Go God Goo Good
藤泉都理
Go God Goo Good
あんたも言っていたわよ。
じいちゃんの葬儀が終わり火葬場へと到着し、用意された休憩室でお菓子を食べながらじいちゃんが火葬されるのを待っている間、目を充血させた母さんが俺に言った。
おじいちゃんが死に際に呟いた言葉を、生まれたばかりのあんたも言っていたのよ。
俺はどうしても仕事が休めず、じいちゃんの死に際に立ち合ってはいなかったので、じいちゃんが何を呟いたかは分からない。
母さんにどんな言葉を呟いたのかを聞こうとした時に、母さんはおじさんおばさんたちの昔話に加わってしまい、俺は俺で兄ちゃん姉ちゃんといとこたちの現状話に加わって、そのまま担当の人が知らせに来てじいちゃんの骨を骨壺に入れて、タクシーに乗って帰って行ったので結局、じいちゃんも生まれたての俺も何を言ったのかは分からないまま。
年は流れて、付き合っていた彼女の妊娠が分かり、俺も結婚して、出産する時が訪れ、お義母さんと母さんと一緒に分娩室の前で待っていた時だった。
お義母さんと母さんの談笑が一区切りついたのだろうか。母さんが緊張しまくって半ばパニック状態に陥っていた俺に話しかけたのである。
あんたの天使ちゃんも言うかしらね。
え。なに。なんて。
もう。しっかりしなさい。父親になるのよ。父親に。
わか。分かってるよ。分かってるから、こんなに緊張してんだろ。
はぁあ。心配だわ。生まれたばかりのあんたが呟いた時、もう天才が生まれたって、父さんと一緒に大はしゃぎしたってのに、そんじょそこらの男性と変わらない、いえ、情けない男性になっちゃった。
わるうございましたね、情けない男で。で。ああ。それってじいちゃんも死に際に呟いてたってやつ。
そうよ。ふふ。ねえ。天国に向かうおじいちゃんと天国から来たあんたが同じ言葉を呟くなんて。しかも多分英語。多分、すごいいい言葉だと思うんだけど。正確に文字で書けって言われたら多分無理。
英語。へえ。英語。って。母さんも父さんもじいちゃんもばあちゃんも日本人だよな。
天国ではみんな英語で話しているんじゃない。
はあ。
ほらもうしゃきっとしなさいよ。
冷水に頭を突っ込んでこようかな。母さんと話していたら落ち着くかと思ったけどそうでもないし。意識が朦朧としてきた。
もう。あんたの愛する人は頑張って頑張って頑張っているってのにもう。
うう。俺は。俺は。だめな男で父親だ。
そうよ。あんたは今最下層に落下し続けていつか底に辿り着く。けどそこから這い上がるだけ。大丈夫よ。
励まされたようなそうでもないような。
ほら。今からあんたとじいちゃんが紡いだ尊い言葉を伝えてあげるから、天使ちゃんが言っているかどうか確かめて来なさい。
「え。ちょ。わっ」
怖くて怖くてどうしようもなくて出産の立ち合いを躊躇していた俺を無理矢理立たせた母さんは素早く俺の背中に回って呟くと、俺の背中を勢い良く押したのであった。
踏ん張るはずだった俺の脚は簡単に動き続けて、汗だくで真っ赤になっている彼女の元へと辿り着いた。
途端、生まれたと、彼女は呟いて、くしゃくしゃに顔を歪ませて、俺の腕を強く掴んでもう一度、力強く言った。
生まれたの。
のろのろと、
俺は視線を上げて彼女から看護師さんに抱えられた天使を見た。
天使は目が見えていないはずなのに、確かに顔を俺に向けて、言ったのである。
幻聴だったかもしれない。
生まれたての赤ん坊が言えるはずがない。
だけど。
透明度が高く冷たい湖の中にただただ沈んで行くような、浮かんでいくような心地の中。
俺が天使の言葉を聞き届けた途端、天使がけたたましい泣き声を上げたのである。
元気な女の子ですね。
看護師さんの言葉に大号泣した俺は、とにかく、彼女と天使にありがとうと言い続けたのであった。
いつか俺は言えるだろうか。
生まれたての君が俺に言ってくれたんだって。
俺も、君の曾じいちゃんも言ってたんだって。
言いたい。伝えたい。だけど。
一番の懸念は、怒涛の勢いで押し寄せる感情に翻弄され続ける俺が、この刻の言葉を覚えていられるかどうかだった。
ほんと、なさけなくてだめなとうさんでごめんな。
(2025.11.2)
Go God Goo Good 藤泉都理 @fujitori
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