、どこか小バカにしたようなものを感じてしまう。

 しかし俺は、そんなことを感じている素振りは見せない。作業を続けながら淡々と返事を返す。


「何かな、リーダー」

「まだ、かかりそうか?」

「──あと少しで、終わる」

「ふぅ。俺もさ、あんたの仕事が馬鹿丁寧なのは、重々、わかってるつもりだ」

「──それは、どうも」

「ただなぁ、ちょっと困ってるんだよ」


 そういって、俺の肩に腕を回してくるアンビー。危ない。もう少しで剥ぎ取り途中の毛皮に余計な切れ込みが入るところだった。


 俺は剥ぎ取りを中断すると、アンビーの腕を外して振り返る。


 こちらを見るアンビーの表情には、俺への親しみは、欠片もなかった。


「いやねぇ、本当に俺はあんたの仕事を評価してるんだぜ」

「それなら──」

「ただねぇ、やっぱりパーティーのさ、方針とか、あるわけじゃん?」

「方針というと──」

「そう、最大効率で最短撃破よ。効率こそが、正義」


 それは、何度も言われたことだった。


 やれ、もう少し補助魔法の使用回数を減らして、効率をあげられないのか。

 やれ、剥ぎ取りの速度をもっとあげれないのか。エトセトラエトセトラ。


 そんなようなことを、常々アンビーから言われていたし、他のメンバーからも無言の圧として、感じていた。


「補助魔法の詠唱タイミングの安全マージンはこれ以上は、減らせない。前も説明したように、補助魔法は解除されるタイミングで、完全に百から零になるんじゃなくて、段階的に減少していくから」


 何度も繰り返した説明をする俺を無言で見ているアンビー。


「剥ぎ取りも、例え、買取り価格が下がらなくても、高品質で納品をすることで得られるギルドからの信頼は大切だ」


 そう言い募る俺を、片手をあげて止めるアンビー。


「ゴーシュさん、やっぱりあんたと、俺たち『クラッシャー』じゃ、方向性が違うのよ」


 一気に冷たい口調で、断定するように告げる、アンビー。

 そして方向性の違いについては薄々、俺も感じていたことであり、反論できなかった。


「さらに、いまだとさ、ほら。こういうものも出てる訳」


 そういって、アンビーが懐から取り出したのは、小さなカンテラのような見た目の物品。カンテラの中には、光る玉のようなものが浮いている。


 俺はそれを目にした途端、頭痛を覚え、吐き気を催す。その物品の由来を知っていたのだ。


「人工、精霊……」

「そう、今って魔法はもう、人工精霊の時代なのよ」


 人工精霊は、その名の通り人により人工的に作り出された精霊だった。

 登録された魔法群を、その人工精霊により低コストでいくらでも使用できるという触れ込みで、いま一躍、話題になっている魔導具だった。


 ただ、世の中にそんなうまい話はない、と俺は思っている。


 低コストに思えるのは、単に、魔法を発動する際に発生する魔素汚染を垂れ流しにしているからだ。

 一般的な魔法師は、魔法の発動と同時に、発生する魔素を除去する術式も組み込んで魔法を使う。


 何せ、魔素汚染は恐ろしい。

 生態系への悪影響はもちろんのこと、魔物の発生、そして強化に繋がるのだ。


 さらには、そもそも人工精霊の開発は、禁忌に触れる手法が使われたと、魔法師の間ではもっぱらの噂だった。


 少なくとも、無数の魔法師の脳髄がその作成過程で、惜しげもなく使用されたらしい。


 そうして完成した、おぞましい人工精霊だったが、アンビーの持つカンテラ型の魔導具は外見だけはピカピカに輝き、一見、最先端の魔導具を装っていた。


「──というわけで、な? わかるだろ?」

「その人工精霊があるから、不要な俺はパーティーを抜けろと?」

「ま、そんな感じだ。あんたの為にもなると思うぜー。なんせ、一人なら、好きなだけ馬鹿丁寧に仕事が出来るだろ?」


 そこで、他のメンバーたちがアンビーに追従するように、耳障りな笑い声をあげる。


 俺を嗤う彼女たちを一人ずつみていく。


 タンクで重騎士のアミーナ。普段は俺を無視するだけの彼女の顔も、嗤っている今は愉しそうだ。


 アタッカーの一人で、弓師のイネス。アンビーにだけ親しげに振る舞う彼女だったが、今は他の二人の女性陣と足並みを揃えたように哄笑している。


 アタッカーの最後の一人で双剣士のウーラオ。異国の生まれの彼女はいまいち表情が読めない。だが、俺を見る瞳はとても冷たく、アンビーの意見に賛成なのが伺える。


 そしてニヤニヤとした表情で人工精霊のカンテラを振ると、ここぞとばかりに魔法を唱えるアンビー。


「ほら、生成! 筋肉増量ハッピーマッスル!」


 それは俺がアーミナに使ったのと、現象だけは同じ補助魔法。


 アーミナの筋肉が、歪に膨らむ。アンビーに合図されて、アーミナが筋肉を誇示するようなポーズをとる。


 それは補助魔法師の俺から見たら、到底、見るに耐えない出来だった。


 発動にムラがあるから、筋肉が均一に強化されていない。

 そして魔法構成がぐちゃぐちゃで安定感の欠片もないから、継続時間がまったく読めない。

 そしてやはり、人工精霊特有の魔素の撒き散らしが、かなり酷い。


 こんなのを戦闘中に使用して、アーミナが十二分に戦えるとは思えない。

 さらには、撒き散らされた魔素汚染で、敵の魔物まで強化してしまいそうに見える。


 俺はせめて最後にアンビーにその事を諫言しようとする。


 今はこんな扱いを受けているが、彼ら四人が新人だった頃から、俺は年長者として、それなりに面倒をみてきたつもりだったし、時には諌めてきたのだ。

 そうして苦楽をともにしてきた絆はあると、俺は思っていた。


「アンビー、それは補助魔法として役に立たないし、危険──」

「はぁ、煩いんだよ、あんたはいちいち。そんなに自慢の補助魔法が、人工精霊に使われるのが悔しいのか?」

「いや、そういう訳じゃ」

「そもそも魔法が使えるからって、自分のことを偉いとでも、さんざん思ってんだろ?残念だったな、これからは人工精霊さえあれば魔法師なんていらない時代なんだよ」


 吐き捨てるように告げるアンビー。絆があると思っていたのは、どうやら俺の勘違いだったようだ。

 彼らの態度に、そして俺の代わりは人工精霊で十分だという物言いに、俺は諫言するのも馬鹿らしくなってしまう。


 そう、もうどうでも良くなってしまったのだ。


「わかった。俺はパーティーを抜ける。世話になったな」

「ふぅ、わかってくれて嬉しいよ。ゴーシュさんの道行きに幸、おおからんことを。あ、今回の報酬の分配、先に渡しとくぜ」


 そういって、金貨の入った袋を投げ渡してくるアンビー。それだけで、前々から俺を辞めさせる用意していたのが丸わかりだった。


「確かに」


 これで終わりだった。剥ぎ取りを途中で放棄して、俺はその場を立ち去る。


 こうして俺はそれなりの年月をともに過ごしたパーティーから、脱退したのだった。


 ◆◇


 翌日、俺は所属する冒険者ギルドに、「クラッシャー」からの脱退した、と申し出をしていた。

 ついでに冒険者ギルドからの離脱の手続きも行う。


 それには理由があった。


 ギルドのある建物のそこかしこで、俺と同じように魔法師たちがパーティーから外されている場面に出くわしたのだ。


 理由もほぼ同じだ。人工精霊の魔導具を手にいれたから、魔法師なんて不要だと言われているのだろう。

 つまり、このまま冒険者ギルドに所属していても俺の所属できるパーティーは無いということだ。


 よほど世間では、人工精霊が持て囃されているようだった。


 そうして俺が手続きを終えた頃には、ギルドの建物に併設されている酒場の隅の方に、なんとなく固まっている一団が出来ていた。みな、パーティーから外された魔法師達だ。


 俺は少し迷ったあと、そちらへと近づいていく。


 パーティーは違えど、同じギルドに所属していた面々なので、顔は見たことがある者たちばかり。十数名はいる。

 ギルドに所属している魔法師のほぼ全てだ。そこにいる面々の表情は一様に暗い。途方にくれたようにしている者たちばかりだった。


「よう、元「クラッシャー」所属の、ゴーシュ=ターだ。奢るから、河岸を変えないか」


 そういうと、最後にアンビーから投げ渡された金貨の入った袋を手に、俺はその場にいる魔法師たちに飲み場所を変えないかと提案してみたのだった。


 ◇◆


「とりあえず俺は冒険者ギルドからも独立したぜ」


 酒の入った杯を傾けながら、そう告げる俺の話に、同じように追放された魔法師たちが耳を傾けていた。


 もっと、ばぁっと騒ごうと意図してたのだが、そういう雰囲気にはならなかった。


 魔法師は、職業柄か、そういう感じの人物は少ないらしい。


 こんな俺ですら、陽気な方に分類されるかもしれないぐらいだ。


「ゴーシュさんは、ギルドをやめてどうするんですか?」


 ただ、酒が入って口は滑らかになったのか、ただ沈んでいた先程よりはマシになったように見える。


 質問をしてきたのは、回復魔法師の女性。たしか名前はマリアさんだったか。まだ若いが、回復魔法の腕は確かだという評判を聞いたことがある。


「俺は、新しくギルドを作ろうと思っている。魔法師のための、ギルドを」


 ざわざわとしていた酒場の一角が、シーンとなる。


「──そんなことが、出来るんですか?」


 重ねて尋ねてくる、マリアさん。その表情には懐疑と、一抹の希望のようなものが浮かんでいた。


「できる」


 俺は短く、肯定する。


「こ、根拠は、あるんですか?」


 実際は、ギルドを新しく作ることに、勝算なんて無かった。


「根拠は、まあ、ないな」

「えっ……」

「ただ、俺にたった一つ、確信していることがある」

「それは?」


 勢いこんで尋ねてくるマリアさん。他の魔法師たちも、俺たちのやり取りを食い入るように見つめている。


「俺たち魔法師を追いやった人工精霊は、必ず大きな問題を起こすはずだ。マリアさんは見たかな? 人工精霊が使われるところを」

「見ました」

「どう、感じた?」

「歪に感じました。それに魔素汚染がひどくて」

「そうだ。人工精霊が使われれば使われるほど、汚染は広まる。その対処はどう考えても俺たち魔法師にしかできない。その時、魔法師は必ずまた、世間から、いや世界から必要とされるはずだ」


 俺の予想する、その大きな流れは、必ず訪れるはずだ。


「その時、魔法師たちの受け皿になっているものが必要になる。それが魔法師による、ギルド。魔法師ギルドだと、俺は思っている。だから俺はギルド登録のため、ここロンドゲートを離れ、王都に向かうつもりだ」


 そこまで告げたところで、シーンと静まり帰ったら酒場の様子に気がつく。


 ──どうやら酒に酔って、話しすぎたか。皆をひかせてしまったようだ。ま、仕方ない。


 俺が、いけないいけないと反省をしかけた時だった。

 がしっと手を握られる。


 マリアさんだった。


「ゴーシュさん。ぜひ、私にも手伝わせてください」


 俺の手を握りしめながらそんなことを告げるマリアさん。

 俺がマリアさんに返事をする間もなく、取り囲む魔法師たちが皆、口々に同じように俺への賛同と協力を申し出てくる。


 その時、酒場はかつてない興奮に彩られていた。


 ◆◇


【sideアーミナ】


 ──口うるさいゴーシュの野郎が居なくなって清々したけど、あとはこの女狐どもが邪魔


 アンビーの左右を陣取って、色目を使っているイネスとウーラオ。

 それをじっと見つめるアーミナ。


 四人はゴーシュを追い出して数日後、冒険者ギルドに併設されている酒場で、Aランクパーティーへと無事、昇格した祝杯をあげているところだった。

 ゴーシュを追い出してすぐに申請をだし、無事に本日、パーティー「クラッシャー」は、昇格審査を通ったのだ。


 ──とりあえず今後を考えても、イネスとウーラオ、どっちか片方で、アタッカーは十分。そうしたら、アンビーの隣は私のもんだ。それにしても、アンビーは賢い。


 正面のアンビーをうっとりと眺めるアーミナ。端から見れば良くて、ずる賢い程度のアンビーだったが、学のない自覚のあるアーミナからするとアンビーは知性的な男性として映っていた。


 ──Aランクパーティーへの昇格に必要な功績ポイントは、パーティーメンバーの数で増していく、だっけ。無駄の塊だったゴーシュを辞めさせることで、その分、Aランクへの昇格を早めるとか、アンビーは流石。


 グッと酒の入った杯をあおるアーミナ。


 ──代わり映えのしない補助魔法を掛けるだけの、口煩くてつまらないばっかのゴーシュとは、本当に男としての格が違う。


 酒の力を借りて、与しやすそうなウーラオとアンビーの間に割り込もうとアーミナが立ち上がった時だった。


 四人が祝杯をあげているギルドの酒場の外で騒ぎが起こる。


「……なんだ、なんの騒ぎだ?」


 のんびりと声をあげるアンビー。

 ウーラオが何を考えているかわからない表情で片手をあげ、静かにするようにサインを出す。


「──魔物が街に入ったと騒いでいるのが聞こえる」


 耳に手を当てて告げるウーラオ。

 そこへ、ギルドの職員らしき人物が駆け寄ってくる。

 そのまま、緊急依頼の要請を告げるギルド職員。


「ち、めんどくせーなー」

「仕方ないわね。何せ私たち、Aランクパーティーなのだから」

「まーなー。よっしゃ。いっちょ、Aランクパーティー、初依頼。華々しく飾っときますかー」


 イネスの言葉に、めんどくさそうだったアンビーがやる気を出す。


「しかし、Bランクのワイルドボアか。Sランクの魔物であるダークフェンリルを狩ってる俺たち『クラッシャー』には、役不足だよなー」

「酔いざましにちょうどいい」


 イネスに対抗するように告げるウーラオ。


「はっ、ちがいねぇ」


 そうして『クラッシャー』の四人は武器を手に、意気揚々と酒場から外へと踏み出す。


 こちらへと向かってくる魔物たちの姿が遠目に見える。


「アンビー、人工精霊を頼む」

「おう。ほらよ、筋肉増量ハッピーマッスル!」


 カンテラ型の魔導具を乱暴に振り回し、人工精霊に補助魔法を生成させるアンビー。

 雑な出来のそれが、アーミナの筋肉を歪に膨らませていく。


「よっしゃ、こい、イノシシどもっ!」


 近づいてきたワイルドボアを引き寄せようと「挑発」をするアーミナ。


 低く構えたアーミナにワイルドボアが突進をかました時だった。

 余裕綽々だったアーミナの表情に、変化が起きる。


 何か変だという、気づき。


 異変を告げようとアーミナが声をあげかけたところで、二体目、三体目のワイルドボアが追加でアーミナへ突進してくる。


 それをアンビーは見ていなかった。


 これまでの、ゴーシュが補助魔法をかけたアーミナなら、Bランクの魔物にすぎないワイルドボア程度であれば十数体程度でもまとめて抑え込んできたのだ。


 それを基準に考えていたアンビーはアーミナに補助魔法をかけたあと、イネスとウーラオに請われて彼女たちにも補助魔法を掛けようとしていた。


 ただ、あまりに雑に人工精霊の入ったカンテラを扱っていたためか、次の補助魔法の生成が、うまくいかずにいた。


 そうして誰にも顧みられぬままに、アーミナはワイルドボアの殺到を受ける。

 そして歪に肥大しただけのアーミナの筋肉は、タンクとして何の役にも立たなかった。


 筋肉の保護が無い箇所から、アーミナの全身がワイルドボアたちの攻撃によって、ボキボキに骨折していく。


 遅ればせながら上がる、アーミナの苦痛に満ちた悲鳴。


「な、なんだ! どうなってる、アーミナ!」


『挑発』の効果が切れ、群がっていたワイルドボアたちが次の獲物へ突進しようと姿勢をかえる。するとようやく、アーミナの姿があらわになる。


 それはまるで、ぼろ雑巾のようだった。


 そのぼろ雑巾に向かって、必死に何が起きたか責めるように尋ねるアンビー。


 しかし、既に意識のないアーミナからの返事は無い。

 ただ、まだ息はあるようだった。

 こひゅー、こひゅーという、明らかにおかしな呼吸音がきこえてくる。


「あ、アンビー!いいからっ。 補助魔法、急いで!」

「それより攻撃しなきゃ、来ちゃうっ! 来ちゃうって!」


 左右から、うるさく騒ぐウーラオとイネス。


「うるせぇ!」


 迫り来るワイルドボアの圧に負けたように、カンテラをそちらへ投げつけ、剣を抜くアンビー。


 魔素を撒き散らしていたカンテラが、宙を舞い、ちょうどワイルドボアの一体に命中する。

 すると、魔素を吸収して、みるみるその毛皮が紅く紅く、染まっていく。


 その深紅のワイルドボアへと切りかかるアンビー。

 しかし剣は容易く、ワイルドボアの牙に弾かれてしまう。


「はっ?」


 起きたことが信じられないという顔をする、アンビー。


 自分の剣はダークフェンリルすら断ってきたという自信が、アンビーにはあったのだ。

 牙とはいえ、Bランクのワイルドボアごときが斬れないなんて、想像すら出来なかったのだろう。


 その呆けた顔のアンビーに、突進をする深紅のワイルドボア。

 その突進が掠めただけで、アンビーは高く高く、吹き飛ばされる。


「──かはっ」


 建物の壁に激突し、呼気を漏らすアンビー。

 すぐに同じようにして、イネスとウーラオも飛ばされてくる。


「はぁはぁ、ぐ、あれ、おかしい」

「痛い、痛い……アンビー、どう、するの……」


 口々にアンビーに話しかけるウーラオとイネス。

 イネスの方は当たりどころが悪かったのか、片腕が折れたようでしきりに痛みを訴えていた。


「──撤退だ」

「え、でも、私たちが逃げたらこの街は? 依頼も、失敗になる」

「うるせぇ、逃げるんじゃねえ、撤退だっ! ゴタゴタ言うと、置いてくぞ、ウーラオ!」


 八つ当たりするように告げるアンビーに、黙りこむウーラオ。

 そうして、『クラッシャー』の三名は、まだ息のあるアーミナを見捨て、任務を放棄すると一目散に逃げ出したのだった。


 ◇◆


「ゴーシュさまっ、ついにギルド開設の許可認定が出ました!」


 王都の宿で書類と格闘していた俺の部屋に駆け込んできたマリアさんが、勢いこんで告げる。


「流石だっ! マリアさん。ご助力いただいたマリアさんのご実家の方々にもお礼にいかないとな」


 俺はロンドゲートの酒場で協力を申し出てくれた回復魔法師のマリアさんを含む数名の魔法師たちと王都にいた。

 魔法師ギルドの開設に向け奔走していたのだ。


 そして、なんとマリアさんの実家が貴族家で、そこから国のギルド監理局に口添えをいただけた。そのことで、当初の予定よりも魔法師ギルドの開設は着実に進んでいた。


 そしてついに開設の目処が立ったという、マリアさんからの朗報だった。


 宿にいた賛同者の他の魔法師達の顔も、一気に明るくなる。ただひとり、マリアさんを除いて。


「その、ゴーシュさま。良い知らせと、悪い知らせがあります」

「──良い知らせは、なにかな?」

「人工精霊の使用を規制する法案が、議会に提出される予定だそうです」


 その知らせに更に室内が沸く。


「それは、本当に良い知らせだ。でも、なんでまた、こんなに早く?」

「──それは、悪い知らせと関連しています。ロンドゲートの街が、魔物によって落ちたと、連絡が」


 その知らせに、沸いていた室内が一気に静かになる。


「そして、ロンドゲートを落とした魔物は、深紅に染まっていた、と」


 そこに更なる爆弾を投下するマリアさん。


「魔素による存在進化個体っ!?」「ついに、恐れていた人工精霊による弊害が起きたか」「早すぎる……」「それは、生半可な者じゃ相手にならんだろ!」「それで規制の法案が出たのね」


 室内の俺とマリアさんを除く魔法師たちが口々に声をあげ始める。


 俺はそっと手をあげて、ゆっくりと室内を見渡していく。


 俺の視線に気がついた魔法師たちが、一人また一人と口をつぐむ。


「それは、これだけ早く魔法師ギルドの開設の許可が出たこととも、関係する訳だね?」


 俺がそう尋ねると、マリアさんが息をのむ。


「そうです。管理局より、通達です」


 そういって一枚の書類を差し出すマリアさん。

 受け取り、目を通す。


「──どうやら、ロンドゲートを落とした魔物たちを、どうにかするってのが、魔法師ギルドの開設の条件、及び初仕事になるようだ」


 手にした書類を振りながら、そこにいる皆に告げる。


「それはっ!」「ゴーシュさん、やるんですかい?」「行きましょうよ。わかりやすくて良いし」「魔素汚染、ほっとけない」


 一人一人、俺は魔法師たちと目を合わせ、その意思を確認していく。

 どうやら皆、やる気のようだ。


「よし、いこう。それにロンドゲートを俺たちの古巣だ。このままにはしておけない。皆、初仕事だ!」


 俺が告げると、皆から歓声が上がる。


 こうして俺、ゴーシュ=ターは自ら設立した魔法師ギルドの仲間たちと共に、違法となっる人工精霊が撒き散らす被害への対処に奔走していくこととなるのだった。



──────あとがき──────────

こちらは短編版となりまして、微調整した連載版も掲載を開始しました~

https://kakuyomu.jp/works/822139839856275199

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