成り上がったモブ子さん
安珠あんこ
成り上がったモブ子さん
さて、今回お話しますのは、とある街に暮らす平凡な女性の、ちょっと不思議な物語でございます。
舞台は、「ダンジョンクエスト」という、昔からあるロールプレイングゲームの中の世界。
このゲームの中に、アンバータウンという大きな街がありまして。
その街に一人の娘さんがいたんですが、これがまあ、可哀想なお方でしてねえ。
お名前? いやいや、名前なんてございません。実はこの娘、ただの「街の住民A」、いわゆるモブキャラのモブ子さんでございます。
この娘さんの仕事はただ一つ。
来る日も来る日も、街の入口に立っておりまして、やって来る冒険者に話しかけることです。
「ようこそ。ここは、アンバータウンという街ですわ」
これしか言わない。セリフはたったこれだけでございます。
そりゃあもう、毎日同じことの繰り返し。
右から来る冒険者に「ようこそ」、左から来る冒険者に「ようこそ」、たまに後ろから来ても「ようこそ」。
そんな毎日を繰り返すうちに、さすがにうんざりしていたモブ子さん、別なセリフも話してみたいと考えるようになったのでございます。
ある晩のことでした。モブ子さん、珍しく夢をみています。彼女の目の前には、不思議な雰囲気を醸し出す、謎の男がいました。
彼は、モブ子さんにやさしく語りかけます。
「毎日毎日同じセリフばかり言わされて、もう限界なんだろう? それなら、この夢の中でがんばってみなさい。がんばればきっと夢は叶う」
この男、そんなことを言ってモブ子さんの前から立ち去っていったんです。
それで、モブ子さん、この夢の中で何をしてるかと思ったら、なんと、ゲームのシナリオライターになっていて、自分でこの「ダンジョンクエスト」のゲームシナリオを書いていたんです。
「これは、ダンジョンクエストのシナリオ。これを書き換えて私を主役にしてしまえば……」
シナリオライターなら、自分が出てるゲームのシナリオを書き換え放題。こりゃあチャンスだっていうことで。
「とりあえず、最強の魔法使いになった私が勇者様を助け、魔王を倒し、ついでにイケメン王子様と結婚しちゃうの!」
とくれば、まあ、筆が走る走る。
ところがどっこい、世の中そう甘くはございません。夢の中のモブ子さん、シナリオを読んだゲーム会社のディレクターに呼びつけられます。
「何これ? ライターちゃんさあ、なんで住民Aが主役やってんのー? もう納期近いんだから、おふざけはやめてよー! とっとと戻しといてね!」
「……すいませんでした」
──モブ子さんの必死の努力も、ディレクターの一喝で水の泡。無情ってのはこういうことを言うんですねえ。
ですが、このモブ子さん、これぐらいでへこたれるようなヤワなモブじゃあなかった。
「やはり、いきなり自分を主役にするのはやりすぎだったようね……」
それなら、気づかれないように書き換えてやるっていうことで、モブ子さん、街の中に誰も知らない隠しダンジョンへの入口をこっそり追加しちゃいます。
しかもそのダンジョンの入口を知っているのは、このモブ子さんこと、『街の住民A』だけ。
「裏ダンジョンに挑むには、もっと私に話しかけてくださいね」
なんてセリフも、しれっと追加していました。
前回こっぴどく叱られたモブ子さんは、慎重でさあ。あのディレクターにバレないように、二百回以上連続で話しかけないとセリフが変化しないようにしたから、最初は誰も気づかなかった。
ところが世の冒険者ってのはウワサ好きですからねえ。
街の入口で連続して住民Aに話しかけたら、裏ダンジョンに行けるってウワサがあっという間に広まってしまって。
そしたらもう大変ですよ。
「おいおい、あの住民A、めっちゃ重要キャラじゃねえか!」
「彼女がいないと裏ダンジョンで最強装備取れないらしいぞ!」
なんて話が出るわ出るわ。
しまいには──。
「A子様可愛い! もっと喋ってほしい!」
なんと、裏ダンジョンそっちのけで話しかけてくる熱心なファンまで出てきた。
何も知らないディレクターは──。
「ライターちゃんが、前にふざけて主役にしようとしたモブキャラの子いたでしょ? あの子、何か人気出ちゃったのよ。不思議なこともあるのねえ」
このモブ子さん、ディレクターに気づかれないように、こっそりと裏ダンジョン挑戦の鍵を握る人気キャラへと成り上がることに成功したのでございます。
ところがどっこい、そんな「裏ダンの案内役」に成り上がったモブ子さんにも、またまた欲が出てきたんでございます。
最初こそ裏ダンジョンの案内役として、冒険者をダンジョンに導く役回りを楽しんでいたモブ子さんでしたが……人間ってのは本当に欲深いもんでしてね。
「……なんか、私が案内してあげてばっかりじゃない? 私も冒険したいんだけど」
そう思ったモブ子さん、いつも自分に話しかけてくる冒険者に思いきって話しかけます。
「いつも話かけてくれてありがとう。どうしてあなたは私に話しかけてくれるのに、裏ダンジョンにはいかないの?」
モブ子さんに好意を寄せていた冒険者くんは、これに大喜び。でも、冒険者くんはまだ冒険者としては駆け出しだったから、泣く泣くその申し出を断ることにしたんです。
「僕は、あなたと話しているだけで十分幸せなんです。それに、僕なんかじゃ、裏ダンジョンに行ってもすぐやられてしまうから」
大好きなモブ子にいいところを見せられない少年。悲しいねえ。でも、モブ子さん、そんな少年に魅力的な提案をするんです。
「それなら、私と一緒に裏ダンジョンを攻略しない? 二人ならきっと攻略できると思うの」
これには少年も驚いて、思わず聞き返したんでさあ。
「本当ですか? 天使様と一緒に冒険できるなんて、夢みたいだ」
「天使様?」
「すいません。天使様のように綺麗だから、勝手にそう呼んでいたんです」
少年からしたら、本当にモブ子さんは天使様だよ。いや、女神様でもおかしくないよ。
「まあ、そうだったの。うれしいわ。それじゃあ、二人で裏ダンジョンに行きましょうねえ」
モブ子さん、少年の手を握ってにっこりと微笑みます。もう神です。女神確定ですね。
「まだ、名前、聞いてなかったね。なんていうの?」
「僕はニコル」
「ニコルか、いい名前ね。……ごめんなさいね。私には名前が無いの」
「そうなんですか。それじゃあ、天使様でいいですか?」
おいおいにこるん。そこは女神様だろう? 地雷を踏みに行くんじゃないよ。
「天使様か、悪くないけど、ちゃんと名前で呼んで欲しいなあ。そうだ。君が私に名前をつけてよ」
「──僕でいいの?」
「ええ、あなたに名前をつけてほしいの」
「それじゃあ、アリシアはどうかな?」
「アリシアか、素敵な名前だわ。うん、今日から私はアリシアになるね。ありがとう、ニコル」
アリシアさんはにこるんの手にキスをします。あんたも罪な女やなあ、モブ子さん。男の扱い方をよく知っていらっしゃる。こんなんされたら、惚れてまうやろ!
こうして、二人は協力して裏ダンジョンを攻略することになったのでございます。
裏ダンジョンはアリシアさんが作ったので、彼女は内部の構造やトラップを全て熟知しています。
しかし、一つ問題がありました。アリシアさんにはまったく戦闘経験がなかったことです。
「ニコル、裏ダンジョンのモンスターは強力なの。少しトレーニングをして、レベルを上げてからいきましょう」
「トレーニングか。僕、二人でやったことはないけど……」
「大丈夫、私の知っているやり方でやれば、きっと強くなれるはずよ」
元モブ子のアリシアさん、このゲームの脚本を書いている時に、このゲームの魔法やスキル、仕組みなども全て調べあげていたのです。
彼女の知識を活かしたトレーニングによって、二人はどんどんと強くなっていきます。
「よし、主要なスキルと魔法は習得できた。あとは実戦あるのみ。ダンジョン内でとにかく魔物を狩って、レベルを上げていきましょう」
アリシアさんとにこるんはダンジョンの中で魔物を倒しまくり、レベルを上げていきます。
「よし、お互い十分レベルが上がったね。そしたら、次はこのダンジョンの隠しアイテムを取りに行こうか。ここのボスを倒すには必須だからね」
「アリシアはなんでも知っててすごいな。やっぱり君は天使様だ」
にこるんは尊敬の眼差しでアリシアさんを見つめています。モブ子さん、すっかり少年を手なづけたようです。
「浮かれるのはまだ早いわ。このアイテムを取るには、強敵のエンシャントドラゴンを倒す必要があるの。気を引き締めていきましょう」
このゲームでエンシャントドラゴンは最上位のモンスター。要するに、強すぎるんです。
ですが、このアリシアさん、ドラゴンの背後に取り付くと、身体の構造上、攻撃手段が無くなるというドラゴン特有の弱点を知っていました。
そうと決まれば話は早い。アリシアさん、素早くドラゴンの背中に取り付きます。
「今よニコル。ドラゴンにトドメを刺して」
「わかった。これで決める!」
覚悟を決めたにこるんが、魔力を込めた剣でドラゴンの首を一閃。ドラゴンの首はごとりと地面に落ちました。
「さすがニコル。これでこのダンジョンのボスに対抗できるアイテムが手に入るわ!」
こうしてレアアイテムを手に入れた二人は、いよいよ、このダンジョンのボスに挑むことになるのです。
裏ダンジョンの最奥まで、到達した二人の目の前に、巨大な悪魔が現れます。
今回の敵さん、今までの敵とは明らかに違う、おぞましい殺気を放っています。
「このボスは状態異常の効果をこちらに与えてくるの。だから、状態異常を無効にするアイテムが必要なの。それが、このボスに挑むための必須条件ってわけ。それはさっきのドラゴン倒して手に入れてあるから大丈夫よ」
でも、さすがに裏ダンジョンのボス。それだけで勝てるほど、ヤワな相手じゃない。
あっという間に二人は追い詰められて、ピンチを迎えてしまいます。
敵の攻撃をまともに喰らってしまい、死にかけているアリシアさん。満身創痍の彼女は、同じく死にかけているにこるんに回復魔法をかけてから、空間転移の魔法でダンジョンの外へと離脱させます。
「はぁ、はぁ……。私がこいつを引きつけるから、ニコル、あなたはここから離脱して……」
「そんな、アリシア……君だけ置いて行けないよ!」
「冒険に誘ったのは私だから。ニコル、私に名前をつけてくれて、ありがとうね。あなたは生きて、私の分も、これからの人生を楽しんでね」
最後の力を振り絞ってダンジョンの外までにこるんを転送したアリシアさん。
しかし、何故か彼女は不敵に笑っているのであります。
「ニコル、ごめんね。実は私、全ての魔法とスキルの知識を持っているの。だから、レベルを上げて、十分に経験を積めば、全部使えるようになるのよ」
回復魔法を唱えて一瞬で身体の傷を回復したアリシアさん。なんと、彼女はまだ、力を隠していたようです。
「裏ダンジョンを攻略してしまうと、もうこのゲームでやることが無くなってしまうのよねえ。でも私、いいこと思いついたの。私がこの裏ダンジョンのボスになればいいんだって。そしたらダンジョンの挑戦者たちが私に挑んでくるから、退屈しないで済むものね。さて、もうお前はいらないから、私が力をもらってあげるわ」
本気を出したアリシアさん。魔力を込めた右の拳で裏ボスの悪魔をぶん殴って戦闘不能にすると、このボスの魔力を自身の身体へと吸収していきます。
ボスの力を奪い、最強の存在となった元モブ子のアリシアさん。彼女はダンジョンの最奥で、冒険者たちを待ち受けることにしたのです。
「これでいい。これからは私がこの裏ダンジョンのボスよ。さあさあ、私に挑戦してきなさい。誰が挑んできてもこの私が返り討ちにしてあげますわ!」
こうして、アンバータウンの入口に立つ『街の住民A』は、『裏ダンジョンの案内役』となり、最後は『最強の裏ボス』と成り上がったのでございます。
最初に彼女に挑んだ冒険者はこう言いました。
「こいつ、本当にあの住民Aか? ラスボスより強くなってんだけど……」
次に彼女に挑戦した二人目の冒険者は泣きました。
「こんなの勝てっこない! 毎ターン自動HP全回復とか無理ゲーじゃん!」
その次に挑戦した住民Aの熱心なファンはその勇姿を見て、逆に喜びました。
「ああ、住民A様、最強すぎてマジ神です!」
さあさあ、アンバータウンへお越しの冒険者の皆様、街の入口に立つモブ子さんに話しかけるのもほどほどに。
彼女に二百回話しかけるとセリフが変化して──。
果たして貴方は『裏ダンのボス、アリシア様』に勝てますかな?
本日はこれにて、お開きといたしましょう。
成り上がったモブ子さん 安珠あんこ @ankouchan
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