幼馴染に恋人がいると勘違いして諦めたら実は俺のことがずっと好きだったらしくて今めちゃくちゃ甘やかされてる

@stay_

第1話

 俺、桐谷遼が片想いを諦めたのは、先週の金曜日のことだ。


 放課後、校舎裏でたまたま見てしまったんだ。幼馴染の白石美咲が、三年の高坂先輩と笑いながら話しているところを。


 美咲は俺の隣の家に住んでいて、小学校からずっと一緒だった。いつも明るくて、ちょっとおせっかいで、でも優しい。気づいたら好きになっていた。


 でも、先輩みたいなイケメンで優しい人が相手じゃ、俺なんか勝ち目がない。


「……そっか」


 俺は諦めることにした。美咲の笑顔が見られるなら、それでいい。友達のままでいられるなら、それで十分だ。


 そう思って、美咲との距離を少しずつ取るようにした。


 朝の「おはよう」も短くして、一緒に帰るのも断るようにした。休み時間も、なるべく美咲と目を合わせないようにした。


 美咲が幸せならそれでいい。俺が邪魔になるくらいなら、いっそ離れた方がいい。


 そう信じていた。


 でも、美咲の様子が変だった。


「ねえ、遼。最近冷たくない?」


 月曜の昼休み、美咲が俺の机に手をついて覗き込んできた。


 距離が近い。いつもの美咲だ。甘い匂いがする。でも、もうこんな距離にいちゃいけないんだ。


「別に。普通だよ」


「普通じゃないよ。朝も一緒に来なくなったし、帰りも断るし。何かあった?」


 美咲の声が少し震えていた。不安そうな表情で俺を見つめてくる。


 ダメだ。こんな顔を見せられたら、俺の決心が揺らぐ。


「何もないって。ちょっと忙しいだけ」


「嘘。遼、私のこと避けてる」


 図星だった。でも認めるわけにはいかない。


「気のせいだよ。先輩との時間、大事にしろよ」


「先輩? 高坂先輩のこと?」


 美咲が目を丸くした。


「そう。お前ら、付き合ってんだろ?」


 その瞬間、美咲の顔が真っ赤になった。


「は? 付き合ってない! なんでそんなこと思ったの!?」


「だって、校舎裏で楽しそうに話してたじゃん」


「それは……」


 美咲が口ごもった。やっぱり図星か。俺の胸が痛む。


「いいよ、別に。隠さなくても」


「違うの! あれはね、高坂先輩に恋愛相談してたの!」


「恋愛相談?」


「そう! 好きな人がいるんだけど、どうアピールしたらいいか聞いてたの!」


 美咲の声が大きくなった。教室中の視線が集まる。


 好きな人。


 美咲に、好きな人がいる。


 やっぱり、そうなんだ。諦めて正解だった。


「そっか。頑張れよ」


 俺はそれだけ言って、立ち上がった。これ以上この場にいたら、泣きそうだった。


「ちょっと、遼!」


 美咲が俺の腕を掴んだ。力強く、離さない。


「何?」


「その好きな人って、遼のことだよ!」


 時間が止まった。


 教室中が静まり返った。


「……は?」


「だから! 私が好きなのは遼! ずっと前から!」


 美咲の顔が真っ赤だった。目には涙が浮かんでいる。


「で、でも、先輩と……」


「高坂先輩に相談してたのは、遼を振り向かせる方法だよ! 遼がいつも私のこと友達としか見てくれないから、他の人と仲良くして嫉妬させようって!」


「嘘だろ……」


 俺の頭が真っ白になった。


 美咲が、俺のことを。


 ずっと前から。


「嘘じゃない! 本当だよ! なのに遼が急に冷たくなって、もしかして嫌われたのかなって思って……」


 美咲の声が震えている。涙が一粒、頬を伝った。


「待って、泣かないで」


 俺は慌てて美咲の肩に手を置いた。


「俺も、美咲のこと好きだった。ずっと」


「……え?」


 美咲が顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔が、信じられないという表情でこっちを見ている。


「好きだよ。小学校の時から、ずっと」


 言葉にしたら、胸がすっと軽くなった。


「じゃあ、なんで冷たくしたの?」


「お前に恋人がいると思ったから。邪魔したくなかった」


「バカ」


 美咲がぽかぽかと俺の胸を叩いた。でも力はない。


「バカ。バカバカバカ」


「ごめん」


「謝らないで。私もバカだから」


 美咲が俺の制服を握りしめた。


「お互い、勘違いしてたんだな」


「うん……」


 しばらく二人で立ち尽くした。教室中が注目しているのが分かったけど、もうどうでもよかった。


「あのさ、美咲」


「何?」


「付き合ってくれる?」


 美咲がぱっと顔を上げた。満面の笑みだった。


「うん! ずっと待ってた!」


 その日から、俺たちは正式に恋人同士になった。


 次の日の朝、美咲が俺の家のチャイムを鳴らした。


「遼、一緒に学校行こ!」


「お、おう」


 玄関を開けると、美咲がにこにこ笑っている。いつもより可愛く見える。いや、昨日から世界の色が変わった気がする。


「手、繋いでもいい?」


「ああ」


 美咲が俺の手を握った。柔らかくて、温かい。


「えへへ、恋人同士だもんね」


「そうだな」


 歩き出すと、美咲がぴったりと寄り添ってきた。


「ねえ、遼」


「ん?」


「昨日からずっと考えてたんだけど、私たちって両想いだったのに、お互い勘違いしてすれ違ってたんだよね」


「そうだな」


「もったいなかったね」


 美咲がくすっと笑った。


「でも、これからはずっと一緒だから」


「ああ」


 学校に着くと、クラスメイトたちが俺たちを見てざわめいた。


「おお、桐谷と白石、マジで付き合ってんのか」


「昨日の告白、ガチだったんだ」


「お似合いじゃん」


 恥ずかしいけど、悪い気分じゃなかった。


 昼休み、美咲が俺の弁当を覗き込んできた。


「遼のお弁当、おいしそう」


「食うか?」


「いいの?」


「ああ」


 俺が卵焼きを箸で掴んで美咲の口元に持っていくと、美咲が嬉しそうに食べた。


「おいし! じゃあ私のも食べて」


 美咲が自分の弁当からおかずを取って、俺の口に運んできた。


「あーん」


「……あーん」


 周りがまたざわついた。でも、もう気にならない。


「ねえ、遼」


「何?」


「放課後、一緒に帰ろ? 途中でクレープ食べたい」


「いいぞ」


「やった! デート!」


 美咲が満面の笑みで言った。


 放課後、俺たちはクレープ屋に寄った。美咲がチョコバナナを頬張りながら、幸せそうに笑っている。


「おいしい!」


「よかったな」


「遼も一口食べる?」


「いや、いい」


「いいから! はい、あーん」


 美咲が俺の口にクレープを押し付けてきた。甘くて、美咲の温もりが伝わってくる気がした。


「どう?」


「うまい」


「でしょ? これから毎日一緒に帰ろうね」


「ああ」


 家に着くと、美咲がちょっと寂しそうな顔をした。


「もう帰らなきゃ」


「また明日な」


「うん。ねえ、遼」


「ん?」


「好き」


 美咲がもう一度、真っ赤な顔で言った。


「俺も」


 美咲が嬉しそうに笑って、自分の家に走っていった。


 その夜、スマホに美咲からメッセージが来た。


『今日は楽しかった! 明日も一緒に行こうね! おやすみ、遼♡』


 俺は笑顔でメッセージを打った。


『おやすみ、美咲』


 勘違いから始まった恋だったけど、今はこんなに幸せだ。


 美咲がずっと俺のことを好きでいてくれたこと。


 俺もずっと美咲が好きだったこと。


 それが分かって、世界が変わった。


 これからは、すれ違わない。


 ずっと、一緒にいる。


 俺たちの、新しい毎日が始まった。

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