第3話: 2035~2045:加速者の歩幅
——2035年。
世界の速度が、ようやくエロンに追いつきはじめた年だった。
廃工場から移転した新オフィスは、
かつて自動車修理工場だった広いガレージだ。
床に散らばるのは、工具と配線と、意味のわからない金属片。
壁には「火星移民計画・再試案」とメモが貼られている。
そして……今日も、爆発音が響いた。
「——来たッ!」
火花を浴びながら飛び出してくる若者。
その後ろで、巨大なタンクから白煙が噴き出している。
「また爆発?!」
「違う!今のは“成功に近い爆発”だ!!」
その言葉に、
奥からゆっくり歩み出る“狂人”がいる。
エロン・マヴロス。
45歳。
白衣の袖をまくり、
油まみれの手で髪をかき上げながら言った。
「やっと “空に届く形” が見えてきたな。」
周りのエンジニアたちは呆れつつも、
どこか誇らしげに笑う。
「空じゃなくて、“宇宙”だろ……あんたの場合。」
◇◇
2037年
Starship-FR(完全再使用)初成功
世界が変わった瞬間だ。
夜のケネディ宇宙センター。
星空の下、巨大な影がゆっくりと降りてくる。
まるで空を逆流する滝のように、炎の柱を曳いて。
着地の衝撃が地面を震わせる。
煙の向こう、
完全再使用型ロケットが、無傷で立っていた。
「——成功だ。」
操作室が静まり返る。
次の瞬間、
歓声が爆発した。
「やったぁぁ!!!」
「化け物だ、こいつ!!」
「これで火星へ行ける!!」
モニターの前で、
エロンはただ淡々と言った。
「一歩目だ。
ここから始めよう。」
その淡白な言葉とは裏腹に、
手は震えていた。
十年後、この一歩が
人類を火星まで追い詰める足取りになる
など、誰も思っていなかった。
◇◇
2038〜2042年
Nicloas、 SpaceC、Netlink→ Vanguardのプロトタイプ
この頃、世界はエロンを天才とも救世主とも呼んだ。
だが近い者ほど知っている。
彼がやっていることは“天才”ではなく“執念”だ。
朝。
エンジニアが工具を運ぶ。
「エロン、寝たか?」
「寝てるわけないだろ。
AI 学習のログが 2.3% ずれてた。」
「それ寝ないと治らないズレなんだが……」
昼。
オプティマス(人型ロボット)の脚部がまた折れる。
「折れたぞ!!」
「なら、折れない脚を作れ。」
「……それを今作ってるんだよ!!」
夜。
星の光の下、エロンが車の影に座り込む。
「火星は“一人きりの文明”を作れる場所だ。」
「……またそれかよ。」
「地球は複雑すぎる。
火星は、失敗しても誰も怒らない。」
「いや怒るだろ、死ぬし。」
エロンは珍しく、少し笑った。
「じゃあ、生き延びるように作るだけだ。」
彼の言葉は、
いつも「不可能」を前提にしていない。
——“できるまでやる”。
それだけだ。
◇◇
2043年:世界の反応
世界が徐々にざわつき始めた。
“火星移民計画”が現実味を帯び、
人々は期待と不安を同時に抱き始める。
記者会見で質問が飛ぶ。
「エロン氏、
火星に本当に 10 年以内に人を送れるのですか?」
「送るだけなら、5 年だ。」
「……は?」
「問題は帰ってくる手段だ。
それがややこしい。」
会場がざわつく。
記者たちが不安そうに顔を見合わせる。
「では帰れない可能性も——?」
「もちろんある。
最初の移民は、“片道切符”だ。」
沈黙。
しかしエロンは、
どこか熱を帯びた目で続けた。
「だからこそ、行く価値がある。」
◇◇
2045年:異物感
この年を境に、
世界とエロンの歩幅が、再びズレ始めた。
地球はまだ、
AI、気候危機、金融バブルで揺れていた。
そんな中、火星基地の設計図が公開される。
反応は——二分された。
「すごい!
本当に行けるんじゃないか!」
「やりすぎだ。
この男は危険だ。」
「地球の問題を放置して宇宙へ逃げるつもりか?」
賛辞と批判の波。
どちらも激しく、終わりが見えない。
深夜、
一人残ったエロンが図面を眺めていると、
古いエンジニアの男が声をかけてきた。
「……なぁエロン。
お前、最近“追われてる”感じがする。」
「追われてるよ。
未来に。」
「……は?」
「地球はスピードを落としてる。
俺は加速してる。
ただ、それだけだ。」
男は苦笑した。
「お前、ほんとに“変わらねぇな”。」
「変わる理由がない。」
エロンは
火星の地図を指でなぞりながら言った。
「これは逃避じゃない。
保険だ。
文明の、な。」
その声には、迷いがなかった。
だが同時に——
どこか「孤独」な響きもあった。
世界は、彼の歩幅にもうついて来られない。
その事実に、彼自身だけがまだ気づいていない。
この違和感こそ、後の
“TFD vs Vanguard”
の決定的な溝へと育っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます