第2話
これは、明治時代末期。いつものように春風が新聞を眺めていた時の話である。
「なにか新しいおはなしのってるかなぁ、」
るんるんで春風は新聞を捲った。そこで春風は言わずと知れた明治の文豪、夏目漱石の処女作、「吾輩は猫である」を見つけることとなった。
「新しいお話だ! 『吾輩は猫である』……か。あ、でももうすぐお店を開ける時間だ……、これは後で読もう」
名残惜しそうに新聞を閉じた春風は開店準備のために1階へと降りていった。
「ん〜、今日もいい天気だなぁ……。お客さん来てくれるといいなぁ」
7時、8時、9時、10時、11時……時は刻々と過ぎていく。にも関わらず、お客さんは1人も来ない。今日はそういう日らしかった。
「今日はお客さん来ない日だぁ……、もうお昼だし何か買いに行こうかな」
応接間のテーブルにべちゃあと上半身を預け、不機嫌そうにしっぽを振っていた春風は、ため息を吐いた。仕方がないから猫耳としっぽを仕舞って、店の外へと出て行った。
「お、春風ちゃん珍しいね、どうしたの、こんな昼間から」
「今日はお客さんが来ない日っぽいので買い物に来ちゃいました!」
近所の酒屋のご主人に声をかけられた。春風は猫又なだけあって酒豪だ。可憐な外見からは想像がつかないくらいに飲むし、酔わない。
「そうかぁ、今朝新しい酒を入れたんだが、どうだ? 買っていかないか?」
「お酒……飲みたい、でもまだ一応仕事中…………1本、ください」
散々悩んだ結果、春風は結局お酒には勝てなかった。これに関しては猫又の、というか妖怪の性であるから仕方がない。
「またお酒の誘惑に勝てなかったぁ、仕事終わったら飲んじゃおうかな……」
お酒を戸棚の奥に仕舞いこみ、春風は再び応接間の椅子に腰を下ろした。が、結局午後もお客さんは来なかった。
「うにゃぁ……誰も来なかった、流石に寂しい。あ、朝読めなかったやつ呼もーっと」
ぼふんっと音を立ててベットに飛び込んだ。新聞連載のそれは何ヶ月かかけて完結するらしい。
「続き楽しみだなぁ……むにゃ」
この時代ではまだ高級品のはずのベットは、江戸時代に知り合ったとある男性の子孫の店で買ったものだ。
「やっぱりいい人だったなぁ、あの人の子孫は、せめて友達になっておけば良かったかも……」
そんなことを考えているうちに春風はいつの間にか、眠っていた。
数ヶ月後……
「お酒、怖い……もう飲まない」
あれだけお酒が大好きだったはずの春風がベットの上でがたがたと震えている。
彼女の手元を見ればそこには夏目漱石の「吾輩は猫である」の最終回が乗った新聞があった。
開かれていたのは猫がお酒の樽に落ちて溺れ死ぬシーンだった。
春風は、猫がお酒で溺れ死ぬのが相当衝撃的だったらしく、しばらくは酒屋の前を通るのを怖がっていたとか、いないとか……
何でも屋『猫崎』 蓬田律 @Harumiti17
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